表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第4章 帰還した現実世界で
125/186

4.33. 現実逃避

 倉橋家のストレージに保存されているファイルの中から、里奈が写っている映像だけ見直した。すると、午前中に見た「腹を包帯で巻いて入院していた写真」の前後に、手首に包帯を巻いている里奈の写真を見つけた。

 そして、「里奈と並んで病院の前で立っている写真」では、後ろに回したオレの手を里奈が掴んでいたことに気がついた。拡大してみると、すがるように両手でオレの右手を、しっかりと…。

 どうして里奈の手首に包帯が巻かれているのか? それに…里奈自身が刺した傷で入院したオレに「すがって」いる…。この写真に写った里奈は、一体、何を想っていたのだろう?

 そう言えば、里奈は言っていた。

「…だからお兄ちゃんを刺した。それで…。」

と。「…だから」の前に、里奈はオレと心中しようと思って刺したと言っていた。だけど、「それで…」の後に、彼女は何と言っていたのだろう?

 結局、あの芝海遊園(アクアリウム)で、里奈はオレも覚えているハズの出来事を思い出して、話しただけなのかも知れない。それなのに、オレがパニックになって里奈を恐れた…。そんなオレを、里奈はどう思ったのだろう?

 分からない…。次に里奈に会った時、何を言ったら良いのか、どんな顔をすれば良いのだろうか…。頭を抱えた。


 少しでもその時のことを思い出そうとして、もう一度、里奈が生まれてからの映像を全て見直した。ところが今度は、里奈が写っていない写真に目が止まった。

 それは、祖父の倉橋量が時折ストレージに入れていた、KEONソフトのスナップ写真だった。そこには、()()()()()()のプログラミングチーフ、三笠さんが写っていた。まだ若い祖父の隣に。

 まだ、20代位だろうか? この三笠さんを、まだ高校生だった時宮准教授が鍛えた…少なくとも准教授はそう言っていた…って、やはり彼は只者ではない。

 もしかすると、父や母、それに叔母や時宮准教授も写り込んでいるのではないか?そう思って探すと、その前後の写真に叔母と時宮准教授が小さく写り込んでいた。皆笑顔だ。仕事の同僚というより、仲間同士のようだ。

 だが、時宮准教授が写っているということは、少なくともこの後3年以内にKEONソフトは事実上消滅する。三笠さんも()()()()()()へ移籍するのだ。…祖父と父を残して。

 どう言う訳か、なんだか腹が立ってきた。この画像を連続して見れば、当然沸き起こって来る感情なのかもしれない。仲間だった人たちが、事情はともあれ、父と祖父を裏切って離れていく…。その過程を画像で見せられたのだから。

 こんなものを見るんじゃ無かった…のか? ()()()()()()に対しても、モヤモヤした気持ちを抱えてしまった。それなのに、オレが里奈に刺された時の記憶を呼び覚ますような画像は、見つけられなかった。


 次々と流れていく倉橋家のストレージの映像を止めて、久しぶりにヘッドギアを手にした。「ゲート」ほどにはリアルでは無いが…。現実に嫌気がさしたので、バーチャルな世界へ逃げたくなったのだ。正に、これこそが現実逃避と呼ぶべき行為だろう。

 現実世界に戻ってから、ヘッドギアをつけてゲームをするのは、この時が始めてだった。どのゲームをしようか? ヘッドギアを装着して横になったものの、少し悩んだ。

AM世界で遊んだ「神々の記憶」をする気分では無いし、気晴らしがしたいだけ。そこで、少し考えてから、以前に里奈と一緒にやった「Little trip with a ball」…ゴルフゲームをすることにした。

 オレはリアルにはゴルフなんてやった事はない。だけど、元々格闘系はリアルもゲームも苦手だったし、うまくボールを飛ばせた時の爽快感に惹きつけられたのだった。

 今、心のモヤモヤを解消するにはこれだ、と思った。

 ログインすると、最初にクラブハウスに入場する。そこで、他のプレイヤーと組んで、コースを回ることになる。

 プレイヤーは指定することもできるけど、指定しなければシステムが勝手に決める。他のプレイヤーとうまくマッチング出来なければ、一緒にホールを巡るプレイヤーはNPCになる。

 NPCと言っても人間っぽい。流暢に世間話もする。様々な性格や仮想の来歴を持っているから、個性もある。

 話の内容を学習対象にしないAIだから、気兼ねなく話せる。人間が操作するキャラクターとマッチングされたとしても、お互いに誰なのか分からないように、AIが会話に適当なフィルターをかけてくれる。だから、話相手を求めてプレイする人も少なくないと聞いたことがあった。

 それで、オレが組むことになった相手は、20代の男性キャラクター。ちなみに、オレが選んだキャラクターは20代の女性だった。


 最初に挨拶して、1番ホールに出ると、早速ドライバーでかっ飛ばす。長い時間、宙を舞ったボールはコースの中央付近に落ちた。爽快だ。

 相手のキャラクターが打ったボールは、少し風に流されてしまったらしい。彼の第2打は林近くの深いブッシュからだった。

 そう言えば、このゲームも大分進歩したような気がする。以前よりも、コースを歩く時の感覚がリアルになった。日差しや風が感じられて心地良い。

 視覚と聴覚がメインだと思うけど、脳波への干渉をうまく組み合わせて、錯覚させているのだろう。もしかすると、()()()()()()とレゾナンスが開発したリアライズエンジンを組み込んだのかも知れない。

 そんなことを考えながらも、オレの2打目はグリーンに乗った。相手の男性キャラクターも、しっかり乗せてきた。

 すると、彼が話しかけてきた。

「ここに来ると、気分がスッキリしますね。」

「そうね。」

オレは普通に話したつもりなのに、ゲームではキャラクターに合わせて女性の口調や内容に置き換えられる。

 オレも彼も、第3打はしっかりカップに吸い込まれた。そこで、次のホールまで少し歩く。

 気持ちが良いので、つい口が軽くなった。

「今日は、昔話がこじれて恋人と喧嘩してしまったのだけど、もうスッキリして来たわ。」

 オレはこんなことは言ってない。

「昔のことで、妹とすれ違ってしまった。」

と素直に言ったつもりだったんだけど、AI変換の結果だ。

 すると男性も、

「私も妻ともめてしまって…。息抜きにきたんですよ。」

と言う。

 彼がAIなのか、人間の言葉をAI変換しているのか、不明だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 鬱気味展開も良いですね 書くのは苦しいかもしれませんが、 続きを楽しみにしてます 無理のない範囲でお願いします
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ