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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第5章 その先へ
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5.9. 玉置由佳からの連絡

 新年度になって、時宮研にも新しい学部生たちがやって来た。今年の配属は4名。テーマはまだ決まっていないが、1名は量子アニーリング/イジングタイプの量子コンピュータで動くAIの開発に興味があるらしい。

 オレの研究テーマを手伝ってくれると良いのだけど。いや、かえって足手まといになる…かもしれない。

 

 玉置由佳から久しぶりに連絡が来たのは、そんな頃だった。

「ご無沙汰〜。お姉ちゃんたちのことで話があるんだけど。」

と、メッセージが来たのだった。

 それでメッセージで、

「どんな話?」

と尋ねたのだが、返事は来ない。

 どうしたのだろう?と思っていると、少し間をおいて、

「今度の日曜日、午後1時頃にフレッチャーで良い?」

っていうメッセージが来た。

 「フレッチャー」は()()()()()()近くのファミレス。以前に、初対面だった彼女におごらされた。…今度もオレにおごらせる気満々なのだろう。

 ここ数ヶ月忙しくて、出歩くことも無かった。なので、今なら、一度おごるだけなら、財布に余裕がある。それに、「お姉ちゃんたち」というから、里奈の話もあるのだろう。

 里奈とは、芝海遊園(アクアリウム)で別れて以来、何となく連絡がとれていない。彼女が最近どうしているのか知りたい。それに、芝海遊園(アクアリウム)では、玉置由宇に少し悪いことをしたような罪悪感がある。

 そこで、玉置由佳の要求を呑むことにした。

「わかった。フレッチャーで待ってる。」

とメッセージを送った。

 だけど、芝海遊園(アクアリウム)でも振り回された玉置由佳のことだ。何が出てくるやら…。


 そして当日。


 5分前にはフレッチャーに入って、パスタランチを注文したが、一向に玉置由佳がくる気配は無い。時間が過ぎてメッセージを送っても、なしのつぶて。1時間待っても音沙汰が無いので、そろそろ帰ろうと思い始めた。

 そこに、女性3人が店内に入ってきた。1人は怒った顔…玉置由宇。そして1人は楽しそうな顔…玉置由佳。…いや、玉置由佳は姉の由宇に怒られているように見えるが、その状況を楽しんでいるのか?

 そして、最後の1人は2人からやや離れて歩いている。玉置姉妹よりもずっと落ち着いた服装で、少し思い詰めたような表情をしている女性。…里奈だ。長らく()()()()()()でも会っていない。

 オレが卒論で忙しくてあまり出勤していなかったこともあるけど、里奈もあまり出勤していなかったようだ。卒論が終わって、久しぶりに出勤すると、デザインチームの吉川さんに愚痴られた。「玉置由宇」こと里奈が、最近ほとんど来ていない…と。


 玉置姉妹がオレの前に、里奈がオレの隣に着席すると、各々ランチメニューを注文した。彼女たちが食事をしながら話したのは、こんなことだった。

 玉置由宇はレゾナンスで「倉橋里奈」としてアルバイトをしていたのだが、そこに入社したての川辺が配属されたのだそうだ。川辺は里奈の顔を知っていたので、すぐになりすましがバレてしまった。

 なりすましをネタに、川辺が玉置由宇に言い寄ってきたのだと言う。オレはそれを聞いて、頭が痛くなった。学生の時からガサツで女好きな奴だったが、社会人になってもそんなことをしていたのか…。

 玉置由佳は、姉からその話を聞いて、オレに相談しようと思ったのだと言った。

 だけど、姉の玉置由宇は、妹がオレと会うと聞いて、

「玉置由宇の話をネタにして、オレを揶揄って奢らせるのが目的」

だろうと思ったらしい。それで、里奈も呼んで、玉置由佳を監視しようとついてきたのだとか。

 だから…結局オレは3人におごることになっているらしい。何か釈然としないが…。


 それはさておき、川辺の「悪行」については、どうしようか? 玉置由宇が困っているなら、放置するわけにもいかない。

 レゾナンスの社長令嬢の平山現咲に話せば、玉置由宇に近づけさせないようにできるかもしれない。あるいは、平山現咲の恋人でレゾナンスの技術者の中核である八神圭吾に事情を通せば、川辺はレゾナンスに居場所が無くなってしまうかもしれない。

 玉置由佳は、

「そんな男は、お姉ちゃんに近づいちゃダメだし、レゾナンスから追い出されちゃえば良いのよ。」

なんて言う。

 川辺はガサツで女好きだけど、直情で根は悪くない。そこで、玉置由宇に、

「由宇さんは、川辺がレゾナンスから追い出されれば良いと思っているの?」

と尋ねた。

 すると、玉置由宇は

「彼のことは、別に嫌というわけでは無いんですが…。」

と言いながら、やたらと自分の髪を触っていた。そして、顔も少し赤くなっていた。

 むむ…これは一体どういうことだろう? 悩んだオレは、つい里奈の顔を見た。ちょうどオレの方を見ていた里奈と視線が交錯した。なんとなく、お互いに視線を外す。

 それを見た玉置由佳は、

「あれれ?兄妹愛ですか?」

と煽ってきた。が、すぐに姉の由宇からゲンコツが飛んできた。

「あたた。お姉ちゃん、私は見た通りのことを言っただけだよう。」

 そう言えば…玉置由佳はいつも自分のことを棚に上げて、他の人を煽って遊んでいる。その標的は、姉の由宇になりやすい。実像の彼女は相当な「かまってちゃん」では無いのか?

 あるいは、実は姉の愛に飢えている? それとも、姉だけでは無く人の愛?

 そこで、玉置由佳に質問した。

「由佳ちゃんは彼氏いないの?」

 すると、これまでいつも攻勢だった彼女の様子が一変した。顔が赤くなって、姉の後ろに顔を隠した。

 今度は姉が妹を攻めるターンになったようだ。

「で、本当のところはどうなの?」

と姉に尋ねられると、妹に逃げ場所は無くなった。

 やがて、小声で言った。

「今はいないわよ。」

 攻守が反転した姉は、妹に容赦しなかった。

「宏樹君とはどうなったのかなあ?」

「あれは小学生の頃のことでしょう?彼氏じゃなくて友達。キスもしなかったわよ。」

由佳は必死に弁解している。

 だが、そこで玉置由宇は次の一手を間違えた。

「じゃあ、今は桜井さん狙いなの? 今日だって、私が気がつかなかったら、2人っきりで会うつもりだったでしょう?」

 由佳は顔を真っ赤にして何も言えなくなった…撃沈だ。でも、図星だったとか? …いやいや、玉置由佳はまだ高校3年生だ。年齢の差がありすぎるし、まさかね。

 問題は里奈の方だ。どうも表情が固い。怒りを沈黙で隠しているような…。顔色が赤紫になっている。

 里奈の様子に気づいた玉置由宇は、一瞬固まったが、そわそわし始めた。こんな話をしながらでも、玉置姉妹は料理をデザートまで食べ終えていた。

 やがて、姉妹は顔を見合わせると、同時に口を開いた。

「今日は、そろそろお暇しますね。」

さすが姉妹。息が合っている。

 とは言え、一応、川辺のことは気になる。そこで

「川辺の挙動が怪しければ、いつでも相談に乗るよ。」

と言うと、玉置由宇は礼を言って、妹を連れて去って行った。お会計はそのままで…。


 やっぱり、奢ることになってしまった。女の子とは言え、育ち盛りの2人の食費は、安くは無い。…いや、里奈も含めて3人だ。今月も少し倹約しないと。


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