(34)『契約完了』
ギルドリーダーたるもの、その誇りと名誉にかけて成すべきことを為さねばならない時もある。
それが自分の為ならば、それがギルドの為ならば、迷いなくそれを実行できる。だからこそ彼は今その立場を預かっているのだと理解している。
ただそれは今ではなかった――――のかもしれない。
「結局私の処遇はどうなったのだ?」
地上階に向かって昇るエレベーター内。
その隅で行われている俺以外の緊急会議に痺れを切らしたように息を吐いたハダリーが、【轟雷】の効果で麻痺らされて、無造作に床に転がされている俺にそう訊ねてきた。
「いつのまにか他の三人の話し合いに一任されたっぽいぞ……」
身体が麻痺していても口を聞くことぐらいはできる。それも少しくらいは発音やイントネーションがぶれたりするのだが、話し合う程度のことならまったく問題がない程度。
それですら放置されたということはつまり、話し合いに参加するなという意思表示と同じだ。
アンダーヒルやトドロキさんに関しては何とも言えないが、刹那に関してはまず間違いなくそう解釈できるだろう。長年(というほど長いわけでも深いわけでもないが)の付き合いの成果だ。
「貴様がリーダーではなかったか?」
「いちいち痛いところを突くな、お前は……」
普通に首を傾げられ、ぐさりと胸を刺された気分になる。
「私は別に攻撃していないぞ?」
「物理じゃねえよ」
ハダリーとアホな会話をしている途中で麻痺の余韻も消え、ようやく身体が動くのを確認すると俺は胡座をかくような体勢で座り直す。
「戦闘NPC……ね。雇用システムにそんな特例があるとは思わなかったな……」
NPC雇用システム。
この世界ではNPCの女中や執事を雇用案内所などで雇い入れ、ギルドハウスや個人宅に常駐させて、諸々の家事や身の回りの世話を任せることができる。
雇用案内所で雇えるNPCは性別以外の外見や性格等はランダム設定だが、プレイヤー同士で保有NPCを交換、譲渡することができるため、その取引を専門に成り立っているギルドも存在する。
しかしこのNPC所有のシステムは、ただ雇ったり貰ったりしたNPCの契約証に名前を書き込めば済むという単純な話ではない。『NPCにも人格がある』とでも言いたいのか、あまり酷使しすぎるとNPCの意思による強制契約破棄と同時にペナルティチェックがプロフィールに書き込まれ、それが五つ溜まれば二度とNPCを雇用できなくなる。現実同様に給金制度もあれば、当然休暇も与えなければならない。仕事の配分や労働のペース調整、シフトの調整もその主人の仕事なのだ。
確かに酷使なんてする気もなければ、そもそも“NPCとはいえ、道具扱いなんてできない”というROLの意見には基本的に賛成なのだが、主人としての義務の面倒くささも相俟って、これまではずっと敬遠してきたのだ。
しかし、俺たちのギルド≪アルカナクラウン≫に常駐するNPCメイド四人――――
黒髪ストレートロングに170cmの高身長、ズレまくった言動が目立つ深音。
茶髪のくせっ毛とやや大きめの胸が魅力の元気っ娘で、ネアちゃん並みに素直な理音。
藍色のボブカットがよく似合う、ギルド内で最優秀のメイドだが融通の利かない射音。
髪は桃色のポニーテールで、仕事は丁寧な割に悪戯好きでサボり魔のお調子者、玖音。
――彼女たちは全員、主人は刹那になっているのだ。さっき刹那が言っていた通り、これ以上刹那に負担を掛け続けるわけにはいかないだろう。
「私は情報家という立場上、個人で隠密行動をしなければならないことが多々あります。彼女の性格は情報収集には適していないため、デメリットこそあれ、私には彼女を引き取るメリットがありません」
「それ言うたら、ウチかて同じやろ」
刹那もダメ、アンダーヒルもダメ、トドロキさんもダメ――――会議が難航してるのはそのせいか。全体の利益を計算に入れ、誰が妥協するのが最適かを三人で話し合っているのだ。
この三人から何故俺という選択肢が出てこないのかは謎だが、今こそ俺が仮にもギルドのリーダーであることを示すいい機会だ――――と俺はゆっくりと立ち上がった。
きっと、このゲームに関わり続ける以上はそろそろ経験しておくべきなのだ。面倒事を避けているだけでは、儚をどうにかするなんて考えることすらできないからな。
「おい、お前ら」
俺が三人に声をかけると、アンダーヒルと刹那が振り返った。
「あ、起きてたの?」
「大丈夫ですか、シイナ」
起き出したことに気付かれてすらいなかったらしい。
「俺はもう大丈夫だ。それよりコイツのことだけど――」
「ちなみにシイナは却下です」
「そうね、シイナはダメ」
アンダーヒルに機先を制され、出鼻を挫かれた挙句に、釘まで刺されて思わず怯む。それに畳み掛けるように、俺の反論を前に間髪入れない刹那の同意まで上がる。トドロキさんに至っては、無言で『何ゆーてんの』とでも言いたげな呆れた目を向けてくる始末だ。手に負えない。
俺は結局理由も聞かされないままに放置され、元敵と一緒に蚊帳の外。当然いい気はしない。
ああ、そうかよ。そっちがヒソヒソ話をするならこっちもヒソヒソ話してやる。
「おいハダリー。お前、これからどうするつもりなんだ?」
よく見ると、何かの武器の鞘に掴まっている浮いているようなハダリーに顔を寄せ、他にバレないよう無声音で問いかける。
「どうするもなにも今ソレを決めているのだろう、その女どもは」
「一応捕虜だからな。お前の希望も参考までに聞いておいてやろうと思っただけだ」
「フン、今までの短い会話でもこの中で最も立場が低いのが貴様だということぐらいはわかる。貴様が何を言ったって何も変わらんのだろう?」
「うっ……そ、それはほっとけ。いいから言ってみろよ」
俺がとにかく引き下がらずにそう詰め寄ると、ハダリーは一瞬視線を泳がせて躊躇うような表情になった。
「本心ならハカナの元に戻りたい。だがそれはダブルクラウンの双方が許さない」
ダブルクラウン? ああ……≪アルカナクラウン≫と≪道化の王冠≫でダブルクラウンか。テロリストと一緒にするな。
「私の意識はこう見えて機械そのものだからな。合理的な判断しか下せない。それで出る答えは何度考え直しても、最も合理的にハカナに繋がっていられるには貴様らの側につくしかない。ハカナに再び私自身を見てもらうには、ハカナの敵になるしかないんだ」
「あれ? じゃあお前が≪道化の王冠≫にいたのって、別にログアウト不可能にしようとか現実がどうかとかじゃなくって……」
「そんなものに興味はない。そもそも私は現実も知らなければ、ログアウトなんてものも関係ないからな。私はただハカナと共にいたかっただけだ」
ハダリーは空いている片手を腰に添え、誇らしげに胸を張って見せる。
儚に――尊敬する者に自分の方を向いてもらうために敵になる、か。並大抵の覚悟じゃできないことだ。つまりハダリーには、それだけの覚悟があるのだ。
それならコイツと直接対峙した俺が覚悟を決めないわけにはいかないな。
「よし、お前の契約証を出せ」
蚊帳の内に閉じこもって話し合いを続ける三人を他所に、俺は再び無声音でハダリーに囁く。
「どういうことだ?」
「俺がお前の主人になるって言ってるんだよ。俺を蚊帳の外にした罰だ。そろそろギルドリーダーがギルドリーダーたる所以を教えてやらなきゃいけないからな」
俺がそう言った途端、ハダリーは眉を顰めて、ちらと刹那たちを一瞥した。そして、その後すぐに目を閉じたハダリーは、
「……これだ」
その広げた手の平の上で幅三センチ程の小さな巻物をオブジェクト化した。自慢ではないが、見るのはこれが初めてだ。
「これをどうすれば契約完了なんだ?」
「簡単だ。[メニュー]から[プロフィール]を開いて、[所有NPCリスト]を選べ。その[編集]を押して出てきたウィンドウにそれを投げ込むだけでいい」
俺が言われるがままにウィンドウを操作していくと、現れた雇用関係リスト画面には既に[The Hound of the Baskervilles]と表示されていた。
これは後で確認しとくとして、とりあえずハダリーから受け取った巻物を投げ込むと、その瞬間、巻物が消えると同時にリスト画面に新たなフォルダ[Eve the Android Hadaly]が追加で表示された。
「これで私は心身ともに貴様のモノだ。不本意ではあったのだが……ふむ、やはり主かそうでないかが私の心に与える影響は存外大きいようだな。不思議なものだ。さっきまで貴様に対して感じていた不快感は完全に消えてしまったようだ」
「お前、仮にも命の恩人に対して不快感とかありえんだろ、普通……」
「そんな些末なことを気にするな。不快感は消えたことだし改めて礼を言わせてもらおう。ありがとう、シイナ。貴女のおかげで助かった」
ハダリーはそう言って、フッと笑顔を見せた。
「……今の今まで『お前』だったくせに、いきなり呼び方を変えるなよ」
傲岸不遜な高飛車幼女にうっかりドキッとしちまったじゃねーか。ちなみに俺はロリコンじゃない。
「む、そうか? いや、しかし如何に私とて自らの主に対して『お前』などという不忠な人称表現は使えないからな。これからは名前か『貴女』で通すから、貴様が慣れろ」
「おい、最後だけ『貴様』に戻ってるぞ、アホドロイド」
しかも命令口調だったぞ。自らの主に対して。
「ん? 今、俺はお前をメイドとして雇ったのか?」
「無論だ。主が望むなら、私は二十四時間体制で奉仕することも厭わん優秀なメイドだぞ」
「メイドにしては相当口調が上からなんだが、まあそれはいいとして。メイドとして雇った後でも、戦闘に参加――――えっと、フィールドに行けるのか?」
「当然だ、でなければ私の存在意義は半減するだろう?」
だろうな、と俺は思わず頷く。
“人を見かけで判断するな”とも“人は見かけによらぬもの”とも言うが、コイツの第一印象に家事が得意そうなイメージはこれっぽっちもない。火事なら得意そうだが。
「しかし、その疑問も無理はない。現状の[FreiheitOnline]にNPC戦闘介入システムは開放されていないからな。今のところ同じく人格を持ち戦闘に参加できるNPCは私とさっきの三頭犬の二体だけだ。それ以外はまだ何処かで眠っているはずだ」
「待て」
ケルベロスが戦闘に参加できるNPC扱いだということを今初めて聞いたんだが、それ以上にツッコミを入れておかないといけない単語があった気がする――――と、俺は頭の中でハダリーの台詞を反復し、反芻し、その単語を思い出す。
「NPC戦闘介入システムってのは何だ?」
「あまり他言はできないが……。確か塔三百五十層を解放すると『NPC戦闘介入システム』が開放されるはずだ。それ以降は所有しているNPCを自分のパーティに組み込むことができる。無論、それまでに雇っていたメイドやバトラーもパラメータも割り振られ、育成シミュレーションの要素も追加されるということだ。武器や防具はオーナーの所持品から装備できる。私とあの犬は条件を満たすことで他とは別に開放される別枠だから、運よく早めに開放されたというわけだ」
ROL、GJ。
そんなものを用意していたなんて、今まで色々な場面で『アイツら絶対キチガイだろ』とか思ってたけど、あれらはすべて撤回しよう。開発スタッフの皆さん、あなたたちは神ですか?
「魔犬の群隊も防具とか着けられるのか? アイツら犬なのに」
「私と違って着けられる装備品はかなり限られるだろうが、装備はできるはずだ。当然、装着時の形は変わるだろうがな」
試しに[The Hound of the Baskervilles]のフォルダを開いてみると、別ウィンドウが次々と現れ、プレイヤーのステータス画面そっくりにパラメータ・グラフが展開されていく。
「アイツら、案外ステータス値高いな……」
それらに表示されていたパラメータは全ての値を平均して割り振ってきた場合の、中堅の上位プレイヤー並みのステータスだった。突出して高いのは特攻と気力だ。
「その画面から保有スキル以外は全て管理できる」
「スキル以外?」
「スキルはそれぞれの意思に一任されているからな。使われたものはスキル一覧に表示されていくが、それらを強制的に発動させたりとかそういうことまではできない」
「いいセンスだ」
いきなり全部がわかってしまったら面白味がなくなるからな。やはりゲーム性を考える上では、なかなかに面白い仕様になっている。儚が妙な事件さえ起こさなければ、純粋にこういうちょっとした遊び心ある仕掛けも楽しめていたのだろうが。
「……これからも色々と聞くことになるだろうけど、とりあえずよろしくな、ハダリー」
「その代わり、私をハカナの元へと連れていってもらうぞ、シイナ。絶対にな」
「あぁ、約束だ。任せとけ」
俺がおそらくなかなかいい笑顔ではないかと自負できる表情で親指を立てて見せた時、突然背後からガッと頭頂部を鷲掴みにされた。その瞬間、戦慄と恐怖が脳裏を駆け抜け、笑顔が引き攣る。
「任せとけ――じゃないわよ」
静かに冷たく響く声に振り返ると、そこには口元をピクピクと引き攣らせ、作り笑顔を湛えた修羅――もというちのギルドのエース、刹那さんが立っていた。
その白くて細い華奢な手は胸の前の辺りで力強く組まれ、ポキポキと何度も鳴らされている。
「ようやくアンダーヒルが引き取ることに決まったのに、アンタは何してくれちゃってんの、シ・イ・ナ~?」
「ちょっと待て、流石にこんな短時間で三回は身体が持たな――」
「去ねッ!!!」
刹那の雄叫びと共に鳩尾にその拳がめり込み、俺はそれだけで気絶した。
Tips:『The Hound of the Baskervilles』
1901年にアーサー・コナン・ドイルによって発表された冒険的推理小説『バスカヴィル家の犬(バスカーヴィルの魔犬)』の原題。作中ではシイナの使用する魔刀【群影刀バスカーヴィル】及び複数の魔犬を召喚する付与スキル【魔犬召喚術式】の名前の由来であり、スキルによって使役する群影群隊の総称として用いられる。




