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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第5章 その先へ
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5.1. それから

 それから、約半年が過ぎた。オレ、木田、それに豊島は、修士1年になっていた。所属は皆、時宮研のまま。川辺はレゾナンスへ、小鳥遊は武蔵野インテリジェンスへ就職した。修士2年の三木さんは、インターンの名の下に、PECに入り浸っているらしい。滅多に姿を現さない。

 そして、新庄はプロゲーマー兼フリーのプログラマーになった。フリーといっても、ネット上で自然発生するゲームの企画・制作に加わり、気に入った仕事を選んで稼ぐのだそうだ。

 

 『Que sera sera』=『なるようになる』の精神で、()()()()()()から離れて、オレはこんがらかってしまった気持ちを冷却したかった。だけど、木田が言ってたように「食っていく」必要がある。博士前期課程の入試や研究活動で忙しいという理由でシフトのペースは落としたが、辞めてしまうわけにはいかなかった。

 里奈とは…何となく距離が離れたままだ。里奈からは何の連絡も来ないし、こちらからも連絡しない…というか連絡しにくい。もちろん、()()()()()()で顔を見ることもあるが、お互いに軽く挨拶するだけ。

 一方、「妹」としての里奈についての記憶は、あの芝海遊園(アクアリウム)デートの後、ほど無く回復した。思宮先生と高木さんたちの治療のおかげで、だ。今のオレは、ストレージで見た映像と記憶が一致する。

 あのデートの後に見た夢は、恐らく事実そのものだった。今ではそれが分かる。あの夢は、オレの記憶のかけらがつながり、浮かび出てきたものだったろうか? 夢を見た時点では、オレの記憶は完全には回復していなかったのだが…。


 ムーコの姉のリア子や、その恋人の八神圭吾からも、その後は何の連絡も無い。ムーコとオレが襲われた事件の余韻は少しずつ薄れて行った。それに、ムーコはもうオレの相方ではなく、彼…AM世界のオレ…のものだと感じている。


 卒論で行き詰まっていたあの日、オレはそのことを自覚した。


 年が明けて間も無く、オレはアニーリング/イジング型の量子コンピュータで動作する汎用プログラムの開発手法を探るために、高木さんと木田の手を借りてAM世界のオレに会いに行った。

 どうやってか?

 「睡眠学習装置(改)」には、被験者の状態を読み込むモードと被験者に情報を書き込むモードの他に、相互干渉モードがある。これは、高速で読み書きのモードを切り替えて、相互に影響し合うモードだ。この方法で被験者がどんな体験をするかは全く不明だったけど、行き詰まっていたオレは試して見たかった。AM世界のオレと、直接コンタクトを取れるかもしれない。そう思ったからだ。

 それに、時宮准教授も、

「大丈夫、大丈夫。先駆科学大学(うち)でも湊医科大学(しのみやさんとこ)でも、君の臨床試験の時のままでそういう実験が出来るように倫理審査の書類を作って通してあるから。そもそも、AMとコピーした当人自身が干渉しても、リスクは極小だしね。まあ、やってみれば?」

なんて言ってた。


 湊医科大学で思宮先生の問診を受けたあと、いつものように「睡眠学習装置(改)」のベッドに横たわるとシェルが閉じて行く。でも、ベッドに横たわる前に睡眠導入剤を飲んだのに、なかなか意識が途切れない。

 …って思っていたら、一瞬、5感が全て失われた。光も音も匂いも重力も感じられない。やがて、AM世界にいた頃のように真っ暗でコンソールしかない世界を通ったわけでもないのに、目の前に「オレ」が現れた。

 最初はぼんやり…時間の経過とともにハッキリしてきた。誰でもそうだが、オレに馴染みのあるオレの姿は左右反対、鏡像だ。鏡像じゃない自分の姿はあまり見たことがないから、ハッキリ見えても違和感が残った。

 どうやら、この「相互干渉モード」では、最初に自分の意識とAMの意識を互いに独立したものとして知覚する必要があるらしい。目の前の人物をAM世界のオレと認識した途端、懐かしいAM世界が目の前に広がった…ようだ。

 「ようだ」…というのも、オレたちは大学の正門前にいたのだが、行き交う人々はのっぺらぼうでは無かった。そこら辺に書かれた文字は読めるし、クルマのナンバープレートも読める。そう、オレが認識していたAM世界とは違う。

 それに、現実世界のオレ自身とAM世界のオレは、どちらもオレと分かるのに明らかに違う。AM世界のオレは、鏡像でないだけでなく、大人びていた。どう見ても、オレより年上だろう?

 困惑しているオレを見て、AMのオレは笑顔で

「驚くのはまだ早いんだけどな…。まあ、ついて来てくれ。」

と言って、歩き始めた。

 オレは彼の後ろをついていくが、馴染みのない道を進んで行く。そうして10分くらい歩くと、見たことのない二階建ての一軒家の前で、彼は振り返って言った。

「我が家へようこそ。」


 ここが、今のAM世界のオレの家なのか?


 見知らぬ家に上がり込むのは、それがAM世界でも躊躇したが、この世界を作った「オレ」に従って進むしかない。彼がドアを開けて、

「ただいま。現実世界のオレを連れてきたよ。」

と言うと、中から走って出て来たのはムーコだった。

「おかえりなさい。」

とAM世界のおれに言うと、オレの目の前で2人はごく自然に抱擁してキスを交わした…。

 見ているこっちが赤くなるわ。そう思っていると、AM世界のオレは静かに言った。

「君もオレだし、オレ自身に見られても問題ないと思ったけど、君には少し刺激的だったかな?」

オレが、困惑していたことは顔に出たらしい。

 すると、ムーコもオレに向き直って言った。

「ようこそ、私たちの家へ。祥太さんから聞いておりましたが、お若いですね。可愛いというか、懐かしい気がします。」

そんなことを言われて、オレはもっと困惑した。

 それにしても、オレが知っているムーコとは違う…。あの騒がしくて「無茶振り」ばかりのムーコでは無く、大人びて落ち着いた女性?…に見える。 AM世界のオレとお似合いだ。

 AM世界だけでなく、AM世界のオレもムーコもあまりに変わってしまって呆気に取られた。AM世界のオレは、そんなオレに告げた。

「少し、この世界の状況を説明する必要がありそうだね。」

その言葉に、オレはうなずくばかりだった。


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