(23)『アンドロイド・ハダリー』
調子に乗る変態と、かくして当たる嫌な予感。
白衣の男は飄々と彼らを煙に巻き、着々とその目論見は表に現れ始めていた。
普通に無理でした。
百メートルどころか300mほど全力疾走し、一応俺が来るまで待ってくれていた刹那とイヴにいなくなった諜報部二人のことを説明すると、
「スリーカーズは知ってたけど、物陰の――アンダーヒルも結構勝手なところあるのね」
結構すんなり納得していた。案外アンダーヒルと同意見なのかもしれない。
「第三研究区画ってどんなトコだっけ?」
壁に据えられた丸い開閉ボタンに手のひらを押し当ててスライド式の透明な扉を開きつつ、俺は刹那に訊ねてみる。
「あれでしょ? 小さい部屋がたくさん並んでる通路と大きな部屋とその先の回廊」
そう言われて思い出した。何処となく昔ながらのドット絵で書いた向日葵のような構造になっている区画だ。
通路に一歩足を踏み入れた刹那が、急に立ち止まり、通路の先を睨み付けた。
「確かに何かいるわね。シイナ、後衛お願い」
「了解」
刹那は右大腿側部の鞘帯に納めてあった〈*フェンリルファング・ダガー〉を再び抜き、中々群影刀を振るのは難しそうな狭い通路に入る。
続いてイヴが入り、俺も大罪魔銃を抜いて背後を警戒しながら、機械的に二人の後に続いて中に入る。
その直後だった。
「あれェ、こんな所に人が来るなんて随分珍し――」
「【轟雷】付き【投閃】、死ね、アンドロイドッ!」
「わぎゃあああああぁぁぁっ!」
バチバチと激しいスパーク音が妙な悲鳴と共に狭い通路の中に響いた。
……あれ? 前で何かあった?
二人の方に振り返ると、最初のちょっとした曲がり角で刹那がイヴをかばうように腕を広げ、角の向こう側にいる何かを睨み付けている様子が視界に入る。
咄嗟に二人の間をすり抜け、角の向こうを覗き込むと、人型の輪郭の白い何かが――
「……ッ!」
パァンッ。
――俺は反射的にその足を撃ち抜いた。
相手が電子人形なら、先手を取るに超したことはない。
――というつもりだったのだが。
「足ィィィいィィやあぁァァァァァ!?」
何か普通に痛がってるな――――と思って視線を少し上げると、貫通銃創を負った自分の足を見て金切り声を上げる、青ざめた表情の男がそこにいた。
「しまった……。アンドロイドっぽかったからつい――」
刺されて痺れて撃たれての三連撃を食らって床に転がっている男の頭上には、よく見るとやたら画数の多い漢字四文字つまりプレイヤーネームが浮かんでいた。
「いいい、いきなり何するのさァ!」
「プレイヤーなんて珍しいフィールドだから、いきなり白いのが現れたから敵かと思うじゃないの。それとも敵なの?」
肩に白マントを羽織った、長身というよりはひょろ長いと形容すべきだろう体格の男は、刹那が質問と共にギラリと光らせたフェンリルファング・ダガーの刃にさらに血の気の失せた顔をブンブン激しく振ると、近くに落ちていた眼鏡を拾い上げながら慌てた様子で立ち上がった。
「で、アンタ誰?」
刹那が一応武器を下ろして男にそう訊ねる。が、男は眼鏡をかけ直して改めて刹那を見下ろすと、
「うぉっ、ナニナニよく見たら君めっちゃ可愛いねェ。痛かったけど不幸中の幸いだったみたい。ねェ君暇ならお茶しない?」
サクッ。
「痛いッ!?」
自分の質問をスルーされた腹いせか、男の差し出していた右手のひらに珍しく白けモードの無表情刹那が〈*サバイバル・クッカー〉を突き刺したのだ。
「アンタ、人の質問には答えなさいって刑務所で習わなかった?」
いきなり前科持ち扱いされた眼鏡男は、ガクンッと首を傾げると、
「あァ、そう言えば四六時中再三再四言われてたような気がするねェ」
あるんかい。
とぼけたようにそう呟いた男は、顎に手を添えて思案顔になる。
「アンタ、[魑魅魍魎]でいいのよね?」
「うん、できれば女の子にはミーくんって呼んで欲しいなァ、ワクワク」
テンション高いな、コイツ。
この謎のテンションには刹那もいらいらしてきたのか、フェンリルファング・ダガーを持つ右手が強く握られ、微かな幅で小刻みに震え始める。
魑魅魍魎さんよ、そろそろその調子で続けるのはやめておいた方が身のためだぞ。
「で、魑魅魍魎。アンタは何でこんなトコにいるの? まさかここがどんなところかも知らずに来たわけじゃないんでしょ」
「さすがにそこまで寝惚けてはいないよォ? ここは亡國地下実験場第一階層――――『無機物に愛を注げるか』だねェ」
「向こうの電子人形の止骸はアンタがやったの?」
刹那が格納庫のある後方を立てた親指で示唆して訊ねると、
「まさかァ。僕はそんなことのためにここに来た訳じゃないからねェ。多分彼女がやったんじゃないかなァ?」
「彼女?」
「一緒にこの層に来た仲間がいるんだよねェ。他にも何人か仲間がいるんだけど、その人たちは皆もう少し下の階層に行っちゃってねェ。僕と彼女は足手まといになるからってお留守番さ、んふふふふ~♪」
この下の階層に行った奴がいるのか。だとしたら相当強いか自信過剰な連中だな。
「で、アンタの用ってのは何のこと?」
「君たちと出会うことさ、キリッ!」
ザクッ。
「いであああぁぁっ!」
今度は刹那の右手のフェンリルファング・ダガーが魑魅魍魎の左手を貫き、魑魅魍魎が悲鳴を上げると共に引き抜かれた。
容赦ないな。
「死にたい?」
ブンブンブン、と首を激しく横に振った魑魅魍魎は、目を泳がせてため息を吐いた。
「以前、僕はここであるモノを探していてねェ。今日は置いてけぼりにされたついでに関連アイテムでも落ちてないかと探しに来てたんだよ。ちょっとした噂のようなものだけどねェ。この“エデンの園”には、まだまだ未知の場所があるみたいだからさァ」
「噂……?」
刹那が訝しげに眉を顰めつつも、魑魅魍魎に気付かれないよう隙を突いて俺に目配せしてくる。魑魅魍魎の口振りが気になったのは、どうやら俺だけじゃなかったようだ。
「まァ、ちょっと小耳に挟んだ程度なんだけどねェ。大したもんじゃないから気にしなくていいよ。ところで君たちはどうしてここに? 好き好んで来るようなトコロじゃあないと思うけど」
魑魅魍魎はニヤニヤとした含み笑いを隠すこともなく、淀みのない切り返しで俺たちに対して事情の詮索をやり返してきた。
もしかして、コイツ。こっちが先に聞いた手前、答えないわけにもいかないのは計算ずくなのだろうか。
「……こっちはただの人探しよ」
刹那の反応は気になったが、どうやら普通に答えるつもりのようだ。
「ちょうどいいわ。アンタ、[銀]って男見なかった?」
「シロガネ? んー、子羊ちゃんのお願いだから出来れば期待に沿いたいところだけど、ギルドメンバー以外の男は記憶に留めないようにしてるんだ。欠片も興味は湧かないからねェ」
「あっそ。ならどいてくれる? 私たちこの奥を探すつもりだから」
「うんうん、どくよォ。とっても可愛い女の子たちの切実な頼みなんだからねェ、フェミニストの僕はいくらでもどいてあげるさ。じゃあ僕も頑張るから君たちも頑張って」
魑魅魍魎はそう言って壁際に寄ると、手を奥に向けてスッと差し出した。
「お気をつけて、んふふふふ♪」
「どーもっ。刺しちゃって悪かったわね」
刹那は何故か不機嫌そうにフンと鼻を鳴らして二本の短剣をヒュヒュッと回して両大腿側部鞘帯に納めると、恭しく一礼している魑魅魍魎の横を通り過ぎる。
魑魅魍魎はそんな刹那の後ろ姿をチラッと見ると、
「……ツンデレ率94%ぐらいかな。うひゃあ、ゾクゾクするゥ」
大丈夫かコイツ。
危ないことを言って身悶えしている魑魅魍魎の横をイヴが軽く頭を下げて通り抜け、小走りで刹那の元に駆け寄っていく。
それを見送った俺は、チラッとこっちを振り返って頷く刹那の方を一目確認してから、魑魅魍魎に向き直った。
そして、心中で得体の知れないもやもやとした感覚に胸の奥の辺りをチクチクと苛まれつつ――
「探し物って何だったんですかー?」
少し甘えたような普段よりも高い声で魑魅魍魎にそう訊ねた。まるで普通の、というよりは何処にいてもおかしくない程度の女の子のように。
自分で自分が気持ち悪い。いや、さすがに気持ち悪いと言うのはこんな時でも抵抗があるのだが、強いて言うなら信じられない。
今までやったこともない興味津々(のような演技)の上目遣いまで実践中なのだ。鳥肌が立ってないかどうかだけが心配だった。
「んん~やっぱり気になる? 気になるかなァ?」
「ちょっとだけ、ですけどね~」
刹那が訊いておいてくれればこんな羞恥プレイ――――しかも、こんな変なヤツの目の前でやる必要はなかったのに。
リュウやシンの目の前でやるよりは幾分か羞恥心も軽いのだろうが。
「んふふふ♪ 聞きたい? 聞きたい?」
魑魅魍魎はぐぐっと急に顔を近づけてくる。目の線は細くなり口元はにやけ、明らかに何処か遊んでいる様子だった。
それ以上、視線下げたら撃つからな。
「じ、焦らさないで下さいよ……」
こんな台詞を実際に使う現代女子は本当にいるのだろうか。いやない。
「んふふ~♪ 参ったなァ、参ったけど参ったから教えてあげるよ。[シイナ]……可愛い名前だねェ。キミだけ特別だよ?」
『可愛い』と言われた瞬間、背中を嫌な汗が伝い、骨に直接電流を流されているような気味の悪い感覚がじわじわと身体に広がっていく。鳥肌だけは何とか堪えたが、強張ってしまった下半身が上手く動かない。
「キミには悪いけど、実は探し物というのは半分くらい嘘なんだよねェ。あ、でも嘘と言っても強ち間違ってるワケじゃないよ。実際に彼女の拡張パーツを探してるのは事実だけどね」
「さっきからちょくちょく出てる彼女ってどんな人なんですか?」
「もって回したようないい質問だねェ♪ でも残念だけど、モノと言うよりはヒトに近い。でもそれはヒトじゃなくてモノなんだねェ。つまりヒトのようなモノ。彼女はね――――アンドロイドなんだよ」
「……アンドロイド、ですか?」
何とか表面上は平常心を保って返したが、心中の動揺は凄まじかった。
嫌な予感、どころの話ではない。
ほぼ確信に近い直感が、頭の中を駆け抜けた。
「そう! この亡國地下実験場における至高にして最後の電子人形! それが電子仕掛けの永久乙女なんだよ!」
俺の“嫌な予感”の的中率上昇。
さらに悪いことにたった今気付いたことだが、魑魅魍魎の羽織っているモノ――――今の今までローブマントだと思っていたが着こなしが少しおかしいだけで――――白衣のようにも見える。
その時、まるでパズルのピースが組み合わさるように、昨日儚を迎えに来たクロノスという男の言葉が脳裏に浮かんでくる。
『ドクターからお前の監視を頼まれたんでね』
ドクター、と言うのがコイツと言うのは有り得る話だ。何処となくマッドサイエンティスト、という形容でそれほど違和感はない。
何より一晩経ったとは言え、これだけFO中が混乱の最中にある今これだけ平然と、しかもこんな場所に来ること自体まともじゃない。
それにここで起きた“双極星”襲撃、アンドロイド・ハダリー、壊された大量の電子人形。
あまりにも異常が多過ぎる。勿論確証なんて微塵もないが、今この現状でそんな希望的観測が何になる。
もしそれが全て一本の軸で繋がっているとしたら、まさか――。
「ッ……!?」
ちょっと待て。
コイツ確かさっき、“他にも何人か仲間がいる”と言っていたはずだ。
もし仮にそのアンドロイド・ハダリーとやらがこのフィールドの電子人形をああも一方的に殲滅したのだとしたら、相当強力なアンドロイドってことになる。
いや、そもそもアンドロイドってのはどういう存在なんだ……!? モンスター、あるいはプレイヤー!? くそ、思考が纏まらない……。
だがここよりも下層に行くのに、それほど強力な存在を足手まといと言い捨てるような化け物がいるのだとしたら、それは――――儚!?
「どうかしたのカナー?」
ハッと思考回路から目の前の光景に意識が戻ると、急に視界に入ってきたのは超至近距離にある魑魅魍魎の顔――
「……ッ!?」
パァンッ!
俺は気が付くと、咄嗟に引き抜いた大罪魔銃で魑魅魍魎の右足の甲を撃ち抜いていた。
「うぇえええッ!? 最近の子は警告無しで銃をぶっ放すのかい!? ……現代は日本も怖い国になったねェ……」
魑魅魍魎は奇声を上げながらその場にしゃがみこんで右足を押さえ、ブツブツと何かを呟き始める。
「いや、別にそんな国にはなってませんけど……とりあえずスイマセン」
「フムフム、[シイナ]ちゃんは日本在住、と……。いい個人情報が手に入ったよ、ありがとー♪」
「もう一発撃ちますね?」
「可愛い顔してせっかく仕舞った拳銃を抜かないでェ! もう少し打ち解けて遭遇イベントを終えたら、愛の告白をしようと思ってたのにさァ……。キミの中の僕の好感度が若干下がってしまった気がするよ……。[シイナ]ちゃん攻略ルート外しちゃったかなァ」
パァンッ!
金輪際最後の笑顔で魑魅魍魎の左肩に向けて抜き撃ちで発砲する。
「いだあああああっ!」
「その発言の時点でマイナスまで振り切ってますから、安心して下さい♪」
そして俺はまたもしゃがみ込んだままの魑魅魍魎の右足に足を引っかけると、思いっきり蹴り抜いた。
「うぉあっ!」
魑魅魍魎が派手に転んだのを見届け、会話を諦めて背を向ける。
もし今回の件に≪道化の王冠≫が関係している場合、刹那たちが危ない……!
……可能性がある。
「次に会える時を……楽しみにしてるよ」
後ろから聞こえてくる声に、再び振り返ってトドメの銃弾を撃ち込んでやりそうになる自分を抑え、半ば無理矢理に身体を引っ張りながら刹那たちの後を追って走り始めた。
アイツとはもう二度と会いたくないな、とその機会が来ないことを切に願いながら。
Tips:『後衛』
FOにおいて多用される戦闘陣形用語の一つで、隊列の後部に配置されて移動中の後方警戒や支援役・砲撃役の直接護衛を行うポジション。中・遠距離戦闘に長けた人や機動力の高い人が置かれることが多く、陣形全体の破綻を防ぐ重要な役割を担う。




