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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第1章 プロローグ
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1.12. 責任と約束

 ムーコが言っていた高い建物「ビーンストーク@ベイ」は、地上1200 mで日本一の高さを誇る。オレ達は地上1100 mにある展望台まで、エレベーターで一気に登った。目も眩む高さだが真下の暗い海は見えず、代わりにベイエリアや遙か遠くの街の灯が眼前に広がり、素晴らしい眺望だった。ムーコのテンションは上がり、写真を撮っては何やらスマホを操作していた。

 それにしても、午後7時過ぎ現在、ここにいたのは…

「カップルばかりですね。」

「だな。」

 オレとムーコのミッション、「ダブルデート作戦」は首尾良く終了した…と思う。後は、本人達次第だ。でも、オレとムーコの噂はかなり広まってしまった。そこで、展望台を歩きながらムーコに言った。

「今回の件で、ムーコとオレの噂が広がってしまったね。ゴメンよ。」

すると、ムーコは立ち止まってこちらを向いた。

「全然平気ですよ。桜井先輩が()()を取ってくれれば良いので。」

突然、ムーコの口から軽く吐き出された重い言葉、責任…。

 そこで、恐る恐るムーコに尋ねた。

「責任を取るって?」

「2回目の実験直前に、見返りを期待してるって言ったじゃないですか?」

「見返り…。その見返りって、責任と関係あるの?」

オレの問いに対して、ムーコは斜めに答えて来るので、意図が読めない。

 ムーコはクスッと笑うと、少し間をおいて言った。

「そうですね。見返りとして、桜井さんに目を閉じて欲しいのですが。」

「それで良いなら。」

と言って、目を閉じた。

「私が合図するまで、そのままでいて下さい。」

ムーコの言葉にうなずいてしばらくすると、唇に柔らかく暖かい感触がした。これは…ムーコの唇?


 その後も目を閉じたまま、随分時間が経過したように思えた。ようやくムーコから、

「目を開けて良いですよ。」

と言われて目を開くと、ムーコの隣に、ムーコを大人っぽくした様なエレガントな女性がいた。

 すかさず、ムーコが言った。

「これは平山現咲。私の姉です。すぐ近くにいたから、こちらに来る様に呼んだんです。」

そうか、ムーコはSNSに写真をアップしていた様に見えたが、姉と連絡をとっていたのか。

「初めまして、桜井祥太さん。妹がいつもお世話になっておりますわ。」

と、ムーコのお姉さんに言われ、状況が掴め無いまま軽く一礼した。

 「それにしても、貴方達も大胆ですのね。こんな所でキスして、その写真を私に撮らせるなんて…。」

平山現咲は少し目を伏せて、頬を赤らめた様に見えた。

キス?写真?さらに混乱したオレに、平山現咲は写真を見せた。写真の中のオレは、確かにムーコとキスしている。目が泳いだまま、ムーコの方を見ると、舌を少し出して、

「てへっ。」

と可愛く笑った。これが、昔流行ったと言う「テヘペロ」かー!って、今はそれどころじゃ無い。

 混乱して考えのまとまらないオレに、ムーコは更にグイグイ押して来る。

「桜井先輩、私はあなたが欲しいです。噂が広まった責任もありますし…。」

これはムーコ流の「愛」の告白なのだろうか?でも、姉を呼んだり、「好き」では無くて「欲しい」と言うのは変だ。それに、噂の責任って、オレにどうしろと言うのか?

 無言のままのオレに、ムーコは笑顔で言った。

「今は結論を出さなくても良いですが、考えてみてくださいね。」

オレは混乱したままうなずいた。


 午後8時半頃、虫の音が聞こえる中、家に帰ると里奈は部屋に引きこもっていた。里奈の部屋から時折物音がするので、中にいるのは分かるが、ドアをノックしても返事は無い。

 仕方が無いので、ドアの外から話しかけた。

「そのままで良いから、聞いて欲しい。」

ドアの向こうで、何か気配を感じる。オレはそのまま話を続けた。

「オレは里奈を大事に思っているからこそ、最近は兄妹として、里奈とどう接して良いのか分からなくなっているんだ。木田を連れて来た時もそうだったし…。」


 その時、ドアが開いた。

「お兄ちゃん、中に入って。」

里奈の部屋は、デスクライトだけが灯っていて、薄暗かった。薄暗い中でも、里奈の怒りは表情から読み取れた。

「先ず、コレを見て。」

の里奈に見せられたスマホの画像は、先程、平山現咲に撮られた写真だった。ムーコはこれを里奈に送ったらしい。オレとの噂を拡散していたのは、ムーコ自身だったのだろう。ムーコは一体何を企んでいるのか…。

 そこで、オレは最初から説明した。木田と高木さんの仲を取り持とうとムーコに相談すると、ダブルデートを持ちかけられたこと。写真のオレは目を閉じているのに、ムーコは開いている理由。里奈も、この写真が仕組まれたものだと気付いた様で、表情が和らいできた。


 誤解が解けたところで、里奈はオレの眼をジッと見つめて話しかけた。

「お兄ちゃん、覚えてる?」

「何を?」

「お爺ちゃんが亡くなった時、お兄ちゃんはいつまでも私と一緒にいるって、約束してくれたよね?」

「忘れる訳が無い。今までだって、そうして来ただろう?」

「うん。でも、この先もずっとだよ。()()、ちゃんと守ってね。」

 うなずいたが、約束という言葉を重く感じた。でも、これまでも里奈との約束を守って来たし、今後も守り続けるつもりだ。だが、しかし…

「だけど、いつか里奈もオレも、他の誰かと人生を歩む事になるはずだよ。オレ達は兄妹だからね。」

 里奈はオレから突然視線を外して、やや顔を赤らめて言った。

「今まで黙ってたけど、私、知っているの。」

「何を?」

「お兄ちゃんと血が繋がっていない事を。」

 オレは驚愕した。

「…一体、いつから知っていたんだ?」

「お爺ちゃんが亡くなる少し前。私が病室に入ろうとしたら、お爺ちゃんがお兄ちゃんに話していたのが聞こえたの。聞いてしまってから、お兄ちゃんとどう接したら良いのか、しばらく分からなくなったわ。」

そう言えば、あの頃の里奈の態度は少し変だった。

「それでも、里奈はオレの大事な妹なんだ。」

「わかってる。お兄ちゃんは、私の為に凄く頑張ってくれた事も知ってるつもりだよ。でも、大人になっても歳をとっても、ずっと一緒に居たいと思う様になったの。血が繋がっていないから…」

 里奈の言葉に歓喜と恐怖に引き裂かれながら、その先の言葉を遮った。

「里奈、お前は魅力的だ。だけど、妹に手を出す訳には行かない…たとえ血が繋がっていなくてもだ。」

「もしも、私がお兄ちゃんの妹でなければ、どうなるの?」

「お前が妹でなければ、里奈は眩しすぎる。一人前じゃないオレは、そんな女の子と一緒に住む訳にはいかない。」

「それって、お兄ちゃんも私が好きだって事?」

 お兄ちゃん()って事は、里奈()オレの事が…。嬉しいが、それは不毛だ。

「ゴメン。…答えられない。」

「じゃあ、平山さんと私のどちらを選ぶの?私との約束を守ってくれると信じて良いの?」

「里奈との約束が最優先で、他の人との約束はそれより後だ。里奈と先に約束したんだから。」

「本当に?」

「うん。だけど、独身のままオレ達が歳をとって二人で暮らしているのは、少し寂しいだろうね。」

 オレの言葉を反芻して、少し考えてから里奈は応えた。

「結局お兄ちゃんは、私が他の誰かを選ばない限り、私と一緒にいる事が最優先なんだよね?だけど、血の繋がりが無くても、私が妹である限りこのままなんだ…」

オレはうなずいた。

「わかった。でも、いつかきっと…。」

薄暗い中で、顔を赤らめながらもオレに真っ直ぐな眼差しを向けてくる里奈は、美しく妖艶に見えた。オレはそっと里奈の頭を撫でると、里奈の部屋から出た。


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