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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第4章 帰還した現実世界で
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4.14. コールドスリープ

 …そんな話を、現実世界に戻ってから初めて()()()()()()に出勤したあの日に、リア子と八神圭伍から聞かされた。久しぶりに()()()()()()で集まった人たちを見たためか、その時の記憶を辿るような夢を見てしまったらしい。

 だから、目覚めたオレは起きて…とても疲れた気分だ。あの日の八神圭伍とリア子の話は、オレにとって長く重く、それでいて逃れられない内容だった。


 しかも、あの日の2人の話はそこで終わらず、まだ続いた。その話を簡単にまとめると、一つは程なく高坂和己がリア子を襲撃した犯人として逮捕されたということ、もう一つはムーコが転院したということだった。


 高坂和己は、発狂した状態で発見された。オレとムーコが襲われた現場近くで、歩道を歩いていた彼が突然車道へ飛び出して、クルマに轢かれたのだそうだ。

 救急搬送された彼は軽傷だったが、持ち物はなく、誰なのか特定できなかった。それに、何を聞かれても虚な眼で、

「平山龍生、許さん。」

と答えるのみだったとか。

 そこで、平山龍生が警察に参考人として呼ばれた。マジックミラー越しに見せられた平山龍生が、彼を高坂和己だと答えてようやく正体が判明した。そして、高坂和己はそのまま拘置所へ送られることになったそうだ。


 一方、湊医科大学大学病院に救急搬送されたムーコは、その後、平山龍生によって片岡病院に転院させられたのだそうだ。片岡病院は、リア子がかつて入院した病院だ。

 そして、AM世界のオレから来たメールによれば、ムーコの記憶をデジタルデータとしてコピーした病院でもある。きっと、デジタルデータをムーコの身体に書き込んで、意識を回復させようとしたのではないだろうか?

 リア子と八神圭伍がこっそりオレをムーコに会わせてくれたあの日、ムーコは片岡病院に入院していたのだった。


 だが、その1か月後にムーコを再び見舞いたいとリア子に頼むと、今度は難色を示された。

 片岡病院での治療は効果が無く、タイムリミットの1か月が過ぎ、3か月が過ぎてもムーコの意識は戻らなかったそうだ。これ以上は、現在の医学でムーコの意識を戻せる可能性は限りなく小さく、ムーコの身体の負担は重いため身体的に死に近づいてしまうそうだ。

 片岡病院の医師からそう言われた平山龍生は、未来の医学の進歩にムーコを託すことにした。具体的には、ムーコにコールドスリープさせて、いつの日か復活させたい…ということだそうだ。

 コールドスリープでは、人体を呼吸可能な特殊な液体に漬けて、体内の水分が結晶化して細胞を傷つけないように摂氏マイナス80度以下にまで冷却する。ムーコの身体は、コールドスリープセンターの保管庫内で、特殊な冷凍庫に収められたのだそうだ。

 だから、もうムーコの姿を見ることはできず、「お見舞い」も不可能だ…とリア子は言った。諦めきれないオレは、リア子に無理を言って、ムーコのいるコールドスリープセンターへ連れて行ってもらった。


 その日、八神圭伍とリア子に付き合ってもらって、コールドスリープセンターを「見学」した。だがオレに出来たことは、見学通路から「保管庫」の内部をガラス越しに見て、教えてもらった管理番号の冷凍庫を確認しただけ。それに「冷凍庫」だと言われても、オレには棺桶にしか見えなかった。

 事前にリア子から話を聞いていたから、状況は分かっていたはずだった。それでも、あまりに無機質でムーコの存在を感じられない「見学」に、深く落胆した。

 そんなオレの様子を見て、リア子が言った。

「私たち家族も、ここには一度来たっきりなの。だって、あそこにムーコが居るって、全然想像できないでしょう?むしろ、ムーコと話したり触れ合ったりできないことを確認させられるだけ…。」

「そうですね…。」

 そう言ったオレも、コールドスリープセンターに再び行きたいとは思えなかった。ムーコの身体はまだ生きている。それなのに、あそこへ行ってもムーコに会えない…いや、会えないことをかえって意識してしまう。

 理性では、平山龍生は裕福な企業人のみに許された高額の、しかし正しい選択をしたとは思う。だけど、オレの心を覆った喪失感は、理不尽にも平山龍生の対応を許せそうに無い。

 いや…。そもそも、リア子が高坂和己に襲われたと疑った時に、彼は2人の娘が安全に生活できるように対応すべきだったのではないか?リア子だって、八神圭伍が事態を掌握して彼女を守っていなければ、コールドスリープセンターの「棺桶」に入っていたかもしれない。


 ムーコのことを、彼女と仲の悪かった里奈に話しても不機嫌になるだけだ。だから、オレはこのやり場のない気持ちを、AM世界のオレにメールで伝えた。すると、やがてAMのオレから返信が来た。そこにはこんなことが書かれていた。


 教えてもらったコールドスリープセンターの管理番号は確認した。ムーコのバイタルの履歴を、こちらのムーコと一緒に見たよ。現実世界のムーコの身体は入院中に回復し、今は無傷のようだ。記録上はコールドスリープ時の細胞損傷も無く、回復させようとすれば身体は問題無く復活できそうだ。

 それに、今、現実世界のオレ…お前…は安心しているだろう。

「高坂和巳が逮捕されたって?それは良かった。」

なんてね。だが、それはまだ早いと思うぞ。

 あの大型ドローンをオレがハッキングした後、アレを銃で撃った奴がいるんだ。お前を一度「殺した」のは確かに高坂和巳だろうが、そいつの方が高坂和己よりも数倍ヤバい奴だろう?…と。


 …さすが、AM世界のオレだ。彼がメールで伝えてきたことは、全くの正論だと思う。

 高坂和己が、平山龍生を恨んでその娘を拉致しようとした。それで、リア子は傷つきムーコの意識は消えてしまった。オレも巻き込まれて1度は「死んだ」。だが、その彼は警察に逮捕されて、事件はおしまい…ではない。

 高坂和己が発狂してしまったため、彼が何故リア子を傷つけたのか、動機がわからなくなってしまった。それに、リア子には睡眠薬を打った彼は、ムーコとオレにはもっと危険な毒物を打ち込んだ。それは何故だ?

 何よりも気持ちの悪い謎は、ドローンを銃で撃った奴が何者か?だ。そいつが真の主犯ではないだろうか?もしかすると、高坂和己が発狂したのも、そいつの仕業かも知れない。


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