(14)『ただ感心していただけです』
賛辞。労い。感謝。照れ隠し。
一仕事終えた少年に様々な感情が向けられる。
そして見つかった新たな手掛かりは、吉と出るか凶と出るか。
「ふぅ……」
群生基地が近いせいか、高度が下がるにつれて徐々に苛烈になる対空砲花の猛攻に晒されつつも何とか出来たばかりの広場に降りた俺とリコは、消耗した魔力や気力の回復に充てながら他の面子の到着を待っていた。
というのも対空砲花が確認された以上、いくらハイランカー揃いでもステータスの低いネアちゃんを連れて空中を移動するわけにはいかない。少なくともあのアンダーヒルがいるのだから、間違いなく一度森の手前まで戻り地上を進んでくるはずだ。
俺たちのいる場所は刹那の竜星群の直撃に見舞われ、纏めて薙ぎ払われた一帯の木々十八本は黒焦げの大木炭となって転がっている。多少開けた空間になっているから、向こうからもこちらからも近づいてくればすぐわかるだろう。
「それにしてもお前の魔力翼って相当燃費悪そうだな。大丈夫なのか?」
大木炭の一本に腰を下ろしつつ、八割近い魔力を削られていたリコに時間潰しも兼ねた軽い雑談を切り出す。するとリコは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、直後「ああ」と納得したように呟いた。
「私の威信に関わるから訂正させて貰うがな。それは私のせいではなく、貴女に原因があるのだぞ、シイナ」
「俺のせい!?」
「私の初期調整は元々バランスが悪くてな。攻撃・腕力一辺倒とすら言えるほどの偏り様なのだ。ちゃんと身体の調整ができていなかったからこそのこのザマだな」
「うっ……そ、それは悪かったと思うが、でも魔力効率なんてステ振りで変わるもんじゃないだろ?」
「私の身体の調整というのは何もステータスに限ったことではないということだ。見た方が早いから今事細かに説明するつもりはないが、帰ってからちゃんと主人としての責務を果たしてもらうぞ」
「……はぁ、わかったよ」
腹を括るしかないらしい。
正直今回の魔力消費に関しては、リコが無駄に高出力の高速飛行をしていたせいもあると思うのだが、それを言い出すとリコの性格上話が拗れる可能性があるため黙殺しておくことにする。
裸とは言っても所詮リコは幼児体型。気にしないように努めれば、然程気にならないだろう。
「ポイントプールはどのくらいあるんだ?」
「ん? 確か10000ほどだったか」
「待てコラ」
予備情報くらいは聞いておこうと思って何気なくリコに訊ねたのだが、とんでもない答えが返ってきた。
ちなみにポイントプールというのはステ振りにおいて消費されるポイントの余剰量で、レベルアップする度にプレイヤーに与えられる。プレイヤーはそれを一単位で消費することで同等だけ各ステータス値を上げることができるのだ。
しかもFOでは珍しくポイントバック制が実装されており、レベルの50区切り毎にステ振りのリセットが発生し、戦闘スタイルの変更に伴ってそれに合わせたステータスに振り直すこともできる。当然、高レベルになるほどレベルアップは難しくなるのだが、代わりに最高レベルまで達するとステータス値リセットのポイントプール還元が任意のタイミングで行えるようになるため、さらにプレイングの幅は広がる。ただし、ステ振り後適用されるのに一昼夜二十四時間かかってしまうため、頻繁に変えることはできないが。
「どうかしたか、シイナ」
「今のステータスに10000も足したらハカナどころじゃなくなるんだけど!?」
具体的にステ振りシミュレーションをしてみると、俺の全ステータスの1.3倍を凌駕するぐらいの化け物が出来上がる計算だ。総合的な戦闘能力はステータスだけで全てが決まるわけではなく、使用する武器防具や戦闘スタイルによって大きく変化するのだが、それでもステータスは低いより高い方が強いのは当然だ。
「私はプレイヤーよりステータスの種類自体が多いのだ。だが、詳しい話は後にした方が良さそうだな」
「ん?」
リコはそう言うと、人差し指で視線の先を指し示した。その延長線上には森――――森の中である以上何処を指しても森ではあるのだが、その方向はクラエスの森の入り口がある方角だ。最初は何のことかわからなったが、やがて森の奥に人影が見えてきた。
刹那たちだ。
「随分遅かったな」
先頭に立っていた刹那にそう訊ねると、何故か少しだけ頬を赤らめた刹那はやや不機嫌そうに顔を逸らした。
「……何があったんだ?」
後に続くシンに訊ねると、シンは苦笑いして俺に近づいてきて、「撃鉄御器冠が出たんだよ」と耳打ちしてきた。
「あぁ、あの巨大ゴキブリ……」
刹那は蛇と虫が大嫌いだ。
それは仮想現実世界においても変わることはなく、寧ろ巨大だったり刺々しかったり攻撃的だったりする分、その拒否反応は現実のそれより激しいだろう。
まして今回は、ただでさえ現実世界で忌み嫌われるゴキブリ――――あんなものが全長1mの巨体で姿を現したら、刹那でなくても全力で排除したくなることだろう。
「で、それはどうなったんだ?」
「三秒で原型留めないレベルの消し炭」
「誰が処理したんだ?」
「バカなこと言うなよ。刹那に決まってるだ――」
ゴシャ、と軽い破砕音が耳元で響いた。
「そこまでにしないと殺すわよ、シン」
「――ろ?」
頬に容赦のない拳を食らったシンは自分がどうなったのかも理解できないような表情で地面に倒れ、その拳の持ち主である刹那は少し恥ずかしそうに頬を染めていた。
照れ隠しとしては激しすぎるような気もするが、そこにツッコんだら俺も三秒で消し炭にされかねないし放っておこう。
「そんなことより、無茶言うな、なんて言ってた割にちゃんとできたじゃない。やっぱりシイナに任せて正解だったわ」
「あぁ、任せてくれてサンキュー。っても土壇場で思い付いたんだけどな」
珍しく刹那が誉めてくれたものの、苦戦を強いられたのが刹那の弾幕魔法のせいであることを考えると素直に喜べない。だが、ある意味貴重な戦闘経験を積めたと思えば、プラスマイナスで帳消しにしてもいいと思える範疇だろう。
結果的には勝ったわけだしな。
「俺はシイナとイヴならやると思っていたがな。おっと、今はリコだったか?」
リュウがそう言うと、リコも少し拗ねるように腕組みをした。
「イヴと呼ばれても私は返事しないぞ」
「次からは間違えないようにしよう」
「よろしい」
相変わらずリコは(刹那以外には)尊大な態度だが、心なしか対応が柔らかくなったような気はするな。
その時、不意に皆と少し離れたところに立ってぼんやりと大木炭を見下ろして佇むアンダーヒルが目に入った。
「ちょっとすまん」
俺は刹那とリュウ、リコに一言断ってその場を離れ、周囲に視線を彷徨わせるアンダーヒルに歩み寄る――
「シイナさん、お疲れ様ですっ」
――途中でネアちゃんに声をかけられた。
「ありがとう、ネアちゃん。怪我はなかった?」
「あ、はい。大丈夫です」
「そうか、それならよかった。ごめん、ちょっとアンダーヒルに用があるから」
「え、あ、はい……」
ネアちゃんが身を引くように後退ると、俺はアンダーヒルに近付いた。
「お疲れさん」
声をかけると、空を見上げていたアンダーヒルも漸く気付いたように俺の方に振り返った。
「あなたもお疲れ様です、シイナ」
「ありがとうな、アンダーヒル」
俺がそう言うと、アンダーヒルは驚いたように目を見開いた。
「気付いていたのですか?」
「いや、普通気付くから」
対空砲花の群生基地が近くにあって、玄烏との交戦中空域内に飛んできた種子が三発だけだったなんてありえない。そもそも対空砲花の役割はシステムロック以外での空域完全封鎖――――上位プレイヤーですら迎撃可能限界を超える数の弾幕攻撃で撃墜する極めて凶悪な壊れモンスターなのだ。
森の端に近かったとはいえ、今回それがなかったのはアンダーヒルが遠距離からの正確無比かつ無間断にも近い狙撃でその種子を逆に撃墜してくれていたからだ。もっとも、それに気付いたのは銃痕の残る種子をついさっき見つけたからなのだが。
「私は私にできる最善のサポートをしたに過ぎません。それがパーティプレイの存在意義ですから」
さっきリコにパーティプレイを説いたばかりの俺が、今度はアンダーヒルに説かれるとは。
「それはそうだけど、かといってこんな技ができる奴なんてそうそういないぞ……」
「褒め言葉として受け取っておきます。しかし、私もあなたに感心しているのですよ、シイナ」
「感心?」
意外な言葉だった。
「先程のあなたが取った行動が現時点で最も効率的に玄烏を討伐できる方法なのですから」
「下手すると自己犠牲すれすれの戦い方がか?」
「リアウィングの使い方を熟知しているあなたであれば、あの程度の空戦機動は造作も無いでしょう。そういうことです」
できるやつにはできる、という奴か。なるほどこれがアンダーヒル流の誉め方のようだ。あくまでも他の情報との比較であることを忘れない客観的な評価である辺りが何とも彼女らしい。
「今まで公開されている方法は玄烏の行動自体を止める発想から生まれた消極的な方法でしたので、超音速による衝撃波の自損を狙うこの方法は画期的なものです」
「お前ならもっと早く気付いてたんじゃないのか?」
予備情報もある、頭の回転も早いアンダーヒルなら寧ろ土壇場にならなくても安楽椅子に座ったまま同じことを考えそうな気がする。
「玄烏は厄介ではあっても危険性は低いモンスターでしたので、調査や考察を後回しにしていたのが現状です。あくまでもあなたの戦果ですよ」
「そういうことならこっちも素直に褒め言葉として受け取っておくかな」
「そうしてください」
アンダーヒルは珍しく目を細めるようにして笑っているような表情で頷いた。残念なことに目以外が隠されているせいで確証はないが。
「これでようやくアプリコット探しに戻れるってわけだ」
無論、あんな変人と積極的に関わるのは気が進まないが、前に進むためにはいい意味でも悪い意味でも必要な人材でありプロセスでもあることは理解していた。
「そのことですが報告があります」
「報告?」
「先程上空から確認したところ、それらしき建造物を発見しました。目測なので確実ではありませんが、ここから北西三・七キロメートル付近です」
「ホントか?」
「私は嘘を吐きません」
「いや、つい言っただけの相槌に素で返すなよ……」
「申し訳ありません」
アンダーヒルはたまに言葉を文面通りの意味で捉えようとする癖がある。皮肉が通用しないのもそこに起因するものだと思うが、意外にも一般的な慣用表現に疎いところがある。アンダーヒルと初めて対面した時も似たような印象だった気がする。
「あれ……? アンダーヒルと初めて会ったのっていつだったっけ……?」
「何か言いましたか、シイナ?」
「あ、いや、何にも」
思わず口に出してしまったらしい。
トドロキさんがアンダーヒルを≪アルカナクラウン≫に連れてきた時に『初めまして』と言っていたのだから、やはりあの時が初めてなのだろうが、それ以前にも何処かで会ったことがある気がする。
何時何処でだったかは思い出せないが。
「……どうかしたのですか?」
我に返ると、アンダーヒルの澄んだ黒い瞳が至近距離から俺の目を覗き込んでいた。
「い、いや……何でもない」
咄嗟のことで跳ねた心臓の鼓動を速やかに隠蔽しつつ、何とかその一言だけを絞り出す。すると、アンダーヒルは心中を見透かすような視線を向けてきつつも「そうですか」と淡白に返してきた。
「一応フィールド内ですので、あまり気を抜かないで下さい」
「悪かった。もう大丈夫だ」
多少不審に思われたのかアンダーヒルはミリ単位で首を傾げると、静かに視線を泳がせて漸く元の距離感に戻った。
何にせよ自覚がない人間って怖い。
そんなことを思いつつ振り返ると――
「さすがだな、シイナ。もうアンダーヒルに手を出したのか」
――至近距離に右頬が腫れて赤い痣になっている侍顔がそこにあった。
バチンッ!
思わずスナップを効かせてその左頬を平手打ちすると、「めぷぇっ!?」などと奇声と言うべき悲鳴を上げたシンはスクリュー回転しながら吹っ飛び地面に転がった。
「あ、すまん、シン――」
「ぐふっ……だがそこで平手とは、着実に女に近づいてるようで大いに結構」
「――何の話だ」
最近シンの気持ち悪さにブースター付きの拍車がかかってる気がする。パンジャンドラムかよ。
Tips:『撃鉄御器冠』
地属性の甲虫系魔虫種で、全長一メートルにも及ぶ大ゴキブリ。頭部に撃発機構を持ち、突進の衝突と同時に小規模な爆発を発生させる能力を持つ。基本的には一個体で出現するが、エンカウントから一定時間後に同種の群れを召喚しながら爆発的に増えていくため、その外見も相俟ってプレイヤーからは非常に嫌われている。
≪行動パターン≫
・突進 ・跳躍 ・高速移動 ・高速突進 ・飛躍突進
・撃発爆破 ・撃発装填 ・同族召喚 ・捕食




