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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第4章 帰還した現実世界で
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4.32. 里奈の告白

 玉置姉妹はまだ帰って来ない。


 仄暗い通路を包み込む淡水色に光る水槽の中、銀色に煌めく魚たちの群れ。この巨大な水槽にはそんな群れが幾つもあって、遠くに在ると輝いて見えるのに、その直下は真っ暗になる。そうしてできるダイナミックな陰影が、幻想的な景色を創り出していた。

 昔、こんな眺めをどこかで見たことがあったような気がする。その時も、里奈と一緒だったのではなかっただろうか? だけど、記憶を辿ろうとしても、朧に浮かんだイメージはすぐに泡沫になって消えてしまった。


 遠くで歓声が聞こえる。大きな群れが通路のガラス面に近づいたようだった。そんな中、すぐ隣から小さい呟きが聞こえてきた。

「せっかく、お兄ちゃんの近くに居られるようにしたのに…。」

 オレに聞こえるように言っているのか? 歓声に隠れて聞こえないと思って言った独り言なのか? だけど、今日は里奈からの電話で、半ば強制的に「デート」することになったのだ。里奈は何を考えているのだろう?

 そこで、オレは尋ねた。

「どうして里奈は、今日オレに電話してきたの?里奈からの電話じゃなければ、うまく誤魔化してここに来なかったかも知れない。玉置由宇さんだって、最初は硬かったしそんなに乗り気じゃ無かったんじゃ無いかな? 里奈と玉置由佳さんに巻き込まれたみたいに感じたけど?」

 すると、里奈は周りを見渡しながら、小声で言った。

「だって、お兄ちゃんと由宇ちゃんがデートすることは、決まってたじゃない? 私だってお兄ちゃんに会いたかったし、私の知らない所で話が進んでいるのも嫌だったし…。由佳ちゃんからお兄ちゃんに電話するように言われたけど、私もどうしたら良いのかわからなかったのよ。」

 …とすると、どうやらオレも含めた大学生3人は、高校生の玉置由佳に踊らされていたのか。姉の由宇は「大学デビュー」をいじられて、里奈はオレとの曖昧な「兄妹関係」をつっこまれて…。2人ともそれぞれ人間関係が絡んで、身動きがとれない。そこを見抜いてのことだろうか?

 もしその通りなら、末恐ろしい女子高生だ。


 そんな考えを里奈に話すと、里奈はため息をついて言った。

「お兄ちゃんの言う通りかもね。みんな由佳ちゃんにかきまわされてるのかも。良いわ、私に任せて。」

吹っ切れたのか、里奈の声は明るくなった。

 だけど、里奈に任せると、どうなるんだろう? 少し不安はあったが、コミュ障の地が出る前に手を引くべきだろう。所詮、オレは巻き込まれただけだし。

 里奈は明るい声で話を続けた。

「それにしても、困ったお兄ちゃんね。あの時、ずっと里奈と一緒にいてくれるって約束してくれたのに…。浮気性。」

「あの時」っていつのことだろう? それに、予期しなかった「浮気性」っていう言葉を聞いて、オレはうろたえた。

 それでも里奈は、遠慮無く話し続けた。

「大体、平山さんと付き合っていた頃のお兄ちゃんは、全く見ていられなかったよ。平山さん、意識が戻らないそうだから、悪く言いたくは無いけどさ。彼女は自己中心的で、お兄ちゃんのことを考えているようには見えなかった…。」

 平山美夢…ムーコを標的にしたあの事件に巻き込まれたオレが、今も生きていられるのは、里奈のおかげだ。だから、オレを心配するが故にムーコを軽くディスって来る里奈に、無下には反論できない。

 少しヒートアップした里奈をなだめるように、

「いや、オレにとって彼女はかけがえの無い存在だった。だけど、里奈も大切な存在だと思っているよ。血が繋がってなくても兄妹なんだから…。」

と話しかけた。

 すると、オレの話が終わらないうちから、里奈は2本指を立てて横に振った。そして、

「いいえ。今は兄妹ではありませんよ。桜井祥太様。」

と言うと、演技のように優雅にスカートを広げてお辞儀をした。その里奈に、どこからか光が当たった。

 その清楚かつ妖艶な姿に、思わず生唾を飲み込んでしまった…。


 だが、その後の里奈の「告白」は全てをぶち壊した。オレにとっては衝撃的だったのだ。

「お兄ちゃんが約束を守ってくれないなら、もう1回お兄ちゃんを刺して、私も…。」

 倉橋家のストレージで見たばかりの光景が、脳裏に浮かんだ。…腹に包帯を巻いて入院している中学生のオレ。…心臓がバクバクして来た。

「もう1回って…オレは里奈に刺されたことあるのか?」

 オレの言葉を聞いた里奈は、怪訝そうな表情を浮かべて答えた。

「覚えてないの? 私がまだ小学生の時にお父さんとお母さんが亡くなって、お兄ちゃんと私はお祖父ちゃんに引き取られたよね。それで転校したらイジメられて、何もかもが嫌になった。だからあの時、お兄ちゃんと一緒に死のうと…。そうすれば、家族みんなで天国で暮らせると思って。」

 転校先の小学校でイジメられたのは、オレも同じだった。だけど、オレは半年後に小学校を卒業した。その後、通うようになった中学校には、3つの小学校から卒業生が入学して来た。その中学校では、オレが卒業した小学校の出身は2割弱。それで、イジメは自然消滅した。

 しかし、恐らく里奈にはそんな救いは無かったのだろう。…それでも里奈に、

「…だからお兄ちゃんを刺した。それで…。」

と告げられると頭が真っ白になった。

 後に続いた里奈の言葉は、何も頭に入って来なかった。ただただ、後退る。そんなオレを見た里奈がどう思ったか? …それを思いやる余裕は、その時のオレには無かった。


 だけど、それから間も無く里奈も無口になった。


 やがて、玉置姉妹が戻って来たハズだが、何を話したのか覚えていない。それから、水族館を出るとオレたちは解散した。だけどその後、オレがどうやって家まで帰ってきたのか、記憶が無い。

 里奈本人からオレを刺したという告白を聞いて、オレは完全に打ちのめされたのだった。


 まだ早いけど、こんな日はすぐに寝よう。…と思ったけど、全く寝付けない。頭の中で里奈の

「お兄ちゃんを刺した」

という言葉がリフレインして、気がおかしくなりそうだ。

 やむを得ず、ベッドから起き上がって、しばらくテレビをボーっとして視たがダメだった。

 やっぱり逃げるのは辞めよう。里奈に刺された前後については、午前中に見ていた倉橋家のストレージに記録されている。もう少しじっくり見直せば、何か分かるかもしれない。


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― 新着の感想 ―
[一言] おぉ、もう一章読めるのですね! 楽しみにしてます
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