(36)『敵なのに』
最後の騒乱に浮足立つ都市で、二人はかつて慕った友に思いを馳せる。
かつての感情を思い出す少年と勇気を出そうともがく少女。
二人がそれぞれの想いに答えを出すのはもう少し先の話――――。
「あーもうッ。相っ変わらず何だってのよ、このフィールド!」
大通りから数本離れた裏通り――――あまり広いとは言えない幅二メートルほどの通路を全力疾走しながら、唐突に隣を走る刹那から悪態が漏れ始める。
「ロボは頭狂ってるし、地図が大雑把なクセに道は入り組んでてわっかんないし、作った連中頭腐ってんじゃないの!?」
どうやら立て続けに起こる災難で、苛立ちが頂点に達したらしい。
寧ろそれぐらいしか理由は思いつかないのだが、普段から理不尽な自分中心理論で動いているものの、彼女は何の理由もなくキレるほど破綻した性格――もとい人格の持ち主ではない。
とは言え俺の知っている人格破綻者二人の内、儚を除いたもう一人は、キレるところなどまったく想像もつかないくらい色々な意味で変なのだが。
「そうかっかするなよ、刹那。走りながらあんまり喋り過ぎるとSPSの減りが早くなるぞ」
「わかってるわよ、バカシイナ!」
今、俺と刹那は二人きりだ。
というのも、追ってくるENFORCERから逃げて大廃亡國都市の中を走り回る内に、他の三人とはぐれてしまったのだ。
「狂ってる割に仕事は正確なんだよな、アイツら。話してみたら案外友達になれるかもしれないぞ。アンダーヒルみたいに」
「何呑気なこと言ってんのよ。ナニ? バカシイナ、バカなの?」
「人の名前を勝手に増築するな。バカは接頭語じゃないぞ、バカ刹那」
刹那から憐れみと蔑みの混ざった器用な視線を頂戴した俺がカチンときて言い返すと、刹那は「あ゛?」と凄むように睨み付けてきた。
「ぐちぐち細かいことでうっさいわね。バカって言う方がバカなのよ」
「その論理が通用するならやっぱり二人ともバカじゃねーか」
思わずそう反論した時、背後からガシャン! とメカメカしい落下音が響いてきた。
俺と刹那が戦慄しつつも同時に振り返ると、狭い路地の中では動きにくそうな機械脚を壁に突っ張るエンフォーサーとは別の機械系モンスターがそこにいた。
〔Security DestroyerAUTO-369型 STINGER〕
八本の複管連結式自在機械脚と球体型の白い胴体から成るモンスターで、エンフォーサーと同じくこの大廃亡國都市の防衛システムが統制するガードロボだ。しかし、索敵警備と捕縛・拘束を目的とするエンフォーサーと違って、スティンガーの仕事は発見された敵の破壊・殲滅――――つまり、キラーマシーンなのだ。
「目標捕捉。風向き良好風速安定! サイクロンッサイクロンッ、換気開始ぃ!」
意味不明の狂乱っぷりはエンフォーサーと同じだが。
甲高い声で叫んだスティンガー本体の前面にある大きなレンズがこちらに向けられ、その円周付近に同じく円状に配された幾つものLEDパネルがぐるぐると回転しているかのように順に光る。
彼我距離四メートル。
これなら、まだ対応できる距離だ――――そう思った瞬間、無意識の内に身体が動いていた。
左腿の帯銃帯から大罪魔銃を引き抜き、左手を跳ね上げながらその引き金を引く。
パァンッ!
大罪魔銃の得意な抜き撃ち――――ハダリーにこそ通じなかったが、この程度の雑魚モンスターに通用しないはずもない。
銃口から飛び出した45LC弾はそのレンズを叩き割り、精密機械の塊である内部で跳弾してわずかに向きを変えながら、その後ろから飛び出した。
バチバチッとショート音を立てながら、ぼふんっと弾けて黒煙を上げたスティンガーは、ふらふらと空中で迷うように回転して間もなく地面に落ちる。そして、引きずられるように地面に落ちた機械脚共々動かなくなった。
「たまには役に立つじゃない♪」
刹那が軍用ナイフ型短刃〈*サバイバル・クッカー〉を掲げて、何処か満足げに言う。
「お前だって俺が大罪魔銃抜いた時にはもう投擲体勢だっただろ」
「当たり前でしょ、私を誰だと思ってんの? この世界に私以上の短刃使いなんていないわ」
刹那は自信満々にそう言い切ると、少し嬉しそうに微笑んで、「早く行きましょ」と再び前を歩き始める。
俺はそのあまりらしくない姿に驚いて一拍ほど遅れつつも大罪魔銃を帯銃帯に納め、刹那の後ろをついていく。
刹那は、基本的に性格が悪い。
これは別に貶しているわけではない。いや、正確には貶していることにはなるのだろうが、貶すために貶しているわけではない、という意味だ。
ワガママで利己主義、自分を立てるためなら暴論も暴力も辞さない理不尽な暴君そのもの――――ともすれば子供と形容されかねない残念極まりない性格だ。
しかし、彼女は子供ではない。
子供のように躾で御しきれるものではないし、子供のように論理がまったく通用しない相手でもない。
そして子供のように人前で笑うことを、彼女は基本的に良しとしない。
微笑も苦笑も歓笑も愛想笑いすらもなく、しかしその割に冷笑や嘲笑や蔑笑など嗜虐的で攻撃的なものばかりが表出し、周囲との軋轢と共にそれが浮き彫りになってトゲを際立たせる。
そんな彼女が仲間内では――≪アルカナクラウン≫の面々の前では、極稀に笑顔を見せることがある。
それは思わず出てしまった素の表情という感じで、それを見る度に普段意図的に気を張っていることがわかる。
不意とはいえ彼女が素を出せるような間柄になれていることが確認できる――――そんな自分勝手な理由だが、俺は刹那の笑顔が案外好きなのだった。
俺はふと口元に浮かんだ笑みを隠すようにして刹那のやや後ろにぴったりくっつくと、隙を見てその脇をすり抜けて前に飛び出し――――駆け出す。
「えっ、な、なにっ!?」
「早く行くぞ、刹那ー! アイツらしばきに行くんだろーっ!」
刹那の驚いたような声をその背に受けつつ、俺は半ば逃げるように足を速める。
「ま、待ちなさいよ、バカシイナーッ!」
「またバカ付いてるし」
俺は苦笑しつつも地図を開き、大体の位置と方向を確認し、脇道へ逸れる。そして目の前に現れた表通りと交差する十字路の手前でしゃがみ、身を隠す。
「ここがこうだから……あそこからまた裏に入って道なりに進むのが最短距離か」
表通りの向こうの裏通りを見ながら地図を確認していると、足音と共に背後から現れた刹那に肩を叩かれる。
「ったく、ナニいきなり走り出してんのよ、バカシイナ」
「お前といるとたまに楽しくなるんだよ」
「何それ、意味わかんないんだけど」
「俺もわからんけどな」
刹那は俺が地図を見ながら何をしているのか察したらしく、壁に凭れるようにして待機姿勢に入ると、自然と二人とも静かになってしまう。
「……ねえ、シイナ」
「ん?」
やや低調の呟くような声に違和感を覚えて振り返ると、刹那は俯くように俺を見下ろし、俺と目が合った途端に伸ばしかけていた手を引いた。
そして、何処か物憂げな雰囲気を醸しつつ、視線を逸らす。
「アンタって……さ。ハカナのこと、どう思ってんの……?」
「は?」
「ハ・カ・ナ」
振り返った刹那が、少し不機嫌そうにそう言う。
「いや、どう思ってると言われてもな……。正直、よくわからない。こんなことになって、まだ混乱してるのかもしれないけど……」
「ハカナが何でこんなことをしたのか、気になる……?」
「あぁ、それは確かに気になる」
思わず即答すると、刹那はピクッと目尻を少し吊り上げた。
「敵なのに? 敵なのに、敵の要求する立場に立って、相手のことまで斟酌するの?」
「いや、他のギルドから見ればハカナは敵だろうけど、俺たちアルカナクラウンにとっては敵って前にハカナだろ」
刹那の目尻がさらに上がり、やや見開かれた目が俺をまっすぐ見据えてくる。
「何よそれ……。じゃ、アンタは何? ハカナは敵じゃないって言いたいわけ……?」
「そ、そうは言ってないだろ。俺はただ……」
「ただ、何? 好きな人がこんなテロ事件を起こしたなんて信じられないって?」
「な……」
俺は刹那の言葉に、思わず絶句し――――そして頬が熱くなるのを感じた。怒りか羞恥か、あるいは両方が入り混じっているのかもわからないぐらいに混沌とした感情に押し流されそうになりつつも俺は立ち上がる。
「お前、なんでそれ……」
「私が……見ててわからないとでも思ったの……? リュウもシンもハカナも知ってることに、私が気付かないとでも思ってたの、バカシイナ?」
「いや、だってお前……」
「るさい」
以前、恋愛なんて興味ないとか言っていたから、寧ろそっち方面には疎いと思っていたのに。
「いや、確かにハカナのことは好きだ――いや、好きだったけど、今はそんなの関係ないだろ!」
「関係ないって何よ! 好きなら好きで良いじゃない!」
「え、そっち!?」
素で驚いた。
「私が言いたいのはそうじゃなくて――」
「目標捕捉」
「そうじゃなく……て?」
突然頭上から聞こえてきた甲高い声に、鬱陶しそうにしつつも表情を引き攣らせた刹那は、俺とまったく同じタイミングで上を見上げた。
そこには壁と壁に八本の複管連結式自在機械脚を突っ張ったスティンガーが――――たくさん。
「ルート二、一夜一夜に人身殺ッ!」
しかも、またよくわからないことを言っている。
「団体さんを呼んだ覚えはないんだけどな……」
「ねぇ、シイナ。狩る? 殺る? それとも屠る?」
「それ、全部同じじゃねえか、戦闘狂」
愉しげに歪められた口に、欠片も笑っていない目は刹那のデフォルト装備だ。
「っさいわね、逃げりゃ良いんでしょ、逃げりゃ」
「随分と物分りがいいな、お前らしくもない」
「早くしないとリュウとシンが逃げるじゃない」
「理由が無茶苦茶お前らしくて逆に安心したわ」
そんな遣り取りをしている内にも、頭上でがさごそと蠢いていたスティンガー二十一機の集団――――そのそれぞれの前面の攻撃用指向性レーザー放射レンズが次々煌々と光り始める。
「とりあえず、逃げるか」
「【精霊召喚式】、〔大地を貪る愚鈍の王〕!」
数歩離れた表通りの地面を割り砕き、愚鈍の王が姿を現す。
「え? おい、逃げるんだよな?」
「勿論よ、コイツら殲滅してからね」
「それ、結果も経緯も同じだからな?」
「だって、コイツら――」
戦闘狂といえる連中は、どうしてこんなに扱いづらいものなのか。
俺が嘆息した瞬間、ほぼ同時にドレッドホール・ノームワームの【大地喰らい】が、頭上のキラーマシーンの半数を呑み込んだ。
「――私の話を、邪魔したもの」
Tips:『地図』
別名“MAP”。自分の現在地を含むフィールド全体の地図。平面座標系のみ表示するプレーンモードと高度も含めた立体座標系を表示する3Dモードの二種が実装されており、フィールドの地形等に応じて随時モード変更を行うことができるが、基本的には情報量の多い3Dモードを用いるプレイヤーが多い。地図上に表示されるものは大まかな地形、出入り口の位置、発見状態状態のモンスター、同じパーティ内のプレイヤー・NPC、一定範囲内のプレイヤー等だが、近付いて確認したものに関しては詳細な地形や地形に含まれない大型の障害物等も表示される。




