(17)『ボクをなんだと思ってんですか』
少女はのらりくらりと言葉を躱しながら言葉を交わす。
その来客は少女にとっては予想外で、それでも少女は何も変わらない。
少女はただ気遣い、ただ気狂い――そしてただ気紛れだ。
「まあ、そっちの話はぶっちゃけ個人的にはどうでもいいので、それはそうとして置いといて――」
クラエスの森内部――――≪シャルフ・フリューゲル≫ギルドハウス。
俺たちの話を聞き終わったアプリコットは話の腰を幾度と無く折られながらの苦労を全て水の泡にするかのような典型的な台詞で俺を脱力させると、頭から被っていた毛布ごとゆらゆらと身体を揺らしてぽてんとソファの上で横に倒れる。そして、思案顔で何やらうんうん唸り始めた。
話を何でもおいといて片付ける癖は相変わらずのようだが、その場で思考すら打ち切らなかったのは珍しいな。とはいえ、今考えていることがこっちの意に沿うモノとは限らないわけだが。話を聞いているかと思ったらいきなり全く関係のない発言をし始めるなんてよくあることだ。
「――クラウンクラウ何とかですか。今更ですが、意味不明ですね」
「あと一文字ぐらい頑張って思い出せ」
元の単語より文字数多くなってるだろうが、なんてツッコんだところで最早無意味である。
「はっはっは、それこそ余計なお世話っつーか要らん心配ですね。んなことより、たった今思い出しましたけど、午前中にそれらしい変な奴が来てましたね。何というか、見るからにただのパシリっぽかったので狸寝入りする振りして寝てましたから、肝心の話の方はさっぱり知らないんですけど」
アプリコットはソファの上に寝転がったままのふざけた姿勢でしれっと重要な事実を言ってのけると、少し勢いをつけて器用にその場で起き上がる。午前中にあった特異なことを早々忘れるはずはないから、俺たちの反応を見て様子を窺っていたということだろうか。アプリコットは基本的に面倒臭がりで、自分が興味を示したものにしか積極的に働きかけたりしない。その癖、楽しそうなら厄介事にすら嬉々として首を突っ込むのが問題なのだが。
「その人物の名前は憶えていますか、アプリコット」
「確か[ミキリ]とか最初に名乗ってた気も?」
俺とアプリコットの遣り取りを後ろで黙って見ていたアンダーヒルが唐突に核心的な質問を投げ掛けると、アプリコットはその問いを予測していたような即応を見せる。しかしその答えを聞いたアンダーヒルの声色は、俄に険しいものへと変化した。
「ミキリ……あのミキリですか?」
「あのミキリ以外のミキリを知らないので何とも言えませんが、まぁ、古参プレイヤーなら名前くらいは当然聞いたことありますよね。シイナ以外」
「えっ」
アプリコットに名指しで例外扱いされて周りを見回すと、この場にいる古参プレイヤー、つまりネアちゃんを除くアンダーヒル・刹那・トドロキさんの三人はわかったような表情で頷いていた。
「アンタはどうせ知らないわよ、バカシイナ。儚以外のプレイヤーなんてどうっっっでもいいと思ってたんでしょ」
「そんな力強く断定しなくても別にそんなこと思ってねえよ。何お前俺のこと嫌いなの?」
「大嫌い」
そこだけ冷静に肯定されるとどうしようもないんだが。
「ともかく追い返したってことは≪道化の王冠≫には無関係ってことだよな」
「いやはやチェリーさんといいシイナといいボクをなんだと思ってんですか、まったくー」
「変人だと思ってる」
「ボクが悪事に加担するわけないじゃないですか、少しは信用してくださいよ。そりゃ少しくらいは面白いかなーと思ったこともありますけど」
最後の部分があるから信用できないんだってことはわざわざ教えてやらなきゃいけないのだろうか。
ミノリコット(ミノムシのアプリコット)はこてんと倒れ込むように再びソファの上で横になると、もう一度俺・アンダーヒル・刹那・ネアちゃん・トドロキさんと視線を泳がせ、相変わらず何もかもを楽しんでいるかのような笑みを浮かべた。
「それで今度はシイナがボクを勧誘しに来たっつーことですか?」
「いや、その線もなくはないけどな。元々の目的はハカナと組んでないかの確認だな。元々お前が誰かと組むなんてありえないとは思ってたが。それより今差し当たっては別件だ。お前に聞きたいことがあって来た」
「別件ですか?」
「実はここに来るまでに仲間が三人、マインゲートに落ちたんだよ。だから他の道を知らないか?」
地雷口とは、正式名称を“強制転送型方陣地雷”というシステムトラップの一種で、プレイヤーを裏フィールド内の定位置に強制転送させる効果を持つ。
トラップについてもう少し掘り下げておくと、この[FreiheitOnlineでトラップと言えば、大まかにモンスタートラップ・アイテムトラップ・システムトラップの三つのカテゴリに分けられる。
モンスタートラップは分類上モンスターに含まれるトラップで、討伐するとアイテムや素材をドロップするのが特徴だ。
アイテムトラップは主にプレイヤーやモンスターによって仕掛けられるトラップで、一度作動すると壊しても何もドロップしない。唯一解除した場合のみトラップに使用されていたアイテムが全てその場にドロップする。
そしてモンスタートラップやアイテムトラップと違い、フィールド内にプレイヤーが侵入した際に確率でランダム生成されるのがシステムトラップで、事前に察知できず影響力が強く必ずしも物理干渉や攻撃系とは限らないのも大きな特徴だ。
このクラエスの森は裏フィールド自体が存在しないとされていたため、無警戒に引っかかってしまったのだ。
「んー、そうですねぇ」
アプリコットは俺の質問に思案顔で天井を仰ぐと、すぐに「あぁ、そう言えば」と思わせぶりに視線を戻した。
「裏かどうかはわかりませんけど、この森の奥に“ドラゴスプリング”っつー池がありましてね。その水底にずっと奥まで続く洞窟がありますよ。調べる気無かったんで、入り口までしか知りませんが」
「お前な……。どうせ専有調査なんて興味ないんだから、そういう情報はすぐに掲示板に晒せよ。お前がやらなくても、そういうのやりたがってるのは五万といるんだし」
「面倒だったんで忘れたことにしてたんですよ」
「わざとかよ」
新規発見されたフィールドの情報を秘匿し、そのフィールド特有の素材などを調査、専有しようとする輩もいるにはいる。ただアプリコットはそういうタイプではないし、単に本当に面倒臭かっただけなのだろう。
「まぁ、いいや。それじゃドラゴスプリングとやらに案内してくれ」
「え? 嫌ですよ。何でボクがそこまでしてあげなきゃいけないんです?」
コイツはホントにもう。
俺は無言で距離を詰めると、不思議そうに首を傾げるアプリコットの毛布に手をかけ早く思いっきり引っ張った。
途端にアプリコットの身体が驚くほど軽い手応えで宙に舞い、巻かれた毛布が回転しながら剥がれ、そのままの勢いでアプリコットの身体はソファの背凭れの向こうに転げ落ちていった。
「痛たたた。何すんですか、まったく……」
コントの一場面のように大げさな仕草で頭を押さえながら、アプリコットはソファの後ろから顔を出す。
「これじゃDVですよ、DV」
「お前と家庭を作った覚えはねえ。それよりお前をここで野放しにする訳にはいかないからな。案内がてら一緒に来い」
「えー」
とか言いながらも、アプリコットは赤い鳥を模した小型武器をオブジェクト化して左手首に装着し始める。
「べ、別にシイナのためについていくわけじゃないんだからね!」
「何がしたいんだ、お前は……」
手首に装着されたカタパルトのようなその武器は、アプリコットの持ち武器の一つ〈*不死ノ火喰鳥・火焔篝〉。燃え盛る鳥の羽を模したような弾性投石弩で、凶悪な付加スキルを持ち攻撃力・連射性能・命中精度がずば抜けて高いため同カテゴリでは最強武器の一つとされている。
「いや、ホントに。場所なんざ、そこの物陰の人影だって知ってるでしょうに」
さらにウィンドウを操作して彼女の今の主力防具らしい〈*巫女装束・五代守護鈴〉を足から順に装備し始める辺り行く気がないというわけではないのだろうが、相変わらず言葉と行動が噛み合わないと言うか、適当な奴だ。
「私のことを知っているのですか、アプリコット」
「会って話すのは初めてですけどね。暇潰しの興味本位でしばらく尾行してたことがありますから」
「なるほど。いい趣味です」
いやいや、悪い趣味だよ。なんだお前ら、尾行仲間か。ストーキング同盟でも作る気なのか。
〈*巫女装束・五代守護鈴〉は白浄衣に赤袴の典型的な巫女装束ではなく、薄いエメラルドグリーンを基調にした法衣だ。小袖は赤い紐で軽く纏められ、玉袴は膝下辺りで同じく赤い紐に括られて留められている。
そしてさらに胸に一つ、腕に二つ、足に二つ。神事用の飾り鈴が合計五つ着いている。
「相変わらず全然似合わないよな、ソレ」
「仮にも女の子に対してなんて言いぐさですか、シイナ」
ベチンッ!
以前から何度も言ったことのある率直な感想だったのだが、アプリコットは毎度のように〈*不死ノ火喰鳥・火焔篝〉の威力を調整した最弱攻撃を俺の手の甲に当ててきた。
でもホント似合ってねえって。そのデザインはもっと幼い神官見習いみたいな奴が着てぴったりだけど、お前のアバターそこまで子供じゃないだろ。そのせいで中高生が幼児服着てるみたいな違和感があるんだ、自覚しろ。
「西欧宗教での使いの象徴たる天使が東洋神道における代弁者たる巫女の装束を着けているんですよ? 寧ろこのギャップに萌えてくださいよ。それを世界が求めているんですよ!」
滅んじまえ、そんな世界。
ちなみにアプリコットの種族は、ネアちゃんと同じ天使種だ。レベルや経験こそ桁違いだが、特殊攻撃力と特殊防御率・魔力上限に優れ、聖なる光の魔法に長ける特性を持つ。本人の性格を考えれば、明らかに堕天使の間違いだろう。
「さあ、シイナ! 思う存分はあはあしまくっちゃって下さい!」
「もうお前黙れ」
Tips:『専有調査』
所有の意味を持つ英単語Holdと現場での直接的な実地調査を意味する英単語Fieldworkから作られた造語で、英語圏での綴は前半を重ねてHoldworkとしている。新たに発見された独立フィールドの情報を意図的に隠し、自分や自陣営で秘密裏に管理することでそのフィールドが生み出すリソースや情報を独占しようとするプレイングの通称であり、基本的に規約違反等には含まれないがユーザー間では一般的に平等性を欠くバッドマナーの一種として認知されている。元は外国のゲーム界隈で浸透したものが最初で、日本においても同様に普及したが、文化圏ごとの価値観や認識の差異から専有調査に対する反応(特に批判・非難に類する意見)は日本の方が激しくなりがち。




