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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第4章 帰還した現実世界で
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4.17. 2人の妹

ちょっと混乱したが、3人に近づいてわかった。吉川さんのすぐ後ろにいた娘がたぶん玉置由宇だろう…。昨日一度会っただけだから、人の顔を覚えるのが苦手なオレには自信が無いのだが。そして、少し遅れて出てきた娘は里奈だ。

 オレと吉川さんが聞いていたのは、里奈が()()()()()()で働き、代わりに玉置由宇がレゾナンスで働くという話だった。でも、()()()()()()に雇われたのは玉置由宇。その意味では、本当にここにいるべきなのは玉置由宇の方だ。…ああ、ややこしい。

 だが、ここに「玉置由宇」が2人いるのを、他の人に見られるのはあまりよろしくない。それなのに、吉川さんは錯乱していて、頼りにならないようだった。

 …仕方が無い。オレが仕切るか。

「えっと、2人とも()()()()()()では里奈が働いて、レゾナンスでは玉置さんが働くって言うことで良いんだよね?」

 すると、2人とも頷いた。

「ここに2人が並んでいるのをオレと吉川さん以外に見られると、2人の計画が破綻しちゃうよ。だから今のうちに、どちらか1人はここを出て、近くのファミレス『フレッチャー』で待っていて欲しいんだけど?」

 しかし、収拾がつかなかった。

「それじゃ、私がここに残るわ。」

と里奈。

「いや、私が残りたいんだけど。」

と玉置由宇。

 困ったオレは、

「『フレッチャー』で食った分は、オレの奢りで良いからさ。」

と言ったが、2人とも首を振る。

 彼女たちと話しているうちに、里奈がここに残らないと、吉川さんと里奈の仕事が進まないことに思い至った。そこで、玉置由宇に向かって言った。

「後で埋め合わせするからさ、ここはオレの顔を立てて『フレッチャー』で待っててくれないかな?」

 すると、ようやく玉置由宇が頷いて応えた。

「きっとですよ。待ってますから。」

そして、彼女は()()()()()()を去った。にこやかに。

 これって、オレだけ大損のパターンか?里奈を少し睨むと、目を逸らした。仕方ないので吉川さんに目配せすると、里奈を連れて行った。きっと、彼女たちのブースに戻ったのだろう。


 オレも自分の席へ行って、作業を開始した。


 オレは今日から、()()()()()()でも、量子コンピュータで仕事をすることになった。と言っても、ゲート型だ。

 ()()()()()()には、量子アニーリング/イジングタイプのコンピュータも1台だけある。その量子ビット数は時宮研究室の量子コンピュータと同じだ…というのも、使っている素子が同じだからだ。

 まだ試験的に導入された段階で、ほとんど利用されていない。それは、()()()()()()でも、量子アニーリング/イジングタイプのコンピュータのプログラミングに苦戦しているからだ。

 オレが時宮研究室でやっている卒業研究がうまくいけば、ここでも活用できそうだ。…と言っても、オレは大学を卒業したら大学院へ進学するつもりだ。その後どこで働くのか、まだ考えていない。

 それはさておき、そんなわけで()()()()()()の量子アニーリング/イジングタイプのコンピュータは、少し前までオレが借り切っていた。時宮研究室の量子コンピュータ室をメンテナンスした時に、中にあった量子コンピュータを全てシャットダウンする必要があった。そこで、量子状態をコピーしてオレのAMを「引越し」させるためだった。

 オレのAMが時宮研究室の量子コンピュータに戻った今、()()()()()()の量子アニーリング/イジングタイプのコンピュータは、またアイドリング状態だ。ゲート型の量子コンピュータは、機械学習やセキュリティシステムの開発なんかで結構使われているのだが。

 そして今、オレが開発に関わっているのも、AIを活用したセキュリティシステムだ。以前、オレが勝手に作ったAIを活用したIDSが、レゾナンスからの侵入を検知出来たことが評価されてのことだ。まずは社内システムを強化して、それを社外にも売り込むつもりだと、三笠さんが言っていた。

 だから、これはオレの趣味ではなく、()()()()()()として公のプロジェクトだ。作業を分担できるから、自分の趣味で作っていた時よりも効率的に開発が進む。

 だけど、あまり試行錯誤する余裕もなく、期日が決まっている。同じことをやっていても、「趣味」でやっていた時よりは、少しつまらなくなったような気がする。

 とは言え、侵入者に罠を仕掛けるこの仕事は、オレにとって楽しい。ある意味「研究」をしている時よりも、あっという間に時間が過ぎる。気づくと、PCの就業管理プログラムから終業の通知が来た。


 帰り支度をしてエントランスに行くと、里奈と吉川さんが待っていた。

「これから、あの娘と会うんでしょう?お兄ちゃん。」

「そうだよ。これも仕事だよ。」

すると、吉川さんが頷いた。

 しかし、里奈にそう応えたものの…何か違和感を感じる。「あの娘」って言うけど、玉置由宇は里奈の友達じゃないか?それも、リスクを負ってバイト先を交換してくれるほどのマブダチなのでは?

 すると、吉川さんが一歩踏み込んで言った。

「これは、私たちデザインチームの問題だし、バイトの桜井君にお金を払わせる訳にはいかないわ。だから、私と里奈ちゃんも一緒に行って、私の奢りにしてあげるわよ。桜井君兄妹の分もね。」

 それに対してのオレの答えは、もちろん

「ゴチになります。」

だ。そう言って頭を下げると、隣で里奈も同じように頭を下げていた。


 こうして3人で、()()()()()()の隣にある「フレッチャー」に入った。店内を探すと、沢山の皿に囲まれた玉置由宇がいた。…他人の奢りだと思って、注文しまくったのだろう。

 吉川さんの奢りにしてもらって本当に助かった…と思いつつ吉川さんに目をやると、顔が引き攣ってて怖い。これは、後で何か埋め合わせが必要かもしれない。里奈もお世話になるんだし。

 吉川さんほどじゃ無いにしても、オレの顔も引き攣っていたはずだ。それなのに、玉置由宇はオレの顔を見ると、にこやかに頭を下げた。そして、頭を上げると、こう言った。

「ご馳走様でした、お姉ちゃんの彼氏さん。」

 そう言われても、これまでの人生のほとんどをコミュ障として過ごしたオレには、残念ながら彼女はいない。あえて言えばムーコがそれに近い存在だったかもしれないけど、ムーコに妹はいない。昨日初対面の玉置由宇に、「お姉ちゃんの彼氏」だと言われても…。

 オレは訳が分からなくなり、答えを求めて里奈の方を見た。だが、里奈は()()()()()()で玉置由宇と言い争っていた時よりも、もっと機嫌が悪くなっていた。腕組みをして微動だにしない。

 その「空気」は吉川さんにも伝わり、オロオロし始めた。里奈と玉置由宇の間のピリピリした空気はさらに加熱し、それが頂点に達した時、ついに里奈が言った。

「あんた誰?」


 オレと吉川さんは顔を見合わせた。そして、吉川さんが里奈に尋ねた。

「この娘は、玉置由宇さんじゃないの?」

「だって、今日、由宇ちゃんはレゾナンスに行ってます。」

と里奈。それじゃあ、この娘は一体何者?

 その問いには…いや、里奈の問いに本人が答えた。

「私は由宇じゃないよ。玉置由佳、高校2年生です。私の姉、玉置由宇がお世話になってます。」

そして、ぺこりと頭を下げた。


 この娘は玉置由宇の妹だったのか…。


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