(12)『パーティプレイ』
突如現れた予定外の敵に、彼らの狩り場は空へと移る。
これは戦いではない、少なくとも彼らにとっては。
「それじゃトドロキさん、また少しの間だけ借りさせていただきます」
「はいな。お貸しします♪」
少しからかい調の尻上がりイントネーションでそう言ったトドロキさんから高機動可変リアウィング――――〈*ダイダロスウィング〉のデータチップを受け取ると、早速メニューウィンドウに放り込んで装備項目から背面装備に指定する。
そして具現化を実行すると、ずしりと背中に重量がかかり、蒼白色と銀色を基調に上品に塗装された菱形翼片展開型の機械翼が出現した。
「事情が事情やからけちくさいこと言わへんけど、前例もあることやし、あんまり無茶して壊さんといてな」
「はは……肝に命じます」
前例というのもまだ記憶に新しい、ミッテヴェルト第二百二十三層『動無き大河の楽園』で壊してしまった赤い高機動可変ウィング〈*TUS-FW〉のことだ。
黒鬼避役の舌による肉性とは思えない程強力な一撃で機関部の中心から翼の根本に掛けて深く抉られ、その結果改修不可能な損傷を受けて完全破壊されてしまったのだ。
当然、借り物であった〈*TUS-FW〉を失ったのは俺ではなくトドロキさんで、本人は如何にも気楽な調子で「高いゆーてもレアもんやのうて普通に買える量産品やから、シイナは何も気にせんでええんよ」なんて言っていたが、金銭的にかなりの損失が出たのは確か。本人は「弁償もせんでええよ。ネアちゃんが助かったんやから安いもんや」と先制して断ってきたものの、今は無理でも何れ返さなければならない俺自身の借りなのだ。こんなところでまた何か壊そうものなら、更に借りが重なってしまう。
「シイナ、ちょっといい?」
それぞれがリアウィング等のチェックをする中、刹那が声をかけてきた。
「あの【0】ってスキル、出来るだけ積極的に使ってみて。色々試してみないことには始まらないし」
「ん、了解」
効果・分類など様々なパラメータが未だに詳細不明のスキル【0】。三頭犬戦の直後、まったく魔力消費をしていないことに気付いた時は驚いたが、それ以外のことに関してはさっぱりわかっていなかった。
「それと指揮はどうする?」
「ここで今さら俺が仕切るのは多分無理だし、今回はお前が適任だよ」
「わかったわ」
刹那は口元に余裕の笑みを浮かべると、アンダーヒルの狙撃に晒されても尚挑発するように旋回を続ける玄烏を見据える。
通例、≪アルカナクラウン≫の全体指揮は大雑把に言えば俺か刹那が仕切っている。それはリュウもシンもリーダーシップを執るような器ではないという自己申告があったからなのだが、単純に二人だけ周りを見て戦えるタイプではないからだ。
刹那の場合、儚譲りの俺の指揮と違って合理性と安全性に若干の難があるのだが、その分破天荒な突破力と普遍からは掛け離れた状況や突発的な危機への対応能力が非常に高い。俺の指揮は基本に忠実故に実用性も高いが、ある意味で儚に毒されすぎているために皆に色々と思い出させてしまうことも多いのだ。
やっぱりギルドリーダー代わってくれないかな、刹那。
「さっきのフォーメーションはとりあえず忘れて。アレはプレイヤーを避ける性質があるから檻としては手伝ってもらうけど、剛大剣を使うリュウは速度についていけないだろうし。シンも足場が安定してなきゃ、ただの変態だし」
「待て、刹那。僕は変態じゃないぞ」
「リュウは変態とネアちゃんの護衛ね。あ、リュウは変態からも守ってあげてね」
「任せておけ」
「リュウーッ!?」
何やら改めるまでもない称号を改めて賜ったらしい変態を放置して、刹那は再び俺の方を振り返り、びしりと指を突き付けてきた。
「シイナとそこのアンドロイドは前衛ね。シイナはともかく、アンタは『バイス何とか』って必殺技があるんでしょ?」
「アンドロイド呼ばわりは気に食わんがな。それより輻射振動破殻攻撃はあくまで防御率無視というだけで必殺というわけではない」
「アンタは知らないかもしれないけど、アイツの体力は三百程度。防御率含めてもステータス自体は雑魚いから当てにいきなさい。シイナはその補佐。スリーカーズと私は魔法で玄烏を追い込むから。できるわよね、スリーカーズ」
「刹那にできることができんわけないやろ♪」
「アンタ、地味にムカつくわね」
軽口を叩くトドロキさんにこめかみを引き攣らせつつも、刹那は続けてアンダーヒルに視線を向けた。
「アンダーヒルはどうせ足場が安定しないと狙撃も使えないでしょ。アンタ頭良さそうだからその場の状況判断色々動いて」
「……はい」
丸投げの指示を受けたアンダーヒルは何処か気になる部分があるのかやや遅れて静かに返事を返した。しかし、その部分にまったく気付く様子のない刹那はメニューウィンドウを操作し、白銀色に輝く金属翼〈*ミスリライト・ウィング〉を背中に具現化した。
「取り敢えず絶対に巣に帰らせないことだな」
「確かにそれは大前提ね」
FOフロンティアには多くのモンスターが生息しているが、その中の大多数のモンスターがそのフィールド内に何かしらの巣を持っている。それらの巣を持つモンスターたちは自身の巣から一定の範囲内に入ると体力・魔力・気力を全て回復してしまう。『玄烏』の場合、体力は大したことない値だが、魔力を回復されるということは【電光石火矢】の使用回数が増えることを意味している。言うまでもなく厄介なことだ。
「それじゃ作戦開始ね」
刹那は白銀の機械翼を広げると、その翼の発光と同時に生まれた浮力と推進力が刹那の身体を地上から十センチほど浮かび上がらせた。
それに続いてブースターのような筒二本と一枚羽で構成された黒いリアウィング〈*アサルトウィング・ジェイド〉を装着したリュウと、脚を囲うようなリングと四本の脚を備えたリアウィング〈*リアブースト・ロングレグス〉を装着したシンが飛び上がり、先んじて瞬く間に十メートルほどの高さまで昇っていく。
ちなみにあの二人の装備はどちらも加速力と最大速力を重視したアクセルウィングだ。つまり、俺の同志。グッジョブ。
「ほな、ウチも」
トドロキさんは髪の色と同じ黄色っぽいリアウィング〈*虚狐霧変化・翼〉が明滅発光させると、鋭い螺旋を描きながら飛び上がっていく。
「ちょっと。アンタは私と同じでしょうが、スリーカーズ。まったく……」
トドロキさんと作戦上行動を共にする刹那も直ぐ様その後を追って飛び上がる。
「指導をよく思い出してください、ネア。あなたならできます」
先行する仲間を微妙な面持ちで見送りつつも後に続こうとしたその時、傍から聞こえたアンダーヒルの言葉に振り返る。するとそこには、難しい顔をしたネアちゃんと彼女に付き添うように立つアンダーヒルがいた。
どうやらまだ飛行するということに慣れていないネアちゃんを導こうとしているようだ。
アンダーヒルの言葉に後押しされたネアちゃんの背中で、コンパクトに纏まっていた鳥のような純白の翼が大きく広がり、光の粒子を周囲に撒き散らしながら開いた。
刹那から貰った金銀の西洋鎧〈*ミスリルメイル・ゴルト〉のデザインのせいか天使というよりは戦乙女とか聖騎士と呼ばれそうなイメージと合致して見える。
「その調子ですよ、ネア」
優しげな雰囲気でそう言ったアンダーヒルも、極自然な調子でアンダーヒルの背中からもシャープなフォルムの六枚翼が大きく広がった。その翼は確かに影のように黒々として、生体翼とは思えないほど無機質な光沢を放っている。
「よし、リコ。俺たちも行くぞ」
「言われずともっ」
薄い金属膜のような翼を広げて浮き上がるリコに続き、俺も背中の〈*ダイダロスウィング〉を羽搏かせて離陸する。
リコの翼は一見機械翼に見えるが、羽搏きが殆どないことを見ると恐らくあの翼は加速・減速と方向転換だけのためのものだろう。他の皆のように羽搏きやブーストで揚力を生み出すのではなく、アンダーヒルの影の翼同様に魔力を使って浮力と推進力を生み出しているのだ。その分大量に魔力を消費するが、可変ウィング並みに小回りが利き、アクセルウィング並みの加速性能を両立している。この場では恐らく誰よりも優秀なリアウィングだろう。
しかし、せっかく新調した〈*合成獣鎧・神禽〉の胴防具に付属で生体翼がついているのだからそっちを使えよ、と思わなくもない。金属翼の付け根に小さい生体翼が付いている光景はかなりシュールだ。
「くくくく……。実は午前中にアンダーヒルにしてやられてから、ストレスを発散できる機会を窺っていてな」
怖いです、リコさん。
「掴まれ、シイナ。あのカラスのところまで一気に連れていってやる」
俺を軽々と追い越してやたら誇らしげに手を伸ばしてくるリコに少し子供っぽい感情を覚えたものの、冷静に思い直してその手を掴む。
「舌を噛みたくなかったら口を閉じていろ、シイナ。ちょっとばかり速いからな」
今の警告に意味があったのかと思われるほど間もなく、たった一回の羽搏きだけで猛烈なGに振り落とされそうなほど加速した。先行していた刹那とトドロキさんに追いつくどころか瞬く間に追い抜いて、こっちを警戒しつつも平然と飛んでいた玄烏に肉薄する。
コレのどこがちょっとなんだよッ!
そしてリコは高速旋回しながら速度を殺し、不意に俺と繋いでいた手を放した。
「先に行くぞ、シイナ!」
猛烈な遠心力に負けて外側に振られる俺にそう言い残し、リコは単身玄烏に猛突進する。
空中でなんとか体勢を立て直した俺は、放った輻射振動破殻攻撃を躱されたリコに再び接近する。
「確かに速いな、アイツは」
滞空静止する玄烏と対峙するリコが嬉しそうにそう報告してくる。
「リコ、これはパーティ戦だ。個人一人一人の消耗を抑えるためのパーティなんだから、あんまり勝手なことされると困る」
「む、そうか。これからは気を付け――」
「シイナ、リコ、聞こえる?」
リコの言葉を遮って、刹那の声が耳元で聞こえてきた。恐らくアンダーヒルに習って【音鏡装置】による遠隔擬似通信を試しているのだろう。
その直後に聞こえてきた刹那の台詞に俺は戦慄することになる。
「今からスリーカーズと私で弾幕張るけど、当たらないように気を付けてね」
「……うん?」
Tips:『リアウィング』
FOにおいて、素体に翼を持たない種族が空を飛ぶためのアクセサリー。有翼種族の素体の飛行翼同様、生体翼・魔力翼・機械翼の3種類の翼タイプを持つ他、加速度と最高速度に特化した《アクセルウィング》と、機動性に特化した《アクティブウィング》の2種類でカテゴライズされる。外見や性能面でも種類が豊富なため、プレイヤー間では装備のコーディネートでも好んで多用される。元から素体に翼を持つ種族でも装備が可能で、その場合はリアウィングと素体の翼のどちらを有効にするか選択することができる。




