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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第4章 帰還した現実世界で
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4.29. 傷跡

 話し合いが終わって研究室に戻ると、外はもう真っ暗だった。時刻はもうとっくに午後8時を過ぎていて、残っていたのは木田だけだった。他の連中は、報告会が終わったのを良いことに、打ち上げに行ってしまったらしい。

 木田は、オレに何か言いたいことがあるようだったけど、木田が高木さんを送ってから帰宅するにはギリギリの時間だろう。挨拶もそこそこに、連れ立って帰って行った。去って行く木田に、何か尋ねようと思っていたことがあったような気がするが、思い出せなかった。

 でも、オレはすぐに帰る訳にはいかなかった。忘れないうちに、AMのオレに今日の打ち合わせの内容を伝えなければならない。AMのオレも「オレ」だ。「オレ」にとって重要なことは、共有しておきたい。

 そこで長めの耐量子暗号でプロテクトしたメールを送ってから、戸締りをして、真っ暗な研究室を後にした。

 

 その夜、半ば眠りながら、時宮准教授の話が頭の中でずっとリフレインしていた。父の話、祖父の話、KAONソフトと()()()()()()。…そして「フォンノイマンのレクイエム」。オレ自身にとって重い話が満載だった。なかなか心の整理がつかない。

 時宮准教授は「家族や友人、恋人にも内緒だよ。」と言っていた。要は「近しい人」っていうことなんだろうけど…オレには友人は少なく、恋人はいないし家族もいない。「妹」だった里奈は、今は妹と呼んで良いのかどうかわからないし。

 まあ、「フォンノイマンのレクイエム」のことは、時宮准教授と高木さん以外には秘密にしておけば良いのだろう…。

 どうせ、今日は土曜日。目が覚めてもまた時宮准教授の話を思い出しつつ、眠ってしまう。その繰り返しだ。だけど、季節は初夏。エアコンを点けないで寝ているうちに、やがて暑くなってきて、眠れなくなった。


 それに、早く確認しておきたかったことを思い出した…倉橋家のストレージだ。

 トーストとコーヒーだけの軽い朝食を摂りながら、リビングのPCにストレージを接続して、自動的に古いファイルから順次開いていく。


 最初の方のファイルの映像は、オレの知らない人たち。そして、そのほとんどに、2人の男女のどちらかか両方が写されていた。これは倉橋家のストレージだから、きっとオレが知っている誰かが写っているはずだけど…誰だ?

 やがて、映し出されたのは赤ん坊だった。男の子か女の子か、どっちだろうと思いながら見ていると、そのうちに出生届のコピーの画像が映し出された。それは「倉橋綾」、オレにとっては育ての母。いや、つい先日まで唯一の母だと思っていた、その人の結婚前の名前だった。

 赤ん坊が育ってきて、見た目で女の子だとわかるようになると、どことなく里奈に似てきた。いや、里奈が倉橋綾に似ているのだ。因果律的には…。

 そういえば、映し出された女性とも似ている。ということは、恐らく彼女は、オレにとって祖母と言っても良い存在なのだろう。そして、男性は祖父…のはずだが、若い祖父の姿はオレのイメージとはかけ離れていた。

 何しろ、オレにとって祖父は厳格な人だった…が、若い彼は、時宮准教授をもっと軽い…というよりもっと軽薄な感じに見えた。結婚して娘もいるのに。

 娘? そうだ、祖父にはもう1人、娘がいる。そして、彼女…いやもう1人の赤ん坊の姿が間も無く映し出された。そして、出生届はもちろん「倉橋香」。オレにとっては叔母、そして今は里奈の「母」だ。

 若い祖父と祖母、幼い母と叔母の家族は、幸せそうだった。祖父が立ち上げたKAONソフトの社屋も、時代が経つほど大きくなっていく。歳を重ねていくにつれて祖父は変わっていき、メモリーカードで見た「若い頃の祖父」に似てきた。


 だが、母と叔母が結婚して出ていくと、幸せだった家族の時は終わりを告げたようだ。最初のうちこそ祖父と祖母は旅行を楽しんでいたように見えたが、そのうちに病室にいる祖母の写真が増えて、やがてしばらく映像が途絶えた。


 それから2年後。

 

 そこに映し出されたのは、若いが少しやつれた母の姿だった。そして、次々に映し出された母のお腹は大きくなっていった。最初は、やつれて実家に戻った母が回復して少し太ったのかと思ったけど、そうでは無かった…。

 やがて、映像の主役になったのは赤ん坊だ。几帳面な祖父は、孫の出生届の画像ももちろんストレージに入れていた。そう、この子こそ「里奈」だった。顔を真っ赤にして首も座っていない、生まれたての里奈。

 その後、ずっと里奈の写真や動画ばかりだったのだが、唐突にあの写真が映し出された。父と祖父が、今の時宮研で談笑している写真だ。これを撮ったのは、当時高校生だった時宮准教授だろう。


 そして、また写真や動画の間隔が長くなった。恐らく、母が父と結婚したため、祖父はまた1人になってしまったのだ。

 いや、それだけでは無い。時折、思い出したように差し込まれていた、KEONソフトの写真もそのうち消えた。そう、祖父自身と義理の息子である父だけの会社になってしまったので、写真を撮る理由がなくなってしまったのだろう。

 

 しかし、それも数年で大きく変わる。今度は、里奈とオレが主役になった。2人とも小学生。恐らく両親が亡くなって祖父に引き取られたのだろう。

 そのうち、不思議な写真が映し出された。オレが病室にいて、腹を包帯で巻かれている。…オレにはそんな記憶は無い…と思っていた。だけど、この写真を見ているうちに、中学に入学したての頃に怪我をして入院したような気がしてきた。

 そこで、ふと腹をめくって、改めて自分の身体を眺めてみた。あまりはっきりしないけど、微かに数センチくらいケロイド状に膨らんでいる…かもしれない。これは傷跡なのだろうか?

 やがて、里奈と並んで病院の前で立っている写真が映し出された。恐らく退院した時の記念写真なんだろうけど、里奈の表情が硬い。

 一体、何があったんだろう?それに、何故、オレはそのことを忘れていたのだろうか?


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