4.12. ムーコ襲撃事件
脱線しかけた話を本題に戻したのは、八神圭伍だった。
「それでね、ここで桜井君に話しておきたかった本題に入りたい。あの日…桜井君とムーコちゃんが襲撃された時、僕たちが何をしようとしてどうなったのかを、きちんと話しておきたいと思ってね。」
それを聞いて、リア子も頷いた。
だが、オレの意識は襲撃された時から継続していない。AM世界から現実世界のオレの体にコピーされた意識だ。もちろん、AM世界でドローンを通して状況を一部知っているが、今ここでそれを話す気は無い。
そこで、オレは言った。
「知ってるとは思うけど、今のオレには襲撃された時の記憶がありません。だから、それを前提に説明してくれると助かります。」
すると、八神圭伍は頷いて言った。
「もちろん。そのことはリア子から聞いているよ。そうだよね、リア子?」
リア子が八神圭伍の話を引き継いで答えた。
「私は、倉橋里奈さん…苗字違うけど桜井君の妹さんだよね?…に聞いたわ。今の桜井君は量子コンピュータから意識をコピーして復活したから、あの日の記憶は無いんだって…。」
そう言うと、彼女の顔色は急に蒼白くなり、表情が消えた。やがて、ボソッと言った。
「そう、彼女と初めて会ったのも、あの日だった…。」
そんなリア子を見た八神圭伍が、
「落ち着いて、リア子。ここからは僕が話すよ。君は、何か補足することがあれば言ってくれ。」
と言ってリア子の手を握ると、リア子は静かに頷いた。リア子の瞳が潤んでいるように見えたが、その顔には少し血色が戻ってきたような気がした。
八神圭伍はオレに向き直ると、話し始めた。
「あの日も、ムーコちゃんの跡をつけていたんだ。リア子が仕掛けたGPSで居場所はわかっていたんだけど、ちゃんと彼女の安全を確認しないといけないと思ったんだ。ムーコちゃんには、ストーカーって言われて逃げられちゃったけど…。」
…それって、やっぱりストーカーじゃないか。
その時のことはオレも知っていた。ムーコが騒ぎ出してドローンが監視モードに入った時、八神圭伍とリア子が映し出された。その後のことはAM世界から見ていたから、知っているつもりだった。八神圭伍とリア子にそのことを告げるつもりは無いが…。
あの時から思っていたのだが、2人がムーコの前に姿を現さなければ良かったのではないか…と。そうすれば、ムーコが騒ぎ出すことはなく、もしかすると襲撃されずに危地から逃げ切れたかもしれない。
2人は、どうしてオレとムーコの前に現れたのだろうか?…と言うか、こっそりムーコを見守り続けていてくれれば、襲撃をふせげたんじゃないか?
そこで、遠回しに聞いてみた。
「そのまま2人が見守ってくれていれば、ムーコが襲われるのを防げたんじゃ…?」
「あの時、ムーコちゃんと一緒に君もいたんだよ、桜井君。だから、僕らも陰から様子を見ているだけのつもりだった。ところが…。」
そう言うと、八神圭伍は上を向いた。…いや、天を仰いだ…ように見えた。そして、話を続けた。
「その時、ドローンがムーコちゃんと君を追っていると、リア子が言ったんだ。」
オレが首を傾げると、リア子が補足した。
「私は、襲われる直前に、赤い光点につきまとわれたのを覚えているの。そしてその後で圭伍さんと話しているうちに、それがドローンだったと判ったんです。」
オレはさらに困惑したが、リア子は話を続けた。
「それがあの時も、ムーコの後ろを飛んでいたのよ。」
リア子の言葉を八神圭伍が修正した。
「正確には、ムーコちゃんの後ろを飛んでいたと言うより、リア子の視界に入っただけだと思うぞ。」
どうもリア子の話が曖昧だ…。そこでオレは、リア子に疑問をぶつけた。
「でも、ドローンなんてどこでも飛んでますよ。どうして、同じドローンだと思ったんですか?」
それに対して、リア子はすぐに反論した。
「勘よ、勘。だから、すぐに圭伍さんに話して、歩いていたムーコと桜井君の前にクルマを止めてもらったの。」
…いや、反論になってないって。
そして、八神圭伍がリア子の反論にトドメを刺した。
「だけど、クルマを停めた直後には、ドローンは見あたらなかったよね?」
それでもリア子は譲らなかった。
「でも、結局は飛んでいたでしょう?ドローン。」
そうだ。オレがAM世界で見たドローンの映像でも、明滅するドローンを見たリア子と八神圭伍は慌てていた。…と言うより、怯えていた。きっと、リア子にとっては、彼女が言ったことが全てだ。
勘で高坂和巳のドローンだと思い込んで、ムーコとオレを守ろうとした。最初に彼女が見つけたドローンが高坂和巳のものであったかどうかは分からないが、結局、それは現れた。
リア子と八神圭伍の行動は、結果的には悪手だったかも知れない。だけどあの時、2人は本気でムーコとオレを守ろうとしてくれていたのだろう。
そこから2人が話してくれたことは、オレがドローンからの映像で知っていたことだった。つまり…。
目の前に現れた2人を見て、ムーコは気が動転した。八神圭伍が彼のクルマに乗り込むように説得したのも聞かず、反対方向へ走って行ったと言う…。
その時の状況は、オレもAM世界から見たから知っていた。もし、八神圭伍の説得を受け入れて黒いワンボックス車に乗り込んでいれば、どうなったか?…多分、何事も起こらなかったのではないだろうか。少なくともあの時は…。
その後、八神圭伍はクルマをそのまま前へ進めると、方向転換できる場所を探した。やがて、ようやく方向転換すると、ムーコとオレを追い始めた。
だが、間も無く、後ろからサイレンを鳴らしたパトカーが来た。やむを得ずクルマを路肩に寄せてやり過ごす。そして、再び前に進むと、今度はサイレンを鳴らした救急車とすれ違った。
不安に駆られたリア子が八神圭伍に、
「何かあったのかな?」
と言った直後、銃声が聞こえた。
八神圭伍は思った。ムーコちゃんと桜井君も心配だが、こうなってはリア子の安全が最優先だ。そこでリア子に、
「ここはヤバそうだから、一先ず帰ろうか?」
と言った途端、目の前にパトカーが停車しているのが見えた。
警官が、右折するように誘導している。そこで、警官に尋ねた。
「何かあったんですか?」
しかし、警官は少しピリピリした感じで、
「この道は封鎖中だから、右折して次の信号を左折してください。」
と答えた。
ヤキモキしたリア子が、
「何があったんですか?」
と聞いても、首を振るばかりで何も教えてくれない。
結局、八神圭伍はリア子を家まで送り届けることしか出来なかった。彼が、ムーコとオレの顛末をリア子から聞いたのは、翌日のことだった。




