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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第二章『クラエスの森―辺境の変人―』
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(15)『ただの変人です』

植物罠の群生地をくぐり抜け、少年たちは森の奥へと突き進む。

そして目的の建物が目の前に現れ、次の瞬間彼らは思い出した。

植物だけが罠ではないということを――――

「残り800mです」


 ギルドハウスらしき建造物の目撃情報に従って大木炭広場(仮名)から北西に進んでいると、一時間ほど歩き通した辺りで俺の右隣を歩いていたアンダーヒルが不意にそんな報告を挙げた。


「随分時間かかったな」

「あまり声高には言えませんが、やはりネアとリコの経験不足が主な原因かと」


 否定はできない。

 クラエスの森はやはり森だけあって獣・鳥・虫・植物型モンスターで生態系が構成され、中でもとりわけ植物型モンスターが他に比べて比較的多い。その中でも飛び抜けて厄介だったのが〔対空砲花スティンガー・リンカー〕も属する植物型丁種――条件反射型(トラップ)モンスターだ。

 落ち葉の下に潜み、何かに踏まれると急撃に成長して頭上のオブジェクトを串刺しにする〔重装竹の子地雷ショットガン・バンブーシュート〕。

 大きな音に反応して爆散、半径10m圏内に麻痺性の毒ガスを撒き散らす〔毒風染葛(ペインヴァイン)〕。

 放射状に伸ばした菌糸に動体が触れると、その場所に向かって毒ガスの擲弾を撃ち出す〔毒砲烙茸トキシック・マッシュルーム〕。

 固まって群生し、葉や茎に何かが触れると大きな葉の刃を回転させるように何度も振り下ろす切り裂き魔〔大太刀葵ブレード・ハイビスカス〕。

 前衛のシンが罠の予測探知スキルを会得していたためこれらの半自動モンスターによる被害は最低限の被害で済んだものの、意外だったのはあのアンダーヒルやトドロキさんまでもが罠を事前回避できなかったのは驚きだった。『諜報部』という謎めいた響きに先入観を持っていたせいかもしれないが、単純に何となくそういうことも卒なくこなしそうなイメージがあったからだ。ちなみに何度も引っ掛かっていたのは、虫や蛇を危惧して落ち着かない刹那とモンスターに関するほぼ知識が皆無のリコだった。

 とは言え、ネアちゃん以外の面々にとってはそれこそ対空砲花スティンガー・リンカー級でなければ自然回復で(まかな)える程度のダメージでしかないことに変わりはなく、2km以上も歩き続けている内に緊張感も薄れてまともに陣形を守っているのは後衛の俺に、ネアちゃんとその護衛リコ、そして前衛のシンとリュウくらいだ。まともに歩くのも飽きたのか、トドロキさんは木の上を枝伝いに移動している始末だった。


「800mか……」

「私は常に一定の歩幅で歩くよう心がけていますのでほぼ間違いはないと思いますが、2m以下の誤差はお許しください」


 一秒で走り抜けられそうな程度の距離を誤差という必要があるのかは疑問だが、ずっと方角をチェックし続けてくれていたアンダーヒルからの情報だ、具体的な数字に関しては最大限に信頼できる。


「さすがだな、アンダーヒル」

「別に褒められるようなことをしているつもりはありません。自身の歩幅を知っている者なら誰にでもできることです」

「いや、それを正確に数え続けながら同時並行で雑務をこなして、かつ距離を計測するための最大の前提条件である直線歩行を続けられるのはお前だけだ」

「そういうものですか」


 そういうものなんです。人間は。


「私はアプリコットの情報さえ手に入ればそれで構いませんので」


 必ず情報在りきでその収集を主な行動基点にしている辺り、さすが情報家を自称するだけはあるということか。


「ところで……今更こんなことを訊くのも心苦しいのですが、アプリコットとはどのような人物なのですか?」

「ホントに今更だな」

「シンにも同じ質問をしたのですが、返答に感情的な雑音(ノイズ)が含まれており、客観的に理解できなかったものですから」

「おぉぅ……。まぁ、アイツは色んな意味で手酷い被害者だったからな。結構知ってそうな口振りだったけど、具体的にはどの辺まで知ってるんだ?」

「恥ずかしながら、実のところ一般公開されているプロフィールと二つ名など一部の概評しか知りません」

「まあ、実際にアプリコットのことを知ってるのはベータテスターの一部くらいだからな」


 アプリコットもアンダーヒル同様そう表には出てこない奴だからな。理由はまったく違うが。

 塔などの攻略に関心を持たず、パーティを積極的に作るわけでもなく、たった一人でギルドを発足し、そのギルドハウスをあろうことかフィールド内に設置するという暴挙に出た。別に禁止されてるわけでもシステム上不可能なわけでもないが、出入りも面倒だし、下手するとモンスターに襲われるかもわからない場所だ。そして彼女は何故か(ホーム)に引き篭もり、たまに()()()()があったかと思うと神出鬼没。やってることはレベルアップでそれ以外は詳細不明。アプリコットが出たと言われれば、もう怪奇現象か珍獣レベルの扱いなのだった。

 それでいつからか囁かれ始めた名前が『白夜の白昼夢トリック・オア・デイドリーム』。何処の誰が考えたかは知らないが、二つ名にしては言いにくい上、そもそもネーミングがいわゆる厨二タイプだ。


「俺が知ってるアイツの情報なんて多分ほとんどないと思うぞ」

「使用する武器は何ですか?」

「バラバラ。だけど、片刃腕輪(ブレード・ガント)弾性投石弩(スリングショット)はよく使ってたな」


 前者は腕輪状の装飾品を基点にトンファーと同じような金属製の刃を出現させる武器で、後者は弾性力を利用して弾体を射出する所謂(いわゆる)パチンコだ。

 誰にでも察しはつくだろうが、どちらもマイナー武器どころの話ではない。片刃腕輪(ブレード・ガント)を使うぐらいなら双剣(ツインソード)系を使えばいいし、弾性投石弩(スリングショット)を使うぐらいなら拳銃(ハンドガン)系を使えばいい。

 どちらも基本的にはただの下位互換でしかない。使える使えないの問題ではなく、既にネタの範疇とも言える武器カテゴリなのだ。少なくとも彼女以外にあんなものを常用している人を見たことはないと言えば、アプリコットという人物がどれほどの変わり者かわかるだろう。ROL(ロル)の連中も、まさかメインにあの二つを据えてくるプレイヤーがいるとは思わなかったはずだ。

 何せアンダーヒルですら目を真ん丸にして驚いてるんだからな。


「何となくですが、アプリコットという人物がどういう人間かわかった気がします」


 ただの変人です。


「アプリコットが俺以外とパーティ組んでるのを見たことがないし、前に言った通りアイツは桁違いに変わり者だから、今回も多分杞憂だと思うんだけど……」

「彼女にとってあなたはどんな存在なのでしょうか?」

「俺に聞くな」

「そうですか」


 自分から聞いておいて俺の返答を軽く流したアンダーヒルは思案するように俯き、自動機械の如く同じ歩幅で歩を進める足以外は微動だにしなくなった。

 微妙に間が悪くなってしまったことも合って、黙って歩きながら横目にアンダーヒルを見守っていると、


「恥ずかしいのであまりじろじろ見ないでいただけませんか、シイナ」

「あ、ごめ――――それならそれでもう少し恥ずかしがれ」


 冷静にそう返せたのは、言葉通り恥ずかしいと言いつつ、少しもそんな素振りを見せないアンダーヒルの気質を再認識したからに他ならない。


「ちょっと、シイナ。アレ」


 不意に左隣を歩いていた刹那に声をかけられて正面に向き直ると、並び立つ木々の隙間の向こうに灰褐色のレンガでできた教会のような建物が見えた。

 俺に声をかけてきた刹那以外は既にその建物に向かって走り始め、先頭に立っていたリュウとシンからかなり引き離されている。

 アンダーヒルもいつのまにか開いていた距離に驚いている様子だった。


「そんなに話し込んでたつもりはなかったけど、もう800m歩いたのか?」

「いえ……」


 アンダーヒルの声が曇る。

 途端、バッと身を翻して背後を――これまで通ってきた道を振り返ったアンダーヒルはすぐにまた慌てた様子で正面に向き直った。


「私が見た建造物まで少なくともまだ600m弱はあるはずです……! この数値は誤差ではありえませんっ。引き返してください、罠ですッ!」


 アンダーヒルがそう叫んで、誰よりも早く先行隊の背中を追って駆け出した。その尋常じゃない慌てように漸く我に返った俺と刹那も瞬間顔を見合わせて走りだした――――ちょうどその瞬間だった。

 遅れていた俺たち三人と先行する皆の間で、視界を暴風が遮った。


「くっ……!」


 目の前に突然現れた暴風の壁を見て、アンダーヒルが急制動をかける。


「アンダーヒル、下がって! 『理想を捨てた小心者ワンサイデッド・ジャッジメント狭き門は汝を拒むゲート・オブ・リジェクション』ッ!」


 刹那の流体制御魔法が発動すると同時に、吹き荒れる風の壁は瞬く間に左右に別れて道が開く。しかし、その向こうでは皆の姿どころかさっきまで確かに見えていたはずの古い教会までもが完全に消え失せ、ずっと向こうの奥の奥まで森の木々が続いていた。


「どういう……こと……?」


 刹那が信じられないといった感じの呟きを漏らす。その直後に風の道もかき消えて、一気に視界が広くなる。

 しかしその何処にも、誰の姿も見当たらなかった。


「これは……()()()()()()のようですね」

「誰か不幸体質でも持ってんじゃないでしょうね。なんでフィールドに来る度にこんなことばっかなのよ!」


 持ち前の短気さで誰かしらに向かって激昂する刹那。百パーセント無関係確定なのにガスガス蹴られている木は可哀想だが、ここ最近確かにフィールドに行く度に何かしら起こってるから無理もない。


「そもそもここ裏はないんじゃないの!?」

「今まで報告はありませんが、ないことを証明するのは立場上非常に難しいです。問題はネアですが……」

「いくらクラエスって言っても、あのレベルじゃ()は無理ね……。場合によってはもう手遅れってことも――」

「お届け物でーす♪」


 アンダーヒルと刹那の声音が絶望的な状況に沈む中、それと対比するような間延びした弾むような声がその場に響いた。

 かと思うとその声に反応する間もなく、いつかの船上と同じように樹上からトドロキさんが飛び降りてきた。その小脇には、何故か伸びているネアちゃんが抱えられていた。


「無事でしたか、ネア、スリーカーズ」

「アンダーヒルが取り乱すなんてほんまええもん見られた気ぃするわぁ。ウチには【神出鬼没(ノーリミテッド)】があるんも頭から飛んどったやろ?」

「……そうですね」

「そう拗ねんでもええやん。年の近い子とも仲良うできとるみたいで結構な限りや」

「拗ねていません」


 アンダーヒルが嘘を吐かないと言うことを知らなければ、どうしたって拗ねているようにしか聞こえない遣り取りだな。


「何にせよ、無事で良かった」


 心配そうに見つつも冷静に振る舞おうとするアンダーヒルに代わってネアちゃんを預り、容態を確認する。

 気絶(スタン)バフもないようだし、これなら十数秒もすれば気がつくだろう。


「ちょこーっと鳩尾(みぞおち)打ってしもて」

「何があったら流れで鳩尾打つんですか」

「まあアレに巻き込まれんかっただけ助かったと思って許してな。今のに巻き込まれとったら今のレベルじゃ助からんで?」


 その通りですが。


「ってことは落ちたのはリュウとシンと……リコね。まあ、あの三人なら大丈夫かな」

「せやね♪」


 刹那の呟きに、トドロキさんが余裕の笑みを浮かべてそう返す。


「とりあえず正規のアプリコットの(ホーム)へ向かいましょう。彼女が別の入り口を知っている可能性もありますし、今は時間も惜しいです」


 さっきまで焦っていたとは思えないほど頭の切り替えが早く、かつ合理的なアンダーヒルの意見にその場の空気は瞬く間に鎮静化し、ほぼ同時に皆頷いた。

Tips:『武器カテゴリ』


 FOにおいて全てのプレイヤーウェポンに設定された、武器種による大まかな分類のこと。全部で72種類存在し、それぞれに専用の格闘スキルやサポートスキルが実装されている。武器カテゴリの中でも一般的に下位カテゴリ、上位カテゴリ、単一カテゴリの3種類に大別され、カテゴリ毎に物理武器・魔力武器が分けられているものも多数存在する。詳細は設定集の該当項目へ。

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