(5)『その一瞬で何ができるか』
突如現れた『ドナドナの妹』はアプリコットと対峙する。
気紛れな彼女の悪戯は留まることを知らず、その悪意は悪戯に留まらない。
「妹が出たって何のことだよ、リコ」
一瞬、現実世界に残してきた妹――椎乃のことを思い出し、脳裏を過るその顔を一旦思考から消し去りつつリコに問う。
「知らん。ドナドナとかいう女のことをお姉様と呼んでいるらしいから、客観的に妹ではないかと推測しただけだ。≪竜乙女達≫を名乗って訪ねてきたから中に通したら急に暴れ出してな。今は一階のホールでアプリコットと戦り合っている」
その理屈だと多分ドナドナの妹三百人くらいいるからな――なんてツッコミも頭に浮かんだが、それを口に出すのも放棄して、俺は反射的に走り出す。散乱する障害物を一息に飛び越え、間もなくエントランスホールを見下ろせるロビー端に到達すると、その手すりにぶつかるような勢いで身を乗り出して真下を覗く。
階下にはリコの言う通り、見慣れない少女がアプリコットと対峙していた。
「正直に現実を突きつけてあげますけど、さっきから全然当たってませんよー?」
「う、うるさいですっ! 私の実力はこれから今すぐ発揮されるのですッ! お前にそんなことを言われる筋合いはまったく全然皆無なのですッ!」
少女の名前は[いちごタルト]。
ピンク色の髪をツーサイドアップで括ったハーフツインテールが特徴的な、やけにちっこい女の子だった。自分の名前とかけているのか、その髪の結び目にはイチゴ柄の赤いリボンがあしらわれている。
身に付けているのは一見して赤とピンクを基調に着色された毛皮の軽量鎧だが、こちらも赤い色味のリボン系アクセサリーがやたらと多く、加護系の淡い光も相俟ってすさまじいビジュアルに変貌している。決してセンスは悪くないのだろうが、ファッションの好みが違いすぎてそのくらいの感想しか出てこなかった。
「何よあれ。茶番?」
いつのまにか左隣に来ていた刹那が優雅な所作で手すりに片手を乗せるようにして下を覗き込み、呆れたように訊いてくる。
「まあ茶番……茶番かなあ」
「“OKディスタ”見るんもえらい久しぶりやけど、片方が真面目に戦ってる分尚のこと悲惨やなぁ」
俺が言葉を濁していると、右隣で手すりに肘をかけるように下を覗いたトドロキさんがあまり言葉を選ばずにそう言った。
ビシュッ、ビシュビシュッ、バチンッ!
その間にも階下では、聞き慣れない戦闘音が繰り返し繰り返し響き続けている。
“OKディスタ”というのは、今あのいちごタルトなる少女が使っている武器の組み合わせを表す俗称のようなもので、二丁拳銃使いの間で一時代を築き、その凶悪性から多くのプレイヤーから恐れられた対人戦特化の戦闘スタイルだ。
その戦闘スタイルの鍵は、彼女の両手に握られている二丁の自動拳銃。
左手に握られているのはスマートな見た目の魔弾銃〈*黒神姫・壱型〉。装弾数十六発で、癖がなく扱いやすい性能と自分が装備している武器を用いた攻撃の際にあらゆる防御・障壁効果を無視できる付加スキル【防止柵防止策】を持っている。
そして、右手にあるのは少し刺々しいSFチックなフォルムが特徴的な拳銃〈*虚躯銃ヴァニティル〉。装弾数二十四発と手数が多く、発砲後の銃弾が敵の周囲半径2m圏内に侵入した瞬間その敵を中心に攻撃の指向線をランダムに回転させる付加スキル【予測線崩壊】を持つ。ただ回転させるだけの効果故に元の指向線が正確なら高確率で命中し、狙ったところに当てるのは困難だが、その代わり避けることも困難になる。
この二つの付加スキルの効果を合わせることで、ただの射撃が防御・障壁効果を貫通して撃った位置とは異なる方向からの着弾する射撃『他方向からの必中射撃』に変貌する。これがまた、こと対人戦においては鬼畜の所業と言える程の有効性を発揮するというわけだ。残念ながら、使える武器が現在ではやや型落ちのものに限られてしまうのと流行り廃りもあって今ではあまり見なくなってしまったが。
ちなみに、“OKディスタ”という名前は【防止柵防止策】を持つ唯一の武器の名前〈*黒神姫・壱型〉の略称と【予測線崩壊】のスキル名から取られている。片方がスキル名由来なのは単純に同じスキルを持つ武器が〈*虚躯銃ヴァニティル〉以外にも存在するからである。
ただこの戦闘スタイル自体、人によっては実際打つ手がなくなる程にプレイヤーに対して滅法強く、その性質の厄介さはまったく衰えていない。
はずなのだが――
「トドロキさん、アレってどうやってるんですか?」
「ウチに聞かれても『わからん』としか答えられへんで」
第二位様は発射された銃弾が自分の2m圏内に接近するより早く、こともあろうに弾性投石弩の攻撃を撃ち当てて全て撃墜していた。当然ながら現実では100%不可能であり、この世界でも何をやってるのか本気でわからない。
アプリコットの使う弾性投石弩【不死ノ火喰鳥・火焔篝】は手動ではなく、手元の引き手で操作するように半自動化されたタイプだが、それでも自動拳銃二丁分――合計四十発の弾幕に対応できる連射性能はないはずだ。
いちごタルトの動きを見ても、それ程拙いというわけでもない。それどころか流石≪竜乙女達≫の所属だけあって一般的には十二分に手練れと言えるレベルだろう。両腕の所作に無駄はなく、最も少ない動きでアプリコットに狙いを合わせ続けている。足捌きはやや甘いが、アプリコットが完全に遊んでいる分、いちごタルトの方に回避動作が必要なくなっているせいもあるだろう。
「あれが魔法だったら、魔法弾を魔法弾で撃ち落とす魔法、とかはあるんだけどね」
「俺も弾性投石弩系のスキルは全然取ってないからなぁ」
「弾性投石弩……正直弱いのよね」
「どマイナーカテゴリだからこその救済スキルって説もあるけど」
俺と刹那の解析から弾性投石弩下げが始まりそうになった時、階下で膠着していた二人に変化が起こっていた。
「足りない実力を当てにしたところで、奇跡なんざそうそう起きねぇってことですよ。やれやれ流石第三位、まさかストーカーまで飼い慣らしてるとは思いませんでしたね。っつーかボクじゃなかったら多分数発はいいのもらってますよ」
「私だけならともかくお姉様まで愚弄するなんて許さないのですッ!」
「いやまあ別売にどっちもただ馬鹿にしてる訳じゃねぇんですが、まあどっちでもいいですよね。正直これ以上遊んでても飽きたっつーか面倒なだけなので、そろそろ戦闘不能な方向で片付けちまってもいいですかね?」
ビシュッ、ビシュッ、バチィッ!
挑発と口車に同時に乗せられたいちごタルトの二丁拳銃が掠れたような音と共に火を噴き、ほぼ同時に対面から放たれた弾性投石弩の弾が撃ち落とす。
そして――カチッカチッ。
いちごタルトの射撃動作に対して、その両手の武器が反応しなくなった。
「ちッ!」
「おやおや~、もしかして残弾管理もできないんですか~? いけませんねぇ、これくらい二丁拳銃使いの基本技能ですよ、いちごタルト」
そのファッションの割に躊躇ない舌打ちを響かせるいちごタルトに対し、アプリコットはにやにやとチェシャ猫のような笑みを浮かべながら煽り倒す。そんなやり取りの最中、アプリコットの両手首に装着されている腕輪からさらさらと光を帯びた粒子が大量に漏れ出し、その身体の周囲を回るように流れ始める。
あれがアプリコットが愛用するもう一つの武器――〈*天使の刃翼〉だ。下手すると弾性投石弩と同等以上にマイナーな片刃腕輪という武器カテゴリに属するその武器は魔力を帯びた金属粒子が本体である腕輪の外側に集約され、外向きに広がる刃渡り50~60cm程の美しいブレードを形成する。本人は使い慣れているだけだと言っていたがこの武器を相当気に入っているらしく、彼女のソロギルドの名前もこの武器の名前から取っているようだ。
一方、いちごタルトも挑発を受けてこめかみに青筋を浮かべながらも、即座に両手の拳銃を右手に揃えて持ち直し、滑らせるような動作で空弾倉を床に落とすと、ほぼ同時に左手で予備弾倉を二つ取り出している。本来であれば対峙している敵の前で両方の銃を同時にリロードするようなことはすべきではないのかもしれないが、その動作にも目につくような淀みはなく、普段から専業銃使いとして慣らしているのはよくわかる。
だが、残念ながら相手はFO第二位のアプリコット。淀みなかろうが、秀でていようが、並大抵の腕では彼女を出し抜くようなことはできない。
「これだから自動拳銃教信者はダメなんですよ」
ギィンッと音がして、いちごタルトの左手から予備弾倉が弾き飛ばされる。
「いくら効率が良くたって、纏めて交換するアンタらじゃ単発装填から即射できる弾性投石弩には勝てないっつーことなんですけどね。連射性能? 最大火力? んなことばっか言ってるからいつまでもボクに勝てねえんですよ。どんな武器でも強さの象徴は『その一瞬で何ができるか』、つまり対応力なんですよッ、視聴者の皆さん!」
白い歯を存分に見せつけるような凶悪な笑みを浮かべたアプリコットは何処にあるかもわからないカメラに向かってビシッと指を突きつける。
しかも言ってることは極論以外の何物でもない。ほぼほぼゲームの中だからこそ通用するような言論だ。
というか、流石にそろそろ止めるか。いちごタルトのような素直そうな子にとっては、性格破綻者は精神衛生上よろしくない。
「そこまでにしておいて、アプリコット」
一応口調を取り繕いつつ階下に声をかけると、アプリコットはちらっとこっちを一瞥してパチンッと豪快なウィンクを返してきながら――
「【天機霊刃・顕現白夜】」
――意気揚々と片刃腕輪系のスキル技を発動した。
嘘だろ、アイツ。
「ッ!?」
一瞬俺の声に意識を取られてこっちを見上げかけたいちごタルトに向かって、両腕のブレードを閃かせたアプリコットが空間転移かと見紛う速度で肉薄する。そのブレードが振り抜かれる先にはいちごタルトの無防備な首筋が晒されている。いちごタルトも即座に気付いたものの、あまりにも無慈悲な接近速度に身体の反応が追いついていなかった。
「――疾走れ、リコ!」
背後から駆け寄るリコの気配を感じた瞬間に駄目元で命令を飛ばしつつ、無意識レベルの速度で抜いていた〈*大罪魔銃レヴィアタン〉の照星に目を遣り――――パァンッ!
「【0】」
呟くような小声でアプリコットのスキル技を掻き消しながら、一瞬の迷いも捨てて引き金を引いた。次の瞬間、跳ね上がる銃身の向こうに見えるアプリコットの身体ががくんと沈み込み――――ギャリィィッ!
弾道上に差し込まれた天使の刃翼のブレードが銃弾をあっさり弾き飛ばし、同時にそのブレードが霧散するように光を帯びた金属粒子に変化する。
「わー、びっくりしたー。シイナ、そこにいるならいるで声かけてくださいよー」
白々しい態度で何事もなかったように立ち上がったアプリコットはその瞬間、手すりを使った跳躍で二人の頭上に迫っていたリコに勢いのままに引き倒され、首根っこを押さえられながら強引にいちごタルトから引き離される。
とは言えアプリコットならあの程度の奇襲、躱すも往なすも意のままのはずだ。元々遊びのつもりでいたから、ついでにリコに運んでもらって楽に退場しようなんて思っているのだろう。そういう意味では止める程ではなかったかもしれない。
それはそれとして後で殴るが。
「まったく……アプリコット後で殴っておくわ」
お得な二回分。
アプリコットが引きずられていくのを見てようやく気が抜けたのか、いちごタルトはハッとしたようにバック転で更に距離をとり、改めて俺たちのいる二階に振り仰いだ。
そして、何故か俺の方を睨みつける。
「お前が≪アルカナクラウン≫のリーダーですかッ!? お前が何かしたせいでお姉様が落ちッ……」
いちごタルトの言葉が突然詰まる。
「……込ん……で……?」
その視線がちらちらと小刻みに宙を泳ぎ、口よりも観察に気を取られているかのように口数が減り、反対にアプリコットとの戦闘を経て血走っていたその瞳が急激に生気を取り戻したように輝き始める。
そして――――ぴょんっ、シュタタタタタタッ!
間近にあった階段の手すりにひとっ飛びに飛び乗り、四つん這いのまま二階まで駆け上がってくる。まるで解き放たれた猫のように。一直線に俺の元まで――。
「お姉様と呼ばせてくださいですッ!」
いちごタルトは俺の両手を取って、きらきらと目を輝かせてそう言った。
「……へ?」
Tips:『銃器』
物理的な機構を用いて銃弾を発射する武器の総称であり、[FreiheitOnline]においては拳銃・散弾銃・対人狙撃銃・機構弩系統の武器カテゴリに属する射撃武器を指す。究極的には引き金を引く動作のみで攻撃に必要な動作が完結しているため初心者にも扱いやすく、弾速の速さ故の即応性や安定した火力が持ち味となる。一方、攻撃の精度という点で相応の練度が必要でその点をサポートするスキル・アイテムが一切存在せず、戦闘中でも再装填や手動給弾等の銃器特有の隙が容易に発生しうる点で総合的には玄人向きの武器と言える。




