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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第4章 帰還した現実世界で
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4.24. 第3回報告会

 夕食の後に豊島を送り、家に戻ってくると、もう日付が変わっていた。仏壇に手を合わせると、周りに昨日観た桜井家と倉橋家のストレージがまだ転がっている。それに、先日拾って来たドローンの記録も気になる。

 だけど、今夜はもうそれらをみる気力は無い。風呂に入って、眠るだけだ…。


 こうして、報告会の朝が来てしまった。資料は昨日できたけど、それをどうやって説明しようか? 研究室の皆の前で。そもそも、オレはコミュ障なのに…。

 それに順番はどうだろう? 高木さん、三木さん、そして今回は?

「木田、今日の順番はどうするんだ?」

「学部生の中では、最初はお前な、桜井。で、俺、豊島、新庄、川辺、小鳥遊の順って決まってるよ。」

「いつの間に?」

「昨日の朝、みんなでくじ引きしたんだよ。」

 だって、オレいなかったし。くじ引きなんて参加してないぞ。と、言おうとしたら、木田に先回りされた。

「お前はまだ来てなかったから、代わりに俺が引いてやった、最後に残ったやつをな。そしたら、お前が先頭になったのさ。」

 オレはため息をついたが、まあ仕方がない。いや、考えようによっては、早く終わるのはむしろラッキーな気もする。

 それにしても、木田は2回くじ引きを引いて、最初と2番目とは。運が良いのか悪いのか。


 そこへ、高木さんと時宮准教授が来て、報告会が始まった。


 高木さんの第一声は、彼女の進路についてだった。オレは、優秀な高木さんの就活が長引いていたことに、違和感を感じていた。だけど、彼女の話を聞いてようやく理解できた。

 高木さんは大学院に進学した時点で、世界的な総合テクノロジー企業であるPECすなわちProvisioners of Equipments and Codes Inc.への入社を前提として、奨学金をもらっていたのだそうだ。ところが、湊医科大学の思宮教授の勧めもあって、博士課程への進学を希望することになった。

 それを、PECの担当者に告げると、高木さんを即戦力として考えていたので困ると言われた。そこで、高木さんを推薦した時宮准教授も含めて話し合い、三木さんが高木さんの代わりにPECへ入社することになったそうだ…1年後のことになるが…。

 その調整のために、高木さんと時宮准教授の姿がしばらく見えなかったそうだ。が、三木さんはそのことを知っていたはずだ。もしかすると高木さんの彼氏である木田も…と思って彼の方を見たが、涼しい顔をしていた。まあ、知っていても、話が決まるまでは他言できなかったのだろうけど。


 その後、高木さんの研究報告が始まった。何度か学会発表をこなして論文も執筆中の彼女の報告は、論旨がはっきりしていてわかりやすかった。

 彼女の研究は「量子回路内に実現した人工意識体の記憶構造の可視化」だ。要は「睡眠学習装置(改)」に構築されているオレの人工意識体の記憶構造を可視化するというのがテーマであり、記憶障害や脳機能障害への応用がその目的になる。

 これまでの報告会での説明を聞いただけじゃなくて、オレ自身が人工意識体になったり、その記憶構造を図示された経験がある。だから、高木さんの説明を聞くのは今更だと思っていた。

 だけど改めて聞いてみると、オレと高木さんの研究テーマは裏表の関係にあるのでは、と思った。

 高木さんの研究では、人工意識体の反応から、パーセプトロンの構造と重みづけを決める。そして、それを元にして、記憶領域の位置と構造を決定していくらしい。

 その一方で、オレの研究の暫定案では、量子アニーリングで初期条件からエネルギーが極小に変化した時の値を、深層ニューラルネットワークにおけるシナプスの重みづけに使おうとしている。結局、量子アニーリングが脳のシナプスの構造に影響を与えて、シナプスの構造がさまざまな情報処理をするという脳の仕組みの仮説を利用する。


 そんなことを考えているうちに、三木さんの発表は終わってしまっていたらしい。隣の席にいた木田に肩を叩かれて、我にかえった。

「桜井、大丈夫か? お前の番だぞ。」

 少人数とは言え、人前で話すなんて…全く覚悟ができていなかったのに、そのまま皆の前に出た。振り返ると、目の前にいるのは知った顔ぶれだ。それなのに、彼ら彼女らをまとめて前にすると、思うように言葉が出ない。

 それは体感では3分位だったが、実際には数秒だったのか?誰からも不審そうな目を向けられない内に、PCに目を落とした。そこに映っていたのは、昨日オレが作った資料だ。だから、オレがこれを説明するのは、小学生が教科書を音読するようなものだ。

 …で、「音読」が終わった。再び固まりそうになったオレに、高木さんから質問が来た。あれっ、質問されて高木さんの顔だけを見たら、それほど緊張しなくなったようだ。何か、高木さんと普通に話しているような気がしてきたからだろうか?

 高木さんの質問は、具体的にどんなコードを作ったのか?だった。だけど、流石に昨夜こしらえたばかりの「案」を実現するコードは、試作すらできてない。だから、検討中とだけ答えた。

 質問が終わると、時宮准教授の採点がスクリーンに映し出された。70点。100点満点で、高木さんでも90点だから、意外に良い結果だ。

 時宮准教授の講評は、「アイディアは良い。先ずは、コードを試作してみて。」ということだった。これで良いなら、10日もあれば試作できそうな気がする。

 次は木田の発表だったが、気が抜けたオレには全く記憶に残らなかった。その後、豊島が話し出した時、オレは内職を始めた。オレのアイディア通りに進めて良いのなら、早速コードを作りたくなったからだ。新庄、川辺、小鳥遊の発表が続いたハズだが、全く覚えていない。

 だが、時宮准教授に肩を叩かれて、我に返った。

「桜井君、少し話があるから、私の部屋に来てよ。」

内職がバレたか?…いや、時宮准教授は怒っていなかったぞ。そうだ、昨日、報告会の後で話があると聞いていたのだった。


 一体どんな話なんだろう?


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