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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第二章『クラエスの森―辺境の変人―』
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(22)『怖いからです』

 アンダーヒルの境遇に、スナイパーを選んだ理由。

 そして現れたクラウンクラウンの先鋭[ミキリ]の目的は……。

「なかなか見つからないな」


 四人と別れてからおよそ十五分後。視線を周囲に向けながらも俺は前に座るアンダーヒルに何の気なしに声をかける。


「そうですね」


 アンダーヒルから返事だけの短い言葉が返ってくる。さっきから何度か話しかけているが大体こんな感じで遣り取りは途切れ、会話に発展する前に収束していた。片手間でもできる捜索の間、暇潰しに何か話そうという気はないらしかった。

 俺たちが乗っているのは一頭の〔激情の雷犬(エクレール・ラルム)〕。さらに護衛兼いざという時の代わりの足として別の二頭が左右に追従している。

 他のチーム――アンダーヒル曰く(ブラボー)(チャーリー)にも同じ数だけ騎獣兼護衛の雷犬(ラルム)を用意し、加えてアプリコットのいる(チャーリー)には雷犬モードのケルベロスをつけてある。これは他者を省みないアプリコットだけでは、ネアちゃんを守り切れない可能性があるからと説明してあるが、その実、アプリコットを()()するための意味合いが強い。建て前を提案したアンダーヒルに全員が合意し、別行動を始めてから初めてそう聞かされた。

 アプリコットが何かアクションを起こすにはケルベロスを片付けなければならないし、ケルベロスならその場に魔犬の群隊(バスカーヴィルズ)を召喚することができる。

 刹那も同じことを言っていたが、召喚獣に何かあれば俺にそれがわかるのだ。

 アプリコットが(ハカナ)に加担するほど悪人だとは信じたくないが、人の迷惑を省みない人間だというのもまた事実。ネアちゃんのことは心配だが、アンダーヒルとしても苦渋の判断だったのだろう。

 たとえ何かあったとしても、ネアちゃんのレベルだけなら一ヶ月あれば元のレベルに返り咲けるのだから。


「そうだ、アンダーヒル。この際だから一つ聞いてもいいか?」

「何ですか?」


 アンダーヒルは依然として前方に視線を向けたまま、短くそう返してくる。


「お前、どうしてスナイパーなんだ?」


 俺がそう言うと、アンダーヒルは今までのようには即答せず代わりに様子を窺うように振り返ってじっと視線を向けてきた。


「……不満ですか?」

「いや、不満とかそういう話じゃない。ただ気になっただけだ」


 今までの彼女を見ていると、あまり普遍的な狙撃手(スナイパー)らしくない。

 直接のエンカウントを避けて逃げ隠れ、目視では捉えられない遠距離から攻撃する。それが今まで戦ったことのある狙撃手たちの基本戦術だった。無論、一定以上の精度で狙撃してくる相手なんて片手の指ほどだったが、狙撃が通常の射撃技術とは別物の技術であるが故に、狙撃手は寧ろその戦術でしか有効打を与えられない傾向が強い。

 それに比べて、アンダーヒルは遠距離攻撃と隠密行動に拘らず、その場その時に必要な役割を補って戦うことのできるオールラウンダー。近接戦闘から護衛、後方支援、戦術士と何でもこなせる割に本人は狙撃手であることに固執しているような気がする。

 その自称と実力の差異が前から少し気になっていたのだ。


「言葉の意図がよくわかりませんが、私がスナイパーという戦闘スタイルを選択した経緯を訊いているのだと理解しました。間違いありませんか?」

「回りくどい日本語だけど、まあ、あってるよ。ただの興味本位だから教えたくなきゃ言わなくていいけどな」


 実際気にはなっていたのも確かだが、何となくこの気まずい状況に堪えられそうにないから話題を探した結果の質問だった。

 逆に俺が何故魔刀(イーヴィル)魔弾銃(ヘックス)一刀一銃(ガン・エッジ)にしたのか、と訊かれても正直答えなんてわからない。精々『何となく』と答えるだろうが、何の理由もなく選んだわけではないだろうから無意識に何かしらの判断をしたのだと思う。

 アンダーヒルは少しだけ黙り込むと、何故か小声で「偽らず、隠す」と呟いた。


「この世界で狙撃手としての訓練を始めたきっかけとしてはさして珍しいものではありません。昔読んだ本の登場人物に、ミノという名の狙撃手(スナイパー)の少女がいました。腕の方は特別優れた評価はありませんでしたが、誰よりも禁欲的で誰よりも誇り高く、そして誰よりも()()()()()()()()。その生き様に共感し、素直に憧れた。ただその程度のことです」

「それは何とも……意外だな。案外ミーハーだったとは」

「この感情をあまり安直(ミーハー)呼ばわりされたくはありませんが……」

「じゃあ、えっと……かん、かん……感度が高い?」

「私はセンサーの(たぐい)ですか」


 感受性が高い、でした。


「それで今スナイパーをやってるわけか」

「正確には違うのですが……。そう言えば、あなたにはいずれ話すと約束していましたね。私が現実の私と同じ姿でこの世界に立ちたかった理由を――」


 アンダーヒルは何故か口隠(くちごも)る風を見せると前に向き直り、俺たちを乗せて走る雷犬(ラルム)の頭に手を置いて「少しゆっくり走って下さい」と頼み、すぐに再び振り返った。そして、何処か迷っている表情ながらもそのまま器用に身体を捻って前後を反転させ、俺と向かい合うような形で座り直す。


「私が狙撃手(スナイパー)を、則ち物陰に潜み気取られる前に遠距離から敵を討つ戦闘スタイルを続けている理由は、()()()()です」

「怖いって……痛みがか? これまた随分お前らしくない理由だな」

「いいえ、私が怖いのは痛みではありません。私にとっては痛み以上に恐ろしい。実際に起こってしまえば再起不能になる可能性すら否めない、そういうものです」

「……お前がそこまで言うなんて、よほど怖いものなんだろうな。ここでまさか人が怖いなんてことはないよな?」


 俺がそう言うとアンダーヒルは俯いて口を閉ざし、不意に顔の包帯を解き始めた。


「……まさか本当に人が怖いのか?」


 彼女が何を言いたいのか、何をしたいのかがまったくわからず、もしかしたら地雷を踏んだんじゃないかと思ってそう訊ねると、アンダーヒルは「いいえ、そうではありません」と言って解いた包帯を軽く纏めてその手に握った。

 そして一度視線を落とすと、意を決したように顔を上げ、


「――身体が動かなくなることが……私はどうしようもなく怖い」


 何処か感情を抑えるような声でそう呟いた。


「身体が……擬体(アバター)がってことか?」

「……私にとってはどちらも同じです。現実での私は病弱で、物心がついた頃から今まで……正確にはこの世界に来るまでずっと、私は病院以外に現実味のある世界を知りませんでした。何しろ現実の私は、一人で立つこともできない脆弱な人間でしたから」

「一人で……って」

「無論比喩的な意味ではありません。物理的に下半身が動かせない。そういう意味です」


 神様、俺の質問ってそんな簡単に切り出しちゃいけない話題だったのか?

 以前会ったことのある狙撃手プレイヤーは『カッコよさそうだった』だの『やってからハマった』だの色々と理由を並べてはいたが、その中に一つとしてこれほど重い理由はなかった。

 質問の答えにしても精々一言で終わりそうな話題だったから、軽い気持ちで訊いたのは事実だが、まさかこんなことまで聞かされるとは思いもしなかったのだ。

 そしてアンダーヒルの真剣な声色を聞けば、途中で止めることなんて出来やしない。


「今までアバターが動かなくなるような不具合は起きていませんが、今まで運良く起こらなかった可能性を否定出来ない。それ故に、わずかな隙が影響を及ぼす近接型(インファイター)はおろか、多かれ少なかれ敵の前に姿を見せなければ戦えない中距離型(ミドルレンジ)すら怖かったのです。ゲームで済んでいる間なら、それでも立つことのできる幸福の方が勝っていました。しかし現況、もし重要な局面で身体が動かなくなったら……そう考えるとやはり物陰に潜み、人影を認識される前に仕留める狙撃手しか選択肢はなかった。それだけのことです」


 それ故の『物陰の人影(シャドウ・シャドウ)』か。自分で付けたにしては、随分皮肉な、自虐的な名前だ。

 アンダーヒルの感情の薄い黒い瞳は、キャパシティを超える告白にどう応えたものかと半ば思考停止していた俺をしばらく見つめていたかと思うと、


「やはり……シイナはシイナですね」


 突然そう呟いて、くるりと再び前後反転し、雷犬(ラルム)の毛をくしゃくしゃと弄り始めた。

 もしかして今は、彼女のことを知った人間として何か言わなければいけなかったのだろうか。


「無理して何かを言おうとしなくても結構ですよ」


 アンダーヒルの言葉にギクリッと心臓が跳ねる。

 コイツ、ホントに心読めてるんじゃないだろうな? 読唇術は訓練次第だろうが、読心術なんか心理学と天性の範疇だろ、もう。


「なあ、アンダーヒル」

「今度は何ですか?」


 さすがに居た堪れなくなって声をかけると、珍しく語調にややトゲが入った返事が返ってきた。その希少性を刹那にも見習って欲しいものだが、今はアンダーヒルのことの方が重要だ。


「その……FOをクリアして現実(あっち)に戻れたら、見舞いに行ってもいいか……?」


 何故こんなことを言ったのか、自分でもまったくわからなかった。

 しかし、アンダーヒルは振り返って少し驚いたような目を俺に向けると、ふっと纏っていた雰囲気の緊張が和らいだ。


「……考えなしに不用意な発言をするのは控えるべきだと思います。誤解が生じる可能性もありますから」


 少し微笑んでそう言ったアンダーヒルは再び前に向き直ると、続けて呟くように「考えておきます」とぽつりと一言そう言った。


「変なこと言って悪かったな」


 気恥ずかしさを誤魔化すために少し拗ねたようにそう言った途端、不意にアンダーヒルの纏っていた雰囲気が激変した。


「シイナっ」

「す、すまん……」

「違います。人影が見えました」

「え?」


 前を向くと、雷犬(ラルム)の背の上で少し身体を起こしたアンダーヒルが何かを確認するようにじっと遠くに視線を向けていた。

 身を乗り出して俺もその視線の先を確認するが、似たような景色が映るばかりで俺には判別できなかった。


「何処だ?」

「一時の方向、約530m前方です」

「見えるかッ!」


 度を超した視力を持つアンダーヒルへの驚愕を新たにしつつ、雷犬(ラルム)の背を軽く叩いて加速するように指示する。

 すると――――バチッバチバチッ!

 火花が弾けるような音と共に雷犬(ラルム)の挙動がぎゅんと加速し、バランスを崩しそうになりながらもしばらく走らせると確かに一人分の人影が見えてきた。


(デルタ)ではないようです。念のため私は姿を消し、他の激情の雷犬(エクレール・ラルム)に騎乗します」


 そう言い残したアンダーヒルは瞬く間にすぐ右を走っていた一頭の背中に飛び移ると、【付隠透(ハイド・シャドウ)】を使って完全に姿を消す。


「……?」


 アンダーヒルの乗る雷犬(ラルム)から再び前方に視線を戻した時、何か不可解な感覚を覚えた。

 何かはわからないが、何かが変わったような確証のない感覚――――しかし、俺たちの接近に気付いた人影が臨戦態勢の挙動を見せた瞬間そんな違和感は頭から吹き飛び、雷犬(ラルム)の背に置いた手に力を込める。


「……剣? いや、斧か?」


 馬鹿でかい何かを背負っているその人影――全身を黒いコートで覆った長身の男の姿がはっきりと見え始めた瞬間、俺はオブジェクト化した〈*大罪魔銃(エヴァグリオス)レヴィアタン〉を帯銃帯(ホルスター)から引き抜いて雷犬(ラルム)から飛び降り、その男の目の前に飛び出した。


「おいおい、マジかマジかマジですかぁ!」


 俺の姿を認めた瞬間、その男[ミキリ]はやたらと癇に障るハイテンションな声で叫んだ。


「どうしてここにいるかはわからねぇが、どうやら俺はツイてるようだぜ、ヒッハハハハハァッ! そうは思わねェか、お嬢。――いや、≪アルカナクラウン≫のGL、シイナよォッ!」

「お前に呼び捨てにされるほど、俺はお前のことを知らないんだが」


 白い歯を見せて愉快そうに笑うミキリにそう言ってやると、未だ笑いが止まらないところを無理やり抑えこむように顎に触れたミキリは背中に背負っていた長大な武器に手を掛ける。


「俺は≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫のミキリ。十分ぐらいの短い付き合いになるだろうが、まあよろしく頼むぜ、魔弾刀(まだんとう)!」


 嫌な予感はしてたが、やっぱり≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫か。


「俺としては五分ぐらいで済ませるつもりだったが、お前がそう言うなら延長してやろうか?」

「へッ、言うじゃねえか」


 愉しげに口角を釣り上げたミキリは「ヒッハハハハ」と高笑いすると、醜悪な造形の大剣を引き抜き、それを誇示するように斜めに構える。


「ここで会ったが百年目。(ハカナ)にゃ悪いが、テメェら≪アルカナクラウン≫はここでジ・エンドだ。世界に王冠(クラウン)は一つでいいだろ? なぁッ!」

「誰がどう見たってこっちのクラウンの方が本命で、歴史もあるだろうが、新参者(ルーキー)?」

「古いものが()いとは限らねえ。そこどきな、老害」


 さすがに老害呼ばわりはないだろ。見えてないだろうが、うら若き乙女もいるんだぞ。俺の後ろに。

Tips:『戦撃のミノシュナ・レコード』


 戦災遺児として生まれた少女『ミノ』を主人公とする架空戦記のファンタジー長編小説。戦下に生まれ、戦争で全てを失った主人公が戦場で拾った“言葉を話す軍用スナイパーライフル”『ミシュナー』と共に戦場で生き、様々な人と関わりながら色々な想いを見届け、自分が失ったものと忘れていたものを取り戻すための『手記』を書き綴っていくストーリーで、アンダーヒルが狙撃手を志すきっかけとなっただけでなく情報家としての在り方の原型となった作中作。

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