(30)『周りはただ呆然と』
アプリコットと合流し、一同は淡い旧交を温める。
彼女は壊れた言動で間合いを測り、壊れた距離感で間合いを詰める。
ただ、そんな彼女の心を知っているのは今のところただ一人。
「なるほど。シイナの探していた件の変人というのはお前のことだったのか」
チームCと合流して大体の状況と経緯を把握したリコはジトッと睨み付けるような視線をアプリコットを向けつつ、何処か納得したように呟いた。
しかしほぼ初対面の相手に躊躇なく“変人”と言ってのける失礼極まりないリコに対し、アプリコットは『勝手心得たり』と言わんばかりにくっくっと笑う。
「改めまして初めまして。馬鹿丁寧に申しますれば、ボクの名前はアプリコット。歴史だけなら馬鹿に長い最古参ギルド、≪シャルフ・フリューゲル≫のギルドリーダーで御座います……っつって。自分から名乗って浸るほど、気に入ってる名前でもないんですけどね。まあ、基本的にこっちから誰かに干渉しようっつーつもりは今んとこねぇんで、折り合いがつく程度によろしくお願いしますよ、“電子仕掛けの永久乙女”?」
「……貴様私を知っていたのか?」
「あー、はぁ、勘違いしないで欲しいんですが、別に知っていただけで知ってただけなんですよ。ただ聞いたことがあるってだけで、アンドロイドとか殊更にさらさら興味ねぇです」
「おい、ネア。コイツの話し方を聞いていると何故だかイライラしてたまらない。こんなのは初めてだ。どうすればいい?」
「それを私に言われても……」
お茶を濁すように困った顔をしたネアは横からアプリコットに話し掛け、二言三言言葉を交わすとアプリコットは素直に頷いた。アプリコットとまともに会話を成立させるというのは思いの外困難だが、そういう意味でネアは貴重な人材と言えるだろう。
「まあ貴様がどうしようと構わんが、後でシイナに怒られても面倒だから私も今の内に名乗っておくぞ。今の私の名はリコ。アルカナクラウンにおいては一番の新参者だが、実力が他に劣るとは思わない」
リコは一瞬躊躇って、アプリコットに手を差し出す。この躊躇は握手に応じるとは思えなかったからだが、アプリコットは「ボクのことは呼び捨てで構わねぇんで好き放題呼んでください」とにこやかに握手に応じてきたため、リコは少し間が悪くなったようにそっぽを向く。
「その名前……シイナが付けてくれたんですか?」
「ん? ああ、そうだ」
「へぇ……」
アプリコットは一瞬何処か愉しげな笑みを浮かべたが、その笑みを隠すように右手の指をペロッと舐めて誤魔化した。
その頃ようやくリコを追いかけてきたリュウとシンが半ば泳ぐようにしながら姿を現した。
「おっ、久しぶりだな、アプリコット。僕のこと憶えてるか?」
アプリコットの姿を見つけたシンが開口一番に声を弾ませる。彼女のやってきた様々な所業の数々を≪アルカナクラウン≫メンバーに話していたのは主にシンだったが、いざ再会してみれば嬉しさが前面に押し出されていた。
「おいおい何言ってんですか、まったくー。おかしなこと言うもんじゃないですよ」
「だよなー、あはははははっ」
「……で、誰でしたっけ?」
「気付いてたよわかってたよ、棒読みの時点で! そもそもお前が僕のことなんて憶えてるわけないってのはッ」
アプリコットの視線が傍に流れ、シンの隣で『やれやれ、どうしたものか』とでも言いたげな顔で二人の遣り取りを眺めていたリュウに注がれる。
「リュウも随分ぶりにお久しぶりですね。相変わらず剛大剣使ってるみたいですけど。ところでこちらの変態神は何怒ってるんですかね?」
「お前、憶えてんだろ! 絶対憶えてんだろ! 初対面状態で女の子にそんなこと言われたら僕でも泣くぞ!?」
「え? いやー、いきなり泣かれるとぶっちゃけドン引きですけど、いいですよ。見てますんで、好きに泣いてください。何なら胸貸しましょうか?」
アプリコットの色々と惨い仕打ちにガクリと膝を折ったシンはそのまま力なく水中に没して沈んでいった。
「ところで念のため訊いておくが……そこにいる連中はシイナの魔犬の群隊で間違いないんだな?」
ネアの後ろで待機する激情の雷犬を見たリュウがやや声のトーンを落としてそう訊ねると、急に顔を寄せられたネアは頬を染めながらも慌てたように何度も激しく頷いた。
「この子たちは大丈夫ですっ。その、ちゃんと言うことも聞いてくれますし」
「何でもアリだな……」
「なんと、雷の鎧もちゃんと指向性があるんですよ。ボクも初めて知りました。まあ、まだパーティ組んでないので、そっちは影響ありますけど」
とか何とか言っている間にアプリコットにサルベージされ、細腕には見合わない力で軽く放り投げられたシンは、激情の雷犬が身体に帯びた雷の鎧で感電し、謎の悲鳴を上げながら再び水中に没していく。
「ね?」
「そのようだな」
平然と悪行をやってのける豪胆さに冷や汗を覚えつつ、リュウは素を装いながらも曖昧な相槌を返す。
確かにリュウもアプリコットがこういう人間であることは知っていたが、それはあくまでも伝え聞いた程度の話であって、少なくとも『久しぶり』なんて遣り取りが成立するほどリュウはアプリコットのことを知っているわけではない。寧ろ初対面もいいとこなのだが、ついさっきもまるで本当に旧知の仲のように溶け込んでいることが驚異に値するのだった。
「『ね?』じゃないですよ、アプリコットさんっ!? シンさん、大丈夫ですかっ!」
リュウが戦慄にも似た不思議な感覚に浸っていると、同じくあまりにも自然過ぎる暴挙に思考停止していたネアが復活し、アプリコットへの説教もそこそこに沈みゆくシンを助けに入った。
「ふむ、初々しい反応……なるほど一人だけレベル低いなーとは思ってましたが、やっぱり初心者なんですね。≪アルカナクラウン≫が新規加入を許すなんて、いやはや珍しいこともあるものです」
「まあ、成り行きでな。一応ことが起きる前の面識もあるし、シイナとの現実の間柄もある。一度くらいのボーダーチェンジは許されるだろう」
「くくっ。まあ、可愛い後輩だとでも思って育てるんですね。素直で向学心が高い、その割に人を知ってます。強くなりますよ、あの子。ちなみにオススメは極天使の支援型超高火力砲台です」
「気には留めておくが、俺はこの通り剣士一辺倒でな。魔法など門外漢にも程がある。よりよい師範がいれば任せたいのだがな」
「んですかー。ま、都合よく見つかるといいですね。魔法の扱いに長けた天使種系種族の暇人が」
「ゆっくり探すさ」
含み笑いを突き合わせる二人に、周りは呆然と傍観していたという。
「そう言えば、二人しかいないのは何故なんだ?」
「ああ、それはあれですよ。幽霊拝堂――地雷口に落ちたって話だったので、手分けして探してたんですよ」
「やはり地雷口……ということはやはりここは裏か。しかし、お前たちが来れたというのは……ううむ、ここは未発見ではなかったか」
アルヘオ・リヴァイアサンの亡骸を見ながらリュウが残念そうに呟くと、アプリコットは「安心してください」と言ってくくっと可笑しそうに笑った。
「ここを見つけたのはボクです。っつっても随分前のことですけどね。まあ、ここのボスには興味なかったんで放置してたんですけどね。あれから多分情報出てませんし、初狩で間違いないと思いますよ」
「いや、クラエスに来たのはお前さんに会いに来るためだ。初狩かどうかなんて本来気にすることではないさ。とにかく皆と合流しなければなるまい。他は何処にいる? アンダーヒルが狙撃で手伝ってくれたはずだが」
「彼女ならさっきここを出るって急いでいるところをすれ違いましたね」
「出る? 何かあったのか?」
「記録に残ってしまうからじゃないですか? 彼女、“物陰の人影”なんでしょう?」
「なるほど。ヤツらしいと言えばそうだが……難儀だな」
リュウは顎に手を当てて呟く。
「シイナさんは刹那さんとスリーカーズさんのチームと合流してから来るそうです。多分もうすぐだと思いますけど……」
「激情の雷犬は本気で走れば相当に速い。さっきの遠吠えがそういうことなら、そろそろ誰かが来てもおかしくはなかろう」
大体の状況を察したリュウは得心したとばかりに何度も頷いていた。
――それから約五分後、最初にC・Dに合流したのは思いがけずフィールド外へ向かったはずのアンダーヒルだった。
さっきアプリコットとネアがすれ違った時とは違い、
「最後の一撃は誰でしたか?」
水面スレスレの超低空高速飛行で現れたアンダーヒルは、いつのまにか顔を隠していた〈*黒い包帯〉を解きながら開口一番そう言った。
リュウとシンは顔を見合わせると同時に視線をリコに向け、それを受けたリコも無言で首を横に振って、何故かネアを盾にするように後ろに立つアプリコットを指差した。
「どうかしたんですか、物陰の人影。ボクがいつのまにやら何かやらかしましたかね?」
「いいえ、どちらかと言えば仕方のないことですのでお気になさらず。それとアプリコット、私のことはアンダーヒルと呼んでください。人前であまりその二つ名で呼ばれては、情報家として動きにくくなる可能性がありますので」
「んー、あい。て言うか、それならそうと早く言ってくださいよ。これからはユウちゃんって呼びますから」
アプリコットがあっけらかんとそう言った瞬間、極寒の冷気のような殺気だけでその場の空気が凍りついた。当然その殺気の主は、ある時を境にネアにだけ特別に許していた本名で呼ばれたアンダーヒルだ。
本人は怒りなど微塵も感じさせない無感情な表情のままだが、そのローブの下からはまるで得物を抜き放ったかのような危険な気配が漂っている。
「おっと、狙撃手は怒らせると後々面倒ですね。ここは大人らしく大人しくアンダーヒルって呼ぶことにします」
アプリコットはお手上げとばかりに両手を上に挙げると、その場でくるっと一回転してやや緊張気味の空気を入れ換えるように素直な笑顔を浮かべて見せた。
その返事でアンダーヒルから殺気は消えたものの、それはアプリコットが諦めたからと言うよりもまだ彼女には教えていない自身の戦闘スタイルを言い当てたことに驚いたからだった。
「何故私がスナイパーだとわかったのですか?」
「さっきも言ったでしょう。暇潰しの興味本位で尾行してたことがあるって」
アプリコットは事も無げに言っているが、アンダーヒルは平時自分に関する情報の漏洩を制限するため基本的に狙撃銃を人前で出すことはない。それはフィールドに一人で出向いている時も同じで、特にその黒ローブ〈*物陰の人影〉を入手してからは狙撃時には【付隠透】を用いてまでそれを隠しているため、余程執念深く追いかけない限り、彼女が狙撃手である確信は得られないはずだった。
もっとも、実のところアンダーヒルにとって狙撃手であることを知られている以上に、いつ尾行されていたのかに気付くことすら出来なかったことが気になっていたのだが。
「ところでネア。あなたはこのボスモンスターに一撃でもダメージを与えましたか?」
アンダーヒルが端に横たわるアルヘオ・リヴァイアサンの亡骸を見下ろし、ふと気付いたかのようにネアにそう訊ねた。
「あ……うん。アプリコットさんが先に攻撃させてくれたから……」
「マジで!? お前が!?」
アンダーヒルとネアの会話に割り込まんばかりの声をいきなり上げたのは、既にネアの介抱で復活していたシンだ。心底驚いたような顔で隣に立つアプリコットの方を振り返り、思わず二歩も後ずさっていた。
「アプリコットがそんな気を利かせて面倒見るなんて……何を企んでる!」
「うわ、面倒臭いことをいきなり言ってくれますね、変態神のくせに。ボクだってマトモな一般人なんですから、人の面倒とるくらい昼飯前ですよ?」
「朝じゃないのか!?」
「昼まではほら、ボク寝てますし」
――周りはただ呆然としていたと言う。
Tips:『幽霊拝堂』
クラエスの森で≪アルカナクラウン≫が遭遇した自然出現の建造物系フィールドオブジェクト。その正体は“地雷口”こと強制転送型方陣地雷で、その中でも自然系・市街系の独立フィールドに出現するタイプの一種。似たような建造物系のオブジェクトは他にも多様な種類があったが、幽霊拝堂の出現条件が『そのフィールド内で設置されたギルドハウスが一度破棄されていること』だったため、今まで観測されることなく迷子組はうっかり起動させてしまった。極稀に罠が起動することなく建物の中に侵入することができる場合があり、内部にはレアモンスター〔“嘆きの穏霊”グッドマン〕が出現し、うまく会話が成立すれば希少なアイテムを手に入れることができる。




