(7)『幽墟の機甲兵器演習基地』
旧知の再会、キャットファイト、少年は些末な些事を投げる。
いざ『幽墟の機甲兵器演習基地』へ。
「ブラッディストロベリー?」
突然トドロキさんが口走った不穏な響きを含む単語を反芻すると、自然とその単語が表す対象――床に転がったまま頭をさする[いちごタルト]に視線が泳ぐ。
「いちごの二つ名やで。ウチが前に竜乙女の偵察隊の隊長張ってた時の部下やってんけどな。そん時からナナにはお姉様お姉様ーゆーて懐いとったから、荒事専門の対人諜報任せてたらいつのまにかごっつい二つ名貰てたらしいわ」
荒事専門の対人諜報ってそれ尋問――
「拷問官やってて妙な二つ名付けられたのね。よくある話だわ」
よくある話かなー。
ただ実際大きなギルドや知名度の高いギルドには特有の敵が存在し、そういうプレイヤー集団とのトラブルに発展することはままあることだ。余程大きいギルドでないとわざわざ役職としては指名されず、大抵の場合その時その時で幹部格の誰かが敵からの情報収集を担当することが多いのだが。ちなみに、旧体制時代の≪アルカナクラウン≫では刹那がよく当たっていた。
ていうか、トドロキさん昔は≪竜乙女達≫に所属してたのか。さっき俺が助けを求めた時に静観して楽しんでいたのも、元々いちごタルトのことを知っていたからだろう。しかも、偵察隊ってことはあの『無影のアルト』の先任者ってわけだ。
「っ……テメェも相変わらずお元気そうで何よりですね、この裏切り者」
ようやくハリセンの痛みが引いてきたのか、いちごタルトはトドロキさんを睨み付けながらやや鈍い動作で立ち上がった。
「戦闘隊に移った途端、言うようになったなぁ。せやけどウチを恨むんは筋違いってもんやで。ウチは元々アンダーヒル以外と組む気はなかったトコをナナが無理に入ってくれ言うから付き合うとっただけやしな」
「弱者のテメェが強者であるナナお姉様の下につくのは当然なのですっ。ナナお姉様はこのFO世界の第三位。対するテメェは上位千人にも入ってないランク外、格が違うってものなのです! そもそも私の最終順位が九百台の時点で、既に私より下だという自覚を持てばいいのですっ!」
ドナ姉さんに心酔しているらしいいちごタルトになかなかに理不尽な理屈でこき下ろされ、トドロキさんの表情がわずかに陰り、その後すぐ妙に困ったような笑顔を作り直して目の前の少女に向き直った。そして、いちごタルトの頭にぽんと手を乗せて優しく撫でる。
「頑張ったんやなぁ、いちご。前はもうちょいアホやと思っててんけど……いつのまにかウチも超えとるなんてなぁ。せやけどウチは最初から信じとったで」
その声色はその手付きと同様に優しかった。しかし、トドロキさんは何故か言葉の途中で感極まったようにもう一方の手で口元を押さえ、わずかに俯いてプルプルと震えながらも言い切った。
あれ絶対笑いそうになるの堪えてるだろ。
「裏切り者のテメェに褒められても……全然嬉しく……ないしっ……!」
「せやったわ。ほんま堪忍な、いちご」
トドロキさんの白々しい演技にまったく気付かず、言葉とは裏腹に満更でもない勝ち誇ったような顔で胸を張っている。その傍らに立っている刹那もトドロキさんの反応には違和感を浮かべているようだが、二本の短剣を両手で遊ばせている辺り、どちらかというと戦いに水を差されてしまって逃がしようのない苛立ちの方が勝っているような憮然とした表情をしていた。
ちなみに、トドロキさんのプレイヤーランキングの順位が低いのは自称『諜報部』の活動のため、基本的に公的な記録を残さないようにするアンダーヒルに合わせて記録の更新をやめたからだったはずだ。客観的に見れば、少なくともドナ姉さんに大きく劣っているわけでもない程度、搦め手までも熟知していることを踏まえれば彼女に匹敵する戦闘能力は持っているはずだ。
閑話休題。
「それで、いちごちゃんはホントに何でうちに来たの?」
いい加減はっきりさせておかないと話が進まない、と思ってそんな質問をぶつけ直す。さっきトドロキさんがほぼ同じようなことを言っていた気もするが、気付かない内にまた脱線していた。
俺の言葉でようやく我に返ったのか、いちごタルトはトドロキさんの手を払うように頭から落として何事もなかったかのように再び可愛らしい笑顔を取り繕った。
「≪アルカナクラウン≫の皆さんだけに攻略を押し付けるのは心苦しいから~って、ナナお姉様直々に私に同行するように命じられたんですよぅ♪」
「いらないわ」
一刀両断したのはもちろんのこと未だ不機嫌なままの刹那だ。
「テメェは黙ってろよ、女狐」
「アンタこそ帰りなさいよ、腐れ猫」
お前ら、どうして初対面の相手をそこまで毛嫌いできるんだよ。
刹那と睨み合っていたいちごタルトはまた何事もなかったかのように豹変すると、「シイナお姉様~♪」と黄色い声を上げながら俺の腕に抱きついてくる。
「こーんな身勝手な性悪腹黒女は放っておいて、早く攻略に向かいましょうよぅ。こんなの連れて行っても、どうせわがままばかり言ってシイナお姉様を困らせるだけに決まってますから~」
「それはいつものことだけど……」
「【刻蹄鳩尾】」
俺の鳩尾に〈*フェンリルファング・ダガー〉の柄が鋭く食い込み、激痛と共に足の力が抜けて思わずその場に崩れ落ちる。
「何か言った? シ・イ・ナ♪」
通例ならその台詞が先で、二人で笑い合ってからだろ。手ェ出すのって。
ちなみに今更ながら、俺の中に『刹那は俺でスキル技の使用回数を稼いでいる』という疑惑が浮上してきたのは言うまでもない。
ミッテヴェルト第三百四十九層――――『幽墟の機甲兵器演習基地』。
フィールド情報によると、『旧型の自律兵器の実機試験を行っていた軍施設。終戦と共に廃棄され、同時に施設を統括していた人工知能も停止廃棄されたが落雷の影響で再起動し、その後は雷雲を充電施設上空に誘導することで基地全体の機能を復活させた』とあった。
「これは……厄介そうだね」
フィールド情報のウィンドウを閉じると、俺は再び目の前に広がる景色に視線を戻して正直な感想を漏らす。
なるほど確かに気象条件はかなり悪く、今は雨こそ降っていないが頭上では空を覆い尽くす程の雷雲がゴロゴロと雲間放電を繰り返し、時折奥の方にある大きな施設に吸い寄せられるように空中を落雷が走っている。経験上、あの手の落雷は一見その施設だけに落ちているように見えるが、近場をプレイヤーが通るとその周囲に落ちることもあり、運が悪いとそのまま直撃する場合もある。少なくとも徒に被雷率を上げる飛行だけは止めておいた方が賢明だろう。
「ちょっと猫被り、アンタのとこの偵察隊どうなってんのよ。調査した情報回してくれるって言うから来たのに、見たところくな情報無いじゃないの」
「私は戦闘隊だから知らないですぅー♪」
「アンタも同じギルドでしょうがッ! 情報ないならないでいいから主力部隊何人か回しなさいよ!」
「私一人も要らないって即答した癖に弱気になってるんですかぁ~?」
「アンタは要らないわよ、雑魚だし。それより早く帰ってもっと上呼んできなさいよ」
「んだとテメェーッ!」
口と性格に難のある二人を放置して、視界の端からさっきまで刹那が見ていたのと同じデータ――竜乙女の偵察隊からいちごタルト経由で提供された調査情報のデータウィンドウを正面に戻す。
「これがあるだけ感謝しろよ、まったく……」
今そのウィンドウに表示されているのは、幾何学模様のような線の集合画像――このフィールドの全体地図だ。極一部地図が埋まっていないエリアもあるが細かい動線やギミックを含む大部分は把握できており、安全が確保されていないフィールドではこれを作るだけでも一苦労である。そして、こちらからしたら何処にどんなものがあるのかわかるだけで探索効率は桁違いに跳ね上がるのだ。
このフィールドは高い壁で囲まれた完全な人工施設環境で、所々に大小様々な広場が点在している。場所によって地形や環境に差があるところを見ると、恐らく旧型の自律兵器とやらを用いた演習に使われていたのだろう。
竜乙女の偵察隊の調査で得られた情報は大まかに三つだ。
一つはこの地図。
そして、施設内に脅威となるモンスターが視認できないこと。浮遊する球体の機械のような『ヴォア・ラクテ』という謎のモンスターはフィールド内で頻繁に見られるが、常に非敵対モードで攻撃で破壊しても特に反応を見せなかったらしい。
最後に、徘徊型のボスモンスターの痕跡は見られなかったため、何かの条件を満たさなければ姿を現さない出現型のボスモンスターだろうという推測だった。
個人的に怪しいのは件の人工知能が格納されているという中央の管制タワーか、激しい落雷に晒されている充電施設のどちらかだろうと考えている。
「モンスターがいないってのが訳わかんないわね」
いちごタルトを鎮めてきたらしい刹那が俺の手元のデータウィンドウを覗き込みながらそうぼやく。
「セオリーだと雑魚倒して中ボス何体か倒したらフィールドボスって感じだけど、そういうボスラッシュ系って巨塔じゃあんまり見なかったしねぇ」
「唯一のモンスターが非敵対じゃあね。【軍衆心理】もなさそうだし」
竜乙女の偵察隊は安全を考慮して、すぐに脱出できるフィールドの入り口付近で『ヴォア・ラクテ』を数十体程倒してみたようだが、いくら倒しても新たなモンスターが出現するどころか敵対反応もなかったということだ。
「そうなるとやっぱり怪しいのはこの辺の演習用広場……かな」
無難な言葉を刹那に返す。
いちごタルトの前とはいえ、ずっとこの口調で通すのは精神的にかなり来るところがある。特に今は気を利かせて話を引っ張ってアンダーヒルがいないのだ。他に頼りになりそうな人がいない今、自分で何とかするしかないのはそうなのだが、気を遣う分いつもと違う疲労感は否めない。
結局、今このフィールドに来ているのは俺と刹那・ネアちゃん・リコ、そして飛び入りゲストのいちごタルトの五人だけだった。
普段の攻略に比べてリュウ・シン・アンダーヒル・アプリコット・トドロキさんの五人がいないという感じだが、リュウとシンは部屋の戸を叩いても反応がなく、アンダーヒルは予定通りに≪竜乙女達≫の手伝い、アプリコットはエントランスホールの階段の半ばで寝に入ったまま刹那に蹴られようがピクリとも動かなくなり、トドロキさんは「やることがあるから先行っといてー」といつのまにか姿を消していた。
いや、アンダーヒルを今回の攻略から外したのアンタだろ。
戦力が少ない分、俺はあくまで偵察目的と割り切っているが、俺とネアちゃん以外の三人は割りと血の気が多い好戦的なタイプだ。実際戦いになった場合どうなるかはわからない。
「まあ……出たとこ勝負ね。とりあえずやるべきことをやりましょう」
俺は≪アルカナクラウン≫を代表してそう仕切り直すと、腰の〈*群影刀バスカーヴィル〉を抜くと、錆色の門を封鎖している重そうな鎖に一息に振り下ろした。
Tips:『攻略』
[FreiheitOnline]における『攻略目的の遠征』の略称であり、一般的には広い意味でフィールド制覇のために現地に赴くことをそう呼称している。ギルドやレベル帯、文化圏の違いから他にも同じような言葉を指す言葉は幾つかあり、『攻略』や『攻略』等を使っているプレイヤーも少なくない。




