(26)『それからは容赦しない』
華奢な身体に見合わぬ剛腕が空を裂き、その手の重き刃が床を砕いて少年に迫る。
時間稼ぎが功を奏すか、それは人形の心次第。
「――貴様の全てを以て私の敵を務めてみせろ!」
電子仕掛けの永久乙女はそう叫ぶと、可変機械斧槍〈*偽りの洗礼〉を持つ手元でガチャンッと重い金属音を響かせた。そして、射突槍モードから斧刃モードに切り換えられたためか、先端を覗かせていた金属杭が斧の柄の部分に潜り込んでいく。
「……ッ!?」
次の瞬間、ハダリーの右足が素早い挙動で一歩前に踏み出してきた。俺はコンマ秒遅れつつも一歩後退り、その間合いから離脱する。
「逃げるな、人間!」
無茶言うな。
やや苛立ち紛れの言葉を聞き流し、俺は魔弾銃〈*大罪魔銃レヴィアタン〉を牽制目的でハダリーに向ける。
「小賢しい!」
しかしハダリーはまったく怯む様子も見せず、躊躇なくさらに踏み込んでくる。
「ぅおっ……!」
ドカッ!
上段から振り下ろされた斧刃が、俺の立っていた床のタイルを割り砕く。それを咄嗟に飛び込み跳躍で躱した俺はハダリーの右肩に向けて、大罪魔銃を発砲した。しかし銃弾はハダリーが射線に合わせてズラした偽りの洗礼の柄で跳弾し、脇の壁に埋没する。
「この程度!」
不敵な笑みを浮かべたハダリーは再びぐるんっと回した偽りの洗礼を振りかぶり、ダンッと地面を強く蹴って跳躍した。
「くッ!」
何とか回避行動を取るが、斧刃の尖端がお腹を皮一枚掠め、赤い線が入った。
アバターが変わっていなければ、ウエストサイズは今よりも大きい。つまり、もろに直撃を食らっているところだ。
この身体になったことを感謝したのはこれが初めての気がする。
「いつまでそうやって逃げられるつもりでいる、人間!」
ハダリーの言う通り、ここは決して広いとは言えない小部屋の中。
いつまでも逃げ続けられるだけの十分なスペースもなければ、障害物もない。入り口側にはハダリーが陣取っていて、自ら場所を変えるわけにもいかない。このままではジリ貧、いずれリーチが長く一撃一撃が重いハダリーにやられてしまうだろう。
何とか、しないと――。
ハダリーは偽りの洗礼を大きく水平に振りかぶると、左足を引いて力を溜め始めた。低空を跳ねるような歩法で大きく差を詰め、強烈な一撃を叩き込むつもりなのだ。
「ちょっと待て」
もう一か八かだった。
「命乞いなら受け付けないぞ、人間」
「違う。もうひとつお前に聞きたいことがあるだけだ」
眉を顰めたハダリーの動きがぴたりと止まった。そして額にシワを寄せて俺をまっすぐ見据えたまま、睨み付けてくるように微動だにしない。
「ただの時間稼ぎだった時は次の一撃で磨り潰すぞ……」
ただの時間稼ぎでした。
まずいな。このままだと次の一撃で磨り潰されてしまう。
俺は無表情で凄むハダリーを前にして、必死に頭を廻らせて現状を打開するため一人作戦会議を展開する。
「本当に時間稼ぎだったのか……?」
ハダリーは脅すようにヂャキッと音を目立たせて偽りの洗礼を上段に構え、今にも振り下ろしそうな殺気を撒き散らした。
慌てた俺は、咄嗟に倒れている電子人形に群影刀の切っ先を向ける。
「コイツら、どうやって倒したんだ?」
「何……?」
ハダリーは俺の意図を窺うような思案顔になると、振り上げていた偽りの洗礼を支える腕から力を抜き、重力に任せる形で床に振り下ろす。
ドグシャアッ!
巨大な斧槍はそこに横たわっていた電子人形の胴体を真っ二つに砕き、その下の如何にも堅そうな光沢を放つタイルにヒビを入れる。
「これらのアンドロイドはほぼ無抵抗のままに一撃で壊されてる。ありえない、とは言わないが、お前の〈*偽りの洗礼〉じゃ同時に相手できて精々が二体までだろう。妙な傷口も気になるしな。よかったらその質問に答えてくれ」
ぴくっ。
ハダリーの前髪が揺れ、息を呑むような吸気音が微かに聞こえた。
「ふん、漸く私に敬意を払う気になったか」
引っ掛かった。
ハダリーは、多少小利口な面もあるものの基本的にはプライドが高く、同時に子供っぽい性格。こういうタイプには搦め手なしに少し持ち上げてやると、すぐ乗ってくることが多かったりするのだ。
さっき見せておいた強気な態度から、やや劣勢の戦闘を経て態度を少し変えると、相手からは自分の実力を認めたように見える――――単純なカラクリだ。
「むざむざ手の内を晒すことはできんが、ヒントくらいは出してやろう。アンドロイドの殲滅に、私は二つの能力を使った。ひとつは戦闘用に作られたこのボディの私の右腕に内蔵された特殊兵装“バイス・フラグメンテーション”。そしてもうひとつは、私の保有する固有スキルだ」
「固有……? ユニークスキルか?」
「確か貴様らプレイヤーはそう呼んでいたな。ふん、呼称用語などどうでもいい。貴様がそれを使うに値するなら見せてやっても構わんがな。まだ本気で戦っていないだろう。私をそれ以上愚蔑するなら、貴様もこうなるぞ」
ヒュンッという風切り音と共に俺の右隣をアンドロイドの上半身が通過し、背後の壁に当たって粉々に砕け散る音が響く。
最後の台詞は本気で言っていたのだろうハダリーは、俺を睨みつけるような目つきのままに不敵な笑みを浮かべる。
「俺の実力……ね」
アバター変化前――つまり俺の本来の実力を発揮できる状態ならともかく、今の全力なんてたかが知れている。
アバターに慣れ切ったわけでもないし、戦闘スキルのひとつもない。魔犬の群勢のことを差し置けば、武器も万全とは言い難いだろう。
俺は右手の群影刀を前方に突き出し、左手の大罪魔銃を心臓の前辺りに横向きに添える一刀一銃特有の構えを取る。左足は引き、右足は前、上から見れば直線の軸に合わせているように見えるはずだ。
「……お前、俺の実力が知りたいのか?」
俺がそう言ってやると、ハダリーは表情をやや固くして偽りの洗礼を片手で持ち上げた。
「そうだ。さっきからそう言っている」
記憶違いでなければ、わかりやすく明言はしていないはずだが。
「悪いがお前の期待には応えられないかもしれない、それでもいいのか?」
「……どういう意味だ?」
「ひとつ。俺は今、いきなり仲間をやられて頭にキテる。正常な判断ができる保証はない。ふたつ。この場所は俺とお前が互いの武器を振り回すには狭すぎる。このまま戦ったところでまともな結果にはならないことぐらい誰でもわかるだろ」
この発言は、現状考えられる限りでは最良の策だったと自負している。
コイツがただ戦いたいだけのヤツなら、状況は何も変わらず、この部屋での戦闘を続行するだけに留まるだけのことだ。
理由ありきで正々堂々と戦いたいのなら、俺の発言を受ければよくて場所の移動・戦況の立て直し。最高なら一度退き、後で再び出直してくるという選択肢を選んでくれる可能性も無きにしもあらず。
つまり最高でも勝率は上がり、最低でも現状維持と、この土壇場では驚くほど安全なギャンブルだ。
ハダリーは思案顔で俺を少し眺めていたかと思うと、高く掲げた偽りの洗礼をゆっくりと――そっと床に下ろした。
うまくいったか……? と様子を窺いつつも、俺が緊張で手が震えないように必死で堪えていると、
「私を量るな。私を諮るな、人間風情が。貴様が何を考えているかぐらいすぐにわかる。言っておくが、私は出直したりはしない。ただ待つなど暇で暇で仕方がないからな。しかし貴様の実力に関しては本意ではない……」
最高の可能性は消えたが、ただ戦いたいだけの戦闘狂というわけではなさそうだった。
ハダリーは「ふむ……むぅ……」と腕組みをして考え込む様子を見せながら、タンタンと足を踏み鳴らすと、
「では主格納庫に来い。ここよりは断然広いだろう。多少離れているから、それまでに頭も冷やせ」
面白いほど予想に則したハダリーの言葉を受けて、俺がホッと息をついた瞬間――ガチャッ、ギュンッ!
瞬く間に射突槍モードに切り換えられた偽りの洗礼の発射口から射ち出された金属槍が、俺の顔面に迫ってきた。
「……ッ!?」
恐ろしい手際の良さに反応できなかった俺は思わず目を見開いて硬直する。
ガシャンッ。
金属槍は、鼻先数センチの位置で突然停止した。いや、ハダリーがそこで止まるように距離をとって発射したのだ。
「それからは容赦しない」
その時の気迫たるや冷や汗が頬を伝い、心臓の脈動が激しくなるほどだった。
「逃げるなよ、人間。三十分以内だ」
ハダリーは「ふん」と鼻を鳴らすと、金属槍を再び回収して部屋を出ていく。そして、通路に倒れている刹那(らしき人)を一瞥すると、すぐに興味を失ったように目を逸らし通路の方へ姿を消した。
「あの格納庫を通らずに外に出られるかっつーの」
自分でもちょっと情けなくなる負け惜しみを吐いてみつつも、ハダリーの足音が聞こえなくなるとすぐに通路に出る。
まずは刹那だ。
一目確認して、俺はまずほっとした。
見たところ継続ダメージを与えそうな外傷は見当たらないが、肌の露出している部分には擦過傷を負っているし、所々凹んだりしているものの防具もちゃんと残っている。つまり自演の輪廻とやらに依る蘇生処分は免れているのだ。
星形アイコン五つの気絶――――つまり気絶の度合いが最も深いという意味だ。頭の上を周回する気絶エフェクトのピヨヒヨコが十匹もいらっしゃる。
この気絶は時間経過を待つしか起こす方法はない。いくら肩を揺すってみても、せっかくの機会だからと性格とは裏腹に柔らかそうな頬を摘まんでみても、やはり目を覚ます気配はなかった。
実際、刹那の頬は柔らかかった。
閑話休題。
「っと……ケルベロスは……?」
周囲を見回すが、あの黒々とした精霊の姿は見当たらない。仕方なく勿体なく思う気持ちを振り切り、召喚し直すことにする。
「【魔犬召喚術式】〔地獄の番犬〕、サイズ『四分の一』」
ドプンッと前と同じような水音が響き、黒い水溜まりを経てケルベロスは現れた。しかも指定した通り、四分の一サイズだ。
「試しにやってみたけど、けっこう色々と指定もできるのな」
「当然デアル。我ラ『魔犬の群隊』ハ融通ガ利ク」
「胸を張るなキメ顔はいらん。そんなことよりアイツが刹那を倒した時見てたんだろ。様子を詳しく話せ」
「我ガ主ヨ。申シ訳ナイノデアルガ。我ハ刹那殿が突然吹キ飛バサレタトコロマデシカ見テハイナイ」
ミニケルベロスは尻尾(というか蛇)をだらりと下げ、やや落ち込み気味になる。
「お前もやられたのか?」
「否。逃ゲタノダ」
「おいコラ」
「我ハシガナイ動物ニ過ギナイノデナ」
「お前精霊だろうが」
「ワン!」
「テメェ、事の重大さカケラもわかってねえだろ。イラつく犬の泣き真似やめろ」
期待してた以上に役に立たない使役精霊への落胆をとりあえず心の中にしまいこみ、再び刹那に視線を戻す。
顔色は、あまりいいとは言えない。
「アイツには悪いけど――」
さっき使ってしまった大罪魔銃に弾を補充しつつ、ハダリーの消えた通路の先を睨み付け、
「ちょっと歩いたくらいで冷静さを取り戻せるかの自信はないな」
俺はそう一人ごちた。
Tips:『一刀一銃』
FOにおいて、両手に刀剣系の武器と銃器系の武器を同時に装備する戦闘スタイルのこと。刀剣系武器は片手で扱える武器カテゴリも多いが、銃器系武器は基本的に片手での射撃が容易な拳銃系武器(拳銃・魔弾銃)に固定される。近距離での格闘戦に適した刀剣と近・中距離を捉える拳銃双方の間合いを生かせる点に加え、二種の攻撃属性を使い分けることで耐性や障害に影響されにくくなる等のメリットがある。一方で刀剣に体重を乗せることが難しいため重量系の武器に対する防御が弱く、また両手が塞がった状態で拳銃のリロードをする必要がある等それぞれの武器の扱いが難しくなるデメリットがある。目立った利点が多く柔軟性の高さから試用するプレイヤーも多いが、基本的に戦闘挙動が特異で複雑になるため、挫折するプレイヤーも多くの割合を占める。




