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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第5章 その先へ
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5.3. AM世界の家族

 やがて、ムーコがストレージを持って、帰ってきた。AM世界のオレが、

「そうそう、それだよ。ありがとう、ムーコ。」

と言うと、ムーコは嬉しそうにそれをリビングのディスプレイに接続した。

 AM世界は量子コンピュータ上で展開されているから、AM世界のオレやムーコが忘れることはないハズだ。だから、ストレージなんて不要なんじゃ? そう思って話すと、

「いやいや、そうでもないのさ。」

とAM世界のオレは応えた。


 続けて彼が説明したのは、こういうことだった。


 AM世界では、それぞれの「意識」が持つ固有の記憶領域は、一応独立している。だから「意識」同士で記憶を共有するには、「ストレージ」を一緒に見るなどが必要になる。

 それに、現実世界のオレの意識を「コピー」したAM世界のオレの意識には、いわゆる短期記憶と長期記憶がある。現実世界のオレ同様、短期記憶は直近の記憶ですぐに思い出せる。だけど、長期記憶に移された情報は、すぐには思い出せない。その情報を引き出すためには、何かのメタ情報を介する必要がある。

 思えば、ムーコのちょっとしたイタズラで里奈のことが思い出せなくなったのは、そのメタ情報が壊れたからなのだろう。現実世界とAM世界の高木さんはどちらも、AM世界のオレが里奈のことを忘れた時でも、その記憶自体は量子コンピュータの記憶領域に残されていると言っていた。

 まあ、簡単に壊れてしまうくらい、記憶を管理するメタ情報は繊細だ。そこで、「ストレージ」という別なメタ情報だ。これがあると、ともすると忘れてしまいがちな長期記憶を、忘れないで引き出せるようになる。

 彼はそう説明しながら、ストレージを起動した。ストレージに画像を蓄積して行くなんて、オレがAM世界にいた頃には、やって無かった。一体何時からこんなことを…。


 彼が時系列順にストレージを表示させると、最初に表示されたのは結婚式だった。逆光の中、ウェディングドレスとタキシードの影が歩み寄って…やがて重なった。

 彼らを照らす光線の向きが変わって順光になると、影は実体になった。高木さんと木田…だと思う。

 オレの知っている2人よりも、少し大人びているように見える。現実世界よりも、時間が先へ進んだ時点の出来事なのだろう。今、現実世界の2人はすれ違って辛そうなのに、ディスプレイに映る2人は幸せそうだ。

 2人に祝福の声がかかる。

「おめでとう。」

「おめでとうございます。」

これはオレとムーコの声だろう。

 すると、ディスプレイに映る木田と高木さんも、

「おめでとう。」

「幸せそうね。」

と応える。あれ? 普通は「ありがとう」じゃないのか?

 そこで映像が切れた…と思いきや、再び逆光の中、ウエディングドレスとタキシードの影が映る。同じ映像がくり返されたのかと思っていたら、順光になって現れたのはオレとムーコだった。


 この世界では、ムーコとオレは結婚していたのか…。このムーコは「同居人」ではなく、「妻」だったのだ。


 その映像も程なく切れて、次に映されたのは2組のカップルを祝う人々。恐らく、会場の全景なのだろう。ドローンのカメラに撮影されたらしいその映像には、オレが知らない顔もいる。

 その中で、見知った顔を探すと、川辺、豊島、小鳥遊、新庄の面々が祝ってくれている様子が映っていた。彼らと少し離れた席には、時宮准教授に二階堂先生がいた。

 ()()()()()()の加賀さん、三笠さん、それに吉川さんの姿があった。レゾナンスの八神さんとムーコの姉の平山現咲も、カメラに向かって手を振っている。

 そして…彼らの後ろで静かに見守っていたのは、叔母と里奈…そして現実世界では亡くなった両親と祖父がいた。オレは言葉が出ないまま、両親と祖父を指差して叫んだ。

「まさか!!!」

 しかし、AM世界のオレには、オレがどう思ったのか解ったらしい。オレの疑問に答えてくれた。

「現実世界で、君がストレージを見て直ぐに『睡眠学習装置(改)』で画像情報を送ってくれたから、こちらに詳細な画像情報が転送された。それで、父と母それに祖父の『姿』は再現できた。だけど、3人の内面をオレ自身が理解できていないから、人格を持った3人は再現できなかったんだ。それは、里奈も同じこと…。」


 何故だ? 父も母も祖父も、オレの心の内にいる…と思っていた。今は物理的にも心も少し離れているが、里奈だって。

 …いや、本当にそうだろうか? 考え始めると、よく分からなくなってきた。


 オレがそんなことを考えていると、AM世界のオレは言葉を継いだ。

「その代わり、オレとムーコの間に娘ができた。それは、君が現実世界のストレージで見た、幼い里奈の姿が元になっている。フォンノイマンのAIを創った時と同じように、成長させていけば人格を持つようになる…と思う。」

 そして、里奈を膝の上に乗せて言った。

「どうだ、可愛いだろう?」

オレも思わず頬が緩んで、頷いた。


 そういえば、ムーコについては、「睡眠学習装置(仮)」に詳細な神経系のデータが入力されている。…ムーコの一糸纏わぬ姿も…。だから、AM世界のオレはムーコを他の誰よりも良く知っている。まさに、彼女の夫に相応しいと思う。

 その一方で、高木さんや木田よりは両親や祖父、それに里奈のことは「知っている」ハズだ。それなのに、AM世界のオレは再現できないと言う。身近な存在だからこそ、「知らない」部分が気になって、「理解」できない…と思ってしまうのだろうか?

 AM世界のオレは「理解」できた気がしなくても、里奈と関わろうとしている。それに対して、このオレはどうだろう? わずかなすれ違いが気になって、里奈から遠ざかっている。AM世界のオレの方が実質的に「年上」で大人なのかもしれないが、オレ自身の未熟さが感じられて、何か悔しい。オレはガキなのか…。


 その後、ディスプレイに映し出された映像は、ムーコの出産と里奈の成長。オレが現実世界で視たストレージの映像と重なる。

 そして、AM世界のオレは言った。

「里奈の父親になって彼女の成長を見守っていると、父や母それに祖父のことが、少しは解ってきたような気がするんだ。もしかすると、いつかこのAM世界でみんなで暮らせる日が来るかもしれない。」

 そこでオレは、

「そうなると良いな。その時がきたら、ぜひ教えて欲しい。オレも会いに来たい。」

と応えた。




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