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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第一章『デッドエンドオンライン―豹変世界―』
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(22)『電子人形-アンドロイド-』

 地階第一層で壊れ倒れるアンドロイド、アンダーヒルの気づいた不可解。

 メガロポリスの地下に広がる『エデンの園』で出会った謎の男の正体は……?

 乗った時と同じようなヴンと近未来的な音と共にエレベーターの扉を形作っていた光の膜が消え、俺たち五人は地階第一層に降り立つ。

 エレベーターから出てまず足を踏み入れたのは、格納庫のような巨大な空間。その空間には視界を覆い尽くさんばかりの大きさの四足歩行の搭乗型兵器が四機納められていて、その作業のためのものだろう架橋(ブリッジ)が側壁通路まで伸びている。

 そして格納庫の側壁及び側壁通路には、別の通路に通じている入り口がいくつも点在している。

 設定上も実際のフィールドとしても長いこと誰も入ってない割に、錆びの匂いはあるものの埃っぽさは感じなかった。


「シイナ、ここに来るのっていつぶりだったっけー?」


 向こうから訊いてくる割に、俺の応答やその内容にそれほど興味がないことがわかる声色で刹那がそう訊ねてくる。


「最後に来たのは確か……(ハカナ)と同じルート辿って、三層まで何とか潜ったんだったか? ってことは…………四ヶ月?」

「……レベルが打ち止めになってからしか来ないと思ってたんだけどね」

「ごめん、なさい……」


 刹那のぼんやりとした呟きでさらに罪悪感が増したのか、どんよりと重苦しい空気を醸しながら俯いていたイヴが泣きそうな声で呟く。


「もう十分迷惑はかかってるけど、それ言ったら(ハカナ)の方がよっぽど迷惑……の次元じゃないけど。とにかくこれ以上泣くんじゃないわよ、イヴ。そっちの方が面倒なんだから」

「お前、もう少し言い方考えろよ……」


 お前の台詞聞いた後の方がもっと泣きそうになってるぞ。


「うっさい、セクシャル・ハラスメンティスト」

「おい、人を勝手に明らかに危ない謎の職業に就職させるな」

「護るにしても護り方を考えなさいって言ってんのよ、バカシイナ! あ、あんな……」

「さっきのか!? お前、咄嗟(とっさ)なのにいったい何をどうしろと!?」

「うっさいッ!」

「危ねッ!」


 刹那が一瞬で投げてきた〈*フェンリルファング・ダガー〉を何とか(かわ)す。【投閃(とうせん)】を使われてたら間違いなく当たっていた、という戦慄がこれ以上の抵抗をする余裕を纏めて吹き飛ばした。

 もう二度と護らないからな、コイツ!

 それにしても、今のこの遣り取りを見ていても平然としてるアンダーヒルと愉しげに笑ってられるトドロキさんは色々とどうなんだ。


「――まぁ、どっちにしても()()()()は異常よね」


 さっきまで半ば目を逸らしていたものの、その四足兵器の足元に、アンドロイドというよりは人の輪郭を模した(ヒューマノイドタイプ)ロボットという外見の人型モンスター“電子人形(アンドロイド)”が大量に転がっていた。その陶器のような光沢の白色が、床の無機質な白色の中でぼんやりと浮き上がって見える。


物陰の人影(シャドウ・シャドウ)、それ取って」


 刹那が落ちているフェンリルファング・ダガーを指差しながら、それに一番近い場所に立っているアンダーヒルに命令調の依頼をすると、


「……」


 無言で頷いたアンダーヒルは無言で頷くと音もなく数歩移動し、すっと一度しゃがみ込んでフェンリルファング・ダガーを拾い上げる。

 そしてすっと立ち上がると、じっと手の中のダガーを見つめた。


「早く」


 刹那が催促するが、アンダーヒルは動かない。そして刹那が怪訝(けげん)そうに首を(かし)げた時だった。

 アンダーヒルが、(おもむろ)に刹那の方に振り返った。


「条件があります」

「は?」


 思わぬアンダーヒルの言葉に、刹那の眉がわずかに吊り上がった。


「私のことを物陰の人影(シャドウ・シャドウ)と呼ぶのをやめていただけるのなら返却します」

「……アンタ、ナニ言ってんの?」

「そうでなければ返却はしません。遠隔回収の限界距離は30m。私なら、あなたがウィンドウを開いた時点でその範囲外へ脱出でき、かつどれだけ長い時間であろうとあなたから逃げ切る自信があります」


 唯一露出した左目で、ゆらりと反射光が揺れた。


「私は別に物陰の人影(シャドウ・シャドウ)だろうがアンダーヒルだろうが呼び方なんてどっちでもいいけど、ここまでされて何もしないのも(しゃく)に障るわ……。そこまでする理由があるんでしょうね」


 俺は何故か火花を散らし合う二人から(とばっちりを受けないがためだけに)距離を取りつつ、しゃがみ込んで電子人形(アンドロイド)を調べている様子のトドロキさんに歩み寄る。


「止めなくていいんですか?」

「放っとき」


 即答だった。


「そんなことよりこれ見てみ」


 アンダーヒルの「私は情報家“物陰の人影(シャドウ・シャドウ)”。しかしその実体はごく少数の人間しか知りえません。しかし――」というところまで聞いたところで、トドロキさんに肩を引かれた。

 仕方なくトドロキさんの手元――その指の示唆する箇所を覗き込む。

 仰向けに横たえられた電子人形(アンドロイド)の胸部には大きな穴が開いていて、内部に納められた金属製の駆動部まで貫通している。


「……動力炉、それこそ『痛み知る心臓(アンドロイド・ハート)』までぐっしゃぐしゃにされとるやろ。さっきから見ててんけど、他のも全部(おんな)(ふう)に胸が(えぐ)られとるんよ」

「ホントですね」


 槍……いや、砲か?

 少なくとも物理的に何かをぶつけるような武器じゃなさそうだ。となると、魔法か魔砲、いずれにせよその類の何かになる。

 そんなことを思っていた時、後ろからくいっくいっと〈*フェンリルテイル・ガードル〉に付属した尻尾を引っ張られた。


「シイナ、少しいいですか?」

「少しいいからそれを引っ張るな。ていうか向こうはもういいのか?」

「はい、一言で納得してくれました」


 アンダーヒルの身体でよく見えない刹那の様子を見ようと姿勢をずらそうとしたものの、アンダーヒルが何故か邪魔してきたため諦める。

 それにしても刹那が一言か。なんて羨ましい。


「で……何だ?」

「はい。少し気になったのですが、何故倒れている全ての電子人形(アンドロイド)()()()()なのでしょうか?」

「言われてみればそうやったね」

「……ただの偶然だろ? 膝の関節の仕組み上、人間は前に倒れやすいわけだし、コイツらの関節は滑りやすいしな」

「それならいいのですが……」


 アンダーヒルは静かにそう呟くと、伏し目がちに視線を泳がせた。

 何だ……? さっきまでのアンダーヒルとは少し何か違う……何処か不安げな雰囲気だ。表情こそ見えないし、その視線も揺らぐことなくじっと電子人形(アンドロイド)に向けられているが。

 少し話を逸らすか。


「ところで……さっきの凄いな。通常射程外隠密狙撃アウトレンジ・ヒドゥンショット……だっけ?」

「ありがとうございます。素直に嬉しいです」


 こっちを振り返ることもなく棒読み(モノトーン)で淀みなく言われても、本心からなのか(はなは)だ疑問を覚えるんだが……。

 もう少し恥ずかしがってテレる女の子の姿に男はだな――。


「どうかしたのですか、シイナ」

「いえ、何でもありませんヨ」


 大抵のことには動じず、無表情無感情を貫いていて頭の中だけでそれなりに複雑だろう計算式の答えを暗算で弾き出すような超性能頭脳を持つ彼女こそ、どちらかと言えば人工的に作られた電子人形(アンドロイド)に近いんじゃないかと思った――もとい思ってしまっただけだ。


「そうですか」


 アンダーヒルは、今の明らかに上擦(うわず)ってしまった俺の台詞にもまったく気にする様子を見せなかった。ほとんどの人は、確証はなくとも今の俺の言葉を不審に思う程度のことはするはずだ。

 しかし、アンダーヒルはそんな様子は微塵も見せなかった。

 俺の言葉を信じた――――と言えばまだ聞こえは良くなるだろうが、そんな次元の話じゃない。これは明らかに()()()()()


「危なっかしいな……」

「何か言いましたか、シイナ」

「気にするな」


 気にしろ。


「そうですか」


 アンダーヒルは何事もなくそう呟くと、静かに身体の向きを変えて、じっと電子人形(アンドロイド)を見詰め始めた。

 ホント……何を考えてるのか、わからないヤツだな。


「ここはもう調べても何もなさそうねっ」


 格納庫内に刹那の声が響く。

 距離の離れたその声に振り返りつつ立ち上がると、刹那はいつのまにか四足兵器の上の架橋(ブリッジ)に登っていた。

 一緒にイヴが上がっているところを見ると、恐らく運んで貰ったのだろう。

 イヴの種族――護聖獣(ディバイン)は魔力による無翼飛行。気力(SP)を消費する通常の物理翼に比べれば速度は劣るが、その分堅実な飛行ができるから、軽い刹那一人くらいは余裕だろう。


「イヴはこの先の第三研究区画(セクター・サード)で[(シロガネ)]とはぐれたらしいわ。行くわよ」


 俺がそんなことを考えている間に再び下へ降りてきていた刹那が報告も兼ねて十分な声量でそう言いながら格納庫内を奥の方に向かって勝手に歩き始める。

 すると、電子人形(アンドロイド)を見て何を考えていたのか、アンダーヒルも思案顔を上げた。


「行くぞ、アンダーヒル。刹那のヤツ、置いてく時は普通に置いてくからな。自分のこととか相手のこととか考えなかったし」

「いいえ。電子人形(アンドロイド)がいないのであれば、わざわざ集団で動かずとも問題はないはずですので、私とスリーカーズは別行動で調べます。くれぐれも気をつけて。そのように刹那にも伝えておいてください。【付隠透(ハイド・シャドウ)】」

「は?」


 振り返ると、既にそこに見慣れた全身真っ黒の小柄な体躯は何処にもなかった。


「へ?」


 慌てて周りを見回しても、アンダーヒルどころか黄色の目立つ色の着物装備のトドロキさんすら見当たらない。


「ていうかいつのまにか一人……」


 気配の移動も足音もわからなかったぞ。


「シイナーッ! 早く来ないとぶちこむわよーっ!」

「置いてくなら置いてくでも――って怖ッ! 普通“置いてくよ”だろ、そこ」


 とりあえず(何をどの部位にか)ぶちこまれても困るし、二人なら大丈夫だろうと割り切ると、俺は格納庫の反対側の通路入り口の前で立ち止まりこっちに手を振ってくる刹那とイヴを目指して走り出す。


「ん……?」


 一番手前の四足兵器の前脚部の横を通り抜けた時、一瞬何かの気配を感じて距離を取りながら振り返った。

 大腿の〈*大罪魔銃(エヴァグリオス)レヴィアタン〉に手をかけて警戒しつつ、色んな駆動連結部品が装甲板の下に見える巨大な金属脚を回って裏を確認するが――


「何もいない、な……?」


 どうやら気のせいだったようだ。

 周りに身を隠せる場所もないし、俺の足音の反響と揺れた髪が視界に映って錯覚したのかもしれない。

 ビビってるからでは断じてない。


「シイナーッ?」

「あ、悪い、すぐ行くッ」

「三秒間待ってやるわっ」

「大佐!? いや、それ無理ゲーだろ!」

「さーん」


 マジでやる気かよ。

Tips:『遠隔回収』


 手元から離れた場所にある、自分が所有権を有する装備やアイテムの実体化を解除して、データとして自分のアイテムストレージに回収するシステム。アイテムストレージウィンドウかマルチメニューウィンドウから手動で行うことができるが、自分から30mの範囲内にある者しか回収できない制限がある。圏外に出た場合も所有権がすぐに破棄されることはないが、所在地がわからなくなり紛失することもたまにある。

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