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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第4章 帰還した現実世界で
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4.34. 貯金を取り崩す

 「Little trip with a ball」プレイ中の雑談は、ホールが進むに連れて暴露内容が際どくなってきた。いや、正確には暴露ではなくて、口にしようとした愚痴の「AI変換」だ。

 説明が難しいので、実例を挙げよう。今、オレのキャラクターはゲーム内で、

「昔、恋人が自殺しようとしていたのを助けたの。だけど、今頃になって放っておいて欲しかったなんて言われて…。」

なんて言っている。

 だけど、オレが「Little trip with a ball」へ脳波で入力したのは、

「昔、妹に刺されたらしいけど、オレには記憶が無い。その時のことをあれこれ言われて、どう答えて良いのか分からなくなってしまった。」

ということだった。

 …かなり話が変わっている。大体、「恋人」じゃなくて「妹」と言ったハズだし…いや、今は「妹」じゃ無かった。こんな感じだから、オンラインゲーム内でも安心して好き勝手なことが言える。

 すると相手から、

「貴方と話しているうちに、私はちゃんと妻と向き合うべきだと思えてきました。貴女も、恋人さんとしっかり時間をかけてお話ししてみると良いのかも知れませんよ。」

という言葉が返ってきた。

 ゲームの向こう側の人物が「彼」なのか「彼女」なのかは分からないけど、本当はどんな話を語ったんだろう? それとも、AIなのかも知れない。

 そうだとすれば、このゲームのAI、チューリングテストならまず合格だろう。チューリングが生きていれば、このAIに知性があると言うだろうか?


 だけど、オレのキャラクターが言った言葉…「自殺」、それと相手のキャラクターの言葉…「もっと寄り添って」。その言葉が、何故か引っ掛かった。

 やがて、オレはこの2つの言葉に囚われ、ゲーム自体はどうでも良くなって眠気がさした。すると、一瞬、何か光が視界をかすめたような気がした。だがそれは、オレの心の中の光明…ではなくて、雲の隙間から射した陽光だった。

 がっかりしてうつむくと、不意に、手首を切って血を流している、小学生の里奈の姿が脳裏をよぎった。里奈はもう一方の手にカッターを握っている。オレは何かを叫びながら、無我夢中で里奈からカッターを取り上げようとした。

 だが、里奈は抵抗した。カッターを奪い合っているうちに、腹に冷たい何かを感じた。そこに目をやると、真っ赤に濡れている。…やがて、視界が冥くなってきた…。


 目が覚めると、オレはヘッドギアを装着したまま、ベッドに横たわっていた。ゲームはとっくに終わり、ヘッドギアも停止している。

 このゲーム、人間同士の対戦中に寝落ちすると勝手に終了する。ゲームそのものは、寝落ちした人間に代わってAIが操作して自動的に進められる。現実逃避して少し気分が落ち着いたオレは、寝落ちしてしまったのだろう。

 それにしても、一瞬、見えたあの光景はなんだったのだろう? オレの記憶か? …何かゾクゾクしてきた。何も身体にかけずに寝落ちしたから、寝冷えしたのかもしれない。


 起きようとして、少しボーッとしたまま携帯端末を手にすると、メッセージが来ていた。木田からだった。

「今夜飲もう。」

それだけだ。

 そう言えば、高木さんが一昨日の報告会でうつむいて、

「実はね、木田君にも一緒に湊医科大学へ進学しようって誘ったんだけどね、断られてしまったのよ。」

と嘆いていたのを思い出した。

 木田もあの日の帰り際に、何か言いたいことがありそうだったが、時間が無かった。進学とか…? いや、高木さんについて何か相談したいのか?

 オレも昔里奈に刺されたらしいことや、祖父と父の会社であるKEONソフトが()()()()()()に乗っ取られたことを知って、悩んでいる。木田に話を聞いてもらえれば、少しは気が紛れるかもしれない。

 「OK」とだけ返信すると、直ぐに「午後7時にグロット・ド・ラスコーに来い」と返事が来た。金は無いけど、やむを得まい。コンビニへ行って、貯金を取り崩すことにした。


 カーテンの隙間から強い日差しが入って来ていた。カーテンを開けると、すでに陽は高く昇っていた。時刻はもう11時。随分と長い時間、寝てしまっていたようだ。

 それなのに、キチンと掛け布団をかけないで寝落ちしたためか、どうも寝た気がしない。眠気を感じながら、ブランチを食べた。そして、物置に放置していたドローンから、メモリカードを引き抜いてパソコンに接続した…ずっと気になってはいたのだ。

 だけど、オレの頑張りはそこまでだった。眠気に耐えきれず、メモリカードのデータをAM世界のオレへ送って、解析を依頼した。

 AM世界のオレは、彼自身が存在するための量子コンピューターを購入しようと、オンラインゲームの運営を受託している。難易度の調整やバグの修正、それに拡張などなどである。

 オレは、現実世界と彼のインターフェース的に、マネージメントをしている。だから、こんな依頼くらいは引き受けてくれるだろう。

 いや、実際には、マネージメント料として2割をいただいている。今日、飲みに行けるのは、AM世界のオレのおかげだ。だから実際には…平身低頭、丁寧にメールを書いて、何とか引き受けて欲しいとお願いしたのだった。


 力尽きたオレは、メールを送信後、しっかり寝直した。


 保険のために設定していたアラームに起こされて、目が覚めたのは夕方の5時半。まさか、こんな時間まで寝ているとは、我ながら寝過ぎだ。まだ眠いが、そろそろ準備をして出発しないと。


 グロット・ド・ラスコーは、木田の家の最寄り駅近くにあるらしい。そこへ行くには、1時間近く電車に揺られる。

 そこで、暇つぶしに携帯端末をチェックすると、早くもAMのオレから返信が来ていた。

「了解。」

だそうだ。

 こんなに早く返事が来るなんて、AMのオレも暇なのだろうか? いや、仕事…ゲームの管理…は結構たくさん抱えているハズだけど。このオレ自身より要領が良いのか?

 それに、玉置由宇からメッセージが来ていた。

「昨日は、ありがとうございました。おかげさまで、由佳がとても楽しそうでした。また今度、よろしくお願いしますね。」

だそうだ。

 丁寧な挨拶だけど、これってデートのお礼と言うより、子供の面倒を見てもらった相手に母親がかける言葉では…? やはり、あのカートでの出来事は、吊り橋効果の賜物だったのだろう。

 そして、妹の玉置由佳からはシンプルに、

「昨日は楽しかったよ、お兄ちゃん。」

とメッセージが来ていた。

 そこで2人へ、

「昨日は楽しかったよ。また今度。」

と送り返したが、本音では「今度」なんて無いだろうなあと思っていた。

 でも…里奈からは何もメッセージが来ない。だけど、オレから里奈へ送る言葉も無い。

 だから、ここに来た。グロット・ド・ラスコーに。外観は何の変哲もないバーのように見える。電車で1時間もかけて来たのに。

 オレは時間丁度についた。わざわざ遠くから来てやったんだから、待たせるんじゃないぞ、木田。そう思いつつ、重い木製のドアを開けると、ドアに仕掛けられたベルがカランと鳴った。


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