(5)『ビジュアルサンプル』
新たな装備。新たな戦いへの備え。
馴染みの頑固な職人は自信を讃えた笑みで魂を込めた仕事を披露する。
どんな環境でも必ず心踊るひとときはあるものだ。
「何サボってやがる、この給料泥棒ッ! とっととキメラ・レオ、ボア、イーグルのViS探して持ってこい!」
まだ目も覚めきらないトゥルムの一画に朝っぱらからグランの怒声が轟く。
ただでさえボロい工房一体型のグラン・グリエルマの建物は戦きでギシギシと軋み、天井からはパラパラと埃混じりの塵が降ってくる。俺やリコですら思わず怯むほど怒気の込められた声に全くの無反応を貫くアンダーヒルも別の意味で心配だが、この店色々と大丈夫か。
閑話休題。
グランの言葉から薄々想像もつくだろうが、怒られているのは俺たちではない。グラン・グリエルマに住み込みで働いているらしい、コルという名の少年だ。工房で何かの雑務を任されていたのだろうコル少年はグランの呼び掛けに答えなかったばかりか工房で寝入っていたらしい。そこを痺れを切らして工房に見に来たグランに見つかり、今の大噴火である。
「ったく使えねえくせに飯だけはしっかり食い散らかしやがる。ちっとは嬢ちゃんたちを見習えってもんだ、穀潰しめ」
「まさか弟子とったのか?」
ぶつぶつと文句をこぼしながら工房の入り口から出てきたグランに訊ねると、グランは「んなわけねえだろう」と即否定した。
「アイツぁ、ただの小間使いだ。あんな奴を弟子にとるくらいなら、その辺のカラスを弟子にした方がよっぽど賢いだろうよ」
この世界にマトモなカラスは存在しないけどな。
「あれ? でも前はフランとか言う男の子がいたんじゃなかったっけ?」
「あの小僧なら泣き言言いやがったからこの間クビにした」
NPC同士でそんな裏エピソードまで作り込む必要あったのかよ。確かにグランのキャラを考えればこのくらいのトラブルがあった方がいいのだろうが、もっとやる気に満ちた真面目で努力家の鍛冶職人見習いが一人いればそれで十分だっただろ。
コル少年を待つ間に古い大きな砥石をカウンター下から取り出したグランはそれを脇の作業台に乗せて作業灯を点けた。そして徐にアンダーヒルのソードブレイカーを手にとると、一度その刃を光に翳して研磨を始めた。
途端――――ドンガラガシャーンッ!
突然工房の方から喧ましい崩落音が聞こえ、グランのこめかみにピシリと血管が浮き上がった。
「ちょいと待っててくれや」
「「「………………」」」
俺を含めた三人が黙ってこくりと頷くと、グランは熊でも倒しに行くのかという殺気を全身から立ち上らせながら工房の中へと入っていった。
「無事を祈るぞ、コル少年……」
ドア一枚隔てた工房から轟く怒声に思わず溜め息を吐いたその時、急に腰布がくいくいと引かれた気がして振り返った。
その犯人はやはり、何か言いたげな瞳で見上げてくるアンダーヒルだった。
「……」
何かを言ってくるのかと無言で応える。
「……」
しかしアンダーヒルは〈*フェンリルテイル〉装備の腰布を摘まんだまま、微動だにせず無言を貫いていた。
工房から聞こえてくる怒声を聞き流しながら、ここの二人は何をやっているのでしょうね。我ながら。
「……どうした、アンダーヒル」
「何故人造合成獣系の素材を持っているのですか?」
「キメラ・レオ、キメラ・ボア、キメラ・イーグルは亡國地下実験場第三層『人の手は神能に届くか』に出現するモンスターです。昨日は第三層に赴く余裕はなかったはずですので、不都合がなければ説明をよろしくお願いします」
確かにこのことは何も知らせてなかったからもっともな疑問だろう。
「不都合がなければって……いずれにしてもお前なら聞き出そうとするだろ」
「必要であれば情報料として対価を支払いますが」
「いや、別に隠してるつもりじゃないし、とりたてて隠すほどのことでも……って一応今のところは誰も知らない情報ってことになるのか、これ……ん? アンダーヒル、今何か目が光っ――」
「私に可能なことであれば何なりとお申し付けください」
「既にキャラ違うんですけど!?」
ここまでの反応を見るのは初めてだったが、トドロキさんが言っていた通りここまで来ると凄まじい諜報マニアだな。
「リコたち戦闘タイプのNPCには、“ローカル・ストレージ”ってのがあるらしい」
「名前から察するにドロップ・ストレージと同種の物でしょうか」
さすがアルカナクラウンでデフォルト一人無双のアンダーヒル。一しか説明してないのに既に六辺りまで理解してらっしゃるようです。
このゲームでは基本的に敵モンスターを倒しても即時ドロップアイテムを手に入れられるわけではない。手に入れたドロップアイテムは一時的にフィールド内限定で有効な専用のアイテムボックス――ドロップ・ストレージに自動的に収納され、フィールドを出た時点で一括で受け取るという少し珍しい仕様になっているのだ。フィールド内で戦闘に集中できるという利点が大きいが、狙ったアイテムを集めに来た時などはフィールドを出たり入ったりしなければ確認できないため一長一短のシステムである。
そして今俺が口にしたローカル・ストレージというのはNPC版ドロップ・ストレージとも言える代物で、所有するNPCが倒した敵のドロップアイテムはフィールドを出た際に主人のドロップ・ストレージと共有されるらしい。
とは言え、俺もリコから昨日聞いたばかりなのだが。
それらの説明をしていると工房の扉が開いて、グランがブツブツ何やら呟きながら戻ってきた。
「後ほどリコにも訊いてみます」
「そうだな」
グランが脇に抱えていた桐箱を見て、俺とアンダーヒルは早々に話を切り上げる。既に本旨の部分は話し終えているし、アンダーヒルならリコからうまく聞き出すだろう。
「最近の若ぇのは使えん奴ばかりで困る」
「最近の若者としては耳が痛いな」
「そうなのですか」
「お前どっち側なの、アンダーヒル」
「影の嬢ちゃんくらいまっとうな奴がいてくれると助かるんだがね。さて、仕事の話を始めよう」
グランは持ってきた桐箱三つを横に並べると、探偵が謎解きを始める時のような前振りをした。
「コレがそうだ」
桐箱の蓋が開けられ、外れるようになっている側板が取り払われると、中から綺麗に彩色された人形――ビジュアルサンプル、通称“ViS”が現れた。
大抵は高さ30cmほどで、武器や防具などの装備品を扱う一部の店でそれを身につけた際の全体像や個々の装備の造りを確認する目的で使われている。つまり細かい説明を全て排除すれば、マネキンのような使い方をする精巧なフィギュアなのだ。
見るだけで防具を確認できるのはそれなりにわかりやすいし、下手に実物を出されるよりコンパクトだ。ミニチュアとはいえ触れられるというのは大きく、平面的な写真だけで構成されるカタログなんてものはそもそも存在すらしていなかった。
職人によってポーズや演出が異なるのだが、グラン・グリエルマで使われているViSは全てグランが自分で作ったものらしい。正直いい年した爺さんが大真面目な顔でフィギュアを成形している姿なんて想像したくもないのだが、さすがはFOフロンティアでも屈指の装備職人だけあってこちらの出来も群を抜いている。
「防具の名前は〈*合成獣鎧〉シリーズの獅子・巨猪・神禽。こう言うのも何だが、性能は普通だな」
とりあえず独断でレオ装備は論外認定させてもらおう。
頭に獅子の被り物をするのは、かの英雄ヘラクレスだけで十分だ。頭装備と言うものがないこの世界で頭にまで影響している装備は珍しいが、どうも実用には向かない気がする。〈*ハイビキニアーマー〉ほどではないにせよ布地の量も少なめだし、幼児体型のリコに似合うはずもない。
「何か無礼な気配がしたのだが」
店の中を興味深げに回っていたリコが何かを察したようなタイミングで戻ってくる。
無礼な気配って何だよ。
「リコ、この中ならどれが許容範囲? いや、まあ聞かなくてもだいたいわかるけども」
「人間は聞かなくてもわかることをわざわざ尋ねるのか?」
主に後々責任問題になりたくないという理由だが。
レオも身に着けるには相当の覚悟が必要だが、個人的にはその隣のシルワティクス装備もあまり着たくはない。確かにやたらにゴツいアメフトか何かの防具に似た外見も相当抵抗があるのだが、そもそも戦闘スタイルの関係から重武装とは相性が悪いのだ。
これは似たような戦いをするリコも同じだろう。
それに比べてアクィラ一式は断然マシだ。
膝までいかない程度の簡素なスカートにレザーシューズ、上は肩と脇腹が露出したチュニックのようになっている。科学の街のモンスターを素材にしているくせに微妙に何処かの民族の伝統装束っぽいデザインだが、素材に合わせた白磁器っぽい光沢の色調はリコにも似合うだろう。
「とりあえずはこのアクィラで賄うか。グラン、アクィラ装備に必要な素材はこっちの手持ちで足りるか?」
店内管理のウィンドウを開いたグランは[素材受け取り]画面から俺のアイテムボックス内を確認し始める。
「全部揃ってるようだな」
「防御率はまあ問題ないだろ……。コレのスキルは?」
「メリットスキルが【神風の守護】、【鷹の目】、【有翼飛行】。デメリットが【同族嫌悪】だ」
【同族嫌悪】は同系統種族のプレイヤーへのダメージ等を弱体化させるデメリットスキルだ。
「NPCが装備したらどうなるんだ?」
「NPCを相手取る時にステータスのマイナス補正を受けるはずだ」
言わせておいてなんだけど、NPCがNPCとか言うのってどうなんだ。
「アクィラ装備に決めるけどそれでいいか、リコ」
「この防具ならば私の方から特に文句はない。私の戦闘スタイルを考えればもう少しスカート丈が短い方がいいのかもしれないが、この程度なら問題はないだろう」
「じゃあ、決まり。グラン、〈*アクィラ〉一式よろしく。それと……もしかして防具を犬に装備させた時のビジュアルサンプルもあったりしないかな」
「ああ、あるぞ」
あるんかい。こっちから訊いといてなんだけどあるんかい。
「とりあえず犬用のキメラ装備も見せてくれ」
「お安い御用だ。コルッ!」
そして精神的にボロボロになっている様子のコル少年が持ってきた犬のビジュアルサンプルを吟味した結果、『バスカーヴィル』用に〈*合成獣鎧・獅子〉も受注した。
犬専用の物があるかとも思ったのだが、普通にプレイヤーが装備できる物らしい。バスカーヴィルのような例外の場合は装備時に自動で形が調整されるのだとか。
「さっき頼まれた調整研磨と完全分解掃除に一式二組……しめて380300オールだ。影の嬢ちゃんは150オール。二時間で用意しておくから二時間後にまた来い。素材はアイテムボックスから差し引いとくからな」
現在の所持金、3653オール。足りるわけがない。使わなかった素材を売る以外に金を手に入れる方法はなさそうだ。
こうして装備を二つとも預けてしまった俺は〈*永久の王剣エターナル・キング・ソード〉の重さによろけつつも、二人を連れて店の外に出たのだった。
Tips:『オール』
FO内における唯一の通貨単位で、フランス語の『金』に由来するため用語としての綴は“Or”だが、単位記号として表記する際は頭のOと数字の0が紛らわしいため、ゲーム内では『.r』と表記することが多い。余談だが、タイトルのFreiheitがドイツ語由来であるに対し、基本通貨がフランス語から取られているのは英単語の全て(All)とかけて『金こそ全て』との暗喩が隠されているからではないかという考察がされていたが、公式はまったく解答していない。




