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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第4章 帰還した現実世界で
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4.15. インターフェースデバイス

 そんな夢を見たせいで、目覚めが悪かった。でも、そのおかげで思い出した。リア子は、里奈と初めて会った時のことを、オレに話していたのだ。…そのことを、オレはすっかり忘れていた。

 ムーコが、リア子と里奈の2人と仲違いしたまま意識を失って、もう1年半が過ぎた。今もムーコはコールドスリープセンターで「棺桶」に入ったままだ。彼女を復活させる方法が見つかったという話は、リア子から聞こえてこない。

 お互いに、仲違いしたままムーコを失ったことへの代償なのだろうか。リア子と里奈は、オレが知らないところで仲良くしているのかもしれない。どうせ、夕方には、里奈と()()()()()()で会うことになる。本人から直接聞いてみよう。


 でも、その前に学校だ。今日も…少しでも先へ研究を進めなければ。しかし、どうすれば良いのか?目が覚めていて、気が紛れることが無ければ、ずっと頭から離れない。

 今や時宮研究室のリーダー格になった高木さんも、あの飄々とした時宮准教授でさえ、いつもその頭脳のどこかで人知れず「研究」と格闘しているのだろうか?いや、「フォンノイマンの世界」で出会ったフォンノイマンだって、ずっと何かを考えていて、ふと結実した何かを説明してくれたのではなかったか。傍にいたアインシュタインも、それが当然であるかのような様子だったし…。


 そんなことを考えながら研究室に入ると、木田と豊島、それに三木さんがいた。こんな煮詰まった時には、さすがに助言が欲しい。

 そこで、木田に聞いた。

「今日も高木さんは来ないのか?」

「夕方に来るって。って、どうした?」

「いや、このところ煮詰まっちゃってさ。何かヒントを貰いたくって。」

 すると、豊島が話に入ってきた。

「それなら、時宮先生に相談したら?」

「もちろんそうしたいけど、最近いないし…。」

「そうね。週一のゼミの時位しか、研究室に来ないよね。」

 そこに、三木さんが加わってきた。三木亘さんは細身で長身の眼鏡男子だ。修士課程の1年生。高木さんとオレたちの間の学年だ。見た目は高木さんの部下といった感じだが、それにしては何かと頼りない御仁だ。

 三木さんは言った。

「時宮先生は、今、金策に一生懸命なんだよ。」

「金策って?」

「研究ってお金がかかるんだよ。ボードとか素子とか解析に必要な装置とか…、いろいろと入り用だからね。」

 そう言えば、ムーコを第2の被験者にする計画が頓挫したのは、彼女の父である平山龍生が反対しただけが理由ではなかったと聞いた。2人目のArtificial Mindを確立するために必要な、量子回路増設資金が確保できなかった、とか?

 でも、どうやって稼ぐんだろう?…というオレの疑問は、三木さんの話の続きで少し解けた。

「時宮先生は、主に企業との共同研究で稼いでいるみたいだよ。企業側からすると、将来必要になる基礎研究の先行投資だな。それと、研究室の学生の確保っていう面もあるかな?だから、ここのOBやOGもPECとかレゾナンスに就職してるし。…結構激戦だったと思うけど?時宮研究室に入るのって。」

 いや、オレたちは卒業研究を始める前から時宮研究室に入り浸っていたので、後から他の連中が入る余地が無かっただけだ。逆にオレたちも、今さら他の研究室を選べるような状況では無かったし。三木さんとも、研究室に配属される前から、高木さんのティータイムで一緒にお茶していた。

 それにしても、PECはチップやソフトウェアからシステムまで、全てを扱う世界的な大企業だ。そのPECと並び称せられるとなんて…レゾナンスも大したものだ。

 ん、だから量子回路増設資金が確保できなくなったのかも知れない…。そもそも、時宮准教授がムーコを被験者にしようとしたのも、ムーコの父親でレゾナンス社長の平山龍生にアピールしようと目論んだのか?その平山龍生と対立したのだから…。

 そういえば、八神圭吾によればレゾナンスは事実上あのICPの全てを引き継いでいるそうだ。ICPはPECほど世界的に有名な企業ではなかった。だが、その実力はPECとも遜色が無いと、昔誰かから聞いたことがあったような気がする。誰から聞いたのか、思い出せないが…。


 で、研究費の話だった。

「それなら、時宮研はPECやレゾナンスと共同で何の研究をしてるんですか?」

「PECとは、量子デバイスと電子システムのインターフェースデバイスを、共同で開発している…。そして、それが俺の修論のテーマなんだけど…桜井君にはその説明は不要かな?」

 オレには説明不要って、何だろう?少し考えたが、すぐに閃いた。

「それって、もしかして『睡眠学習装置(仮)』とか『睡眠学習装置(改)』に使われている技術ですか?」

「そうだよ、少しだけどね。『睡眠学習装置(改)』では、量子ビットとして超伝導素子を使っている。素子上に量子重ね合わせ状態を発生させて、その変化を観測することで『計算』するんだ。その過程をアニーリングという。」

 オレは頷いた。プログラミングに関連する知識には自信があるが、物理学の知識はそこそこ。そんなオレには、量子力学はまだまだ少し敷居が高い。だけど、オレ自身の研究テーマにも関連する量子アニーリング/イジング回路で構成された量子コンピュータの話なら、何とか三木さんについて行けそうだ。と、思った。

 だが、三木さんの話はさらに続いた。

「アニーリングっていうのは、元々は炭素鋼なんかを加工する際に用いられる処理の名前なんだ。熱した後にゆっくり冷却すると、微細構造が変化して残留応力が消えて、再び加工しやすくなるらしいよ。その結晶構造の変化と量子状態の変化のアナロジーで、量子ビットが量子重ね合わせ状態から変化することもアニーリングって言うらしいんだけど…。」

 頭を抱えたオレを見て、三木さんは言い方を変えた。

「いやいや、余計なことを言って、かえって混乱させてしまったみたいだね。要は、『睡眠学習装置(改)』でも、量子重ね合わせ状態から変化した量子状態を読み取って、電子システムの入力にしている。それが俺の研究テーマだってことさ。」

 少し分かったような気がしたので、質問してみた。

「っていうことは、三木さんはセンサを開発されているんですか?」

「量子回路の量子状態を読み込む時に重要なのは、エラー訂正なんだ。量子状態を読み取るだけでなくて、そこに入るノイズになりうる条件もセンシングして、適切に訂正する。さらには、エラー発生を予測して、それも訂正する。」

 電子計算機システムでも色々な訂正機能があるけど、量子回路が絡むともっと複雑みたいだ。それで三木さんにさらに質問した。

「すると、『睡眠学習装置(改)』にもいろんなエラー訂正技術が組み込まれているんですか?」

 すると、三木さんは考え込みながら答えた。

「時宮先生は、何故か『睡眠学習装置(仮)』と『睡眠学習装置(改)』に対しては、物理的なノイズ修正機能だけを組み込んだみたいなんだ。予測修正機能は全く組み込まなかった。そんなインターフェースデバイスは、他に見たことが無い。何か、エラー発生を期待しているような、そんな不思議な量子回路なんだ。」


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