表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第4章 帰還した現実世界で
127/186

4.35. グロット・ド・ラスコー

 グロット・ド・ラスコーの入り口で、店員に「木田」と待ち合わせていることを告げる。すると、彼は既に奥のスペースで待っていると告げられ、案内された。

 店内は、薄暗い洞窟のようだ。そう思って壁面を見ると、うっすら何やら画が描かれているようだ。だけど、薄暗い中を店員からはぐれないようについて行くのがやっとで、壁面を良く見る余裕は無かった。

 洞窟はあちこちで分岐していて、分岐した先から明かりが漏れてくる。店員はその中の一つに入った。あとをついて行くと、そこに木田がいた。

「よう。」

と言う木田の声に、右手を上げて応える。

 木田は既にビールを片手に、串焼きを金網の上で炙っていた。

「桜井、お前もビールで良いよな? それと、とりあえず串焼きの盛り合わせで良いか?」

と聞いて来たのでうなずくと、早速、端末から注文してくれたようだ。

 この「部屋」も洞窟のようにデザインされていて、壁面に何かが描かれている。部屋の中は通路よりも明るく、目が慣れて来たので、今度はそれが何か判った。木田の後ろ描かれたそれは、牛の姿だった。

 最初は冬の星座「牡牛座」だと思ったが、良くみると矢が刺さって血が噴き出ている。…違う。そうだ…昔、教科書で見たことがあった、アレだ…ラスコー洞窟の壁画。グロット・ド・ラスコーって、ラスコー洞窟のことだったのか?


 木田は時間に間に合うように来たわけでは無かったようだ…つまり、既に出来上がっていた。そのせいか、何の前振りも無く、いきなり本題に入ってきた。

 だが、それはオレの予想とは違っていた。

「お前は知ってるんだろう?」

「何を?」

「俺たち…時宮研究室がどこへ向かっているのか? だ。」

 時宮研究室がどこへ向かっているかだって? それは…。

 オレが自分自身の考えを辿るのと同じタイミングで、木田は見透かしたようにその言葉を吐いた。

「『フォンノイマンのレクイエム』。っていうキーワードだけなら聞こえた…。」

 何故それを木田が知っている? 高木さんから聞いたのか? 内心の驚きを見せないように木田から視線を外して、串焼きを金網の上に並べながら言った。

「『聞こえた』って?」

 すると木田は、バツが悪そうに言った。

「准教授室の扉、薄いからなあ。時宮先生が『秘密』って言うのも聞こえたぞ。だが、『秘密』こそ、教えてもらえないのは気持ちが悪いもんだ。」

 ビールを片手に、串焼きをほうばりながら、オレは疑問をぶつけた。

「それじゃあ、お前は『フォンノイマンのレクイエム』について、高木さんに尋ねたのか?」

 それを聞くと、赤ら顔の木田はしょげた。

「聞けなかった。希…高木さんに湊医科大学への進学を勧められて、それを断ってから、どうもギクシャクしてしまって…。」

 少しアルコールが入ってきたオレは、そんな木田を見て、すっかり『秘密』を話してしまった。

 フォンノイマンが生涯の仕事として、人間の思考に近い人工知能の開発を目指していたのではないかと、時宮准教授の「師匠」が語ったと言うこと。その師匠がその内容を「フォンノイマンのレクイエム」と命名し、機密事項だから外部で口外しないように告げたこと。そして、時宮研究室では「フォンノイマンのレクイエム」の内容を研究しているが、その名称は使わず「プロジェクト」と呼ぶことにしたこと。

 酔ってはいたが、オレは木田の口が堅いことを忘れていなかった。だから、オレが木田に言ったことを、他の人に話すとは思えなかったのだ。


 そして、オレは続けた。

「でも、今の木田にはそんなことよりも、もっと重要な問題があるんじゃないか? その…高木さんとギクシャクした経緯、高木さんの誘いに乗らなかった理由を、もう少し詳しく話してみないか?」

 木田は少しうつむいて、乾いた声で笑った。

「はは。お前はだいたい見当がついているんだろう?」

「まあね。でもさ、それを自分から話せば、お前の気も晴れるだろう?」

「そうだな。」

 それで木田が始めた話は、やはりオレが想像した通りだった。つまり、木田が家から通うには、湊医科大学は遠すぎたのだ。

 だが、木田の話を聞いている内に思った。高木さんも、木田についてオレが知っていること位は知っているハズだ。すると、高木さんは木田がどうやって通学すると考えたのだろう? もしかすると、いずれ木田と同棲することも想定して、提案したのではないだろうか?

 それを木田に告げると、

「そうか。…そうかもしれない。」

と言ったきり、黙り込んでしまった…。


 そんな木田を直視していると気まずいので、串焼きに目をやると、薄暗い「洞窟」の中で串焼きを炙る炭火が揺らめいた。すると、光の揺らめきに乗せられて壁画の動物たちや人々が動きだした。

 そのうちに、彼らの叫び声やざわめきも聞こえてきたような気がした。多分それは、ここで飲んでいる連中の声やざわめきなのだろう。…オレも酔ってきたのか?


 木田は、そんなオレを現実に引き戻した。

「お前も何かあったんじゃないか?」

「まあね。」

 木田が何故そう思ったかなんて、野暮なことは尋ねない。コイツなら、気付いてくれると思っていたさ。それで、オレも話しだした。昔、里奈に刺されたことがあるらしいのに記憶に無いこと。それに、祖父と父の会社だったKAONソフトが、()()()()()()に乗っ取られたらしいことについて…。


 オレの話を黙って聞いていた木田は、やがて口を開いた。

「お前って、意識が『睡眠学習装置(仮)』に取り込まれた時に、妹さんについての記憶を失ったんだったよな?」

「そうらしいが?」

「あの事件の前に、お前の家に泊めてもらったことがある。そのことは覚えているか?」

 木田の意図がよく解らないが、うなずいて応えた。

「もちろん。」

「あの時のお前は、『睡眠学習装置(改)』から意識を戻す前だった。」

「そうだ。」

 よく分からないが、木田は満足気にうなづくと、一言一言噛み締めるように自説を展開した。

「あの時のお前は、妹さんに刺されたことを覚えていたはずだ。それなのに、お前たちはとても仲が良かった。…そうだな、平山ちゃんが恋人なら、妹さんは奥さんみたいな…。まあ、妹さんに刺された事情を知っていたお前は、そのことを心から許していたんだろう?」

 木田の話を聞いて、夢で見た光景が蘇った。小学生の里奈が、自らカッターで手首を切って血を流している。その里奈からカッターを取り上げようとして、腹を刺されたオレ。…あれが事実だったのか?

 …そう、里奈は

「お兄ちゃんを刺した。」

と言ってたけど、あれは事故だったのか? それなら、オレは里奈の心を傷つけてしまったのかもしれない…。

 しかし、木田はこうも言った。

「妹さんは、今のお前が記憶の一部を失っていることを知っているんだろう? それなら、お前が誤解していると、多分気付いていただろうさ。」

「そうかな?」


 少しは気が楽になった。しかし、まだもう一つ…。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ