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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第4章 帰還した現実世界で
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4.19. 突風

 駅から出ると、急に雨が激しく降ってきた。時々、雷鳴がとどろき、強い風も吹きつける。

 無人タクシーに乗る金はなく、傘もない。でも、濡れると困る荷物もない。時間も遅いから雨が止むのを待つ時間もない。仕方がないので、雨に濡れながら夜道を歩くことにした。

 駅から自宅へと続くこの道は、これまでに何度も歩いてきた。ムーコとよく歩いた道だ。玉置由佳にいろいろと言われているうちに、ムーコのこと、そして2人でこの辺りを歩き回ったことを思い出した。


 そして、ここを通るとどうしても思い出してしまう。あの夜のことを…。


 電動バイクに乗った高坂和巳に、オレとムーコが薬物を打ち込まれたのは、今通りかかったこのアパートの前あたりだったハズだ。そして後から来た白いワンボックス車に乗って来た2人組の男たちが、ムーコを誘拐しようとした。

 そのワンボックス車のナンバーは判っている。しかしそれは「わ」ナンバー、つまりレンタカーだったのだ。レンタカー会社の情報までは簡単に判った…。だけど、借りた人物についての情報は秘匿されていて、なかなか見つけられない。

 AM世界のオレは諦めずに調べているが、いまだに不明のようだ。こういうことは、警察なら簡単にわかるのだろうけど。

 それと、大型ドローンを撃ち抜いた狙撃手だ。…そいつが男性か女性かすらわからない。狙撃手については全く情報がないので、調査するとっかかりすら無い。

 それに、高坂和巳がムーコを襲った動機が平山龍生への恨みなのは間違いなさそうだけど、他の3人の動機は何だろう?


 歩きながらぼんやりとそんなことを考えていたオレは、ゴーッという風の音で現実に引き戻された。そして…その直後、身体が浮いた。

 いや、オレの身体だけでは無い。暗闇の中で色々な物が一緒に浮き上がっている。ふと、何かがキラッと光った。何か光を反射させる、たぶん金属でできた物体が、宙を舞っている…のか?

 やがて、地に足がついた。ずいぶん長い時間飛ばされたと感じた。だけどきっと、周りで冷静に見ている人がいれば、それは一瞬のことだったと言うのかもしれない。

 呆気にとられたオレは、しばらく立ち尽くした。身体が宙を舞った時には、今度こそ死んだかと思った…。でも、どこも痛く無いし、怪我もしていないようだ。


 気がつくと雨は止んでいた。そして、雲間から月が現れ、地上に一条の光が射した。その光を浴びて、道路の上で一瞬何かが輝いた。


 何だろう?


 恐る恐る近づいて、手に取った。それは、泥まみれだがファンが4つついている。ドローンだ。AM世界へ行く前にオレが遊んでいたタイプのドローンと良く似ている。でもオレのドローンは、現実世界に戻ってきた時にはどこにもなかった。

 そう言えば、現実世界でムーコとオレが襲われたあの夜、ムーコの周りを監視するドローンを制御していたのはAM世界のオレだ。そして、そのドローンを、この辺りのアパートの屋上に着陸させたのだった。

 それが、その後どうなったのかは知らない。だが、多分そのまま放置されたのだろう。

 あのドローンは、自律型ではなく、コントローラから無線で制御される必要があったからだ。だがその制御装置は、事件現場に残されたムーコの所持品として、警察が持ち帰ったハズだ。だから、事件後には、AM世界のオレにもコントロールできなくなっていた。

 …もしかすると、これはそのドローンなのでは?

 あれから、約1年半。制御を失い、恐らく電力も失い、アパートの屋上に安定して着地したまま汚れて朽ちていった…のだろうか?オレの身体が飛ばされたほどの、この強い突風で吹き飛ばされるまで…。

 雨に濡れて歩いてハイテンションだったのか、我ながら想像力が豊かすぎる、と心の中のもう1人のオレが苦笑する。だけど、何にしてもこのドローンは持ち帰った方が良さそうだ。


 ずぶ濡れで家に帰ったオレは、拾ってきたドローンを玄関の土間に置いたまま、すぐにシャワーを浴びてさっぱりした。今日は精神的に疲れたし、このまま寝てしまおう。

 そう思ってベッドに倒れ込むと、携帯端末から着信音が鳴った。確認してみると、それは玉置由宇からの「初」メッセージだった。

「妹から聞きましたが、今日はすみませんでした。」

 あの変なテンションの玉置由佳とは違って、姉の方はそんなに変な娘じゃ無かったな。今さらながら、昨日会った玉置由宇を思い出した。

 そこで、

「まあ、気にしないでください。」

と返した。

 すると、次々メッセージが来た。

「お兄さんと里奈ちゃんは苗字が違うんですか?」

「昨日も気になったんですが、いきなり尋ねるのも失礼だと思って。」

「でも、妹もお2人の苗字が違うと騒ぐので、気になってしまって。」

 そこかあ。玉置由佳が言ってたように、改めて考えると確かに変だよな。でも、とりあえず、玉置由佳に言ったことをそのまま返信しよう。

 そう思っていると、玉置由宇から新しいメッセージが来た。

「それに、里奈ちゃんから聞いたんですが、お2人の血が繋がっていないって本当ですか?」


 えっ? 


 …そうなのか?…そうだったような気もする。だが…本当にそうなのか?記憶が曖昧で確信が持てない。突風に巻き込まれた時のように、宙に浮いて足元が覚束なくなったような気分だ。

 そして、「地に足が着いた」その時、オレは突然理解した。現実世界に戻ってきてからずっと抱いてきた、「違和感」の正体を。

 多分、オリジナルの現実世界のオレが里奈を大切に思っていたのは間違いないだろう。そして、オレが現実世界に戻って来れたのは、里奈のおかげだ。

 でも今のオレは、里奈が何者なのか、オリジナルのオレとどんな関係だったのか、その肝心な記憶がはっきりしないのだ。いや、少しずつ回復はしてきている。もう少し…あともう少しで、記憶の扉を開ける鍵が見つかりそうな気がするのだ。

 現実世界に戻って来てからの1年半もの間、その鍵の存在に気づかなかった。でも、その記憶はオレを不幸にするのか幸福にするのかわからない、パンドラの箱だ。気づかなかったというよりも、無意識にそこから目を背けてきた…のかもしれない。


 それからのオレは、そんなフワフワした気持ちのまま、何かを玉置由宇に返信した。どんなことを返信したのか全然記憶に無いが、「とにかく当たり障りの無いことを、携帯端末に入力した。」と、その時は思っていた。


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