(24)『Phantom Pain Carnival‐ファントムペイン・カーニバル‐』
幼いわがままを通す少女に、賢き少女は容赦なく突き放す。
言葉の代わりの醜悪なる刃が肉を裂き、追い詰められたアンダーヒルに即死の楔が突き刺さる。その際で聞こえた声に彼女の意識は揺れ動いた。
「≪アルカナクラウン≫の黒いお姉ちゃん、この世界は何だと思う?」
対物ライフル〈*コヴロフ〉の照準にも臆すことなくそう訊ねてくるミキリに対し、アンダーヒルは躊躇いなく、
「VR――仮想現実です」
そう答えた。
VRは脳内の外部刺激を伝達する電気信号を解析し、その電気信号を偽装することで仮想空間を擬似的に捉える新世代の技術。謂わば物理的に物体に干渉して後世にまで残る物を作り出す従来の技術発展の方針とは一線を画した実在しないものを実在しないままに創造・操作する技術。
そして、このFOフロンティアはその技術を利用して生み出された、人間の主観と膨大な電子情報を保存するサーバー機がなければ存在を保つことすらできない娯楽空間だ。
しかし、ミキリはアンダーヒルの答えを聞くと、黙って首を横に振った。
そして――
「幻視。幻聴。幻影。幻惑」
――不意に単語を羅列し始めた。
「ゴースト。ファントム。ファンタズマ。レムレース。プネーヴマ。ゲシュペンスト。シャバハ。レヴナント。スペクトル。ファンサン……どの国にも実在しないものを表す単語が必ずあるの。でも、どうして存在しないものを言い表す必要があったと思う……?」
「不可解な自然現象を不可解なまま言い表す必要があったためでしょう」
「違うの」
アンダーヒルの解答に対して、ミキリは至って真面目な声色で断じた。
「それはね、実在しているからなのよ」
(……やはりそう来ましたか)
人間の脳は、周囲の環境によって本能的に強いストレスを感じることがある。
例えば暗闇。人間は基本的に夜目が利かず、暗い環境では知覚できる範囲が極端に狭まってしまう。つまりその時、人間は捕食される側の存在であった頃に遺伝子に焼き付いた生存本能に従って天敵を想像、あるいは想定し、無意識に身構えようとする。しかし、科学の発展と共に長らく自然的恐怖から遠ざかっている人間は天敵たりえる恐怖を想像できない。その結果、人間は天敵を想定できない矛盾した警戒によって脳が受ける理解不能なストレスの要因として無意識の内に人知の及ばぬ超自然的存在――すなわち幽霊のような概念を肯定してしまう。
元来、人は自分の認識が及ばない範囲を自身の知識の中で勝手に説明しようとする生物であり、ある意味知り過ぎてしまったジレンマを抱えている。
これはファンタジーという文学の一体系において、作家が物理的に説明できない現象を創造する際に実在しない原理を作り出し、何でも“そういうものだから”としてしまうことに似ている。真実がどうであれ、自然な解釈で説明できない現象を全て人知の及ばない超自然的な概念を遠因に仕立て上げ、それ以上の思考を打ち切ってしまうのは昔から創作家たちに多用されてきた。
(ただし――)
この論理にもひとつ欠陥がある。
それは超自然的現象が事実自然的現象だった場合、この論理は結果的に成り立たない。つまり、誰も非実在を証明することができない点にある。各種創作物ならまだしも、現実に超自然的な現象が科学の発展に伴って自然な現象となった前例が無数にある。昔は神の怒りだったものが、今日では火山活動や落雷、干魃や伝染病の類に過ぎない以上、幽霊という概念もいずれそうなる可能性を否定できないのだから。
しかしミキリの言う言葉の真偽がどうであれ、実在しないものを実在するものと同格に並べて考えるのは非常に危険でもある。
「あの世界はね。みんな偽物なの。偽物だから間違ってて、偽物だから騙そうとするの。そんな世界、私はいらない」
――これは、現実逃避そのものだ。
「ミキリの現実はFOにあるの。ミキリはあの世界が大嫌い。だからミキリはFOにいるの」
もしかしたら境遇だけは私と似ているのかもしれない、とアンダーヒルは思っていた。
現実でハンデを負うというのはよくある話で、その大半が理不尽なものだ。それ故に多くの人間は納得するよりも諦める。
それはアンダーヒルもそうだった。
「この世界は確かに過ごしやすい。あなたにとっても自分の思い通りになるこの世界は心地いいのでしょうね」
「黒いお姉ちゃんはミキリの言うことわかってくれるの……?」
「わかりますよ。私自身、一度は似たことを考えたことがあります」
「じゃあっ――」
「残念ながら、この世界は現実ではありません。私はあなたが現実でどんな環境にいるのかはわかりませんが、私が受けた印象を言葉にすれば、思い通りにならない現実が気に入らないだけの子供に見えます」
「……っ!?」
アンダーヒル自身も客観的に見れば社会的に同情される側の人間だが、仮想現実を肯定したことはあっても現実の自分を否定したことはない。
それ故にアンダーヒルはミキリに対して真実有効な言葉を知らなかった。
「あなたは私より幼い。それ故にまだ気づいていないのでしょうが、幸福を感じるかどうかはあなた次第です」
アンダーヒルの場合は年相応の精神年齢を大きく逸脱していることもあり、ミキリに歩み寄ることすらできなかった。
「わかんないこと言わないで……! ミキリは嫌なのッ! もうあんな世界には行かない! ずっとFOで遊んでいたいっ! ハカナちゃんがそうしてくれるって言ってたもの。……だから、ミキリとハカナちゃんを邪魔する人たちは絶対に許さない!」
感情が抑えられなくなったミキリの目尻に涙が浮かぶ。
「それではあなたの話を聞くのはここまでです。【思考抱欺】を解除しなさい、ミキリ」
アンダーヒルは〈*コヴロフ〉を再度揺らして、最後の警告をする。しかし、ミキリはコヴロフの銃口を睨みつけ、
「今さら銃なんて、全然怖くないもの……! 【四速演算】!」
ガァンッ!
ミキリのスキル発動を受けてアンダーヒルは間髪入れず〈*コヴロフ〉の引き金を引き、それから一秒と経過しない内に銃口から秒速九百メートルの速度で銃弾が撃ち出された。しかし、その銃弾はその場から退いたミキリの肩のやや上を通過し、後方二十メートルほど離れた木の幹を大きく抉るだけに留まる。
それもそのはず、ミキリが使用したのは一秒程度の短時間だけ自身の挙動速度を四倍に加速する戦闘スキル。使用後は二秒間逆に挙動速度が半分に下がるものの、使うタイミングさえ慣れてしまえば戦闘を有利に進めることも不可能ではない。
その上、スキル名が比較的短く発動にも時間がかからないため、上位者同士では時に【四速演算】のラリー戦が見られることもある。
とは言え、二秒間の鈍足デバフを危険視する傾向のある最上位者同士の戦闘では逆に見る回数が激減するのだが。
ガジャッ。
アンダーヒルの手は狙いを外しても冷静さを欠くことなく素早く動き、遊底操作式の給弾によって弾き出された空薬莢が水面に落ちる。そしてその波紋がミキリの動作によって生じた波紋に飲み込まれるよりも早く、アンダーヒルは再びミキリに照準を合わせた。
しかしその瞬間、ミキリは地面に刺さった異形の大剣〈*神ヲモ蝕ム剣〉に飛びつくようにしてその陰に身を隠してしまう。
「もう当たらないの。【銃討法】」
ミキリは大きく反動をつけて神蝕剣を地面から引き抜くと、軽々それを持ち上げて弾道錯乱スキルを発動する。
効果時間は二分足らずと短いが、周囲の飛翔する弾体に強い外力を加え、弾道を大きく歪める強力な戦闘スキルだ。ガンナー、特に遠距離狙撃型の戦闘スタイルでは効果時間中手も足も出なくなる。
(やむを得ないですね……)
即座に戦い方を切り替えたアンダーヒルは、ローブの下から愛用の短剣〈*ソードブレイカー〉を抜き身で取り出し、順手に持って低く構える。
アンダーヒル一人であれば姿を隠蔽して時間を稼ぎ、狙撃だけでミキリを仕留めることもできただろうが、今は動けない状態のシイナを置いていくわけにはいかない。
近接戦闘になるとアンダーヒルの脳裏を一抹の不安が過るが、状況によっては自身の事情など一笑に伏すが如く自分を殺すことができるアンダーヒルは自己申告ほどには近接戦闘に不向きではない。しかし、それも冷静な判断ができている間の話であって、長期戦になるとストレスで酷く疲弊する。近接戦闘を避ける傾向がある割には単体で優れた武器の破壊能力を持つソードブレイカーを愛用しているのには、そんな理由もあった。
それにしても、とアンダーヒルは思った。
(――あの剣を相手に近接戦闘……笑えませんね)
アンダーヒルがミキリの神蝕剣のことを知っているのは別段おかしいことではない。それは彼女が情報家であることとは関係なく、単純にその剣がある意味で有名だからである。
それは【思考抱欺】の支配下にあるシイナが戦っているように、破壊されて本体から離れた部分がそれぞれビット化するスキルが付与されているから、ではない。まるで拷問器具のような禍々しい装飾も相当に同カテゴリ内で浮いているのだが、それ以上に単純な危険度で有名なのだ。
「心配しなくても大丈夫なの、黒いお姉ちゃん……。痛くしない内に終わらせるから――――【黄昏の神蝕感染】」
「っ……」
ミキリの口から発せられた言葉に、アンダーヒルの全身の筋肉が一瞬強張る。
〈*神ヲモ蝕ム剣〉の知名度と危険度を象徴するこのスキルは、数多あるスキルの中でも特に用途が限られた特別の変わり種――確定死効果を持つ。
つまり、殺害スキルなのである。
その条件は刃で敵の身体か装備に二十回ダメージを与えること。
このカウントは受けたフィールドから出るとリセットされるが、逆に言えばそのフィールドから出られない限りずっと付き纏う呪いの楔――――この自演の輪廻に支配された世界でもし二十本打ち込まれてしまったら、その時点で復帰は絶望的だ。
ここでアンダーヒルにとって最善の手は、シイナにかけられた【思考抱欺】を解除し、二人でミキリを倒すことだった。
(幻覚を見せるスキル……。それならば、スキルを維持するだけの余裕をなくすことができれば、あるいは……)
「ミキリに勝てる人なんていない……! おいで、【武装介助】!!!」
「……っ!?」
自分の身体の二倍近くもある剛大剣を頭上に掲げたミキリがそう叫んだ瞬間、ミキリの手の中の剣が瞬く間に姿を変えていき、ミキリの両手に神蝕剣を一回りも二回りも小さくしたような片刃剣を回り小さく片刃にしたような二振りが現れた。
「右が〈*神ヲモ蝕ム剣・ウーノ〉、左が〈*神ヲモ蝕ム剣・ドゥーエ〉。ミキリの剣で……、ミキリの眼で……、お姉ちゃんを――――偽ってあげる」
「……事実は偽らず隠すものです」
アンダーヒルがそう返すと、ミキリは左手に持った神蝕剣・二ノ剣を地面に刺し、素早く逆手に持ち変えた。
そして――――バサッ。
その背からコウモリのような細い翼が開き、一度空気を孕むように大きく羽搏くと、ミキリの身体を軽々と浮き上がらせた。
「そういうことなら――」
アンダーヒルが背中に意識を集中すると、そこから鋭いフォルムの六枚翼が出現する。ミキリの種族――大魔公の生体翼と違って羽搏く必要のない影魔種の魔力翼は不必要に揺らぐことなく静かにアンダーヒルの身体を空中に繋ぎ止める。
対空トラップモンスター〔高圧水鉄砲百合〕の存在から高度が制限されるが、逆に言えば木の高ささえ超えなければ生体翼を初めとする飛行能力も自由に使えるということでもある。
二人が空中に飛び上がると、真っ先に動いたのはミキリの方だった。それも当然、【銃討法】の時間制限があるミキリは、少なくとも二分以内にアンダーヒルが銃に持ち換えて中距離狙撃をするだけの余裕が無い戦局へ持っていかなければならないからだ。
「【四速演算】……!」
ミキリは大きく翼を羽搏かせ、瞬く間にアンダーヒルに肉薄する。
「……っ!? くっ……」
想定外の速さで間合いに入られたアンダーヒルは咄嗟に背中に意識を集中する。途端、蛇のようにうねって動いた左下辺翼が盾になるようにミキリとの間に割り込んだ。
「黒いお姉ちゃん。とっても反応が早いのね。でもね、お姉ちゃん……ミキリの方がちょっとだけ素早いの!」
ミキリの右手が――神蝕剣・一ノ剣が急に挙動を変え、跳ね上がるようにアンダーヒルの左下辺翼の先端にガッと食い込んだ。
翼が抉れたその瞬間、じわりと痺れるような慣れた部位欠損の感覚と共に、即座に反撃しようとしたアンダーヒルを激しい痛みが襲った。
「……ッ!!!?」
それは、アンダーヒルにとって未知の痛みだった。それもそのはず、FOからDOの改変に伴って痛覚制限が解除され、痛みのフィードバックが現実レベルにまで引き上げられているのだ。
人体に翼に該当する器官はないがFO中では仮想肉体として実装されているため、現実の肉体と同様の感覚を得ることができる。つまり、アンダーヒルは今、身体の一部を剣で一撃されたのと同じ痛みを感じているのだ。
「っ……あ……あぁ……っッ!」
痛みに耐えきれなかったアンダーヒルの喉から苦悶の悲鳴が漏れ、目尻には意図せず涙の滴が光っている。そして当然背中の翼に意識を割くことも不可能になり、崩れ始めた魔力翼が塵のように霧散すると、アンダーヒルの身体は揚力の支えを失って眼下の水面に叩きつけられた。
「傷は幻、でも痛みは本物なの。このDOこそ“Phantom Pain Carnival”――黒いお姉ちゃん、黒いお姉ちゃんは、こうして本物を知るのは、初めて……なの?」
ミキリは沈むアンダーヒルを見下ろして、呟くようにそう訊ねた。しかし、アンダーヒルの返答はない。激痛の余韻か全身に痺れるような痛みが広がって精神的な余裕がなく、水に声が遮られるのだ。
「まず一回、楔を打ち込んだ、なの。あと十九回、お姉ちゃんは耐えられる?」
神蝕剣・一ノ剣と神蝕剣・二ノ剣を振りかざしたミキリは翼を羽搏かせて空気を掴むと、一息に姿勢を変えて急降下する。
「っぷは……」
その時、アンダーヒルがまだ痛む身体を起こし、水面から顔を出した。そして、頭上から猛突してくるミキリを見てその目が大きく見開かれる。ミキリの追撃を視界に捉えたその瞬間、アンダーヒルの身体は直前の激痛の余韻で半ば硬直していた。
「【月霞狼刃】!」
ミキリの両手の剣がX字に交差し、スキルアーツの挙動に沿って上方からアンダーヒルに襲い掛かる。狼の狩りは“牙ではなく足で狩る”と言われるほど狡猾で慎重、隙を見せた獲物は捕食されるのみだ。
「っ……!」
その交錯は一瞬だった。
アンダーヒルが唇を噛んだその瞬間、アンダーヒルの目の前に着地するように水中に飛び込んだミキリの双剣が尋常ではない速度で空を裂き、身構えるアンダーヒルの身体中を撫でるように幾度と無く切り裂いた。
そして一拍遅れて、アンダーヒルの全身を相応の痛みが襲う。
「い、たい……」
喉から勝手に本音が漏れ出る。感じたこともない痛みに期せずして涙すら浮かべるアンダーヒルの姿はいつにないほど誰の目にも弱々しく映った。
しかし、やはりそこで終わらないのが彼女の特異点だった。
(接触カウントは十三回……中級戦闘スキルだったおかげで命拾いしましたか)
即座に冷静さを取り戻したアンダーヒルの頭は戦闘続行のために彼女の口を開かせた。
「――【四速演算】」
アンダーヒルの挙動が四倍に加速され、たったひとつの目的を果たすためにその思考がフル回転する。
相手が動くよりも早く、相手が反応できないほど速く動いたアンダーヒルは瞬く間にミキリに肉薄し、【四速演算】の効力が切れると同時に正確な挙動で振られた〈*ソードブレイカー〉のノコギリのような刃の溝が、ミキリの左手に握られた神蝕剣・二ノ剣の刃を捉えた。
「【刀剣破壊】」
アンダーヒルの持つその短剣と同じ名前を持つそのスキルの効力は、その名の通り相手の刀剣類を粉々に砕き、一時的に使用不能にすることができるレアスキル。
その効果を受けた神蝕剣・二ノ剣は即座に刃に無数の罅が入り、自重を支えられなくなって砕け散る――――はずだった。
(壊れない……!?)
神蝕剣・二ノ剣はビクともしないどころか、ぎりぎりとソードブレイカーの溝部の構造的な脆さを見透かしたかのように強い力を込めてくる。
幻覚ではない。何度も言うが影魔種の持つ種族資質“《ウォッチング・エブリシング》”――『幻視系スキル』を無力化するその能力のおかげで、見て壊れていなければ事実壊れていないのだ。
「なるほど、元々が一つの剣、という例外ですか……【地盤鎮下】!」
発声発動でスキルを使ったアンダーヒルを中心に、周囲の水がパシュッと消滅する。
今の神ヲモ蝕ム剣を壊すには、神蝕剣・一ノ剣と神蝕剣・二ノ剣の二振りを同時に効果圏内に入れて破壊しなければならない。
その可能性があると暫定的に当たりをつけ、即座に【刀剣破壊】を選択肢から除外したアンダーヒルは、即座に剣を引いてミキリから距離を取る。
しかし未だやや有利な戦局を保っているミキリはアンダーヒルが退くのと同時に攻勢に打って出た。
「【黒麒一蹴撃】……!」
ドガッ!
一方の剣を地面に突き刺し、それを軸に空中を回転するように跳躍することで遠心力を攻撃力とパワーに加算する双剣系のスキル技。
その重い一撃を受けた〈*ソードブレイカー〉の刀身が軋み、直後アンダーヒルの手から弾き飛ばされて【地盤鎮下】の効果圏外の水の中に落ちた。
「まだなの。【黒狼牙刃斬】」
ミキリは間髪いれずスキルアーツを発動し、剣を失ったアンダーヒルに上段と下段から神蝕剣・一ノ剣と神蝕剣・二ノ剣を同時に振るう。
「くっ……」
咄嗟に後ろに下がりながら顔をかばうが、直接その剣撃を受けた両腕に激痛が走り、アンダーヒルは喉から漏れた悲鳴を涙ぐみながらも必死に呑み込む。
武器の攻撃力と痛みの度合いは必ずしもリンクしない。攻撃力が低い〈*神ヲモ蝕ム剣〉はFO環境ではスキルに注意してさえいれば問題なかったが、DO環境においては痛みのフィードバックという一点において同系統の武器よりも大いに突出していた。
アンダーヒルにとって不運だったのは、普段から軽量であることを重視して選んだ腕装備〈*ヒドゥンリング〉が、構造上ただの腕輪でしかなかったことだ。無論防御率が適用されているため見た目以上に防御は硬く、そうでなければ間違いなく腕を斬り落とされていただろうが、物理的に腕を保護する籠手や手甲と違って実質的な防御は紙に等しい。
「【烈風脚】」
ミキリのスキルアーツによる回し蹴りが両腕の防御のすぐ下をすり抜け、アンダーヒルの腹部を強打する。
「……かっ」
一瞬で肺の空気を出し尽くし、悲鳴すらまともに声にならなかった。当然、痛みに対する耐性は見て取れる通り一般人並みのアンダーヒルはその場に崩折れる。
全身の痛みに身体が悲鳴を上げる中、アンダーヒルの脳は今までのミキリとの戦闘を思い返し、自分が何処で判断を間違えたのか――自分が何故負けたのかその直接的な原因を分析していた。
しかし、わからなかった。
全身を苛む痛みに思考を阻害され、冷静さを欠いているのかもしれないと自己分析しつつも、アンダーヒルは身体を動かそうとして、そして――――断念する。
身体が動かない。その原因は力を込めると疼き出す痛みが原因なのだが、一度そう思ってしまうと普段は心の奥底に上手く隠している恐怖が顔を覗かせていた。
「黒いお姉ちゃん、これで十五回目なの。ちょっと痛いかもしれないけど、あと五回分我慢してね。それが終われば、すぐに楽にしてあげるの――――【幻痛覚謝肉祭】へようこそ、お姉ちゃん」
そう言いながら振り上げた右手の神蝕剣・一ノ剣を、アンダーヒルに向かって振り下ろした瞬間――――パン、パン、パァンッ!
「アンダーヒル!」
不意に聞き知った銃声、そして誰かが自分を呼ぶ声がして、沈みかけていたアンダーヒルの意識が再浮上した。
(私を呼ぶのは誰……。酷く焦っているのに、何処か安心するこの声は……)
アンダーヒルは誰かに助け起こされる感覚とその人の温かな体温に導かれるようにうっすらと目を開ける。その視界に映ったのは、敵の術中に嵌まり彼女が守ろうとしていたその人――シイナの顔だった。
Tips:『〈*神ヲモ蝕ム剣〉』
我……ハ……森羅万象ヲ蝕ミ、尽大ナル災禍ヲ齎ス者……也。我……望マレズシテ生マレタ……忌マレシ存在。……神ニ問ウ。何故、望マレヌ我ヲ……世ニ生ミ落トシタノカ……。ダガ……如何ナ答エヲ得ヨウトモ……我ハ貴様ヲ許シハシナイ。
武器属性“物理切断” “闇属性” “霊咒属性”
特殊属性“侵蝕属性”
基本攻撃力――300
クリティカル――0%
付加スキル――【黄昏の神蝕感染】
――神々より忌むべき役割を与えられた魔剣が今その神々に牙を剥く。
●効果:このスキルは、自分が装備しているこのスキルの帰属武器を《抜刀状態》で把持している場合にのみ発動することができる。発動後、毎分魔力を消費して以下の効果を全て適用する。
>効果中、自分がこのスキルの帰属武器を用いた攻撃によって以下の条件[●ボスモンスターを除く敵●ボスモンスターを除く敵に帰属する装備品]の何れかを満たすオブジェクトにダメージを与える度にその敵に限定因子《黄昏の神蝕》を持つスキルカウンターを1個付与する。
¶限定因子《黄昏の神蝕》を持つスキルカウンターはそれぞれの存在個体に最大20個まで付与することができ、このスキルの帰属武器が《納刀状態》になった場合全て破棄される。
>効果中、このスキルの効果で限定因子《黄昏の神蝕》を持つスキルカウンターが20個以上付与されている存在個体に《確定死判定》を与える。




