(25)『そして貴様』
突如現れた不遜なる自動人形の少女アンドロイド・ハダリー。
仲間を傷つけ、仲間を踏みにじるその敵に少年は怒りと苛立ちを覚えながらも臆さずその姿を、その言葉を見定めて対峙する。それぞれの思惑はその胸の内にある。今はまだ言葉を交わしていても、ぶつかり合うその心は決して相容れないのか。
戦いの時は近い。
「ほう……。貴様、今、この私を“クソガキ”などと呼んだか?」
パァンッ!
[イヴ]を名乗る『電子仕掛けの永久乙女』の足元を魔弾銃〈*大罪魔銃レヴィアタン〉で撃つ。
そして――
「黙れ」
――今まで完全に向こうのペースだった空気をリセットし、こっちの流れを取り戻すため強烈なインパクトを残す一言。
今の一発は、俺に向ききっていなかった意識を完全に俺に向けさせるためで、かつ牽制の役割も兼ねている。相手の意表を衝いて先手を取ることで、自分を鼓舞する目的もあるが。
俺の安い挑発に乗り、感情が昂りかけたところで強制的に怯ませられたその少女――ハダリーは、呆けたように固まった。
「必要なことだけ答えろ。何が理由だ? 目的は何だ?」
強気に攻めろ。
今までの遣り取りや喋り方を見る限り、このハダリーという少女は我が強い。
このタイプは自分が優位に立てば立つほど調子付き、段々厄介になってくるスロースターター。後になってその勢いを殺しつつ、相手より優位に立つのはかなり厳しい。
それなら勢いのない内に――出鼻を挫いてやるのが一番早い。
「ふん、この私を相手に強く出たものだ」
ハダリーは口元に嘲笑のような笑みを浮かべて、一瞬の空白を誤魔化すようにそう言い捨てた。
「まずそれは何に対して言っている言葉だ、人間。目的という割に目的語がないから、憶測でしか答えられんがな。大方、わざわざこの姿を借りてまで貴様らを呼び出した理由か? 廊下の犬と女を攻撃した理由か? このフィールド内にいる電子人形共を片付けた理由か? それとも――――私の存在理由か?」
「全部だ」
俺が即答してやると、イヴは突然可笑しそうに笑い始めた。
「くっくっく、貴様も相当強欲なようだな。私は知っているぞ。現実世界の方では自分に投げ掛けられた全ての問いに答えようとするのは、教職者ぐらいのものなのだろう? 私は教師ではないが、こう見えても寛大だ。それに私は欲のない人間は大嫌いだが、欲のある人間は大好きだ。こちらから呼び出したということもあるし、それらの質問にはちゃんと回答して――」
「ちょっと待て。呼び出した――――ってことはやっぱり最初から罠だったのか?」
「何を今さら」
不敵に笑うハダリー。
俺たちが会ったイヴは、最初からこの傲岸不遜な態度の女だったってことか……?
だとしたらうまく騙されたものだ。
「ふん、今さら無知の振舞いは止せ。私はその程度で手を休めたりはしない。さて、一つめの理由は呼び出した理由だったか」
「儚の罠……か?」
「ほう……。やはり貴様、私が彼女の関係者だと知っていたのか」
確信は確定に変わった。
となるとあの魑魅魍魎という男もやっぱり儚の関係者だったのだろう。
適当に拘束でもして、後でゆっくり話を聞くべきだったか。
俺の後悔も素知らぬ顔で、ハダリーは最初の質問に答え始める。
「しかし、惜しいな。私は儚が執心しているらしい≪アルカナクラウン≫がどれ程の者かを知りたかった。つまり興味を持ったからだ。今回の件に、儚は関わっていない」
「俺たちのことは儚から聞いたのか?」
「無論だ。しかし、彼女には困ったものだ。日の出から日没まで、日没から日の出まで、儚が四六時中再三再四一日中褒めそやしているのだからな。嫌というほど聞かされれば、少しぐらいの興味は湧くというものだろう。そうでなければただうんざりするだけだからな」
儚のゲーム内では一睡もしない癖は相変わらずのようだな。
二十四時間を拘束される今となっては、長時間睡眠を取らないと寝不足のような制限がかけられるため、寝ないわけではないのだろうが、新しく一睡もさせない癖までついたのか。
どちらにしろ悪癖に違いはないが、前者と違って後者は他人に迷惑をかける辺り、一線を画して迷惑な話だ。しかも現状ログアウト・エスケープは不可能なのだから、破壊力は数倍増だろう。
「本当なら残りの二人――リュウやシンとやらも呼び出すつもりだったのだが、多くは望むまい。私でないイヴがそれだけ無能だったという話だ」
やれやれという調子で頭を振るハダリーの言葉に、俺は思わず「ちょっと待て」と反応を返してしまった。
「今度は何だ、人間」
「本物のイヴも関わってるのか?」
「くだらない質問だな。わざわざこの私が小芝居のために出向くと思うな。この姿は貴様らが双極星と呼ぶ二人の女の方だろう。名前が同じだったこともあるが、なかなかに好みに合致した見てくれだったのが一番大きい。似合っているだろう」
「いや、それは違和感バリバリだが」
「何っ!?」
本物の[イヴ]の方を知っているせいで多少の先入観もあるだろうが、こっちのイヴ――つまりハダリーはどちらかと言わずとも男喋り。それなのに見た目だけは純白の艶やかな髪を持ち、華奢で脆弱な印象を受ける可憐な少女のままなのだ。
これを自然に受け入れろという方が無理があるというものだろう。
「このあどけない姿には同性とて惹かれるものがあるだろう。何がおかしいことがある?」
ハダリーはほとんど無表情の顔で、理解できなくもないがあまり認めたくない台詞を言ってのけた。
「不自然なのは外見じゃなくて、お前の喋り方の方だからな」
「フン、そこを貴様に言われるのは心外だが、そもそも貴様のような人間に理解してもらおうとは思わん。私はこんな無礼な輩の話を延々と聞かされていたのか。望むことなど初めからないが、失望と言えばこのことだな。まったくつまらん。そこに転がっている女も面白味はなかったし、骨折り損の草臥れ儲けとはこのことか」
廊下の方を一瞥し、ハダリーはやれやれと首を振る。その右手は気怠るそうに額に添えられ、まるで頭痛を堪えているような構図だった。
しかしその表情には、アンダーヒル並みに感情がない。
「二つめの理由はそれだ。当然、私は[刹那]にも興味があったのだがな、腕試しをしてみたら何と言うこともなかった。大して強いわけでもないあんな女に、儚は何を固執しているのか、唯一の理解者である私とて流石に理解に苦しむぞ。まぁ、従えていたらしいあの犬は邪魔だったから片付けただけだが」
腕試しというそれだけの意識でほとんど音もなく刹那を倒し、邪魔だったからというだけの理由であの地獄の番犬を片付けるなんて――――化け物か、コイツ。強さとかそういう次元じゃない。思考回路が、まさしくマトモじゃない。
「三つめは電子人形だったか? 奴らは私より下位の分際で私を攻撃しようとしたからな。貴様らを待っている間の手持ち無沙汰に、暇潰しとして殲滅していた。どれもこれも理由としては大したものじゃない。下らない程度の言い訳に過ぎん。だが、四つめはそうでもないはずだ。何しろ私ですらわからないくらいなのだから、余程の秘密が隠されているに違いない。今、私が興味があるのは、この電子仕掛けの永久乙女の存在理由と儚――――そして貴様の三つだけだ」
ハダリーの目に、狂気じみた――凶器じみた殺意が戻る。
そしてガヂャンという重い駆動音と共に長大な武器――可変機械斧槍がバンカーモードに切り換えられ、先端に空いた穴の奥から巨大な突起物がせり上がってきた。まるで巨大な釘の尖端のように無骨な造りのその槍は、光を反射して鈍色の光を放つ。
「私の武器に多少の興味があるようだな」
ハダリーが自信有りげにそう呟くが、俺の頭に浮かんでいるのは興味ではなく、精々が物珍しさ・不思議さの方だ。つまり、好奇心ではなく好奇の目、ということになる。
可変機械斧槍というのは所謂斧槍という武器の柄の部分を機構化し、パイルバンカーを組み込んだ特殊な武器だ。威力と貫通性能が高い分非常に重く、つまりは取り回しと威力のバランスが悪い。そのせいでユーザーは非常に少なく、使っている人にしたって趣味程度の二軍装備のサブ武器。
実用的でないものをいつまでも使ってられるほど、この世界は甘いものではない。そんなものをわざわざ使っていることに、疑問を抱かずにはいられないのだ。
「私の〈*偽りの洗礼〉は素晴らしい武器だ。貴様がどうしても気になるというのならいいだろう――――その身でとくと味わうがいい!」
「どうしてもなんて言ってねえよ! お前はアレかッ? 刹那と同じ戦闘狂か!?」
まるで本当に声が聞こえていないかのようなスルーっぷりを見せたハダリーは、可変機械斧槍の射突口を――金属槍を俺に向けて低く構える。
コイツ、話が通じないんだけど。
「不服そうな顔をしているな、人間。どんな理由なら貴様は納得できたというのだ」
さっきからコミュニケーション中の見当違い発言が多い。
誤解されるような言動をとった覚えはないから、おそらく本人の気質の問題だろう。もしかしたら、普通に接してみたら実はいいヤツで、ただ空回りして暴走しているだけなのかもしれない。
だが――
「どんな理由でも納得なんかしない。お前は俺の仲間に手を出したんだからな!」
「そう来なくては話にならん!」
愉快そうな笑みを浮かべたハダリーが手元でトリガーを引くと、ドンッと何かが弾かれるような音と共に鈍銀色の金属槍が俺に迫る。俺は咄嗟に背中の〈*群影刀バスカーヴィル〉を抜き放って金属槍の射線にそれを合わせると、その峰に大罪魔銃を宛がって衝撃に備えた――――ガツンッ!!!
一瞬何が起きたのかわからなかった。
気が付いたら俺の身体は壁際にまで移動していて、背中に鈍い痛みが広がっていたのだ。そして目の前には、ハダリーの手の中の〈*偽りの洗礼〉の射突口にシュルシュルと戻っていき、ガチンッと元の場所に収まった巨大な金属槍。
そして次の瞬間、麻痺していた思考回路を理解が巡り、ゾクリと背中に悪寒が走った。俄かには信じがたいが、しかし目の前で起こった現象は見間違えようもない。俺は、ハダリーの攻撃で群影刀ごと無理矢理押し込まれたのだ。
パイルバンカーで一方的に相手だけを吹っ飛ばすには、何処かに本体を固定するか、力で押し勝っていなければならない。それ故に普通なら体格のいい力のあるプレイヤーしか使わないのだ。それを小さい身体でやろうとしても軽過ぎて踏ん張りが効かず、自分も後ろに転がってしまう。しかしハダリーはそれすら押さえ込むような馬鹿力で反動を捩じ伏せたのだ。
そして同時に、俺は非常にマズい事態に陥っていることにも気が付いた。手全体をビリビリと電気が走るような感覚――――あまりにも強い衝撃で一時的に手足が麻痺してしまっている。
肘を強くぶつけた時に手が痺れるような感覚を覚える現象はファニーボーンと呼ばれているが、原理はそれと同じ。強い衝撃を受けると神経が圧迫され、一時的に神経の興奮と麻痺を引き起こすのだ。
「まだ始まってすらいないぞ、人間。貴様の持っている全てを費やしてもこの私に及ばないかもしれないが、貴様の全てを以て私の敵を務めてみせろ!」
Tips:『制限』
FOにおいて空腹や飽食・過剰睡眠や睡眠不足等の生理的な過不足から発生するデバフのような症状の総称で、プレイヤー間では“障害物”を略して俗に制限と称されるようになった。一般的なデバフと違って付与率が存在せず、条件が揃えばあらゆる耐性や効果を無視して必ず付与される。また明確にデバフとして用いる行使者も存在しない。一度付与されるとポーション等の状態異常回復のアイテムの効果では治癒できない特徴を持ち、時間経過による自然回復や原因の改善等任意の行動によってしか解除されない。




