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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第4章 帰還した現実世界で
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4.21. 誕生

 PCに映し出されたのは、見たことの無い女性と大きめのぬいぐるみのような何かが、一緒にベッドで横たわっている姿だった。だけど、その女性の姿はどことなく懐かしい感じがする。

 やがて、男性の声が聞こえてきた。これは…父の声だ。

「よく頑張ったね、穂花(ほのか)。」

「気を失いそうだったけどね。」

そう言う女性の声は、どこか弱々しかった。

 やがて、映像は「大きめのぬいぐるみ」をクローズアップした。それは…顔を真っ赤にした、とても小さい赤ちゃんだった。産まれたてなのだろうか?

 その映像に父の声が被ってくる。

「俺たちの最初の子供。予定通り男の子だし、前に話し合ったように『祥太』でいいかな?」

この「ぬいぐるみ」は、オレ自身だったのか…。すると、この女性「穂花」がオレの産みの母親ということか…。

 その穂花が言った。

「そうね。出生届は任せるわ。」

「了解。任せろ。」

と父が笑顔で答えた。

 しかし、産後の穂花は映像で見てもやつれていた。だから、

「でも、私も疲れたし、直ぐにこのまま病室へ運ばれるそうよ。」

と穂花が言うと、父も応じて言った。

「そうだね。面会時間も看護師さんから10分って言われたよ。」

 すると、別な女性の声が映像に入ってきた。

「そろそろいいですか?」

どうやら看護師のようだ。

 ベッドで横になっている産みの母が応えた。

「わかりました。よろしくお願いします。」

「それじゃ、また明日ね。」

と言った父に、「産みの母」が手を振ったところで映像は終了した。


 「母」は、オレの「産みの母」では無かったのか。だから、父はこのメモリーカードをオレに託して、大人になるまで見るなと言ったのだ。その一方で、この「産みの母」のことを「大切で忘れてはいけない」と言いたかったのだろう。

 確かに、父とオレは、彼女のことを決して忘れてはいけなかった。父が生きていれば、いつかオレに「産みの母」について話してくれたのだろうが、その機会は永遠に訪れなかった。


 では何故、産みの母が「母」とは別人だったのだろうか?それに、彼女はどこへ行ってしまったのだろう?


 その答えは、このメモリーカードにあった。「誕生」の動画よりも後の日付のファイルを、次々と開いていった。

 父と産みの母、それにオレが幸せな時間を過ごしたのは、1年に満たなかった。オレの1歳の誕生日のお祝いは、病院のベッドで行われた。産みの母が病気で入院してしまったためだ。そしてその時、産みの母は髪をほぼ失っていた…。

 やがて、映像から産みの母「穂花」の姿は消えた。それと同時に、オレの笑顔も父の笑い声も消えた…。

 そうしてオレが2歳の誕生日は、オレは「桜井家の墓」の前にいた。オレが2歳になったことを、父が産みの母に報告していた。


 その後、しばらく映像は記録されていない。


 次の映像では、オレは保育園児だった。保育園の運動会で、昼食の時間。他の子達は両親と一緒なのに、オレには母はいない。それに、父はお弁当を持ってきていなかったようだ。

 オレは、お弁当の代わりに父が持ってきたお菓子を食べ始めた。そんなオレは、何となく所在なさそうに見える。


 そこに、母がやってきた。もちろん産みの母「穂花」ではなく、母「綾」だ。母はオレの運動会のために、お弁当を持ってきてくれたのだ。そして、オレの頭を撫でると言った。

「初めまして、祥太君。」


 映像の中のオレは、すごく緊張しているように見える。そして、父は時々笑っていたが、どこか声色が硬い。その父が、これまた緊張の見える母に言った。

「ありがとうございます、倉橋さん。」

 倉橋さん…ってことは、まだ父と母は結婚してないのか。それに、そうだとすると、この時点でまだオレの「母」では無いのだろう。

 その「母」に父は続けて言った。

「今日は里奈ちゃんはどうしたんですか?」

「父に預けてきましたよ。」

と母。父って、オレにとっては祖父のことか?

 この時の父は、「穂花」に対する時のように打ち解けた感じではなく、母に失礼の無いように気を遣いまくっている感じだ。

「今日は無理言って、こんな所に来ていただいて済みません。」

「いえいえ。私も祥太君に会いたかったんです。それに、もともと無理を言い出したのは、父ですから。」

「今度、私も里奈ちゃんに合わせてくださいね?」

「もちろんです。その時は祥太君もご一緒にね。」

保育園児ながら空気を読んだらしいオレは、そんな「母」に頭を下げた。

 映像の中で、少しづつ打ち解けていく父と「母」。その2人を引き合わせたのは、どうやら「母」の父である倉橋量だったようだ。


 結局、オレは父と産みの母「穂花」の子供で、里奈は母「綾」と父以外の男性との子供のようだ。すなわち、オレと里奈は全く血が繋っていない。

 玉置由宇がメッセージで伝えてきたことは、正しかったのだ。そして、オレと里奈が血縁関係に無いことを、里奈は知っていて玉置由宇に告げたに違いない。 


 目的は果たしたが、少し動揺したオレは、そのままメモリーカードのファイルを次々と開いて行った。

 父が産みの母「穂花」と出会う前までのメモリーカードの記録は、静止画が多かった。古いファイルから見ていくと、父しか知っている人は映っていないハズだと思っていたら、そうでは無かった。

 かなり若いが、祖父の姿があった。父と祖父は応接テーブルを挟んで、コーヒーを片手に談笑しているようだ。ややラフな服装の父…まるで時宮准教授のような…と、スーツ姿の祖父…。

 そして、2人が写っているその場所は、どこか見覚えのある場所だ。


 ふと、PCの時計を見やると、もう朝の3時を回っていた。夜も更ける時間だと知ったためか、にわかに眠気を感じた。


 …気づくと、オレもそこにいた。「そこ」の窓から見える景色は、時宮研究室から見える景色とほとんど違いが無い。

 懐かしい祖父の声が聞こえてきた。

「桜井先生、うちに来てくれる決心はつきましたかな?」

すると父は答えた。

「大学にいるより楽しそうなんですが、学生たちを放って辞めてしまうのも気が引けてしまって。」

 それでも、祖父は引き下がらなかった。

「うちにも、桜井先生に教えを乞いたい人はたくさんいますよ。その人たちが気の毒だとは思わないんですか?」

父は頭をかきながら応じた。

「そう言われても、イメージできませんね。」

 すると、祖父は指差して言った。

「今日、社内報のためにこの映像を撮っている時宮君も、その1人ですよ。なあ?」

…時宮君って「時宮准教授」のことか?父と祖父の年齢からすると、せいぜい高校1年生くらいだと思うが…?


 「時宮君」の方を見ようとしたその時、目が覚めた。というか、これは夢だったのか…。時計は3時半を回っている。もうベッドで寝よう。

 そう思って立ち上がると、仏壇が少し開いていて、隙間から祖父の写真が見えた。仏壇をしっかり開けて、手を合わせてお参りした。


 今度、ここに産みの母「穂花」の写真も置こうと思った。母「綾」は嫌がるかな?でも、仲良くしてほしい。オレにとっては、2人とも「母」なのだから。


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