(37)『DeadEnd Paradox』
その死神は命を奪わなかった。
だが、隠者に課せられた呪いは、あるいは命に匹敵する。
死神が魔眼の魔女の心臓を選んだのはただの偶然か、それが運命だったのか。
「なん……」
思わず思考停止しそうになる中、反射的に引き抜いた群影刀で死神の首を斬りつける。しかし群影刀の刃はまるで霞を斬るように死神の身体を素通りして、後ろの壁を殴り付けるだけに終わった。実体がないのかと、返しの刃に魔力を通して斬りつけるも結果は変わらず、刃は虚空を斬っただけに終わる。
「ちッ……【0】ッ!」
頼みの綱の無効化スキルを使っても死神は消える気配はなかった。
「まさかただの表現効果なのか、コイツ……!」
ズルッ……。
死神はアンダーヒルの心臓を貫いていた大鎌を無造作に引き抜くと、輪郭が蜃気楼のように歪み始め煙のようにフッと消える。残されたアンダーヒルの身体は力なくよろめき、ドチャッと温く湿った音を立てて俯せに崩折れ伏した。
「何だよ……これ……ッ」
気が付くと、いつのまにか足元に恐ろしい量の血溜まりができていた。
おかしい。ありえない。
少なくともFOのシステムにここまで鮮烈でリアルな流血エフェクトはない。しかし目の前の光景が幻でないなら、現仕様――つまりDOとやらにおいてはこれが当たり前の光景ということになる。これが儚が言っていたより現実に近い仕様の[DeadEnd Online]なのだ。
「くそッ! アンダーヒル、しっかりしろ! 今助けてやるから!!」
こみ上げる吐き気と疼き始める頭痛を堪えつつ、アンダーヒルを抱き起こすように仰向けに寝かせ、ついさっき接収したばかりの回復用ポーションを探してストレージを引っ掻き回す。しかし整理は後回しにしようと適当に突っ込んだだけのストレージ内はゴミ箱のようなものでなかなか目当てのものが見つからない。焦りばかりが募って最早意識をミキリの方に割く余裕もなかった。
「落ち着け……落ち着け……」
ストレージ内の捜索は目と右手に任せ、左手でアンダーヒルの左胸の辺りを探りながら傷口を強く押さえる。痛みはあるだろうが、出血は出来る限り少ない方がいいと判断したからだ。ローブの生地が思いの他固かったことと夥しい量の血を吸っていたことで触感はかなりわかりにくいが、さっきの光景は嫌でも目に焼き付いているから傷口の大体の位置は憶えていた。
「そんなことしなくていい……の」
不意に背後からかけられたミキリの声で意識の内に警戒心が復活する。
「【魔犬召喚術式】、モード『妖魔犬』。ミキリが怪しい動きをしたら喉を噛み砕け!」
ミキリには一瞥も気を取られないように監視は呼び出した召喚獣に任せ、ストレージのスクロールとページめくりを繰り返す。
「主」
そろそろ一スロット分くらい見つかってもおかしくないはずだが、まさか勢い余って見落としてないだろうな、俺。
「主ヨ」
几帳面なアンダーヒルのことだから移す時は入ってるものをそのままの順番で移動させたはずだ。つまりこの無秩序なゴミ箱状態はミキリのストレージほぼそのままということだ。かなり適当と言うか、使い勝手とかには無頓着だったみたいだな。
「我等ガ麗シノ主様ヨ」
「誰が麗しだ!」
「ソウ焦ラズトモ、ソノ娘ハ大事ナイ。ソレヨリ本当ニコレノ喉笛ヲ砕クノデアルカ?」
「は?」
ケルベロスの意味深な言い方に思わず手を止めて振り返る。するとそこにはアンダーヒルと同じように血溜まりの中に倒れ伏したミキリと、その傍らに行儀よくお座りして見下ろす妖魔犬の姿があった。
「……え?」
「ソッチノ娘ハLPモ減ッテイナイ。外傷モナイ。ヨリ死ニ近イノハコノ娘デアル」
「でも、こんなに血が……」
「ソレハコノ娘ノ血デアル。コノ娘ノ傷ヲ見ルニ得物ハカナリ大振リノ刃デアロウ。ソノ傷ナラ、ヨクヨク触レバ主様ニモワカルハズデアル。第一ソンナモノデ心ノ臓ヲ貫カレレバ間モナク死ニ至ル」
半信半疑のままローブの下に差し入れた右手で探るように傷のある辺りを触ってみると、確かに貫通痕や創傷に該当する感触はなく、あるのは濡れた包帯と柔らかな――
「えっと……」
柔らかな――――何だっけ?
「傷ナドナイデアロウ?」
「えっ……あ、あぁ……」
咄嗟に手を引っ込める。召喚獣であるケルベロスは俺のことは女と認識しているはずだが、アンダーヒル自身はそうじゃない。いくら事情があるといえ、安易に触れてはいけないところに触れたことを許してくれるほど無頓着ではないだろう。
まずは口止めからだ。
「ケルベロス。お前は何も見なかった」
「……? デ、アルカ」
「ちょっと事情があってな。そこのミキリはこのギルドには存在しないことになってる。だから誰であろうとこの部屋で見たこと聞いたこと一切他言するな。わかったら戻っていい」
こう言っておけばミキリのことだけでなく、俺の行動や状況についてもケルベロスの口から漏れることはない。アンダーヒルは俺がケルベロスを出したことすら知らないのだから当然だ。
「御意」
簡潔に了承したケルベロスが足元の影と同化するように消えるのを確認した後、アンダーヒルの身体を抱え上げて一度クローゼットの外に出る。
致命級外傷の意識障害でないのなら、単にショックによる失神の可能性が高い。強力ではあるが安全さえ確保しておけば放っておいても間もなく目覚めるし、気付け薬で即座に起こすことも出来なくはない。要するにその程度なのだ。
少し迷ってクローゼット脇の一先ず床に寝かせておくことにした。できればベッドにでも寝かせる方がいいのだろうが、血塗れのアンダーヒルを几帳面にメイキングしてあるベッドに寝かせる方が後々の面倒は多いだろうと思ったのだ。
離れ際にアンダーヒルの着衣の乱れをさりげなく直してやりつつ、ふと思い立ってアンダーヒルの表情をもう一度確かめる。穏やかとは言えないが、死神に刺された時の苦しげな声からすると大分良くなった気はする。
あの死神が何だったのか――――それはこれから確かめるしかないだろう。
「さっきの死神は何だったんだ、ミキリ」
ミキリの元に戻ってそう聞くと、ミキリは血溜まりの中で痛々しい笑みを浮かべて俺を見上げた。
ミキリのものだというこの夥しい量の出血はおそらく胴体、もしかするとさっきアンダーヒルに対して勘違いしたように左胸――心臓の辺りからかもしれない。
しかしアンダーヒルとは違って、ミキリの体力はみるみる削られていく。否、正確には既に確定死だ。今はただライフ減少の遅延――ダメージ発生から実際に減少するまでの時間を待っている状態だった。
「もう一度聞くぞ。さっきの死神は何だ」
「……ミキリの魔眼は全部で五つ。ある……の……」
さっき使った幾つかのスキルも目の周りに表現効果が散っていた。ということはアレも全て魔眼――相手を見る、または相手と視線を合わせるだけで発動条件を満たせる強力な支配スキルだったのだろう。
「【思考抱欺】と【幻痛覚謝肉祭】はさっき消えちゃった……。【仮名縛り】と【天涯蠱毒】も今消えちゃった……。だから最後の一つを使ったの。最初で……最後の……【受呪繋ぎ】……」
ミキリの表情はまるで褒めてとねだる無邪気に子供のようだった。痛みも悲しみも苦しみもそんなことはどうでもいいと言わんばかりに笑ってみせる。
これは狂気だ。儚と同じ、行き場を失った盲信のような狂気。感情にも自身にも何ら疑念を抱かない、正気を失ったのではなく正気そのものがおかしくなったような異常性。理解できない。理解できるわけがない。
「【受呪繋ぎ】は呪いのスキルだから……。黒いお姉ちゃんはこの先ずっと……『一番使い慣れた武器を使う』度にかけられた呪いでミキリと同じ痛みを受ける……の……」
「痛み……? って、痛覚にペナルティが発生するってのか……!?」
「ミキリの【受呪繋ぎ】は黒いお姉ちゃんの《心臓》を選んだ……。だからミキリはミキリの心臓を殺すの……!」
ミキリの無邪気な狂気に全身を悪寒が駆け抜ける。足元から電流のように走った戦慄で全身に生じた鳥肌は相手が普通の子供ではないことを思い知る。
「ミキリ、お前――」
「優しいお姉ちゃん、は……シイナちゃん……ハカナちゃん……の……お友達……」
ミキリはもう俺の声が聞こえていないように虚ろ気な視線を彷徨わせ、ブツブツと何かを呟いている。しかし、その声も床の血溜まりの面積が大きくなるにつれ弱くなっていく。
「ちゃんと見てて、ね……シイナ……ちゃん……。これ、が……自演の輪廻……」
ミキリがか細い声でそう言ったちょうどその直後、その身体から粒子状の光がパッと散った。ライフ全損の表現効果、魂の欠片が散って消えるイメージだ。普通ならこの後、身体も無数の立方体となって砕けるように消え、それぞれの街の死に戻り地点に強制的に転送されるはずだ。
しかし、ミキリが言ったように今のFO――もといDOには死に戻りはなかった。
その異変はミキリの頭上に表示された[DeadEnd]のステータステキストから現れた。
そして次の瞬間――カチッ。
[DeadEnd]の語尾の『d』の後ろにテキスト入力の点滅カーソルが現れ、半角一文字分の空白の後に一文字ずつ何処からか打ち込まれていく。
『P』『a』『r』『a』――。
最初の文字で予想はできたが、カーソルが止まった時に現れた文字列は――――[DeadEnd Paradox]。
その瞬間から自演の輪廻というシステムが発動したのか、まるで早回し逆再生のようにミキリの傷が癒えていく。床に広がっていた血も徐々に消えていき、瞬き五回分ほど呆然としている間に全て元通りになっていた。否、潰れていた左目もその治療のため巻かれていた包帯すらも消失している。
そしてミキリは目を開けた。
「これでリセット、なの」
ミキリは身体を揺らすように起き上がると、ゆっくりと立ち上がって俺を見る。
どうやら包帯と同様、拘束の類も初期化に伴う消失対象に含まれているらしい。最初は勝手に外れたかと思って軽く探してみたが、少なくとも確認できる範囲には見当たらなかった。とはいえ体力ゲージも初期値に戻っているし、レベルもアップボーナスも何もかもが初期化されたならおそらくどんなに策を練ろうが隙を狙おうが俺を退けて逃げることはできない。これ以上の拘束は不要だろう。
「これが自演の輪廻なの、優しい優しいシイナお姉ちゃん。どう? 酷いでしょ? 酷いでしょ? でもね……でも現実はもっと酷かったよね」
「道化の王冠の言うことに賛同できると思うか?」
「むう……優しいお姉ちゃんが優しいかどうかわからなくなってきたの……。このままだと優しいお姉ちゃんは優しくないお姉ちゃんに……ミキリの慧眼の信用度が下がるの……」
「子供のくせに慧眼とか難しい言葉使ってんじゃねーよ……」
しかも俺が優しい云々は最初に儚が言ってたんじゃなかったか。
「失礼なお姉ちゃんなの……」
ブツブツとうるさいミキリに仕置きのつもりでデコピンを食らわせると、体力が一瞬で真っ赤に染まり、あっという間に危険域に到達した。全損の一歩手前だ。FOのステータス補正と装備補正半端じゃない。
「デコピンで死ぬとか考えたくもないの……」
「一度リセットされたら今更だろ。それよりアンダーヒルにかかった呪いとやらを解く方法はないのか?」
「一度死ぬかログアウトすればいいの。そうすれば勝手に解けるの」
「実質無理ってことじゃねーか。さすがのアイツでも起きたらキレるぞ……」
「……ミキリにはどうでもいいことなの」
ぷいとそっぽを向いて頬を膨らませる仕草は子供の姿だった。
しかし聞けば聞くほどわけがわからないスキルだ。ライフ全損を代償として要求する割にログアウトするだけで回避できるなんて――――まるでこのDOで使うことを想定して作られたようなスキルだ。ただの考え過ぎだろうけどな。
「どうせミキリに何をしても死なないの。残機も無限、ステータスも初期値。何をしても、何回死んでも失うものは何もない、なの。どうせ痛いくらいなの」
「さっきまでは何もかも頑なだった割にやけに饒舌になったな」
「お姉ちゃんは逃げることもできないミキリをイジメたりしないの。ハカナちゃんからそう聞いてるの」
あの馬鹿、何のつもりで俺のことばかり色々吹き込んでるんだか。
何のつもりも何も多分この状況を想定してなんだろうが、抗える力も何もかも失ったばかりの子供に無防備を盾にして尚も虚勢を張れだなんて酷な話だ。
俺の知っている本来の儚ならそんなことを言うわけがない。仲間がどんな危険に陥っても持ちうる全てを使った力技で助けに行くような奴だったからな。
「ハカ――」
「警告。二人とも動かないで下さい」
「――ッ!?」
突然背後から無機質な声が聞こえると、同時に腰のやや上――【フェンリルテイル】装備の構造上布地のない素肌の部分に何かが押し当てられた。ひやりと冷たい感触、そこから感じる重厚な存在感、そして生気を感じない鈍色の殺気は十中八九大型の銃のものだ。
「もう起きたのか、アンダーヒル。いきなり脅かすなよ。驚くだろ」
要求通り身体は動かさず口先だけ飄として返すと、黙れとばかりに銃口がより強く背中に押し当てられた。大型マズルブレーキの硬い感触に思わず身体が強張ったが、おかげで突きつけられたそれがアンダーヒルの愛銃〈*コヴロフ〉である確信も得た。さっきの声も間違いなくアンダーヒルのものだったし、本気で撃つつもりはないだろう。何故脅すような真似をしているかまではさすがに今の俺にはわからないが。
「ゆっくりと外に出てください、シイナ。余計なことをしたら撃ちます」
嘘を吐かないことを信条にしながら安易にそんなことを言うのはやめていただきたい。心臓に悪いから。
今の俺のステータスなら二、三発受けても数字上は大したことないが、〈*コヴロフ〉の武器カテゴリはあくまでも対物狙撃銃――ミキリの死ぬ様を見たばかりであんな大口径弾を受けようとは思わない。ダメージは大したことにならなくても、負傷と激痛は逃れようもないだろうからだ。
「O種ロックをお願いします」
クローゼットを閉めて指示通りクローゼットをO種システムロックで施錠すると、アンダーヒルはようやく張りつめていた緊張を緩めて【コヴロフ】の実体化を解除した。
「ありがとうございます、シイナ」
思いがけず、アンダーヒルが最初に発した言葉は謝罪ではなく感謝だった。性格柄まずは『申し訳ありません』から入ると思っていた程度の小さな驚きだったが、その一瞬の間をどう捉えたのかアンダーヒルは追って小さく頭を下げた。
「……彼女に報復しようとする自分を抑えるためにあなたに銃を向けました」
「報復……って、さっきの聞いてたのか」
「はい。大体の状況は先程の彼女とあなたの会話から把握することができました。そのことで感情が昂り、自制できなくなるまでに私から彼女を隔離していただいた次第です」
「……それを自制って言うんだぞ」
「私は、激情を抑えなくてはならない……」
情報はどんな形にでもなるってヤツか。
他の人がやっているのを見るとスゴいと思えるだろうに、コイツがやってるのは窮屈に思えるのはなんでだろうな。
「申し訳ありませんが、彼女の方は頼みます。私は少し、頭を冷やしてくる必要がありますので」
「あ、おい……」
部屋を出ていこうとするアンダーヒルを呼び止め、振り返った彼女の表情を見て口にしようとしていた言葉を呑み込んだ。
大丈夫か、なんて言えなかった。アンダーヒルの表情はそれほど悲嘆と困惑に占められていた。感情が薄い子だとは思っていたが、表情に出ていないだけで――表情に出さないよう努めているだけで、実際は人より繊細なのかもしれない。
「大丈夫ですよ」
そして、アンダーヒルにはお見通しだった。
「受呪繋ぎのことでしたら問題はありません。狙撃行動が制限されただけで、できなくなったわけではありませんので」
「ちょっと待て。まさかお前狙撃手を続ける気か!?」
「はい」
「お前へのペナルティはさっきアイツが受けた痛覚と同じだって。狙撃する度にあんな致命傷クラスの痛みを受けるんだぞ!?」
「私は……いえ、『物陰の人影』は――――情報家として、狙撃手として、その二つの生き方しかできませんので」
アンダーヒルはそう言うと、小さく頭を下げ、逃げるように部屋を出ていった。
「……くそっ。なんでこんなことに……」
きびすを返し、クローゼットのシステムロックを解除して引き戸を開く。
俺はアンダーヒルじゃないが、アイツが俺をどこまで知っているのかはわからなくても俺がアイツのことを全然知らないことは知っている。
今俺がしてやれることはない。だから、放っておくしかなかった。
「優しいお姉ちゃん。黒いお姉ちゃんはどうしたの……?」
アンダーヒルみたいな無感情な目で、ミキリは転がったさっきの体勢のまま俺を見上げてそう言った。
「頭冷やしてくるって出てったよ。あんなとこ見るのは初めてだ」
「自分が他人の全部を知ってるなんてただの傲慢なの。そんなことはありえないの。だからハカナちゃんに感謝すればいいの」
「……は?」
耳を疑った。
「シイナちゃんが黒いお姉ちゃんの新しい一面を見れたのは、黒いお姉ちゃんを怒らせたミキリと、ミキリにそうするように教えたハカナちゃんのおかげなの。だからシイナちゃんはミキリとハカナちゃんにありがとうしていいの。褒めて? 褒めて?」
「お前……何言ってるか自分でわかってんのかよ」
「んぅ?」
ミキリは首を傾げた。
理屈の体をなしていない。そもそも何処かがずれている。そんな言葉を吐きながら、ミキリはずっと自然体だった。
「おかしなシイナちゃん」
ミキリは――目の前でクスクスと嗤うこの女の子は、間違いなく道化の王冠、儚の同類だった。発動条件かなんだか知らないが、アンダーヒルに呪いとやらを課すために自損なんて、許容する方も教導する方もまともな神経であるはずがない。
「ハカナちゃんも言ってたの。『ミキリの嫌いな現実がそうであるように、弱者は強者に食い潰される。だからミキリもその時が来たら、ちゃんと私に食い潰されてね』って」
愕然とした。
儚は――俺が知っている本来の儚は周りがなんと言おうと、自分が強いとは認めなかった。幾度の戦いを勝ち越して、勝者であることは認めても強者であることは認めなかった。
昔はまだ塔の攻略もほとんど進んでおらず、儚ですら苦戦の末撤退を余儀なくされるボス戦だってあった。だから全プレイヤーの頂点に立つからこそ、自分が強者であると認めれば今はまだ下にいる全てのプレイヤーの可能性まで貶してしまうことになると言っていたのだ。自分が目指しているのは全プレイヤーの頂点じゃない、この大きな塔の頂上とその先なんだときらきらとした瞳で語っていたのに――。
その儚が今は『強者』であることを認めている。おそらく、最悪の形で。
「シイナちゃん?」
背後からかけられるミキリの声には応えず、俺はクローゼットから出て引き戸を閉め、アンダーヒルでも開けられるT種システムロックで施錠した。
そして窓際に赴き、開いた窓枠に手をかけ――――一吼する。
かつては確かに親友だった馬鹿な女の名を。
Tips:『自演の輪廻』
[DeadEndOnline]において実装された新たな仕様。本来の[FreiheitOnline]において死亡確定後はデスペナルティが発生するものの直近の死に戻り地点に転送されて蘇生されるが、新たな仕様では死亡確定したその場でキャラクターデータが初期状態にリセットされた状態で蘇生される。基本的にその場に自分の死因となった敵が残っているため、極めて危険な仕様として認知されている。




