(31)『何でもございません』
アプリコットを発見し、【0】の能力は判明して、魔眼の魔女を退けた。
今回彼らが得たものは大きい。ただ、魔眼の魔女の行方を知るのはただ一人。
〔旧く貴い長きもの〕の初討伐者として名前が残らないようにフィールド外へ出るというアンダーヒルと別れてからおよそ十五分後――。
俺は偶然チームB――刹那とトドロキさんのペアと偶然合流し、共に他チームとの合流地点に向かっていた。
移動の足として用いているのは依然〔激情の雷犬〕だ。今更ながら、事もあろうに巨塔の強力なボスモンスターを騎獣として使うなんてかなり勿体無い使い方だが、雷属性を持っているだけあって最高速度はかなりのものだし戦闘能力も言わずもがな、護衛としても使える利点は大きかった。
閑話休題。
「……は?」
アンダーヒルに指示された通りにチームAが遭遇したことの顛末を二人に説明していると、先頭を走る雷犬に騎乗している刹那から何処か威圧的な反応が返ってきた。
やや不機嫌そうなその声に乗せられた感情の内訳は、怒り四割呆れ三割苛立ち二割戸惑い一割といったところだろう。
キレている時に地雷発言が聞こえなかったフリをして聞き返す時も似た感じになるが、聞き慣れてから比べてみると怒りレベルの差が顕著に表れていたりするのだ。
「アプリコットの勧誘に来た使いっ走りと水没林でエンカウントしたって……それわざわざ地下に来たってことよね? ≪道化の王冠≫の連中どんだけ暇なのよ」
「それを俺に言われてもな」
もしかしたらミキリも地雷口に落ちたのかもしれないし、例の幽霊拝堂に巻き込まれた可能性だってゼロじゃない。
「せやけど、ようあのミキリに勝てたなぁ。正直なとこ、ウチは先手でも取らんかったらあの子に勝てる気せんわ」
「戦ったのは殆どアンダーヒルですけど」
「……まあ、相性もあるやろ。ウチのアンダーヒルはそれ抜いても最強やけどな!」
トドロキさんは我が事のようにこれでもかと言うくらいのドヤ顔だった。
「アンダーヒルが聞いたら真面目に所有権否定しそうな発言だ……。て言うかトドロキさん、ミキリのこと知ってたんですか?」
「そらもう。向こうがどう思っとるかは知らんけど、一応顔見知りでもあるんよ」
「ミキリなら私も知ってるわ。さすがに会ったことはなかったけど、あの……アレでしょ。“魔眼の魔女”。噂ぐらいは聞いてる」
寧ろ俺が知らなかっただけの可能性浮上。基本的に自分が強くなることばかり考えていたから、他のプレイヤーのことなんてあまり気にしていなかったのだ。
「んで、そのミキリは今何処にいるの?」
「それが……その、すまん。今何処にいるかまではわからない」
刹那のなかなか鋭い質問に、アンダーヒルに指示された通りミキリ捕縛の情報は伏せた内容を伝える。アンダーヒルは偽証にならないように『公的には行方不明』だとか『現状不詳』だとか色々言っていたが、そんな小難しい話を俺が口にすれば、刹那やトドロキさんに何か勘繰られること間違いなし。
しかしアンダーヒルは『彼女のことは私に任せてください』と言って何処かに消えてしまったため、今言ったことは強ち間違いでもなかったりする。
「つまり逃がしたのね……。ま、それはそれで痛いけど、ソイツとは戦ったんでしょ? 手の内がわかったんならまあいいわ」
思惑通りに思い込んでくれた刹那はやれやれとばかりに溜め息を吐くと、走ってる最中で上下している激情の雷犬の背にべたっとくっつき、器用にリラックスできる体勢を取った。
「手の内がわかったって言うより、アイツの持ってたユニークスキルが三つ消えたから弱体化させたんだけど」
「「ユニークスキル?」」
「ああ、えっと……【幻痛覚謝肉祭】と【思考抱欺】と……んー、あと何だっけ。アンダーヒルにちゃんと聞いて憶えたと思ってたんだけどな……」
ミキリが〈*神ヲモ蝕ム剣〉を対象に使ったユニークスキルで、一振りの武器を双剣化して手数を増やす効果を持つ――――ここまでは憶えているのだが、名前だけ度忘れしてしまっていた。
自慢ではないが、俺は一度見たスキルの名前と効果は確実に憶える自信がある。しかし逆に言えば、見たことのないスキルになるとてんで話にならない。アンダーヒルからの情報とはいえ聞いただけでは思い出しにくく、特にFOのスキルの言語系は多種にわたるため意識的に憶える方もややハードルが高いものがある。やはりその場に居合わせなかった事が記憶に大きく響いていた。
「ちょ、ちょっと待って。今何て言ったの? ちゃんと説明しなさいよ」
刹那は珍しく困惑顔で俺の言葉を遮ると、乗っている雷犬の進行方向に対して身体の右側をポンポンと叩いて指示を出すと速度を抑え気味にして俺の左隣に雷犬を寄せてきた。
一瞬何を驚いているのかわからなかったが、すぐにその理由に思い当たる。ミキリに関する報告の最中に話を遮られたため、その後にするつもりだった説明――【0】に関する報告を忘れていたのだ。
「そうそう、“非発”【0】の効果がわかったんだよ。あくまでも仮定の範疇を出ないけど――」
「シイナ、それはミキリとの戦り合いでわかったん? まさかミキリが【0】のことを知ってたとかやないやろな」
今度は右隣に寄せてきたトドロキさんに言葉を遮られた。
「え、ええ。て言うか推測したのアンダーヒルですし、少なくともミキリは知らなかったっぽいです」
「そんならええけど」
「いいから説明続けなさいよ、愚図!」
話が進まないの俺の所為か?
「――“非発”【0】の効果は主に二つだな。一つは、発動している全スキルをノーコストで無効化する対スキル効果。もう一つは、無効化したユニークスキルを魔力消費で消滅させる特定干渉効果らしい」
「「……」」
ひとまず要点のみの説明でさらっと終わらせて二人の反応を待ってみると、刹那もトドロキさんも見事に呆けていた。
無理もない話だと理解できる分、なかなか二の句を次ぎ難い。特定条件で限られたごく一部のスキルを無効化するなど【0】の下位互換に当たるスキルには幾つか心当たりもあるが、それを考えても汎用的にあらゆるスキルを無効化できるなんて有り得ない話だと思う。手元に現物がなければ、俺自身そう説明されてもまず都市伝説や噂の中にのみ存在する類の物だと思うだろう。
「スキルの無効化って……何それ。そんなスキルあっていいの? ただでさえ実戦の戦力内訳の三分の一はスキルって言われてんのよ? 頭おかしいの?」
「通常武器の戦闘に誰よりも手慣れとるベータテスターがそんなもん覚えたら……ま、ぶっちゃけただのチートやね♪」
酷い言い種だった。
そんなこと言ったらお前の【精霊召喚式】とか【逸清掃射】だってバランスぶち壊しにするスキルばかりじゃねーか、と刹那には色々思うことがあるが、そこはそれ、そんなことを言おうものなら報復に何をされるかわかったもんじゃない。
「あによ、その目は」
「何でもございません」
考えていたことが思いの外筒抜けだったようで、気が付くと胡散くさそうにジト目を向けてくる刹那にそう返していた。
「シイナ、後で模擬戦に付き合ってね」
「くっ……ちゃんと誤魔化したのに……」
「いやいや、シイナ。そないな誤魔化し通用する相手とちゃうやろ。無理せんと素直に吐いとき。それにええやん、模擬戦。何ならウチも付き合うで。どうせならみんな巻き込んで盛大にやったれ」
「ははは……」
ただの模擬戦なら無論俺も大歓迎だ。
実質的に際限なく強くなることが可能なこの世界では、実戦経験を積めば積むほど強くもなれる。これはFOにおける戦闘は、制体駆動の精度など現実同様に完全操作のシステム外要素が多いためだ。
しかし経験上、こういう状況で刹那の言う模擬戦とは相互の技術向上を目的としていない。つまりストレス発散や感情爆発の溜飲を下げることを目的とした直情的な行為であり、そこに切磋琢磨なんて高尚な向上心は欠片もないのだ。
キレた刹那と戦り合うなんて、命が幾つあったとしても御免被りたい。
「そうか、模擬戦なら――」
不意に刹那から漂っていた怒りオーラが消え、何処か思案顔で呟いた。
「どうした?」
「ネアちゃんのことよ。模擬戦でレベルは上がらないけど、幸い【全途他難】のおかげでそっちは勝手に上がってくじゃない? だから当面の課題はあの子の魔法熟練度アップと戦闘スタイルの確立。アプリコットって見たとこ天使種系種族でしょ? 方針ぐらいわからないかと思って」
「……まあ、かもな」
思わず反応が遅くなったのは、刹那が珍しく他人が強くなる方法を考えているようだったからだ。基本的に弱いことを弱い理由として認めない刹那は、他人の強さはその人自身が手に入れるべきものでレベルだとかスキルだとか魔法なんてものは所詮ツールに過ぎないと常々公言している。
そんな刹那がネアちゃんのことを考えてくれるようになったのは、その本人が『待っているだけなんて嫌だから一緒に戦えるようになりたい』と明言してからだ。
まったく――。
まだ初めて数日レベルのネアちゃんが塔攻略に積極的に参加しようとしているのに古参の連中は何をやってるんだか。彼らの気持ちがわからないでもないが、正直なところゲーマーとして真実真剣ならそれはどうだよ、と思う気持ちの方が圧倒していた。
そんなことを考えている内に急に視界が開け、木々に囲まれた小広場のような場所で待機していたC・D両チームの姿が見えた。
広場の中央に横たわっている巨体がさっきアンダーヒルの狙撃の際に遠目に見えた〔旧く貴い長きもの〕だろう。なるほど、概ねアンダーヒルの推理した通りのモンスターだ。
「よう、シイナ。久しぶりだな」
俺の顔を見た途端、何故か頭からずぶ濡れで落武者みたいになっているシンが軽い調子で声をかけてくる。
「久しぶりも何も数時間ぶりだろ。今さらマインゲートなんかに引っ掛かるなよな」
「まぁそう言うな、シイナ。見ての通り俺もシンもリコも何ともない。無事に合流できたんだから問題はなかろうよ」
そう言うリュウは〈*宝剣クライノート〉に加えて〈*大鷹爪剣ファルシオン〉まで背負っている。このボスを倒すのに【剛力武装】を使ったのは明白だろう。さすがにこのレベルのボスに死亡まで持ち込まれることはないだろうが、リュウにとって本気を出すに値するほど強力だったのだろうか。
「何はともあれ、アプリコットの協力を仰げたってことなんだよな?」
歩み寄ってきて口元を隠したシンが、こそこそと早速そんなことを訊いてくる。
「いや、まだだよ。今はただついてきてるってだけで、手を貸してくれるとはまだ一言も言ってないんだ」
「……アイツらしい迷惑さだな」
「後腐れのないよう言っときますけど、聞こえてますからねー」
突然背後の至近距離から聞こえてきた声にドキリと心臓が跳ね、シンと二人で後ろを振り向きつつ距離を取る――
「くくっ……」
しかしそんな俺たちを嘲笑うように見たアプリコットは最初から目の前のアルヘオ・リヴァイアサンの上に腰掛けていた。
声だけを任意の位置に飛ばして相手を撹乱するスキル【音鏡装置】。そうとわかっていても引っ掛かってしまった辺り、アプリコットのスキル使用のタイミングは絶妙の一言に尽きた。
「いやー、【潜入聴唆】って便利なスキルですよね。ボクの多用するスキルランキングで間違いなくベストテンには入りますよ」
「趣味悪いぞ、アプリコット」
「陰口よりはお行儀がいいでしょう?」
ケタケタと笑うアプリコットの言葉に、俺とシンは二人で視線を逸らした。
ちなみに【潜入聴唆】は任意の位置に傍聴フラグを設置して周囲の音や人の声を使用者に送信する盗聴用スキルだ。ある意味【音鏡装置】の逆とも言える。
「ようやく来ましたね」
その時、突然聞こえた声に頭上を振り仰ぐと、近場にある樹の太い枝に飛び降りてきたらしい黒装束の小柄な人影が静かに広場を見下ろしていた。
「アンダーヒル、もう来てたのか。ミキリはどうしたん――」
「……」
「――あ」
思わず、口が滑っていた。
無言で冷ややかに見下ろしてくるアンダーヒルの目が怖い。雰囲気も怖い。
「さ、さすがのお前も撒かれたのか」
「そういうことにしておいてください」
さすがの情報家様は、嘘を吐かずにはぐらかす言い方も極めて慣れたものだった。
Tips:『模擬戦』
[FreiheitOnline]において戦闘技術向上や熟練度の成長を目的とする訓練の通称。カスタムルールの決闘システムや武器によるダメージを無効化するスキル【未必の故意】を用いて安全を担保しながら行うのが一般的で、フィールドでの実戦に比べて他のモンスターの乱入等想定外の要素に影響されず、効率的に自身の成長を促すことができる。ただし、決闘では経験値やアイテムを得ることはできないため、模擬戦だけではプレイヤースキルと各種熟練度しか上がらない。




