(30)『噛ませ犬が』
噂の少年と対峙する度に自動人形の少女の口数は増えていた。言葉を交わし、刃を交わす程に、ハカナへの思いを共有できる可能性に機械仕掛けの心が躍る。
負けたくないと思いながら。語らいたいと夢見ながら。
戦いを通して少年を理解し、ただそれを彼女に褒めてもらいたかっただけ――。
「いつまで得物を抜かずに私の前に立っているつもりだ、貴様。私をまだ舐めているのなら別に構わんが、代わりに貴様と肉塊を並べても区別が付かないような姿にしてやるぞ」
イヴの姿に戻ったハダリーはギィッと目尻を鋭く歪ませるように俺を睨み付けると、腕組みをしたまま不機嫌そうなポーズで右足の爪先をタンタンと踏み鳴らす。
「いや、エモノならもう抜いてあるだろ」
俺はそう言って群影刀を掲げて見せるが、ハダリーはそれでも不服そうに首を振った。
「儚から聞いているぞ、一刀一銃使い。貴様は魔刀と魔弾銃で戦うのだろう。ならば使え、そうでなければ何の意味もない」
「そんなこと言って、抜こうとしたら攻撃するつもりだろ、お前」
「貴様、私を愚弄するのもいいかげんにしろ。私は不意打ちをする人間ではない、手出しはしないから早く抜け」
「いいのか……? それじゃ、遠慮なくお言葉に甘えさせてもらうが――」
俺は口ではそう言いつつもハダリーを警戒する素振りを隠さず、左腿の大罪魔銃にゆっくりと手をかける。しかし、ハダリーは不敵な笑みを湛えたまま余裕ぶるだけで、特別目立った動きは見せていない。
俺は特徴的な曲線を描く大罪魔銃の銃把を握り込み、その腕に力を込める。
手出ししないと言うのなら、抜かせてもらうぞ、アンドロイド・ハダリー――――抜き撃ちでな!
俺はハダリーが瞬きで一瞬目を閉じた瞬間、慣れ切った手捌きで大罪魔銃を抜き、同時に引き金に掛けた指に力を込める。
この魔弾銃――〈*大罪魔銃レヴィアタン〉には原形となった銃が存在する。それはコルト社製リボルバー式拳銃『シングルアクション・アーミー』通称SAA。
アンダーヒルによると、昔のアメリカ映画の代表格である西部劇でよく登場し、ウィンチェスターライフルと共に保安官が愛用していたことからピースメーカーという愛称で呼ばれた名銃らしい。西部開拓時代当時には犯罪にも多用されたため調停者の名とは程遠い実情だった、という残念なエピソードも補足されたが、同時にこんなことも聞かされている。
『SAAが西部劇で用いられたのは、無論時代考証や史実が背景として存在することもありますが、構造上非常に早撃ちに適した銃だからです』
これは俺の経験則(勿論FO内で)だが、確かにシングルアクション(一発撃つごとに撃鉄を撃発準備位置まで戻さなければいけない作動機構)のリボルバーは、引き金の移動距離が短いため、手ブレが少ない。
つまり精密射撃向きなのだ。
パァンッ!
銃声が響く――――が、しかし俺はその瞬間、目を疑った。
抜き撃ちを放った俺の目の前至近距離に、如何にもうまくいったとばかりに愉快そうな笑みを浮かべるハダリーの顔があったのだ。その手には偽りの洗礼を振りかぶり、大罪魔銃の射線からは絶妙に外されている。
「――王手だ、人間」
くるんと俺に肉薄する一歩手前で体勢を翻したハダリーは俺の横をすり抜けるように後ろへ抜け、ひょいっと偽りの洗礼を振った。
ゴッ!
首筋に激痛が走った。
あまりに重い衝撃に目の前が白黒に変わり、視界が傾く。ハダリーは、ぐらついて前に倒れてしまった俺の視界に入るよう場所を移動しつつも、くくっと笑いながら俺を見下ろしてくる。
「この……嘘吐、き……!」
あの一瞬であの距離をつめるためには、俺の意識が銃に向き、帯銃帯から抜かれる直前には動いていないと不可能だ。つまりコイツは、最初からその隙を狙っていたのだ。
直前まで彼女の姿は確実に視界に捉えていたはずなのに、気がついた時にはもう手遅れの位置まで近付かれていた。
「失礼な奴だ。私は貴様ら人間とは違って嘘など吐かない。私は不意打ちをするアンドロイドだからな。貴様が勝手に勘違いをしただけだ。私に責任転嫁して被害妄想を膨らませるのはやめろ」
ああ、ダメだ。もし儚を尊敬し、その真似をすることで彼女に近付こうとしているのなら――――それじゃダメなんだよ、ハダリー。
儚は戦いに関しては真摯だ。真剣で、正々堂々と敵を倒す。敵と認めた相手に、卑怯だの小賢しいだの思わせない、王者の戦いっぷりは今も健在なはずだ。
壊れてしまった今でも。
「しかし、それにしてもだな。貴様、自分のことを省みず、仮にも敵として相対する者のことばかり――言葉ばかりを正面から受け止めようとしすぎではないか? 先駆者の残した言葉はしっかり真摯に受け止めろ。言うではないか、『兵は詭道なり』。おっと、私は騙したわけではなかったな。ただ……そう、貴様が勝手に騙された」
また極端な論調――――正しくはないとわかっていても単純には否定しにくい、妙に説得力を持っている言葉。
口調こそかなり違うし、詰めも甘いが、時折、何処となく儚を彷彿とさせるな、コイツ。
「いつまでそうやって寝ている気だ、人間。よもや『あと五分』などと甘えた声を出すつもりじゃないだろう……なッ!」
ドスッ!
急に歩み寄ってきたハダリーに背中を思いきり踏みつけられ、肺の中から空気が押し出されて思わず仰け反る。
「立て。これ以上私を退屈させるなら貴様を床に縫いつけてやる」
そう言いつつも、ハダリーの足は俺の背中の重心を的確に捉えていて、腕に力を入れても起き上がれない。
コイツでは、無理だ。
「……あと五秒だけ待ってやろう」
「じゃあ五秒間動くなよッ!」
俺はハダリーの軸足となっている細い左足首を掴み、力任せに引き倒した。
「面白いがつまらん」
彼女のバランスを崩し、床に手を衝かせた時点で抜け出せると思った。
しかしハダリーは床に手を衝いた瞬間、足で俺の身体を挟み込み――――ぐるんっ!
「なっ……!」
俺の身体は、一瞬宙を舞った。
ハダリーは俺を足の力だけで支えながら、さながら大車輪の如く持ち上げて床に叩きつけたのだ。衝撃の残滓に身体が軋み、再び肺から空気が押し出される。
これ、死ねる。
「さあ、逆境を努力で乗り越えろ。たまにはそういった人間らしいこともしてみたらどうだ、人間」
腹立つぐらいスタンッと綺麗に受け身をとったハダリーは偽りの洗礼を持ち上げて構え直すと、突撃姿勢を取る。
「【潜在一遇】は……使わない、のか?」
息も絶え絶えになりながら、時間稼ぎを兼ねてそう訊くと、ハダリーはふんと鼻で笑って見せた。
「使って欲しいならそれだけの価値を示してみろ。雑魚に使うなど非合理的、魔力の無駄以外の何モノでもない」
「いちいち癇に障るヤツだな」
「同族嫌悪という奴か?」
「は?」
急に何を言い出したんだ、コイツ。
「貴様と私の共通点の話だ。儚に目をかけられていること。見目麗しいこと。互いに喋り方が一般的ではないこと。そしてマイナーな武器を使うこと」
「魔刀はマイナーじゃねえよ!?」
と叫ぶも、即座にしまったと後悔する。
魔刀を馬鹿にされた気がして先にそっちにツッコんでしまったが、本来ツッコむべきは俺に対するハダリーの中の認識――すなわち俺を元から女だと思っていることだというのに。儚関係だという辺りから口調を取り繕うことを忘れていたのだが、俺は本来男であり、別にキャラを作っているわけではないのだ。
「だが使用者は少ないと言っていたぞ?」
「……誰が」
「儚」
「アイツも似たようなもんじゃねえか!」
儚が主義を変えていなければ、彼女の武器は聖剣と魔剣の双剣士。
正負に善悪、裏表。極端に二分化する現実を表しているらしいが、正直なところおかしくなってからの儚の言動は気にするだけ損をする。勿論、無視するには危険すぎるわけだが。
「何を言う。一般的に使われないからマイナーと呼ばれているだけで強さとはまったく関係がない。可変機械斧槍も十分にマイナーだが十二分に強いのだ。それで十分ではないか」
ハダリーを警戒しつつも群影刀を抜くと、俺はそれをハダリーに向けながら、さっき取り落とした大罪魔銃を拾い上げる。
「しかし、やはりわからんな。貴様程度を何故あの儚が気にしているのか。やはり何かあるのか?」
「儚が何を考えてるかなんて、俺にわかるわけないだろ」
「フン、思考放棄は進化の放棄だ。やはり貴様は儚が気にかけるほどの者ではない。やはり私こそが儚の傍にいてもいいのだろう。貴様に儚の言うような価値はない。貴様は私にここで潰され、噛ませ犬にでもなっていろ!」
偽りの洗礼を低く構え、ギュンッと瞬く間に差を詰めてきたハダリーは――――次の瞬間。
「何……!?」
バキィッ!
俺とハダリーの間に突然誰かが頭上から割って入ってきて、驚いて立ち止まりかけたハダリーはその人物に殴り飛ばされた。
ハダリーは緩やかに回転しながら宙を舞い、激しく地面に叩きつけられつつも何とか受け身をとって起き上がる。
そして自分を殴り飛ばした人物に目を遣って、驚愕の表情を露にした。
「おかしいわね。私は私に無断で≪アルカナクラウン≫に手を出すなって言っておいたような気がするのだけれど、もしかして伝えきれてなかったのかしら。もしかしてあの時のあなたの返事は生返事だったの? イヴ、あなたはどう思う?」
そう言いながら、頭から被っていたフードをすとんと背中側に落とした人物は長い茶髪を撫でるように引き出した。
「お前……儚!?」
俺は思わず声を上げるが、儚は何故か振り返らない。
「ハ、儚……違うんだ、これは……」
ハダリーはさっきまでの尊大な態度が嘘のように狼狽えていた。
「どこがどう違うと言うの、噛ませ犬が。あなたこそ何もわかってないわ」
儚は、ハダリーにぴしゃりとそう言い放った。
Tips:『可変機械斧槍』
変形によって重厚な刃を持つ斧刃モードと強力な金属杭を撃発で打ち放つ射突槍モードを使い分ける機構を持つ重量系の単一武器カテゴリ。同じ単一武器カテゴリの半月斧と射突式破甲槍の両方の性質を持ち、重量に由来する破壊力と取り回しの悪さが特徴。その上、高速変形機構を持つため基本的に耐久値が低いものが多く、対ボス級モンスターに対する瞬間火力として使われることが多い。




