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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第4章 帰還した現実世界で
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4.28. プロジェクト

 時宮准教授のカップからコーヒーが無くなり、席を立った。ものぐさな彼のことだ。てっきり高木さんにおかわりをお願いすると思ったのだけど…。やがて思宮研究室に移籍する高木さんから、自立しようと考えているのだろうか…?

 そんなことを考えていたオレに、高木さんが話しかけてきた。

「あのコミュ障だった桜井君のお父さんが時宮先生の師匠だったり、お祖父さんが時宮先生の恩人だったとはね。桜井君ってコンピュータ関連の知識や技術は凄いと思ってはいたけど、まさか本物のサラブレッドだったなんてね。」

「サラブレッドだなんて、とんでもない。オレなんかただの苦学生ですよ。バイトの収入と奨学金が無いと、大学に通えないですから。だけど…」

 その後「そう言う高木さんだって、メガネっ娘でコミュ障でしたよね?」と突っ込もうと思ったけど、それは呑み込んだ。今や高木さんはメガネっ娘でもコミュ障でもない。小柄なダイナマイトボディは健在だが…。羨ましいぞ、木田。

 高木さんは少し怪訝そうな顔をしたけど、話を続けた。

「時宮先生の言ってた『これからのこと』って、桜井君は何か知ってる?」

「いいえ、何も。」

「実はね、木田君にも一緒に湊医科大学へ進学しようって誘ったんだけどね、断られてしまったのよ。『これからのこと』と何か関係があるかな…。」

高木さんは少しうつむいた。

 高木さんと木田はうまくいっていると思っていたのだが、何か問題が発生しているのだろうか? 木田が何を考えているのか、少し推察してみた。

 木田もオレと同じように、自宅から通学している。ただし、彼の家は結構遠い。その木田の家からだと、湊医科大学は先駆科学大学よりもさらに遠い。湊医科大学で大学院生の生活を送ろうとすると、家に帰れなくなる日が続くだろう。

 すると結局、一人暮らししている高木さんの家に転がり込んでしまう可能性が高い。で、なし崩し的に同棲になる…のか? あいつは良い奴だが、古臭い「漢」だ。そういうのは木田は好まないし、そう考えただなんて、きっと高木さんには言えないだろう。

 仕方が無い。推測だけど、オレから高木さんに話してあげようか?

 そう思い立った直後、准教授室のドアが開いて焙煎の香りがしてきた。今オレたちが飲んでいるコーヒーの香りと少し違う。

「お待たせ。」

時宮准教授が、おかわりのコーヒーを淹れて戻ってきた。今は時間が無い。木田のことは本人に確認して、できれば彼自身から高木さんに伝えさせる方が良いだろう。


 時宮准教授はソファーに腰掛けると、早速、話し始めた。

「で、今後のことだが、さっきも言った通り『フォンノイマンのレクイエム』なんて口外すると危ない…らしい。だけど、これから研究を進めていくにあたって、この研究全体を指す言葉がないと不便だ。だから、今後は『フォンノイマンのレクイエム』に関する研究を単に『プロジェクト』と呼ぶことにしたい。」

 この提案に対して、

「中二病みたいな発想ですね…。」

と言ったのはオレ。でも、高木さんが意外にも

「まあまあ良さそうな名前だと思いますよ。」

と前向きな反応だったので、渋々うなずいた。

 少しイラついたオレは、少しぶっきらぼうに尋ねた。

「名前は良いとして、中身はどうなっているんですか?」

 ところが、尋ねられた時宮准教授はむしろ気分良さそうに答えた。

「『プロジェクト』用のハードウェアの主戦力は、『睡眠学習装置(改)』に量子コンピュータ3台に量子ストレージモジュール2台、それにワークステーション数台とそこに挿すAIやらGPUやらの演算ボードがゴチャゴチャと…。そういえば、他にも『睡眠学習装置(仮)』から『睡眠学習装置(改)』に改造した時に、脳波や微弱電波のセンサとか旧型のMRIとかも余ってるなあ。まあ、そんなところだ。」

 すると、高木さんが付け足した。

「思宮研にも、面白いものがありますよ。」

「何があるの?」

「リアルタイムに、人体断面の量子状態をマッピングする装置があります。」

 それって、どこかで聞いたような装置と似ている。しかし、オレが疑問を発する前に、時宮准教授が高木さんに尋ねた。

「それは、原理的にはMRIなのか?」

「MRIのもありますが、広帯域マルチスペクトルセンサもありますよ。これを使うと、離れた場所からシナプスの発火状況がわかるので、そこから推定するんです。『睡眠学習装置(改)』のように装置内に被験者がいなくても。ただし、被験者の神経やその背景にある量子状態に干渉することはできませんが。」

 2人とも目が輝いている。でも、オレには完全には理解できていない。少し勉強し始めたが、まだ理解しきれない分野だ。先日説明された三木さんの分野に近いけど、少し違う。もっと勉強しないと…。

 オレが理解の糸口を探している間にも、2人の会話は進んでいく。

「すると、微弱な光のスペクトルを3次元的に捉えて、それをAIで被験者の五感や感情を再現するのかな? その情報を連続的に蓄積していけば…。」

いや、時宮准教授は1人の世界に入って行ってしまいそうだ。後半の言葉は、ほとんど独り言だったし。

 だけど、高木さんは、それを適当に受け流して対話を続ける。

「多分、そうだと思いますが、私も今のところ詳細はわかりません。」

 高木さんに意識を引き戻された時宮准教授だったが、説明されたデバイスには興味津々のようで、

「後で、思宮先生に聞いてみよう。でも、多分…まあ、そう言うことかな?」

と言うと、ふと笑みをこぼした。

 「まあ、そう言うことかな?」って一体何だ? 気にはなるけど、教えてくれそうにない。いや、オレがわからないだけかもしれないが…と、高木さんの顔を見たが、彼女もキョトンとしていた。

 高木さんがこの状態では、今、これ以上ハードウェアやデバイスの話を聞いても意味が無い。オレが勉強不足なのはこれから何とかするとして、デバイスが必要になればその都度、理解していくしかない。


 だから、オレは話題を変えた。

「それで、『プロジェクト』には、誰がどんなテーマで関わるんですか?」

 だけど、時宮准教授は少し困ったような表情を浮かべて答えた。

「時宮研としては総力戦だよ。どのテーマも『プロジェクト』に関連するし…と言いたいところだけど。外部にはもうしばらく内容を非公開にしておきたいから、今、就職活動や他大学の大学院へ行こうとしている学生には『プロジェクト』を隠しておきたいんだよ。そうしないと、彼ら彼女らから情報が漏れてしまう。」

 それなら、大学院でも時宮研に残りたいと言っていた木田と豊島には、『プロジェクト』の存在を言ってもかまわないのだろうか?まあ、『プロジェクト』の存在を知っても知らなくても、それぞれのテーマの目的や内容は変わらないようだが。

 高木さんが言った。

「そうですね。『プロジェクト』の存在は非公開でも、時宮研全員が戦力ですね。もちろん、思宮研へ移籍する私も引き続き関わりたいと思っていますが。」

 すると、時宮准教授は笑顔で応えた。

「もちろん、私も思宮先生もそのつもりさ。だから、今回、君たち2人だけ呼んで話したんだ。高木さんはこれからも『プロジェクト』の統括者であって欲しいし、桜井君は生まれた時からの関係者だからね。」

 そして、最後にこう付け加えた。

「今の話、特に『フォンノイマンのレクイエム』については、家族や友人、恋人にも内緒だよ。もしかすると、危ないことに巻き込まれるかもしれないから。」

そう言って、口に人差し指をあてた。


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