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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第二章『クラエスの森―辺境の変人―』
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(6)『勘違いするな』

寂れた街の様相に終わった世界を想起する。

だが、望みを捨てるにはまだ早い。必ずその時は、そして待ち望む未来は訪れる。

ただ今は、休息の時。

「毎度ありぃ」


 グランの店から少し離れたところにある最寄りの雑貨屋≪ステンドパール≫で有り余るリコの戦果の一部――人造合成獣(マテリアル・キメラ)電子人形(アンドロイド)系の素材を纏めて換金すると、俺はリコとアンダーヒルの待つ店の外へ出る。


「不足分は賄えましたか?」

「ああ、何とかなったよ」

「ナニ、足りずとも稼いでくればよかっただけの話だ。これだけの面子が居れば、然程難しくはないだろう」

()(かく)一先(ひとま)ずは一安心ですね」


 アンダーヒルが静かに息を吐いた。(おもて)には微塵も出ていなかったが、一応心配してくれていたらしい。


「思いの(ほか)時間が余ってしまいましたね。何処かに足を運びましょうか」

「まあ、元々散歩がてらだったし。リコ、何処か行きたい所は――」

(ハカナ)の所」

「――よし、お前に聞いた俺が馬鹿だった。取り敢えず黙っててくれ」

「とは言え、今の状態では何処に行ったところで大した違いはありませんが」


 黒い包帯(ブラックバンデージ)の下から覗く左目の黒い瞳が、見慣れた街並みに物憂げな視線を送る。

 周囲にNPCの店や大小のギルドハウスが並び立つ石灰色のレンガ造りの街道。

 いつもなら塔攻略組や古参だけでなく観光目的の中堅層プレイヤーたちで(にぎわ)っているフライハイトの中心街は今やひっそりと静まり返り、そのせいか日の光すら(かげ)って見えた。

 グランの店を訪れる際もわざわざ別の地区を通って様子見をしてきたのだが、どうやらトゥルム在住のプレイヤーほぼ全員が家に閉じこもっているようだった。


「周囲フィールドの要求レベルが低い街はトゥルムほど閑散としていないようです」

「ここにはトップ・ハイクラスランカーが多いからな。納得はできないけど、理解くらいはしてやれると思う」


 これまで育成に精力を注いできた者ほど初期レベルへの降格を恐れ、フィールドどころか比較的安全圏であるはずの街にすら出なくなっている。そういう者ほど戦力になるのに――言ってしまえばこの街にいる全てのプレイヤーが同時に同じ層の攻略に挑めば五百層到達なんて二ヶ月もあれば達成できるだろうに。そう考えてしまうと、今の状況が非常に歯痒い。まして彼らの心理がわかるだけに強引な策も取り辛いのだ。


「フン。人間など所詮この程度か。合理的な判断が何故できない」


 リコが吐き捨てるようにそう言った途端、アンダーヒルの視線がリコに向いた。あまりにも自然な制体だった上、すぐに視線を路上に落としたためにリコはその視線に気付かなかったようだが、アンダーヒルは何かを思案するように無言で佇む。


「まあ、仕掛けた側のお前が言うなよ」

「あ(いた)


 リコの額に(たしな)める程度の手刀を軽く叩き込むと、リコは思いの外痛がってその場にしゃがみこんだ。


「やっぱりもっと強く訴えかけるべきだと思うか? ≪アルカナクラウン≫のネームバリューなら、大規模ギルドの幾つかは動きそうな気もするんだけど」

「いえ、おそらく初期段階はこうなると思っていましたので問題はありません。寧ろ、今すべきことは徹底した攻略専心の姿勢を見せることです。≪アルカナクラウン≫はネームバリューはありますが、所詮小規模ギルドでしかありませんので、ミッテヴェルト攻略に於ける総戦力ではやはり他の上位ギルドに劣るでしょう。かといって攻略経験は群を抜いていますので、無理に増員する必要もありません。三、四ヶ月も経てば攻略に賛同する者も増えるでしょう。(ハカナ)と敵対関係にあるのは≪アルカナクラウン≫だけではありません。私たちは私たちが今できることをすべきなのですよ、シイナ」

「まあ、そうなればいいだろうけど、さすがに気楽すぎないか?」

「深刻に考え過ぎて自己完結するより幾分かましだと思いますが」

「それもそうか」


 アンダーヒルの言い方に何故だかくすと笑いそうになったのを誤魔化すように歩き始めると、リコとアンダーヒルも追いついてきて俺の両隣を歩き始めた。


「そう言えば、午後から『白夜の白昼夢トリック・オア・デイドリーム』を探しに行くんだってな」


 昨日シンから聞いた予定を退屈凌ぎの雑談として振ると、右隣を歩くアンダーヒルがピクッと揺れ、あまり好意的には思えない反応を示した。

 若干心臓に悪い。


「ど、どうかしたか?」

「いえ。悪気はないのでしょうが、その言い方ではあなたが他人事のように捉えているように誤解されますよ、シイナ」

「ああ、そんなつもりはなかった」

「それは構いません。しかし、あなたは何故()()のことを二つ名(エイネーム)で呼ぶのですか? 彼女とは面識があるのでしょう?」

(まこと)に残念ながら」


 即答する。

 ベータテスト期間中、主に(ハカナ)・リュウ・シンと共闘していたのだが、四ヶ月という幅の中で誰とも時間帯等の予定が合わない時も当然あった。そんな時、よく(つる)んでいたのが(のち)に『白夜の白昼夢トリック・オア・デイドリーム』として万人に悪名を轟かせる[アプリコット]だったのだ。

 最初の出会いは巨塔より遥か東にある始まりの町と称されるアンファング――――そこでアプリコットと他のプレイヤーの言い争いを仲裁した時だった。

 一方的にアプリコットのマシンガントークをもう片方が顔を引き攣らせて受けているだけのアレが果たして言い争いと言えるのかどうかは甚だ疑問だが、それ以来何故かあの変人に妙に懐かれてしまっている。周りからしたら懐く懐かれたという関係ではないのだが、本人がそう言い張っているのだからいちいち否定することじゃないだろう、と放置を余儀なくされていた。

 しかし、本サービスが始まった辺りから彼女の姿を見る頻度は少しずつ少しずつ少なくなり、半年経った辺りからは目撃情報もぱたりと途絶えてしまったため、ログインすらしていないのだろうと思っていた。その事を若干寂しく思ってもいたから、まさか同じく閉じ込められているなんて頭を(よぎ)ることすらなかったのだ。


「その様子ですと、若干彼女に苦手意識があるようですね」

「アイツに苦手意識持たない奴なんて、この世界に存在しないと思うぞ。勿論現実的(リアル)な意味で」

「私は会ったことがありませんが、評判を聞く限りは確かにそう評されて然るべき人物であることは確かのようですね」


 意外だな。アンダーヒルならあんな目立つ属性の変人を見逃すはずもないと思っていたのだが、あるいは接触のタイミングを逃していたのかもしれない。奇怪レベルで神出鬼没な奴だからな。

 それにしたって五日前からたまたまこっちに来ていたなんて、幸運だけでなく不運にまで好かれているようだが。


「ん? ……()()()?」

「どうかしましたか?」

「アイツがまた現れたのは五日前からだって、昨日シンから聞いたんだけど」

「今日を基準にすると六日前になりますが、昨日の時点では確かに五日前です」


 こっちに閉じ込められてから今日で夜を二度経てちょうど三日目、現実世界で火曜日に当たるだろう。つまり六日前は現実世界では木曜日ということに――。


「それ、サーバーダウンの直前……? ちょっと待て、アンダーヒル。まさか――」

「この事は六人に話しましたが、その点に気付いたのはシイナだけです。やはり察しのいい人は気疲れしませんね」

「アイツも関係してるかも、って話だよな。それって……」

「はい。しかし、これに関してはあまり心配する必要はなくなりましたが」


 そう言ってアンダーヒルの視線が泳いだ先にいるのは、トゥルムの街並みに心を引かれるように見回しているリコだった。


「なるほど」


 つまり≪アルカナクラウン≫の仲間としての『リコ』ではなく、≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫所属していた本来敵であったはずの『イヴ』。話さないまでも敵の内情を知っている彼女のことを示唆しているのだろう。でもリコは≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫のことは他言しないと宣言しているはずだが――。

 そんなことを考えていると、不意にリコが「勘違いするな、物陰の人影(シャドウ・シャドウ)」とやや怒気の含まれた声で言い放った。


「私は何も喋らない。たとえ主人たるシイナに命令されようともかつて仕えた主人の不利益になるような事は何ひとつな」


 そう言ってリコはアンダーヒルを睨み付けるが、しかしアンダーヒルはリコの敵意に満ちた視線を涼しげに受け流すと、


「昨晩、シイナの会話ログを基にして分析していたところあなたに関して興味深いことに気付き、結果、ある仮説が立ちました」

「……貴様、何を言って――」

「“電子仕掛けの永久乙女アンドロイド・ハダリー”イヴ、あなたは嘘が吐けないのではありませんか?」


 リコの頭頂やや前よりの位置で跳ねているアホ毛がピクンと本人よりもあからさまな反応を見せた。

 こんな時になんだけど、コイツ身体の設定構成間違えてるだろ。確かに半分俺が指示したようなものなのだろうが、ただでさえ蓮っ葉なわかりやすい性格の上、動揺が表に出てしまっている。

 だが――


「――それはないと思うぞ、アンダーヒル。確かにフェイントっぽいのはあったけど、俺は色々と騙されたわけだし」

「いえ、私が把握している限り彼女は今までに嘘を吐いたことはありません。彼女の言動をひとつひとつ挙げればシイナならすぐに理解できるはずですが、彼女の言葉を借りればシイナを含めた私たちは『勝手に騙された』だけなのです」

「それってどういう……」


 アンダーヒルはそこで一度言葉を切ると、心の奥まで見透かそうとするかのようにリコの瞳をまっすぐ見詰めた。


「リコ、あなたは有限の選択肢に対し最も合理的な判断に基づく思考判断しかできない――――そうですね?」

「貴様わざと小難しい言い方をして……まあいい。確かにその通りだ」


 元々コンピュータは寄り道や遠回りにあたることをするのは苦手なのだ。リコがそこまでコンピュータの性質に忠実かどうかは疑問視すべきだろうが。


「シイナ、私が今からあなたに決闘を申し込みます。私を信じて、その決闘を承認して下さい」

「え、決闘?」


 話が変わったのか?

 俺と同じように当惑している様子のリコを後目(しりめ)にアンダーヒルがウィンドウを操作すると、その直後目の前に決闘を承認するかどうかのシステムメッセージウィンドウが現れる。


「唐突だな……」

「少し試したいことがあるのです」


 アンダーヒルの言葉に後押しされ、躊躇わず[受ける]のボタンに手を伸ばす――


「待て、シイナッ!」

「え?」


 ――その瞬間、リコが制止の声と同時に俺の腕を掴んだものの、コンマ一秒早く人差し指がそのボタンに触れていた。


『[アンダーヒル]さんからの決闘を受けました。ルールは時間無制限・1pt先取・各種制限なし。決闘を開始します。』


「1pt先取……ってどちらかのライフが0になるまで……!?」

「【付隠透(ハイド・シャドウ)】」


 混乱する俺に冷ややかな目を向けたアンダーヒルの姿は『黒鬼避役(ハザード・カメレオン)』のようにスーッと姿を消した。

Tips:『アンファング』


 FOフロンティア東の辺境にある小さな街。FreiheitOnlineに最初にログインした新規プレイヤーが出現する固定ポイントに指定されていることから通称“始まりの街”と呼ばれ、街周辺の出現モンスターレベルの割には様々な施設が揃っているため、初級から中級までアンファングの周囲に拠点を構えるプレイヤーは多い。

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