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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第二章『クラエスの森―辺境の変人―』
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(8)『さながら脱兎のごとく』

何処まで術中で何処までが計算か。

少年がそれを読み解くには未だ経験が足りていない。

「ところで、リコ。改めて訊きたいことがあるのですが少しよろしいでしょうか」


 雑貨屋から少し離れたところにある小さな広場に着いた頃、ようやく平生(へいぜい)の落ち着きを取り戻したリコにアンダーヒルはそう切り出した。


「あ、あれだけ人に無茶苦茶な尋問をしておいて今さら承諾を取るのか、貴様は!」


 リコは即座にもっともな反論でそう切り返し、不機嫌をアピールするようにアホ毛をピコピコと揺らしながらやや乱暴にベンチに腰を落とす。しかしアンダーヒルは然程気にする様子もなく、何故か一瞬俺の方をチラッと見て、


「それを言われると心苦しいのですが、やはり情報提供に協力していただく方が後のトラブル発生率が低いので」


 そう(のたま)った。

 さっきの今でそれが言えるのか。良くも悪くも規格外の奴だな、コイツは。

 当然の如くその言い草をお気に召さなかったリコは不意に〈*フェンリルテイル・ガードル〉の尻尾をガシッと掴み、


「よもやギルドで一番性格が悪いのは刹那(せつな)ではなく物陰の人影(シャドウ・シャドウ)なのではないか……?」

「アンダーヒルには悪いが、俺も今だけはそう思った――――だから放せ」


 リコの手を無理矢理振り(ほど)くと、アンダーヒルに目を遣る。しかし、本人は目の前で交わされた悪口に不満げな反応を見せることなく、ぼんやりとした目で俺を見詰めているだけだった。

 相変わらず何を考えているのかわかりにくい――――もとい、わからない奴だな。


「質問しても構いませんか?」

「ちっ……好きにしろ」

「では確認しますが、≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫の構成メンバーでない人物の情報に関して、ひとつ訊いておきたいことがあるのですがよろしいですか?」

「回りくどい聞き方をするな。情報にもよるだろうが、ハカナたちのことでなければ特に隠す理由はない」

「では単刀直入に訊きます。[アプリコット]は≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫の協力者ですか?」

「何が単刀直入だ!? 貴様、よもやそれを知りたいがためだけにさっきの嘘を吐く吐かんの問答を始めたなッ!」

「一概に明言はしませんが、そういうことにしておいてください」


 アンダーヒルだけは――もといアンダーヒルと刹那だけは敵に回したくないな。


「それでどうなのですか?」

「…………そうだな。確かにその名はハカナの口から聞いたことがある。『友達』だと言っていたが、それ以上のことは何も知らん。とは言え、私が会ったことのあるメンバーの他にも下に協力者(スロート)がいると言っていたがな」

「ハカナは俺たちみたいなベータテスターや古参プレイヤーのことは大抵“友達”って呼ぶから当てにはならないぞ」

「そうですね……。アプリコットの名前を知ったのはいつですか、リコ」

(ごく)最近だ」


 アンダーヒルはその答えを聞くと、思案顔で俯く。

 極最近アプリコットの名が(ハカナ)との会話に上がっていたのだとすれば、現状アプリコットは少しばかり黒寄りのグレーってところか。言い換えるなら、確証はないが可能性は高い、といったところだ。

 しかし、リコの言った『協力者』というのは気になるな。下というのは(ハカナ)が塔の第五百層にいると公言していることから、トゥルムを始めとしたFOフロンティア地上全土を示しているのは間違いない。となると当然、協力者は閉じ込められたプレイヤーの中に紛れ込んでいるということだ。だが、あれほどフットワークが軽くオールラウンドな彼女が必要とする役なんてあるのだろうか。

 そもそも壊れてからの(ハカナ)は他のプレイヤーを『ライバル』や『仲間』どころか『障害』とすら思っていないのだ。『友達』全員で彼女を包囲して戦ったとしても、“複数を相手取る時は一対一で戦える状況に持ち込み、各個確実に撃破する”というセオリーを普通に実行し始めるだろう。

 ――障害がないのなら、わざわざ裏で糸を()る意味はない――


「ところで協力者がいるとかって話は俺たちが聞いてもよかったのか、リコ」

「ん? ああ、私の認識では≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫は(ハカナ)・クロノス・魑魅魍魎(チミモウリョウ)以下x(エックス)名の特定プレイヤーだけだからな。会ったこともない名も知らない奴らのことなどどうでもいい。しかしそんなことを聞くのか、シイナは。たとえ私が口を滑らせたとて、今の貴女の立場ならいい拾い物をしたと思う側の人間だろう」

「そ、そうだよな」


 何でわざわざそんなことを訊いたのか、自分でもわからなかった。もしかしたら自分で思っていた以上に(ハカナ)に毒されているのかもしれない。これから気をつけないと――


 じー。


 ――アンダーヒルに怒られそう。


「アプリコットが≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫か……。あんまり想像できないな」


 ついついアンダーヒルの何処か責めるような視線から目を逸らし、ついでに話を逸らす方針で試みる。


「私はあまり彼女のことを知りませんが、シンが不思議なことを言っていましたね」

「不思議なこと?」

「『アイツが理由ありきで組織に迎合するとは思えないから、多分ただの偶然なんだろうけどな』と」

「凄い納得」

「文面通りに取るならば、相当にひねくれた方であると思われるのですが、だとすればやはり一度会ってみないことには図りかねますね。それとこれもシンから聞いたのですが、彼女と直接会ったことがあるのはシイナとシンだけなのですか?」

「刹那もリュウもそんな話は聞いてないな。ネアちゃんが会ってるわけもないし、リコも言った通り。トドロキさんはさすがに知らないけど……まぁ、実質俺たちだけだろうな」


 とはいえ接点らしい接点はなく、シンは巻き込まれて俺は付き纏われたという話なのだが。

 アンダーヒルは淡白に「そうですか」と呟くと、下唇の辺りに指を添えて考え込むように俯く。そして不意に何か気付いたような素振りで顔を上げると、


「少し用ができたので先に戻っていてください。昼には戻ります」

「それはいいけど……何処行くんだ?」

「今は秘密です。それでは――」


 アンダーヒルは俺たちに背を向けると、足音一つ立てずに何処かへ消えていった。その背中を見送った後、リコは緊張から解放されたかのようなため息を吐くと、ピョンと跳ねるようにベンチから立ち上がった。


「シイナ、どうせ暇だろう。退屈凌ぎに模擬戦でもやらないか?」

「お前、決闘とかできるのか?」


 決闘はプレイヤー同士で成立するシステムだが、もしかして戦闘用NPCはそこまで実装しているのだろうか――――そう思った直後、リコはとんでもないことを言い出した。


「決闘ではない。近接模擬戦闘(シミュレーション)だ。【未必の故意アクシデンタル・ペイン】を使えばダメージは受けなくて済むのだから、私とて問題はないだろう」


 頭痛がしてくる。


「あのな、俺は今まともに持ってるはずのスキルを全部失ってるんだぞ?」

「何!? そうだったのか……」

「言ってなかったか?」

「初耳だ。なるほど、何故話に聞くシイナとこうも食い違うのか疑問だったが、そういうことだったのか」

「話に聞く……ってああ、そういえばそんなことも言ってたな。で、どんな話だって?」

「動きに無駄はないがスキルを無駄に使いすぎると」


 (ハカナ)さん(ハカナ)さん。何で余計なことは話してるのに、性別の事は話してないんですか。


「ふむ、立ち会いがいないと私たちの戦いはリスキーなものになってしまうか。仕方ない。それでは残り四十三分弱。私の身体でも調整してもらおうか」


 いきなり理解の追いつかないことを言うと、(おもむろ)に自身の胸に手を当てるリコ。追いつかないというとまるで切羽詰まったように聞こえるかもしれないが、何を言っているのかわからなかったからさらっと流そうとしたぐらいの感覚だ。それもあったのだろう。リコが突然チュニックの襟に手をかけ――――ぐっ。


「待て、何故脱ごうとする」

「ん? 聞いていなかったのか? 身体を調整すると言っているだろう」

「そうじゃないっ。身体を調整するって言葉の意味もよくわからんけど、そもそもそこからどうして脱ぐって発想が出てくるんだって言ってんの!」


 今の今までプレイヤーでいうところの肌着(インナー)扱いだと思っていたから、リコのチュニックが脱げること自体にも驚きだが、それ以前にリコの説明不足っぷりに呆れ果てる。


「その……身体の調整ってのは具体的に何をするんだ?」

「所有NPCリストを覚えているな?」

「ああ」

「[Eve the Android Hadaly]が私のフォルダになるのだが、そこからはシイナでも私の身体パーツ交換やパラメータ調整などが行えるのだ。今までは私の戦闘スタイルに合わせてハカナが調整してくれていたのだが、所有者が変わるとデフォルト値に戻ってしまうようでな。外見はともかく、パラメータは誰かの手を借りないと調整できないから、必然的に主であるシイナにやってもらうしかない。今なら誰も見ていないし、何れにせよグランとの約束がある以上今からギルドに戻るのは時間の無駄だ」

「だからって脱ぐ話にはならないだろ……」

「少々大掛かりでな。調整時には服を脱がねばならんのだ」


 仕様が最悪にも程があるぞ、ROL(ロル)の気違い共。


「だからってこんな街中で脱ぐ気か!?」

「今なら誰も見ていないと言っているだろう」

「俺がいるだろッ」

「また馬鹿なことを。女同士で何を恥ずかしがることがある」


 ダメだ。隠しきれない、と言うよりは言わないでおくことができない。ここで黙っていたら間違いなく男として大切な何かを失う気がする。既に手遅れにも近いが。


「べ、別に俺じゃなくたっていいだろっ!? シンはレベルアップの時に戦闘スタイルに合わせてパラメータを振ってるから、俺より詳しいんだしッ」

「……シイナは私の裸体を誰かに晒したいのか? ましてやシンは男ではないか。誤って殺してしまうかもしれない」


 あ、バレたら俺も殺される。


「じゃあ刹那(せつな)とか、アンダーヒルだっているだろっ」

「何をそんなに嫌がるんだ? 言っておくが、どちらにしろ主人の立ち会いが必要なんだ。逃げることはできんぞ?」


 もう勘弁して下さい、ROL(ロル)の皆々様。


「あまり時間を無駄にしてられんぞ。時は時に金と同等の価値を持つが、時を金で買うことはできんのだからな」


 ドヤ顔で格言(?)を披露するリコを前に、俺は頭の中をぐっちゃぐちゃにかき回されているような混乱の最中(さなか)にいた。もちろんこんな状況でまともな案が浮かぶわけもなく、概ね『マズい』という直感的な状況把握で頭の中を塗り潰されていたわけだが。

 そして俺は脳内審議の結果導き出された答えを何の躊躇いもなく実行に移した。


 ――その様はさながら脱兎のごとく――


「お、おいシイナっ、何処へ行くッ! いきなりどうしたのだーッ!」


 リコの怒声にも近い叫びを背中に受けながら、俺は現実逃避するように疾駆した。

Tips:『[魑魅魍魎(チミモウリョウ)]』


 ≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫に所属する技術者で、同じギルドメンバーからはドクターという通称で呼ばれている。FO掌握の際に一人で全システムを支配した天才的な能力を持つが、常識や倫理観、公共の規範に関する認識が薄く、非常に利己的な人間性を持つことから、(道化の王冠(クラウン・クラウン)としての)功績の割にはギルド内での扱いは手酷い。(ハカナ)の気まぐれから始まった『(ハカナ)vs魑魅魍魎(チミモウリョウ)』の決闘外戦闘により自ら自演の輪廻デッドエンド・パラドックスの洗礼を受けてレベル1まで降格したが、その後も一切レベル上げ等をすることはなく、そのこと自体もあまり気にしていない。現実においては二ノ宮(にのみや)時雨しぐれという本名を持ち、元々はFOの開発元であるROLの技術的な外部協力者として一躍有名になった若手技術者だったが、その時にこっそり仕込んでおいた非常口(バックドア)を利用してシステムに堂々と侵入した。

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