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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第4章 帰還した現実世界で
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4.18. 玉置由佳

 玉置由佳が説明を始めた。

「お姉ちゃんが初めてのアルバイトから帰って来ると、顔がニヤけてたんで、何があったの?って聞いたんです。すると…」

「すると…?」

真顔で食いついてきたのは、里奈だった。

 玉置由佳が、少し声を落として里奈に向かって話を続けた。

「『大学の友達のお兄さんに会ったんだ。学生のバイトなのに職場の人たちに一目置かれているみたいで、大人って感じがしたわ。』って言いながら、交換した連絡先を喜んで見せてくれたの。()()()()()()の桜井さんのメッセージアカウントを。」

 里奈がちらっとオレを見た。あれっ、また不機嫌になったのか…?こんな感じの里奈を、前にも見たことがあった気がするけど、いつだったか…。


 玉置由佳は、里奈の顔色も気にせず、話を続けた。

「私はピーンと来たわ。奥手のお姉ちゃんにも春が来るかもって。」

 だが、里奈の顔色を気にして居心地が悪くなったオレは、やむなくツッコミを入れた。

「それをオレに言うの?オレと君のお姉さんは、昨日あったばかりだし、お互いのことをほとんど知らないんだよ。まして、つきあうだなんて。そんなの、君のお姉さんの方からお断りされてしまうよ。」

 すると、玉置由佳は笑顔で返した。

「やっぱり。」

「えっ、何が『やっぱり』なの?」

と、オレは狼狽しつつ応えた。

「だって、桜井さんの言い方だと、今付き合っている女性はいないんでしょう?」

 里奈の視線が再び厳しくなったような気がした。

「…まあ、その通りだけど?」

そう、オレが応えると、少し里奈の表情が緩んだような…。でも、男としては少し悔しい気もする。


 それで少し気が抜けたオレに、玉置由佳が尋ねてきた。

「今度の日曜日、何か予定はありますか?」

これに対して、オレはうっかり答えた。

「いやあ、特に無いよ。」

 すると、そこに玉置由佳が畳み掛けてきた。

「それなら、お姉ちゃんとデートしてくれませんか?」

オレは今更、トラップを踏んでしまったことに気づいた。

「デート?」

「桜井さんとお姉ちゃんは、まだ1回しか会ってないのなら、先ずはお互いのことをもっとよく知るべきですよね?さっき、桜井さんも『お互いのことを知らない』って、言ってましたよね?」

 何故にそうなる?…でも、分がわるい。それと、里奈の表情がまた固くなった…やばい。

 オレは里奈の視線を感じながら、玉置由佳のトラップをかわそうとして言った。

「お姉さんの都合もあるでしょう?」

 しかし、玉置由佳は胸を張って応えた。

「問題ありません。」

どうやら、最初から玉置由佳の罠にハマっていたようだ。

 困ったな…と思いながら里奈の方をチラッと見ると、里奈が少し顔を赤くして言った。

「そ、それじゃあ…私もついていく!」

 すると、玉置由佳も里奈に合わせて言った。

「もちろん私もついていきますよ。妹同士、兄と姉の行く末を見守りましょう!」


 オレは、ここまでほとんど無口だった吉川さんの方を、助けを求めて視線を向けた。だが、疲れてげんなりした顔の吉川さんに、

「こんな話だったら私は帰るね。仕事に関係する話だと思ったけど、桜井君の問題かあ。…若いって良いわねえ。」

と突き放されてしまった。

 入社3年目の吉川さんだって、まだ24歳くらいのハズ。オレや里奈のようなバイトを除けば、ほぼ最年少なのに…。でも、浮いた話が聞こえてこない。

 吉川さんの所属するデザインチームは、ほとんど女性だ。それに吉川さんは女子高の出身だし、あまり男性と接点が無いのかも。

 吉川さんの話は続いた。

「もう疲れたわー。後のことは桜井君にお任せするね。」

と。

「えーっ、そんな…。」

 こうして、吉川さんは立ち去った。オレと2人の「妹」を後に残して。…いや、お勘定も残っていた。これでオレの家計は、今月の赤字が確定した。来月は、その分も仕事しないと…。

 こんな時でなければ面倒見が良くてフェミニンな吉川さんは、実は男性ばかりのプログラミングチームでは、密かに人気者だ。だけど、皆さんシャイなのか、抜け駆けしたという人の噂は聞こえて来ない。

 だから、彼らの想いは、吉川さんには届いていないのだろう。何とも不毛なことだ。


 それはさておき、姉とオレのデートを取り付けるというミッションを終えた玉置由佳は、素に戻って「女子高校生」らしくなった。つまり、背伸びをしたいお年頃の彼女は、里奈に興味をぶつけ出したのだ。

 「何故、西玉美術大学に進学したのか?」に始まり、友人のこと、ファッションのこと、化粧の仕方や髪型などなど。そんなことは、いつも姉と話しているんじゃ無いかとも思ったが、案外お互いに意地や遠慮で言えないこともあるのかも知れない。

 和気藹々とした雰囲気の2人は、服装が似ていることもあって、本当の姉妹のように見えた。だがそれは、玉置由佳のこの質問で終わった。

「倉橋さんは、誰か好きな人はいるんですか?」

 …その質問はオレも気になる。里奈の顔をじっと見つめた。

「えーっとさ、そういうことは、今ここで言う気はないし…。」

里奈の顔は真っ赤になって、言葉が途切れた。

 そんな里奈の予想外の姿を見て、玉置由佳は質問を変えた。

「それなら…これについてはどうですか?桜井さんと倉橋さんは兄妹なのに、なんで苗字が違うんですか?」

里奈は顔を赤くして無言のままだ。

 この里奈の反応はオレにも分からない。でも、仕方が無いからオレが代わって答えた。

「里奈は、叔母の家から西玉美術大学に通うために、叔母の養子になった。オレは『桜井』のままだけどな。まあ、そう言うことだよ。」

 だが、玉置由佳は納得しなかった。

「倉橋さんが桜井さんの叔母さんの家に住むだけなら、叔母さんの養子になる必要はなかったんじゃないですか?そうじゃなければ、桜井さんも一緒に叔母さんの養子になって、『倉橋』になったって良かったと思うんですけど?」

 言われてみれば、玉置由佳の言う通りだ。というか、オレも少し疑問に思ってはいたのだ。そこで、チラッと里奈の方を見たが、口を開くことは無かった。オレとしては、里奈が叔母のお世話になっているという意識があるので、叔母には尋ねにくいのだ。叔母の方から話してくれない限りは…。


 会話が途切れたので、「フレッチャー」での夕食会はお開きになった。玉置家は里奈の住む叔母の家の方にあると言うので、玉置由佳は里奈が送って行くことになった。オレだけが1人、逆方向の電車に乗った。


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