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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第二章『クラエスの森―辺境の変人―』
56/351

(1)『危険地帯-レッドゾーン-』

疲労困憊、眠気に負けて、目覚めてみると風呂の中。

目の前にはきらめく柔肌、そこは楽園いやいやまさか。

そこは単なる危険地帯。

(つか)れた……」


 お昼前に収束した電子仕掛けの永久乙女アンドロイド・ハダリーの一件からおよそ五時間が経った頃――。

 刹那は≪アルカナクラウン≫ギルドハウスに帰ってくるなり、一階エントランスホールの壁際に寄せるように据えられた三人掛けのソファの一つに倒れ込んだ。


「おい、刹那……だらしないぞー……」

「っさいわね……鏡見てっ、言いなさいよっ……!」


 刹那の寝転がるソファの隣に据えられた一人掛けのソファ――――俺はその背凭(せもた)れに体重を(ほとん)ど預けるようにして座っていた。


「アンタっ……『はしたない』って言葉……知らないのっ……?」

「知ってるよ……」


 俺は睨み付けてくる刹那に何とかそれだけ返すと、()()()()だった足を閉じ、肘掛け(アームレスト)に両腕を置いて座り直す。

 それを見た刹那は上気(じょうき)した顔を隠しつつ、汗を拭うように右手の甲を額に当て、同時に左手で金属製の胸部装甲をひっぺがした。そして、その下に着けていたシャツの襟をパタパタと振り、服の中に涼風を送り込んでいる。

 仮にも男の前でそれははしたなくないのか――――とでもツッコんでおきたいが、基本的に男扱いされてはいないのだろうと自己完結で(とど)めておく。

 誰だって命は惜しい。

 閑話休題(それはおいといて)

 それによくよく考え直してみると、無理もない話だ。

 早朝からアンデッド系三種との群戦、魔犬の群隊(バスカーヴィルズ)との死闘からの、帰り際には“凱旋の慚愧(グレイブサム)”戦があった。

 続いて、かの鬼畜フィールド“亡國地下実験場(メガロポリス・エデン)”へ急行し、俺への罰と称した暴力で無駄に体力を浪費。その直後、大廃亡國都市(メガロポリス)内で俺と共に他とはぐれてガードロボ群――エンフォーサーとスティンガーに囲まれ、何とか帰った後に待っていたのは予定通りのリュウとシンのお仕置き。

 そして、満を持して向かった第二百二十四層の攻略及びボス戦。

 これだけ過密で苛酷なスケジュールになってしまったにも関わらず、刹那は昨晩一睡もしていないのだ。パラメータ上のSP(スタミナ)消耗だけではなく、睡眠不足による制限(オブス)、精神的な疲労が重なり、体調にもかなり影響が出ているはずだ。

 勿論、俺は刹那のこなした戦闘に加えて、地獄の番犬(ケルベロス)電子仕掛けの永久乙女アンドロイド・ハダリーとも戦っているのだが、疲労というただその一点に関しては大した消耗はないのだった。

 ちなみに第二百二十四層のボスは予想されていた“両面宿灘(リョウメンスクナ)”ではなく、全身からどす黒いオーラを立ち上らせる鬼面の西洋騎士――――“心亡き慚愧(ブレードオゥガ)”という名のアンデッド系闇属性モンスターだった。

 塔のボスにしてはさほど強いわけでもなく、まだステルス迷彩(カム)の能力を持つ“黒鬼避役(ハザード・カメレオン)”の方が厄介と言えば厄介だった、というのが戦闘を終えての感想だ。見た目以上に意外とタフで打たれ強く、討伐に時間がかかってしまったが、結果だけ見れば上々――幸先(さいさき)のいいスタートを切れた結果になった。

 その代償として俺と刹那の今の疲弊っぷりに至るのだが、驚くことにトドロキさんとアンダーヒルは先に次層の情報収集をしてくると言って再び塔に出向いていった。

 あの二人の既に異常の域に達しているタフさは、単純なSP(スタミナ)値だけに起因するものではないと俺は思う。

 ふと俺が隣のソファに視線を戻すと、刹那は既に穏やかな表情で静かに寝息を立てていた。無意識の内に寝てしまう――つまり寝落ちするほど疲れていたのだろう。


「大丈夫か、シイナ?」


 何処か尊大な語調でそう言うのは、(くだん)のNPC――――電子仕掛けの永久乙女アンドロイド・ハダリーだ。

 現在時刻は夕方の四時頃。

 昼頃に刹那にボロボロにされていたリュウとシンは、半ば逃げるように出ていってからまだ帰ってきていないみたいだ。ネアちゃんの姿が見えないのは部屋にいるからか、あるいは俺たちが塔の攻略に向かった後にリュウとシンが戻ってきて連れ出したか。

 何れにせよ三人にメッセージを送った方が早いだろうが、一応メイドにも聞いておいた方がいいだろう。

 リュウやシンに行き先を伝えておけるほどの気遣いができるとは思えないが、細やかそうなネアちゃんなら可能性はある。

 と思ったのだが――


「ハダリー、その辺とか上の(ロビー)に誰かいないか?」

「少なくとも上やエントランスホール周辺には動体反応はないが」


 ――聞くこと自体が無理だった。

 メイドにも連絡を取ることは可能だが、そこまでするぐらいなら本人たちに聞いた方が手間が一度で済んで早い。

 それにしても、ハダリーの索敵機構(レーダー)はそんなことまでわかるのか。同じNPCでも、生身のメイドたちにはそんな能力はない。さすが機械と言うべきか。


「探してくるか?」

「いや、いい。それよりお前、メッセージとか打てるか?」

「私の方にそのシステムはないが、シイナの方でメッセージフォームを用意してくれれば代打ちくらいはできるぞ」

「おし、任せた」


 ハダリーがすたすたと近くまで寄ってくると、俺は疲労で動きの鈍っている腕を何とか動かしてメッセージフォームを開く。

 すると――――すたすた、ぽん。


「何と書けばいい?」

「待て」


 いきなり俺の座っているソファの肘掛け(アームレスト)に――しかも俺の手すら下敷きにしかねないくらい躊躇(ちゅうちょ)無しの様子で腰を下ろしたハダリーに、思わず制止(ストップ)をかける。


「どうした、シイナ」

「振り返るな、近い近い」


 俺より身長の低い――具体的には明らかに身長百五十センチ以下のハダリーが俺の膝よりやや高い程度のアームレストに座ったまま振り返ると、ハダリーの――正確にはイヴの可愛らしい顔と綺麗なさらさらの髪が至近距離から視界に飛び込んでくる。


「そのぐらい構わないだろう。それより何と書くのだ」


 ハダリーがメッセージのテキスト編集ウィンドウに向き直ると、同時に(なび)いた純白の絹髪が光を帯び、ハッカミントを思わせる何処か薬品のような涼しげな香りが鼻腔を(くすぐ)る。

 さらに、ハダリーが重心をズラしたために、ギリギリのところで触れずに済んでいた手が機械とは思えないぐらい柔らかなハダリーのお尻の下敷きになっていた。


「シイナ……?」

「ネアちゃんが今何処にいるか聞いてくれ。本人に送ればいいからっ」


 ハダリーの声色が若干不機嫌色を帯びてきたため、俺は諦めて早めに終わらせる方針でそれだけ伝える。


「ネアだな。ん? シイナ、友達が存外少ないようだな」

「ほっとけ」


 メッセージ送信を完了したハダリーがようやく俺の手の上から退くと、俺は次に備えて背を起こし、軽く組んだ腕を膝の上に乗せるようにして座り直す。これで肘掛け(アームレスト)に座られても余裕があるし、何かあってもすぐに立てる。

 その時、目の前にウィンドウが開き、『[ネア]からのメッセージを受信しました』という文章が表示された。


『[ネア]今からリュウさん、シンさんのお二人と塔の第九層に行ってくるところです。八時頃には帰ります。』


 第九層は『愚鈍(ぐどん)(おう)祭祀場(さいしじょう)』。刹那の切り札『大地を貪る愚鈍の王ドレッドホール・ノームワーム』がボスとして君臨する、岩山と砂漠から成る大きな古代遺跡フィールドだ。

 この時間からと言うのは、ボス以外のフィールド内のモンスターが軒並み凶暴化する代わりに隙が大きくなり、寧ろ倒しやすくなる夕方から夜間を狙ってのことだろう。リュウやシンも考えたようだ。

 ハダリーに再び代打ちを頼み、『王に気を付けて』とだけ送らせる。実力者二人が一緒ならまず間違いは起こらないだろうから、とりあえず心配はないだろう。それまでの時間、三人で何をしていたのかは気になるが。


「ところで、シイナ。私は風呂に入りたいのだが……」

「風呂? ああ、自由に使え。一階の右側の通路を奥に……お」


 タイミングよく視界に飛び込んできた、ロビーから階段を降りてくる白黒のメイド服姿の人影を手招きで呼び寄せると、


「何でしょうか?」


 そのメイド――射音(シャオン)はすすすっと階段を降り、まっすぐ俺の元に向かって歩いてきて、問う。

 見た目はふわりとした藍色のボブカットに赤みがかった茶色い瞳が特徴の普通の女の子だが、射音(シャオン)は≪アルカナクラウン≫に勤めるメイド四人の中でも、特に優秀な人材だ。仕事を真面目にそつなくこなし、物腰丁寧で失敗もなく、気が利く。メイドの(かがみ)と言えるだろう。


「コイツを、風呂場まで……案内してやってくれ……」


 徐々に眠くなってきた目を擦りながらそう言うと、射音(シャオン)は「わかりました」と言ってハダリーに向き直る。

 そして一言二言言葉を交わすと、ハダリーと射音(シャオン)は連れ添ってエントランスホールの奥の方へと歩き始める。

 自然にまぶたが重くなり眠気に打ち勝つ気力もなくなった俺は、ぼやけ始めた視界で二人の後ろ姿を見送りながら、すとんとスイッチが切れるように力尽きた。




 パシャ……。

 水の音が聞こえる。

 同時に全身の感覚が戻ってきた。

 いつ喪失したのかすら覚えていないが、外部からの刺激で意識が目覚めたのだ。

 (まぶた)が開くようになるまでの数瞬の刹那――――全身を包むふわふわと暖かい感覚に意識を傾け、酔いしれるような気分になっていると、


「ん、ようやく目を覚ましたか、シイナ。よほど疲れていたようだな」


 突然近い距離で聞こえた声に驚いて、咄嗟(とっさ)に目を開けると、そこには声の主――ハダリーの顔がそこにあった。

 俺は瞬時に状況把握のため即座に情報収集を開始する。

 暖色系の明かりに照らされた狭い室内には薄白い湯気が立ち上り、しっとりと湿った髪が頬や首筋や背中に張り付いているのがわかる。鼻腔に入る空気はほんのりと花の香りのような匂いが混じっているが、本物の花のような自然な素朴さはない。そしてハダリーの後ろには、磨りガラスでこの空間と外界を遮る屏風のような折れ戸タイプのドア。

 俺はそこで初めてそこが()()であるという思考に至った。

 よく見ると、ハダリーの身体の輪郭は凹凸(おうとつ)に乏しい身体のラインがそのまま表れていて、その色は彼女の身に付けていた純白のチュニックではなく少し色白の肌色の――――肌。

 ここが浴室であるなら、それも当然である――


「――じゃ済まねえからな!?」

「どうかしたのか、シイナ」


 カッカッとポンプ式シャンプーをプッシュして、手の中でそれを泡立て始めたハダリーが不審なものを見るような目つきで俺を見る。


「お前、なんで一緒に入ってるんだよ! あれ、ていうか俺、何でこんなとこにいるんだ!? ……あれ? 記憶が――」

「憶えがないのは当然だ、()()()()私が運んだのだからな」

「……ん? 二人?」


 嫌な予感――というか直感が、仮想粒子によって構成された脳内を駆け巡り、そもそもからしてありえない仮説を打ち立てた。


「当然、シイナと刹那だ」


 直後にその仮説が立証された。


「当然じゃねえ、お前、馬鹿だろ! 百パー馬鹿(パー)だろ! 確定馬鹿(パー)だろ! 疑いようも間違いようもなく!」


 現実同様に汗をかくこの世界において、当然シャワー室や風呂という施設が存在し、規模は違えどどのグレードのギルドハウスにも常設されている。

 そこは脱衣場と合わせて唯一インナーの着用が解除できる場所であり、より親密に交流を深められる日本文化らしい裸の付き合いができるのだ。もちろん同性しか入室できないという制約はあるが、この世界でも女性プレイヤーを中心に風呂を愛好する人は多い。


「もしかして何かマズかったか?」

「普通にマズいわ!」


 俺がいるのは湯船の片側。ということはつまり、さっきまで俺の足の先に当たっていた柔らかいものが刹那ということになる。

 だとしたら相当にヤバい。

 女子と一緒の風呂に入る、ということの希少価値(レアリティ)がわからないわけではないが、(くだん)の女子が刹那ではリターンよりリスクの方が圧倒的に大きい。桁違いとはこのことだ。

 とにかく今の俺が無事だということは、彼女はまだ目を覚ましていないに違いない。となれば、やることは一つ。

 対象(ヤツ)に気付かれない内にこの危険地帯(レッドゾーン)を出ること。このままだとマジで処刑場になりかねないッ!

 そう考え、すぐさま作戦を実行する。

 まず波が極力起きないように――刹那を起こさないように、静かに湯船からの脱出を試みる。

 まず左足を出して――


「ん……バカシイナ……」


 刹那の声に心臓が飛び跳ねる。そして、一人気まずい沈黙の後にそれが寝言であることに胸を撫で下ろした。

 起きたかどうかを確認しようと、危うく刹那に目を遣るところだった。おそらく彼女の裸体がそこにあるのだろうが、見たことがバレようものなら本気で殺される。それこそ確実に。

 ザァッ!

 ハ、ハダリーがまたシャワーを使い始めやがった! 俺の苦労をなんだと思ってんだ。少しは空気を読めッ!


「おい、ハダリーッ……シャワーを止めろッ」


 無声音でハダリーにそう耳打ちすると、


「今は私が使っているんだ。悪いがシイナは少し待っててくれ」

「そうじゃないッ……いいから止めてくれ、命に関わるッ……」

「命に……? それはただごとじゃないな。よし、三分間待ってやる」


 キュッと栓を捻る音が聞こえ、やかましいシャワーの音が止む。

 今の内とばかりに浴槽から抜けると、素早くハダリーの脇をすり抜け、屏風型の折り戸の取っ手に手をかけ、カラララッと開く。


(ミッションコンプリ――)


 嬉しさの余り、思わず振り返ってしまったその瞬間、刹那がざばぁっと浴槽の中から顔を出した。どうやら俺の身体が浴槽の端に背中を預けた刹那を支えていたらしい。その俺が出たことで刹那は浴槽のお湯に沈んでしまっていたようで、刹那はケホケホと咳き込むと、たった今気が付いたように顔を上げ――――俺と目が合った。

 途端、温かなお湯の中にいる刹那の表情が凍りつく。

 その視線が一度下に降り、やや間を置いてもう一度上がってきた。

 その動きはまるで、俺の視界に湯面より上に出ていた(へそ)の辺りから上の部分――――その慎ましやかなりに柔らかなラインを描く胸元が映り込んでしまっているのを確認するような動作だった。

 そしてまだ意識が覚醒しきっていなかったのか半開きだった(まなこ)が、まるでタイムリミットを表すように見る見る見開かれていく。


「シ、シ、シ……」


 わなわなと肩をいからせた刹那は、左腕で胸元を隠すと同時に顔を真っ赤に染め上げていき――――ガシッ。

 浴槽から上半身を乗り出し、空いている右腕でハダリーの頭を掴んだ。


「へ?」


 ハダリーが間抜けな声を上げると、涙目の刹那は右腕を――ハダリーごとその怪力で頭上にまで持ち上げた。


「ま、待て、刹那……!」

「死ね、変態、バカァァァァァッ!」


 俺はギュンッと物凄い勢いで飛んできたハダリーと一緒に脱衣所の壁まで吹っ飛ばされ、瞬く間に意識がブラックアウトした。

Tips:『大地を貪る愚鈍の王ドレッドホール・ノームワーム


 巨塔ミッテヴェルト第九層『愚鈍の王の祭祀場デッドフォール・ドレッドホール』のボスモンスターで、岩石のように頑強な身体と頭部の中央に大きく開かれた円筒状の穴のような口が特徴の巨大な蠕虫(ワーム)大地喰らい(アースイーター)という一撃必殺の攻撃能力を持つことから『始まりの初見殺し』の異名を戴く。[刹那]が保有する、倒した巨塔のボスモンスターを召喚する究極の召喚スキル【精霊召喚式(サモンド・プレイ)】により度々召喚される。

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