(4)『遺書書け』
男の友情に踊らされ、服を脱がされ着せられて、ハジける友の欲望は果たして何処へ向かうのか。
飽くなき探究の徒の行く末など知る術はおそらく何処にもない。
変態だ。目の前に変態がいる……!
いや、今の現状変態っぽく見える――もとい変態であるというだけで普段はかなりいいヤツではあるのだが。
「今度はこっちだ。それ早く脱げよ」
「俺を女性アバター用装備の着せ替え人形にしたいのはわかったから、その気色悪い言い回しを今すぐやめろ。会話ログだけ見たらいらん誤解を生む可能性が非常どころか異常に高い」
特に刹那とか。
人を理不尽に弄り倒すことに関しては一家言を持つ彼女だが、ことこの手の男女だとか恋愛だとか性的な云々の話題に関して非常に誤解しやすい早とちりな悪癖がある。そして暴走する可能性も高いわけだが。
俺個人の好みとしては、顔を真っ赤にして慌てふためく女の子は見ていて可愛いと思うし、普通に好感が持てるのだが……。
刹那に関して、容姿に関してはどうにもならないこの仮想現実の世界における魅力の判断基準は性格ぐらいしかないというのに、その面でマイナス要素が多すぎて正負相殺どころかマイナス方向に振り切ってしまっているのが残念だ。
閑話休題。
現状の問題点は、どうやって目の前に大量の装備を用意して嬉々としている親友を黙らせるかなんだが。
特にシンのテンションの上がり方がおかしい。
何処のどのショップをどのように回ってきたのか、コイツらが帰ってきたのは昼を過ぎた二時頃。
来るや否や、二人してアイテムボックスからたくさんの装備品を出してきた時は本気で決闘でケリをつけようと思ったものだ。
今からでも場合によっては、と現在進行形で考えているが。
「いいからボーッとしてないで。これなんかいいと思わないか、〈*月精霊のベビードール〉! 防御率高めのくせに【高位聖霊加護】と【夢幻泡影】の二大精霊加護付きだぞ」
「その透け透けのヒラヒラがか!?」
ちなみに【高位聖霊加護】というのは一定確率で敵からのダメージを60%軽減するという恐ろしく有能な付加スキルで、胴防具ひとつで付くなんて破格もいいとこだ。加えて【夢幻泡影】は40%の確率で敵の攻撃そのものを無効化する付加スキル。二つ合わせれば相当量のダメージ軽減が期待できてしまう。
女性プレイヤー優遇しすぎだろと一瞬思ったが、その対攻撃スキルを二つも発動させるには、ベビードールで戦うという訳のわからん羞恥プレイに堪えなければならないのだ。
どちらかと言えば五分五分だろう。
「これ着用義務の女性限定大会もあるくらいなんだ」
「マジか……」
世界は広いな。
そして、なんでコイツがそんなことを知ってるのかは触れない方がいいのだろうと思ってツッコミ待機の視線は黙殺しておく。
その手の大会、運営側ではまずやらないだろうから私営の大会だろう。つまり金と暇を持て甘し、武器・防具の収集にも未だに大量に存在している(らしい)前人未踏の秘境エリアの攻略にも興味がない、中堅以上のプレイヤーの暇潰し。相当金がかかるためギルド主催のものも多いのだ。
確か、その手の大会は運営側に依頼し、参加資格者にのみ大会の通知メールを送信してもらうのだったか。それ以外の人が知る方法は人伝に聞くくらいしかない。
その大会の場合は女性プレイヤーということになる。しかし、シンの顔見知りの女性プレイヤーなんか刹那を除けばベータテスターからの古参ばかり。全員俺とも顔見知りだが、その手の大会に興味があるような奴は一人もいなかったはずだ。
ほとんどがバトルマニアの狂乱集団だからな。
「ささ、早く早く」
執拗に奨めてくるシンが鬱陶しくなり、しぶしぶ〈*月精霊のベビードール〉を受けとる。
交流のない他人同士なら武器・防具の譲渡は不可能だが、≪アルカナクラウン≫という同じギルドに所属しているため、リュウやシン、刹那とは自由に譲渡が行える。
といっても武器・防具だけで素材や金はギルドパーティでも不可能だ。
これは犯罪まがいの抑止もあるのだが、主に過剰な協力プレイを抑える目的もあるようだ。
具体的に言えば、俺がシンから装備を受け取った時点で所有者が移り、俺の装備品ボックスに新しいアイコンが追加されるというわけだ。今までに着せ替え人形扱いされて何十着か装備品を受け取ったのだが、どうも趣向的に鎧・防具というよりは戦闘に向かない服寄りのビジュアルが多い。
防具のボックスウィンドウの中から〈*月精霊のベビードール〉をドラッグし、胴装備のスロットに入れる。
それまでに着ていた〈*裸ワイシャツ〉――着けると他の防具やアクセサリーが着用不可になり、インナーも見えなくなるという既におかしい領域に入っているアホな代物――が光に包まれ、次の一瞬には〈*月精霊のベビードール〉に換装されていた。
ベビードールのファッション上のデザインの都合だろう。
中に着けていたのは、目立つ黄色のインナーではなく、普通のレースブラとサイドを紐で止めるタイプのショーツだった。
「悪くはないけど、胸が大きいせいであんまり似合ってないな」
「自分で着せといてナニ言ってんだ、お前」
それと余計なお世話だ。
あとお前は自分のサムライ顔を自覚しろ。気づいてないかもしれんが、今のお前はさっきまで一緒に騒いでいたリュウが背後でドン引きするくらい気持ち悪い。
「もっとマシな普通のアーマー系はないのかよ……。リュウのアイテムボックスには何か入ってないのか?」
「俺の奴はもう出しきったな。買ってきたのはほとんどシンのトコに適当に放り込んだから把握してないし、実のところ途中でシンが暴走し始めたから、止めるに止められなんだ」
止めろよ。
最後の方はボソボソと耳打ちするように言ったリュウは下手なウインクと共にガッツポーズ+サムズアップのコンボをかましてくる。
手痛い破壊力など欠片もないが。
「おい、シン。お前のボックス見せろ」
意識が別の世界に旅立っているシンの肩を掴むと、横にどかす。
そして、開いていたシンのアイテムウィンドウをドラッグして奪い取ると、中に一通り目を通した。
〈*白兔〉
〈*天炎鎧・彼岸〉
〈*旧式スクール水着〉
〈*雲外衣・金斗〉
その他諸々。
シンの趣味からしてやはり縦文字系の和装が多い。
女性の装備がほとんどないのは当然なのだが、それでも少しあるというのは何かがおかしい。
基本的に収集家以外のプレイヤーは自分用の装備品しか残さないことが多い。特にシンは効率を過剰に重視するような性格なので、基本的に絶対数が少ないのだ。ひとつ明らかにおかしいのがあるが。
「シン、この〈*白兔〉ってのどんなやつ?」
「なんだ、知らないのか? 語れば長くなるんだがいいか?」
「語らなくていいから概要を教えろ」
「ふっ……清純な白のバニースーツ」
「遺書書け」
刹那の口癖を流用しつつ、シンをリュウの足元に蹴り飛ばす。
そして、無警戒に転がるシンのボックスから〈*白兔〉と〈*旧式スクール水着〉を俺のアイテムボックスに移した。
捨てるのはさすがに可哀想だ。後で刹那にでもあげることにして鹵獲品を確認し、印としてチェックをつけておく。
刹那がどうするかはなんとなくわかるが、そこはそれ、シンの自業自得(?)というやつだ。
「しっかし本格的に困ったな……。リュウもシンも役に立たないし」
『恩に着るよ』を返して欲しいくらいだ。着れそうにないけど。
「刹那に頼むか……」
彼女も(比較的近い生物とは思えるものの厳密に言えば)鬼じゃない。同じギルドの仲間なんだし、困ってるヤツを放っときはしないはずだ。
Tips:『アバター』
サイバースペースにおいてプレイヤーが操作する仮想肉体のこと。VR空間に接続している間は自分の肉体を動かす電気信号を遮断し、代わりにアバターをその信号の通りに動作させるため、プレイヤーは自分の肉体を動かすようにアバターを操作することができる。当然、使用者の無意識な生理活動が停止するわけではないため、アバター操作中本体に悪影響を及ぼすことはない。




