(35)『Full Complete』
諸々の事情を後回しにして、彼らはメガロポリスを後にする。
新たな仲間は新たな思いを胸に、未練がましくも清々しい決意を抱く。
「お前、刹那……そんなに俺をイジメるの楽しいか……?」
大廃亡國都市中央タワー一階エレベーターホールまで戻ってきた俺は、ずきずきと痛む腹を擦りながらエレベーターを降り、隣で妙に機嫌良さげな刹那におそるおそる訊ねてみる。
「はぁ? 楽しいわけないでしょ。さっきのは罰よ。私に無断で勝手にハダリーと契約した罰。手加減はしたげたんだから感謝しなさいよね、まったくシイナは」
俺が鳩尾に容赦ない打ち込みを食らって気絶してる間にマウントポジション取って、目を覚ました途端に顔面に拳を叩き込んでくるなんて、マトモな女子のやることとは思えない。
しかも頼んでもないのに、オプションで恐怖支配の微笑み付き。
ここで刹那に殴り返しても正当防衛は間違いなく成立していただろうが、勿論俺には刹那を殴るなんてつもりはない。
女は殴らない、なんてポリシーは今さら気にするべくもないが、それ以前にその後の方が怖いというのが主たる理由だ。
「やはりお前の立場がアルカナクラウンで一番低いのではないか」
後ろの至近距離――というか俺の背中に乗っていたハダリーが、やや呆れたような口調でそう呟く。
エレベーターを降りる時、つまり裏フィールドを出る際に『オブジェクトに埋まったままスキルが解除された場合、大丈夫なのか?』という危惧から背負ってやったのだが、俺はその不遜な態度と随分な言い草にカチンと来て、もう背負う必要のないハダリーを背中から振り落とす。
「みぎゃ!」
油断していたのか、無抵抗でずり落ちるように重力に身を任せたハダリーは、顔面を床にぶつけた途端にキャラに似合わない猫のような可愛い悲鳴をあげた。
そして赤くなった鼻を押さえながら、やや涙目気味に起き上がる。
「イタタタ……いきなり何をするんだ、シイナ!」
「ほら、牙を剥くな。とりあえず立ててるんだから一安心でもしてろ」
俺がそう言ってやると、ハダリーは今気付いたというようにはっと足元に視線を落とし、ほっと息を吐いた。
その瞬間――
「忘れてたッ!」
突然、刹那が声を上げてハダリーに向き直り、息を吐いたばかりのハダリーの喉がグキュッと妙な音を立てた。
まだもろに死と隣り合わせの尋問(?)の恐怖が尾を引いているのだろう。びっくぅっと跳び上がったハダリーの表情は顕著に引き攣っていた。
そしてハダリーは詰め寄ってくる刹那から逃れるように、俺の後ろへ隠れる。
おい、俺を巻き込むな。
「アンタ、本物のイヴと銀はどうしたのよ!」
今の今まで忘れてたのかよ、薄情なヤツだな。俺も忘れてたけど。
「貴様も存外間が悪いな……。ヤツらなら貴様らを呼び出すための人質として使っただけだ。その……ゴホン……貴様らの前に姿を現した時点で解放した。本物の[イヴ]に言わせたような危害は加えていない。ん……まあ、DeadEndにはしていないというだけだがな」
「…………あっそ、ならいいわ」
刹那はそれだけ短く言うと、長い金髪を払うように靡かせて出口に向かって歩き始める。それを見た瞬間、ハダリーはきょとんとした表情になり、はっとしたように足を一歩前に出す。
「待て、貴さ――」
「あ゛?」
「――刹那……」
眼光だけでこのハダリーの気勢を削ぐなんて、最早人間業じゃないと思うんだが。
「何よ」
あからさまに不機嫌そうな刹那の態度に、ややおっかなびっくり押され気味のハダリーは、
「いや、その……信じるのか? 敵だった私の言葉を――――本当に信じるのか?」
そう言った。
当然の――と言うよりは自然な疑問だ。
ハダリーは――電子仕掛けの永久乙女は敵だった。
しかも対峙どころか、刹那にとっては一度奇襲でやられている相手だ。それだけで気に入らない存在のはずなのだ。
危険で、かつ野放しにはできない――――という理性が働いているのだろう。暫定的な処理を受け入れてはいるものの、刹那の普段を考えると、いつ再挑戦や処刑のような何かに踏みきるかわかったものじゃない。
だからハダリーの発言を信じると言った時は意外だった。
実質のところさっきから俺の頭の中では、刹那をどう説得するかという思考が巡り続けていたのだが、刹那にはまったく想定外の別の考え方があったらしく、何処か説明するのが億劫そうな様子で振り返った。
「それよ。今自分で言ったじゃないの」
「は?」
ハダリーの表情に疑問の色が浮かぶ。
今はどうでもいいことだが、アンドロイドという割にはかなり表情が豊かなようだ。少なくとも人間のはずのアンダーヒルよりは余程多彩だ。
俺が余計なことを考えている内にも、刹那とハダリーの遣り取りは続く。
「敵だったって自分で言ってるくらいなら、アンタは味方のつもりなんでしょ。ならいいわよ。とりあえず信じてあげるから」
「そ、そんな簡単に済む話じゃないだろう。もしただの演技だったらどうする?」
「「いや、アンタそれほど器用じゃないでしょ」」
俺と刹那のツッコミが綺麗に一致し、傍からにやにやと笑っていたトドロキさんが堪えきれずに吹き出した。
そして俺は、ハモったのが気に入らなかったのか睨んでくる刹那から目を逸らしつつハダリーの様子を窺う。
ハダリーは納得もできていないがうまい反論も見つからない、という表情だった。
「大体何で自分から突っかかってくるのよ。ナニ? それじゃ嘘なの?」
「い、いや……そんなことはないが……」
「この際だから言っておくけど、私は別に味方だからって簡単に信じたりしないわ。ちゃんとアンダーヒルに裏は取らせるし」
「……さりげなく私の仕事を増やさないでいただけませんか」
アンダーヒルのごもっともな呟きをスルーした刹那は腕組みをして、まだ何処か不服そうな表情で俯いているハダリーを無言で見据える。
「それで不服ならもう一言サービスしてあげるわ。私は味方と仲間を区別する人間。私は仲間なら無条件で信じるけど、味方は無条件では信じたりしないわ。保険がなきゃやってらんないもの。悔しかったらアンタも早く仲間になることね」
ハダリーは目を見開いて驚いていた。
ちなみに俺もおそらく似たような表情なのだろう。ただし俺の驚きは、刹那が珍しくもまともなことを言ったということに対してだったが。
「アンダーヒルとスリーカーズより先に仲間になったら褒めてあげるわ」
「ウチらはまだ違うんかい」
「さすが棘付き兵器ですね。想定外でした」
「……俺は仲間だよな?」
各々の反応が聞こえていないのか、刹那は徹底したパーフェクトスルーを決め込むと、頭をとるように手をパンと鳴らした。
「今日はこの調子でやり残してきた塔の二百二十四層も片付けちゃいましょ。皆、疲れてないわよね?」
「大丈夫です。問題ありません」
「ウチは特に動いたわけやあらへんし」
「俺は回復さえすれば一応……」
「私はシイナについていくだけだ」
とりあえず満場一致が確定すると、刹那は満足そうに口の端を吊り上げた。
「さて、じゃあとーとっと行きましょ。私、ちょっとだけ街で野暮用があるから」
「野暮用?」
「ええ、野暮用と言うより、処理業務?」
「お前、何する気!?」
思わず感じた背筋を震わせるような嫌な予感に逆らうことなくそうツッコミを入れると、刹那は「え?」と首を傾げ、そしてふふっと思わず見惚れそうな微笑みを浮かべた。
その右手には愛用の短剣〈*フェンリルファング・ダガー〉を、左手には短刀〈*サバイバル・クッカー〉を、いつの間にか抜き放っている。
「リュウとシンにお仕置きするのよ♪」
完全に忘れてたな、あの二人のこと。
最優先で来いと言って呼んだ割に結局姿を現さなかったから、忘れられてても仕方ないとは思うが。
「もちろん、シイナは手伝ってくれるのよね。一応ギルドリーダーなんだし♪」
寒風が周囲を吹き抜けていくような悪寒。
形こそ意思確認のために訊ねているような文型だが、これは遠回しの命令だ。
拒否の余地はない。
「……わかりました」
「じゃあ早く行きましょ!」
そう言って駆け出す刹那。
後を追ってアンダーヒル・トドロキさん・ハダリーと続いて走り出し、俺たちは眩しい光の差し込んでくる中央タワー外に飛び出した。
そして目の前にガードロボこと〔Security CruiserAUTO-365型 ENFORCER〕が――――ギュッピイイィィィン。
フロントガラスに表示された目が怪しい光を放ち、視界に見える遠近全てのエンフォーサーがみんなこっちに振り向いた。
「やぁ、みんな。良い子は眠る時間だよ! 最ッ高のショーだとは思わんかね?」
今日も今日とて今回も、ここのガードロボは荒ぶっているようです。
『[Megalopolis Eden] Full Complete!』
俺たちは自分たちの戦果ではない亡國地下実験場のカンプを示すシステムメッセージには目もくれず、ガシンガシンと二本の機械腕を開閉するエンフォーサーの群れから一目散に逃げ出した。
この時、このシステムメッセージをちゃんと見ておかなかったことを後悔するのはもう少し先の話である。
Tips:『システムメッセージ』
FOにおいて、ローカルイベントの発生やイベント・フィールドのクリア、ボスエンカウント時の警告等、緊急性や重要性の高い情報をプレイヤーに告知するために視界の中央に表示されるメッセージエフェクトのこと。その内容によってはあまり確認されることはないが、システムメッセージ表示に手で触れることでその詳細な内容が記載された別ウィンドウを表示することができる。




