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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第二章『クラエスの森―辺境の変人―』
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(7)『これで満足か』

その銃口に狙われた者は自ら口を開くだろう。

恐るべき隠者は正体不明の『物陰の人影』、その恐怖は計り知れない。

「くッ……何処だ、物陰の人影(シャドウ・シャドウ)ッ!」


 早朝のトゥルムの街道に焦りと苛立ちを含んだ叫び声が響く。

 その声の主――リコこと元電子仕掛けの永久乙女アンドロイド・ハダリーは俺の背後を守るように背中合わせに立ち、何処かにいる筈の不可視の敵(アンダーヒル)に対して威嚇するような殺気を放つ。思わず総毛立つ鈍色(にびいろ)の沈黙の中でアンダーヒルの姿を二人で探すが、今の俺に【付隠透(ハイド・シャドウ)】を看破できるだけの手札はない。


「何処だ……何処だ……何処だっ……!」


 キュイィという微かな駆動音に振り返ると、必死の様相で目を見開くリコの瞳――その虹彩が拡大と縮小を繰り返して虚空に視線をさ迷わせていた。おそらくアレがさっきリコが自分で言っていたレーダーなのだろう。しかし、あの様子だとアンダーヒルは見つけられていない。自然に考えれば、アンダーヒルは視覚的に捉われないだけでなく、視界に捉えられない場所――つまり何処か物陰に隠れているというのが妥当だろう。

 とすれば、俺たちも一度隠れるべきか。いや、元より相手は接近に気付くことすら不可能なあのアンダーヒルだ。隠れたところであまり意味はないだろう。

 それなら――――


「リコ、こっちだ」


 俺は咄嗟(とっさ)にリコの手を引いて手近な建物と建物の間に飛び込むと、そのまま路地を抜けて反対側の通りに出る。


「どうする気だ、シイナ」


 若干俺より足が遅いのか、引かれるままについてくるリコがそう訊いてくる。


「アンダーヒルが何を考えてるかわからないからな。取り敢えずそれを――」

「二人とも聞こえますか?」


 俺の言葉を遮って、唐突にアンダーヒルの声が聞こえてきた。場所はちょうど俺の目の前。至近距離とも言える近場で聞こえた声に思わず足を止めた――


輻射振動破殻攻撃バイス・フラグメンテーション!」


 ――瞬間、俺を押し退けるようにして前に飛び出したリコの右手が赤く発光し、その空間を瞬く間に貫く。しかし、そこに手応えらしき反応はなかった。


「無駄ですよ。現在私は100m程離れた位置から【音鏡装置(ミラーミラージュ)】を用いた擬似的な遠距離通話をしていますので。さて、電子仕掛けの永久乙女アンドロイド・ハダリーリコ……私は今、シイナの頭部に狙撃の照準を合わせています。私の裁量次第でいつでも引き金を引けることを理解し、その上で今後の行動の取捨選択をすることをお勧めします」

「くっ……この卑怯者がッ!」


 いや、お前が言うなよ。

 そんなツッコミを口に出す暇もなく、さっきとは逆にリコに手を掴まれて狭い路地に連れ込まれる。


「無駄です」


 ギンッギンッ――――ビュウッ!

 不可解な二度の金属音がしたかと思うと、俺の頬の横を殺気を孕んだ何かが高速で通り抜けて、通りを抜けて反対側の屋根をかすって抜けていく。

 一瞬麻痺した思考を立て直すと同時にぞわりと戦慄が駆け抜けた。

 二度の金属音に入り組んだ路地への射撃。これは跳弾による軌道変化まで計算に入れた次元の違う狙撃技術。弾道がL字型に曲がることから付いた名は自発跳弾射撃(エル・スナイプ)だ。しかも単発ですらまともじゃない高等テクを二度重ねるなんて、最早人間のやれることじゃない。


「今のあなたたちでは、私の狙撃から逃げ切ることはできません。それでは本題に入ってもよろしいでしょうか?」

「本題だと……!?」

「再度質問します。リコ、あなたは他者に対して嘘が吐けないのではありませんか?」

「……」


 アンダーヒルの質問に対してリコは葛藤するような表情のままに沈黙を貫き、答えようとはしなかった。


 バキンッ!

 十秒後、目の前の街道沿いに立っていた街灯が不意に千切れるように弾け飛ぶと、リコの表情に戸惑いと怯えが生まれる。


「応えてください、リコ」


 これは脅迫――――アンダーヒルは『答えなければお前の主人であるシイナを殺します』とリコを脅しているのだ。

 当事者でありながら蚊帳の外に追いやられた俺は、俯いて表情を固くするリコを横目で見守るしかなかった。


「次はシイナを狙います」

「っ!?」


 アンダーヒルの実質的な最終勧告を受けると、リコは一人で街道に飛び出し、そして拳を強く握り締めて叫んだ。


「何故シイナを巻き込む! 撃つ気なら私を撃てばいいだろうッ」

「必要で、重要だからです。少なくとも私には、あなたが嘘を吐けないことを隠しておこうとする以上に重要です」

「っ……」

「何故執拗に隠そうとするのか、その理由までは見当もつきませんが、私は一切の譲歩及び容赦をするつもりはありません」


 そう言うアンダーヒルの声には迷いも(よど)みもなく、同時に何処からか響いてきたガジャコというノッキング音が本気であることを示していた。


「十秒待ちます」


 アンダーヒルがそう言ってから訪れた喉奥に金属の塊を落とし込まれたような緊張に俺が耐えきれなくなる頃、それを知ってか知らずか肩の力を抜くように息を吐いたリコは(おもむろ)に天を仰いだ。


「……その通りだ」


 少しだけ空気が和らぐ。


「私は嘘を……事実を偽ることができない。物陰の人影(シャドウ・シャドウ)、貴様の言った通りだ」

「いや、お前俺と戦った時、全然違うことばかり言ってただろ」

「偽ることはできずとも隠すことはできる。私の『嘘』は事実の一部、あるいは全てを隠した結果『嘘のように聞こえるモノ』でしかないというわけだ。【潜在一遇(アンダー・グラウンド)】の効果範囲『フィールド内のオブジェクト』も『フィールド内の可変オブジェクト』という事実を隠せば『フィールド内の不可変オブジェクト』となる。基本的にはそういうことだ」


 それも十分嘘の範疇だろ――――とも思うが、事実に反したことを言うのが嘘だとすれば確かにリコは嘘を言っていないことがわかる。しかし定義の差異によって変化してしまうものなんて、わざわざ言及するほどのことでもないだろう。


「それでは次の質問です。不本意ながら刹那(せつな)から裏をとるよう依頼を受けましたので、その件で少しだけ。あなたは『双極星(アルファ・ツインズ)』の[イヴ]及び[(シロガネ)]に真実何もしていないのですか? 十秒以内に答えてください――――十」

「なっ……! 何故それを私に、それにこんなやり方をする必要はないだろうっ。本人に連絡をとればいいではないか!」


 リコはアンダーヒルが気に入らないのか、再び周りを見回し始める。


「私は彼女らと面識がないため、直接コンタクトをとれません。それ故、『嘘のつけない』あなたに自発的な協力姿勢をお願いしています――――九」


 脅迫じみた暴挙に出てるくせにそれを言うのか、アンダーヒル。


「さあ、包み隠さず事実を明言してください。あなたに嘘がつけないのなら、事実確認はそれで十分です――――七」

「……あの時トゥルムで≪アルカナクラウン≫と接触したのは[イヴ]であり、私ではない。私は彼らをゲームオーバーにするほどのダメージを与えてはいない」

「それだけではないでしょう。続きをお願いします――――五」

「くっ……[(シロガネ)]を亡國地下実験場(メガロポリス・エデン)に監禁し、[イヴ]を脅迫して貴様らを呼び出したといっただろう。確かに言うことを聞かせるため多少は痛め付けたがそれだけだ。二人は既に解放しているし、それ以降の接触もしていない! 自演の輪廻デッドエンド・パラドックスによるレベルの降格はしていないはずだッ。これで満足か!?」

「はい」


 不意に今までとは質の違う声が背後から聞こえ、俺は思わず飛び退(すさ)りながら背後に振り返った。


「手荒なことをして申し訳ありません、シイナ、リコ。決闘は[中断]します」


 いつのまにか後ろに立っていたアンダーヒルは俺とリコが振り向いたのとほぼ同時に俺たちに向かって深く頭を下げた。しかし怒りが収まりきらないのか、リコはアンダーヒルの胸ぐらを掴んでくってかかる。


「これは何の真似だ!」

「お、おい、リコ。落ち着けって」

「有り体に言えば、あなたを試しました」


 リコの馬鹿力はアンダーヒルの華奢な身体を持ち上げてしまうには十分だったが、地から足が離れてもアンダーヒルは抵抗せず、かといって苦しむ様子もなく坦々とした態度でそう言った。


「リコ。あなたは元敵陣営という立場上、明確な秘密を持つことは(いず)れ混乱を招き、あなたと周囲との関係を――()いては組織全体を瓦解させる可能性がありました。それを防ぐ目的であなたが隠していたことを複数人数の前で明言させる必要があった。嘘をつけないという事実がはっきりしていれば私はあなたからの情報を暫定的に信用することができる。自分なりに分析した結果、あなたには負けず嫌いなところがあり正攻法では不可能あるいは期待値が低いと主観的に愚考した結果の行動です。まだ何か含むところがあるなら改めて謝罪しますが、如何(いかが)しますか?」


 アンダーヒルがそう言った途端、リコは不意を突かれたように目を見開いた。そして自然とアンダーヒルから手を放し、ゆらりとよろけるように後退(あとずさ)った。


「えっ、と……」


 急に善意から来るものだと気付かされて狼狽えるリコは俺の方に助けを求めるような視線を送ってきた。『そんな目で見られても俺にはどうしようもない』という意図を視線に乗せて送ってみるが、リコは気付く様子もなく以前空気は気まずいままだった。

 鈍いな、リコ。


「サンキューな、アンダーヒル。うちのリコの心配してくれて」

「誰が貴様のリコだ、シイナっ」

「そこで否定ッ!?」


 ていうかツッコミどころそこかよ。


「あ、いや、そうではなくて! えっと……そ、そうだ! アレだ、アレッ。その……アレだよ、なっ!」


 テンパるな。


「そもそもシイナが、がが、がぴぃ……」


 ついに何故か顔を真っ赤にしたリコが、まるでオーバーヒートしたかのように口から黒煙を上げ始めた。


「落ち着いてください、リコ。既に発言が言語の体裁を整えてすらいません」


 リコとアンダーヒル。

 今考えるようなことではないのかもしれないし、そもそもアバターの向こう側の現実に確かに存在しているだろう彼女に対して失礼なのかもしれないが――――この二人で比べたら、どう考えてもアンダーヒルの方がアンドロイドのイメージに近いだろ。


「なあ、アンダーヒル」

「何でしょうか」


 頭に浮かんだ一抹の不安からアンダーヒルに耳を貸すようジェスチャーを送ると、アンダーヒルは無言で首を傾げつつもフードを後ろに落として歩み寄ってきた。

 俺は一瞬躊躇いつつも、アンダーヒルの耳に口元を寄せ、


「嘘をつけない、すらも嘘だったらどうするんだ?」


 確かめるようにそう訊ねた。ここまで来てリコを信じないわけではないが、聞いておかなければならないと思ったのだ。

 するとアンダーヒルは静かな瞳で俺の顔を見詰め、微かに笑ったような気がした。


「私は情報家。望まれることも疎まれることもままありますので、常に保険を用意した上で行動するよう努めています。万が一懸念している事態になれば、私が彼女を()()します」


 そう言った彼女の目はゾッとするほど冷たく、(およ)そ感情と言えるものを感じられなかった。

Tips:『輻射振動破殻攻撃バイス・フラグメンテーション


 機械系戦闘介入型NPC“電子仕掛けの永久乙女アンドロイド・ハダリー”の右手に内蔵された微細に超振動する波動光を発生させる近接専用特殊兵装、またはその兵装を用いた攻撃の通称。使用時には赤い波動光と高熱によって接触した物体の表面を削るようにしてその内部に物理的なダメージを与えることが可能で、金属製の機械系モンスターの装甲や硬い外骨格を持つ大型の幻獣系モンスター等の外皮をも貫通し、攻撃するオブジェクトの物理防御率を無視したダメージを与えることができる。基本的な近接攻撃型の他、無差別拡散型の攻撃方式“波動拡散(スプレッド)”を持ち、振動によって掌から放出した高熱源のエネルギー塊を周囲に拡散することで攻撃することもできる。

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