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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第一章『デッドエンドオンライン―豹変世界―』
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(33)『廃人め』

アンドロイド・ハダリーの所有権に、ヒソヒソ話は蚊帳の外。

彼女の存在が示すのは、この世界の真実か。それとも――。

 亡國地下実験場(メガロポリス・エデン)地下一階“無機物に愛を注げるかマテリアライズ・ユーテレス・ラボ” ――――エレベーター前。


「は? オーナーに?」


 (ハカナ)が使ったのか地上で止まっていたエレベーターを呼ぶボタンを俺が押した時、背後から刹那の驚いたような声が聞こえて振り返る。

 すると、俺の斜め後ろに立っていたアンダーヒルが無言でこくっと頷く。


「この電子仕掛けの永久乙女アンドロイド・ハダリーはNPC扱いのようですので、この中の誰かが彼女の所有者(オーナー)になるのが最適でしょう。誰かの保有NPCであれば行動範囲は制限され、行動自体に強制制止をかけることも可能になりますので。おそらく≪道化の王冠(クラウン・クラウン)≫でも同様の措置を取られていたのではないですか?」


 アンダーヒルはそう言いながら、未だに腰から下が床の中に埋没しているハダリーにちらっと流すような視線を向ける。

 彼女が沈まないように支えているのは刹那で、ハダリーは左手で刹那の右手首を掴むようにして引っ張られている。ちなみに左手を使っているのは、右手の輻射振動破殻攻撃バイス・フラグメンテーションのことを自己申告したハダリーの配慮だ。

 そういう意味ではある程度信用してやってもいいのかもしれない。刹那の言を借りれば、まだ信頼はできないだろうが。

 アンダーヒルの問いに一瞬表情を固くしたハダリーだったが、すぐにアンダーヒルを見上げてこくりと頷いた。


「モノ扱いは気に入らなかったが、私はハカナの所有するNPCだった。こう見えてメイドとしての仕事もしていたのだぞ。もう一人のNPCよりは苦手だったがな」

「もう一人のNPC?」

「あ」


 しまった、と言わんばかりに口を押さえて目を逸らすハダリーに、俺を含めた四人の何とも言えない視線が注がれる。


「秘匿事項のひとつだった。忘れてくれ」

「直球過ぎる要求だな、オイ」

「忘れることは不可能ですが、今のところの追求は止めておきます」


 アンダーヒルはそう言うと、ポップアップさせた可視テキストウィンドウに『クラウン・クラウンにおけるもう一人のNPCの存在』と高速で打ち込んで、素早く閉じた。


「だがしかし、ついさっきハカナに――恐らくフィールドを出る直前に主従契約を破棄されたようだが」

「じゃあアンタは今無所属(フリーランス)ってわけね……」


 刹那が考え込むように下唇に指を当てて、ぼそりと(つぶや)く。

 鉤状に曲げた片手の人差し指の第一関節と第二関節の間の部分を下唇の下に添える仕草は、通常モードの刹那が思案する時の癖だ。ちなみに焦っている時や苛々している時は、親指の爪を噛むような仕草をする。噛みきったりしていない辺りは少し独特だが。


「私は後々(あとあと)面倒(ジャマ)になるかもしれない不確定要素が減る分アリな選択肢だと思うわ」


 刹那がそう言うと、トドロキさんも「せやな」とばかりに頷き返す。


「では、その前に(いく)つか質問をしても構いませんか、電子仕掛けの永久乙女アンドロイド・ハダリー


 急にアンダーヒルがそう前置きすると、ハダリーはフッと短く息を吐いて、


「内容によるが、今さら拒みはせん。答えられるものであれば事実を言うが」


 その返事を聞いたアンダーヒルは「ありがとうございます」と言いつつも、そこにきて思案顔になる。

 俺と刹那、そしてトドロキさんがその様子を見守っていると、アンダーヒルは(おもむろ)に口を開いた。


「あなたはアンドロイドですか?」

「……?」


 直前にも“アンドロイド・ハダリー”と声をかけておいて、今さらと言えば今さら過ぎる質問に、ハダリーは思わず頭上に疑問符が浮かんだように首を傾げた。

 俺と刹那は勿論、どうやらトドロキさんもその問いが何を意図しているのかわかっていないような素振りを見せる。アンダーヒルはそんな俺たちの反応をどう思ったのかよくわからない無表情のままで、わずかに視線を落とすと、


「あなたのそのボディが人を模した機械――アンドロイドなのか、人工的な生体――ホムンクルスなのか、あるいはそのどちらの比率が高いかを訊ねています」

「ああ、そういうことなら私はアンドロイドだ。無論生体パーツもないではないが、全体からすればごくわずかだからな。何れにせよ、設定でしかないが」


 最後の一言については、後で落ち着いてから懲らしめることにしよう。


「ではあなたはこのFOに於いてどのような()()なのですか?」

「知らん」


 アンダーヒルの問いに、ハダリーは何故か胸を張って即答した。


「ドクターが来るまで、この亡國地下実験場(メガロポリス・エデン)の地下四階にずっと閉じ込められていた私にわかるはずがなかろう」


 そういえば“四つの問い”の時にそんなようなことを言っていた気もする。

 ていうか何でわからないくせに誇らしげなんだよ、お前は。


「アンダーヒル、ここの地下四階ってどんなところなんだ?」

「地下四階は“至高の少女は斯く有れパーフェクション・ドール・ラボ”。主な出現モンスターは、より人間に近い姿を持つ擬人機械(パラ・ヒューマノイド)高次電子人形アンドロイド・タイプ・イヴ。ここの電子人形(アンドロイド)より遥かに強力な上位種類です」

「私はその最上位個体だな」


 電子仕掛けの永久乙女アンドロイド・ハダリー

 確かに人と変わらない姿を持っているし、戦闘能力も非常に高い。輻射振動破殻攻撃バイス・フラグメンテーションや【潜在一遇(アンダー・グラウンド)】のことも含め、チート気味に強い。

 だが聞いている限り、この研究所の(設定上の)目的は恋人として人に寄り添うためのアンドロイドを作ること。

 その結果できたのが、こんな傲岸不遜な高飛車幼女で本当にいいのか。


「ハダリーと(ちご)て、連中はもろ不気味の谷に引っ掛かっとるレベルの気味悪さやったけどな」


 ロボットや人形の外見を人に近付けていくと、ある範囲のクオリティの物を人は底知れない不気味さを感じるという。これを人間への類似度を横軸に、感情的反応を縦軸にしてグラフに起こすと、ちょうど谷のように落ち込んで見える部分がある。

 それが通称“不気味の谷”だ。

 この結果が表しているのは、人間の脳が人間とは見做せない程度に完成度の低い物を根本的に自身とは異質な存在と見做しているということであり、完成度の高い物が逆に自身に近い似て非なるものと見做しているということでもある。これは生物としての本能的な危機意識に由来するもので、要するに進化の過程に於いて自分たちの脅威となりうる近縁種を無意識の内に嫌悪するようにできているのだ。

 それを越えると、近縁種ではなく同一種と認めてしまう、ということなのだろう。頭ではアンドロイドだとかロボットだとかわかっていても、嫌悪感よりも親近感が優先され、気を許しやすくなるのだ。


「しかし、彼女らはN()P()C()ではなくモンスターです」

「……悪いが回りくどい話は苦手でな。はっきり言え、黒子娘(くろこむすめ)

「黒……!?」


 アンダーヒルが面食らったように目を見開き、トドロキさんと刹那が同時に吹き出した。俺も思わず吹き出しそうになったところをすんでのところで堪える。


「黒子っ、まあ黒子やな、くくっ」

「アハハハハっ、ぴったりじゃない、アンダーヒル! 黒子娘っ……アハハハッ!」


 笑いを隠す気のないトドロキさんと刹那に、無言になったアンダーヒルのジト目が向けられる。一瞬、俺にも同じ目が向けられたが、笑っていないことに気付いたのか、少し嬉しそうな目付きになった。目以外はアクセサリー〈*ブラックバンデージ〉で隠れているため、判別は相当難しいが。


「フィールドに設置されていただけでも、十分特殊な例ですが、()()()()()()()NPCは聞いたことがありません」


 アンダーヒルは笑う二人を放置してハダリーに向き直ると、話の路線を元に戻す。


「強いて言えば、私が訊ねているのは存在理由ではなく存在定義です。つまり、何故存在しているかではなく、どのようにして存在しているか、です」

「それは設定上か?」

「いいえ、システム上の話です」


 だからそういう雰囲気ぶち壊すような生々しい会話はやめなさいと。


「それなら詳しくは知らん。ただ貴様が欲している答えかどうかはわからんが、開発者の――ROL(ロル)の連中にはML(エムエル)型ヒューマノイドインターフェースと呼ばれていた。意味はわからんがな」

「ヒューマノイドインターフェース?」


 聞き慣れない単語に思わず聞き返すと、ハダリーは「何だ、知らんのか」と呆れたように嘆息した。


「コンピュータ用語か? 俺、ゲーム以外は専門的なこと全然わからないぞ?」

「廃人め」

「おいコラ」


 何でゲーム内でNPCに廃人とか罵られなきゃならないんだ。娯楽(ゲーム)としてあるまじき仕様だろ、これ。


「インターフェースとは、連結装置・仲介装置のことです。最初のML型の意味はよくわかりませんが、分類上の記号のようなものでしょう。(ある)いは、彼女の他にもヒューマノイドインターフェースが存在する可能性がありますね」


 そしてアンダーヒルが思案するように黙り込んだ時、ガコンと目立つ音と共に地上からのエレベーターが到着し、ヴンと近未来っぽいノイズのような音が立てて透明の膜のような扉が開いた。


「……と、とにかくや」


 さっきまで笑っていたからか、と少しばつが悪そうにコホンと咳払いしたトドロキさんが率先してエレベーターに乗り込む。


「今話すべきはアンドロイド・ハダリーのオーナーは誰がええか、言うことやね」

「はい」


 同意したアンダーヒルも続いてエレベーターの中へと足を踏み入れる。


「私は嫌よ。私しかギルドハウスに住まないからってもう四人も押しつけられてるんだから。今でさえ深音(ミオン)玖音(クオン)が面倒くさいのに、これ以上管理する人数が増えたら(うつ)るわ」


 本格的どころかその初期症状にすら縁が無さそうな刹那は、フンと何故か不機嫌そうに鼻を鳴らすと、エレベーターに乗る。当然、その手に掴まったままのハダリーも一緒に引っ張られていき――――ガクンッ。


「なっ!?」


 ハダリーが突然驚いたような声を上げ、エレベーターの床に沈み込んだ。

 固体オブジェクトを液体のように扱う【潜在一遇(アンダー・グラウンド)】影響下では、移動可能空間と化したオブジェクト内に浮力を発生させる。しかし、エレベーターの床はすぐ下にまた通常の気体空間が広がっているのだ。オブジェクトから飛び出してしまった身体の分の浮力が得られないと考えるのが道理だった。


「おぉっとぉ!」


 咄嗟(とっさ)に動いたトドロキさんがハダリーの身体を支えるが、いきなりほぼ人一人分の体重を片腕にかけられた刹那はそれに対応しきれず、


「きゃっ……!」


 バランスを崩して足を滑らせ、広いとは決して言えないエレベーターの中でアンダーヒルを巻き込んで派手に転んだ。

 二人合わせても百キロはないだろう衝撃だったが、元々ふわふわと不安定な浮遊感のあったエレベーターが大きく揺れる。


「ったたたー……」

「大丈夫か、刹――なっ……!?」


 何処かで打ったらしい後頭部を擦りながら起き上がる刹那に歩み寄ろうとした俺はある一点に視線を釘付けにされた。

 刹那に巻き込まれる形で背中から倒れ込んだアンダーヒルのやたらと丈の長いローブが腰の辺りまで大きくはだけ、普段は隠されている彼女の足が――――その付け根のところまで衆目に曝されていた。

 細く引き締まった、小鹿のような足――――その真っ白な透き通るような玉の肌は、光を反射して薄淡い光塵を纏う。

 エレベーター上部からの明るい白色光が刹那の身体に遮られて作り出された影のおかげでよくは見えないものの、その奥にある白っぽい色のナニかまで。


「えーっと……」


 一瞬どうしようか戸惑った挙げ句、少し顔を上げて目を逸らしてみるが、同時にアンダーヒルの足を隠してやるためか足の間に尻餅を衝くような感じで身体を起こした刹那の肩越しに――――じーっ。


「うっ……」


 アンダーヒルの何処か責めているような無言の視線に射抜かれ、思わずたじろぐ。

 そして次の瞬間、まるでケルベロスに【衝波咆号(バインド・ボイス)】をぶつけられたかのような膨大な殺気がエレベーターの方から溢れ出し、俺は無意識の内に後ずさる。

 その殺気の主は勿論アンダーヒル、ではなく何故か関係ないはずの刹那だった。


「待て、刹那」

「問答無用変態討伐」


 ついさっき似たような、というか全く同じ遣り取りをした覚えがあるんだが――――そんなことが頭を(よぎ)った瞬間、刹那が何事か呟き、引き抜かれた〈*フェンリルファング・ダガー〉がパリパリと蒼い電気火花(スパーク)を放ち始め……


「なあぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!!」

Tips:『NPC』


 Non Player Characterの略で、プレイヤーが操作しない(仮想現実空間にしか存在しない)キャラクターのこと。FOにおいてはプレイヤー所有の使用人の他、街に所属しプレイヤーの生活インフラを支える宿屋や食堂・商店・工房の職員、賑やかし要員の一般市民、フィールド所属の他種族の住民等様々なパターンが存在するが、その大多数は基本的に疑似人工知能システム“P-AISyst(パイシスト)”が制御している。

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