(13)『無茶言うな』
押し付けられた鬼畜ゲーの中で押し付けられた無理ゲーをくぐり抜け、自らの力を御しきれない翼は地に落ち、少年は弾幕から生還する。
それを信頼の証と取るか、あるいはその身の不運と取るかは少年次第。
「ふむ……相も変わらず無茶苦茶なことを考える女だな、刹那は」
「んなこと悠長に言ってる場合か!?」
不運にも発生してしまった玄烏キャプチャーイベント。
その空中戦が始まって間もなく刹那から告げられた弾幕勧告に戦々恐々と戦慄きつつも、暢気な感想を漏らすリコにツッコミを入れる。
弾幕魔法とはその名の通り、小規模の魔法弾を大量に発生させて空中に弾幕を形成させる広域殲滅用上級魔法のことだ。
FreiheitOnlineの魔法システムは少し変わっていて、一般的な仕様であれば下位魔法から順にその使用度に応じて上位の魔法を覚えていくところだろうが、このゲームではプレイヤーのレベルに応じて覚えられる魔法が増えていく。それとは別に魔法にも熟練度が存在し、熟練度に応じて使える魔法の種類が増えていく。つまり熟練度が低くてもレベルが高ければ一部の上位魔法を使うことができるし、レベルが低くても熟練度が高ければ上位魔法を使うことができるということだ。無論、どちらかと言えば低レベルの上位魔法よりは高レベルの上位魔法の方が、低熟練度の上位魔法より高熟練度の上位魔法の方が強力なものが多いのだが、単純な使い勝手で言えばどの上位魔法も然程遜色が無い。
ちなみに、刹那の多用する弾幕魔法はどちらかと言えば低熟練度高レベルの上位魔法――――単発毎の攻撃力・行動阻害は低めだが、その分弾速が速く総弾数が多い、という傾向が刹那の好みに合致していたらしい。
つまり、無理ゲー。
玄烏を追い込むように牽制しながら遠目に確認した限り、刹那とトドロキさんは二方向からの交差弾幕を計画しているようで互いに大きく離れた場所に位置取っている。交差弾幕は敵を閉じ込める檻として機能する分には有効かもしれないが、弾幕の中に放り出された可哀想な子羊たちは撃墜率がぐんとアップする。弾の速さにも依るだろうが、アクロバティックな駆動を得意とする玄烏を捉える弾幕となると相当な弾速が要求される。
そうなれば被弾はほぼ確実のものとなり、もしリアウィングに誤爆した際に極低確率とはいえ機能一時停止の確率判定に当たってしまうと、眼下の地面に落下。余程運がよくない限り即死判定を受けてもおかしくない高さだ。
――――つまりアイツら頭おかしいだろ、と。
しかし、距離が離れ過ぎていて【音鏡装置】を持っていない今の俺には文句を言うことすらできない。
ここで俺とリコが回避行動を取れば、その隙を狙って玄烏も逃げ出してしまう。そうなると刹那に半殺しにされるのは最早確実だろう。
そんなあまり意味のない方向で色々と思考を巡らせている間に無情にもその時はやってきた。
「――死星呼ぶ竜星群!」
「――千火万雷の災厄!」
刹那とトドロキさんのよく通る声が詠唱文の末尾を唱えると、刹那の正面で蒼い光球が徐々に膨らみ始め、トドロキさんの周りには無数の紅い紡錘形の魔法弾が次々と浮かび上がり脈動するように拡縮する。
「リコ、アレ避けられる自信あるか?」
「確実と言えるほど驕れる手札は特にないが、輻射振動破殻攻撃で相殺できるか試してみようと思う」
「試してみる……って大丈夫なのか?」
「刹那とスリーカーズでは魔法の熟練度に倍以上の差があるのだろう? 最悪、スリーカーズの弾幕だけ避けることを考えれば……行けそうな気がしてくるだろう」
大丈夫だろうか。
確かに刹那とトドロキさんの魔法は光の色も違うから判別は容易にできそうだが、それでもリアウィングに当たらなければという希望にも近い前提条件がある。
リコがいる分どちらかが墜落し掛けても救援が利くが、保険や退路を確実なものにしておかなければならないのが今のDO環境なのだ。
「――シイナ、聞こえる?」
またも予兆なく疑似通信回線が繋がり、耳元至近距離から刹那の声が聞こえてくる。いきなり過ぎて心臓に悪いが、インカムを使った無線も似たようなものだ。ただし常に耳元で固定されているわけではない分、大きく動くと音源座標が追いつくまで声が聞こえなくなるのだが。
わざわざ二度目の通信をしてきたということは緊急退避の指示か最悪でも回避行動に関する具体的な助言だと予想していたのだが――――
「私たちの弾幕がある内にそのカラス叩き落としなさい」
「無茶言うな」
事実は小説より鬼なり。
一言血も涙もない命令を下した刹那は即座にミラージュ回線を切ったようだった。
「ったく……弾幕の中ならコイツの動きもかなり制限されるんだから、アンダーヒルにやらせりゃいいんじゃないのか?」
「途中で刹那あるいはスリーカーズの魔法弾と接触する可能性が高いからです」
「……どうしてこっちの声が聞こえてるのでしょうか、アンダーヒルさん」
「読唇技能です」
「読心能力の間違いじゃないのか、それ……」
どんだけ目がいいんだよ。
「実弾銃なんだから、魔法弾貫通したって速度減衰くらいだろ? やるだけやってみればいいじゃないか」
「私は妨害が入るとわかっている狙撃はしたくありません」
「こんなところで妙なプライド発揮するなよ……」
「私の狙撃は足場が安定しない場所では使えないようですし」
前言撤回。あの変人級狙撃手、さっき刹那に言われたこと気にして拗ねてるだけだろ、絶対。
「お前なら速度減衰と弾幕構成まで計算に入れて玄烏狙撃できたりしそうなイメージだったんだけどな」
「私を過大評価しないでください」
それなら年相応で人間らしい等身大の性能を見せてください、アンダーヒルさん。
「シイナ、玄烏に集中してください。逃げられます」
「シイナ、下だっ」
「え?」
アンダーヒルとリコの指摘で玄烏に意識を戻すと、玄烏は俺たちの思惑を察したのか翼を大きく翻して上下逆に半回転し、一瞬の隙をついて檻の外――真下の森に向かって急降下を始めたところだった。
「追うぞ、リコッ!」
「当然だッ!」
今までの思考を振り切って、玄烏に続いて急降下の体勢に入る。
その瞬間――――視界の端にちょっと慌て気味の刹那が肥大した光球を下方に向けて放つ姿が映り込んだ。弾けるようにいくつもの小光球に分裂した刹那の魔法弾はその名の通りに流星群のようにキラキラと輝いて、俺たちの頭上から降り注ぐ。
マジか。
一筋二筋と先発の高速魔法弾が視界を掠めて追い越していく度に戦慄が走る。トドロキさんは空気を読んで直前で魔法をキャンセルしてくれたらしいが、しっかり放たれてしまった刹那の魔法は少し首を曲げただけで恐ろしい数の弾幕が迫ってくるのが見える。
「シイナ、こうなっては仕方がない。数発分のダメージは覚悟して、玄烏を落とすぞ」
機動性能に任せた即時反応でそれらの魔法弾を軽やかに躱していくリコは、俺の気も知らずに玄烏を指差してそう言った。
――もう、どうにでもなれッ!
リコに頷いて見せると背中のリアウィングを強く意識して加速をかけ、内心で悪い方向に転ばないように祈りつつ太股の帯銃帯から〈*大罪魔銃レヴィアタン〉を引き抜いた。
「リコ、俺がアイツに【電光石火矢】を使わせるから、先回りして退路を塞げ」
「任せておけ」
リコは防具付属の生体翼も広げると、それを大きく羽搏かせて玄烏追尾軌道から離れていく。
両翼を併用しても飛行性能が上がるわけではないが、羽搏きがある分一時的な加速度は上がるだろう。
ゴォッ!
「危ねっ」
背後から迫っていた魔法弾をすんでのところで何とか回避する。一度の被弾で壊れる可能性は限りなく低いが、バランスを崩せば後続の魔法弾の被弾率もケタ違いに上がる。気を張っておかないとあっという間にお陀仏もありうる。
その時、段々と近づいてくる葉緑の絨毯から何かが撃ち出されるように飛び出し、噴射炎を上げながら凄まじい速度で俺やリコ、そして玄烏目掛けて飛んできた。
「リコ、対空砲花だ!」
対空砲花は自然系のフィールドなら何処にでも生息する植物型モンスターで、滞空しているモノならプレイヤーだろうがモンスターだろうが関係なしに誘導爆散型の種子で対空砲火を浴びせてくる。モンスターだろうがプレイヤーだろうが無差別に攻撃してしまうのは植物型モンスターの傾向のようなものだ。
「ちっ、こんな時に……!」
パァンパァンッ!
俺の近距離とリコの背後に迫る対空砲花の種子を大罪魔銃による連続射撃で撃ち落とす。
しかし玄烏は自身に向けられた対空砲花の種子に反応及び俺の射撃に反応して【電光石火矢】を発動させ、先回りしていたリコの隣の空間を過ぎ去っていく。リコは咄嗟に玄烏に右手を伸ばしたが、その指先は掠めることもなく空を切った。
「くっ、逃がすか……!」
リコは即座に後を追い始める。
「輻射振動破殻攻撃ッ!」
さっきの空戦機動よりもさらに速く迫るリコの右手が赤く発光し、玄烏の尾羽根を掠める。さすがに近接攻撃であるリコの右手には【電光石火矢】も反応しないようだが、それでなくても玄烏は桁違いに速いモンスターだ。さすがのリコでも機動力特化ステータスのモンスターには手が届かないらしい。
「少しだけ戻れ、リコ!」
「何!? そんなことをしていたら逃げられ――シ、シイナ、後ろっ!」
「うぉっ!?」
至近距離に迫っていた魔法弾が左腿の帯銃帯を揺らし、軌道上にいたリコの右手に直撃して掻き消える。
「何か策があるんだろうな、シイナ」
脅威の高速旋回で俺の背に回ったリコが右手で魔法弾を握り潰しながら不敵に笑う。
「策ってほどじゃない。ただ試したいだけだ…………とかカッコつけてたら刹那にぶっ殺されそうだけど」
高速の風でかじかんだ手が震えるが、精密射撃をするわけじゃない。刹那には悪いが、この流星群のような魔法は無駄にさせてもらおう。
さらに限界まで加速をかけると、玄烏もさらに降下速度を速めた。
「これ以上下がるのは危険だぞ、シイナ!」
「これでいいんだっ!」
肉薄する玄烏の背に〈*大罪魔銃レヴィアタン〉の銃口を向ける。三叉に分かれた尾羽を凝視し、方向転換の予兆を見逃さないようにタイミングを計る。
もうあまり時間がない。
しかし玄烏もまさか森に突っ込むわけではない。何処かで確実に上昇に転じるタイミングがあるはずだ。
「シイナッ!」
リコの焦りを含んだ怒声が響く――――その時だった。
ぐぐぐっ。
尾羽の先がわずかに下がったその瞬間、即座に大罪魔銃の引き金を引いた――――パァンッ!
銃口から撃ち出された弾は体長1mの巨大な的をかすめることもなく、瞬く間に視界の何処かに消える。
かなり近い距離で飛び道具による攻撃を発射された玄烏は、思惑通り【電光石火矢】を使ってさらに加速――――しかし、音速を超えたその瞬間から自身の身体を制御しきれるわけはない。
玄烏は前方に衝撃波を、後方にその衝撃波で自損した傷から流れ出る血を撒き散らしながら、瞬く間に眼下の森の中に突っ込んだ。
「リコ、全力回避!」
「了解、しっかり掴まれ、シイナ!」
手を掴む程度では振り落とされるかもしれないと、思いっきり腰の辺りに抱きつかせてもらう。リコは俺を引っ張ったまま急激に方向を変える。森の木の先端を掠め、激しいGに耐えながら無理やり流星群の着弾域から離脱した瞬間、背後から木々の崩れ落ちる轟音が聞こえてきた。
「はぁっ……はぁっ……」
魔力が少なくなってきたのか辛そうなリコを支えつつ滞空静止して振り返ると、トドロキさんがトドメのフォローで使った極太レーザービームの光魔法が玄烏の突っ込んだ森の一画を飲み込んでいた。
容赦ねえ。
『Clear to "Swallcrow"』
無機質に表示されるシステムメッセージを眺めながら、俺とリコは少しずつ眼下の森へと高度を下げていった。
Tips:『対空砲花』
火属性の条件反射型植物種で、人の背丈を超える程の大きな花の形をしている。その名の通り、対空攻撃に特化した能力を持ち、主に自然系フィールドに群生して索敵圏内の空域に侵入した敵に対して花冠中央の種子弾頭を発射して撃墜する性質を持つ。この種子弾頭は標的に対する強力な誘導性能を持ち、かつ極めて高い火力をも有しているため、FOにおいて対空砲花の存在は実質的な飛行禁止エリアであることを意味している。対象がプレイヤーでもモンスターでも容赦なく撃墜するため、対空砲花が存在する地域ではそもそも飛行能力を持つモンスターが出現しないことの方が多い。




