(21)『索敵範囲外-アウトレンジ-』
滅んだ科学の結晶都市で、狂える機械の住人は叫び、侵入者を探して彷徨い駆ける。正しき使命を失った彼らにとって、果たしてそれは安寧か停滞か、あるいは地獄か。
何れにしても終焉をもたらす弾丸は迫っている。狙撃手の少女のスコープに彼らの姿はもう映っているのだから。
大廃亡國都市。
近未来の科学都市を荒廃させたようなその街に入ると、まず目についた動くモノは、地上では唯一稼動している防衛システムの統制で動くガードロボ型モンスター〔Security CruiserAUTO-365型 ENFORCER〕だった。
その形は、普通にイメージできる現実世界のパトカーの輪郭を丸く柔らかいラインでデフォルメし、そのタイヤを取り払ったようなものだ。それに加えて、側面から生えた二本の機械腕をやや上方に掲げ、特徴的な本体上部の赤いランプをピカピカと光らせているそれは、街中を闊歩もとい空中を滑走している、のだが――
「ターゲット! ターゲット! 侵入者はいねがー侵入者はいねがー! 見つけ次第しばくどー! ぶるあああぁっ!」
近未来的なその光景と聞こえてくる合成音声の台詞とのギャップが既に取り返しのつかない違和感を醸し出している。機械然とした合成音声のことを差し置けば、まるで荒ぶるなまはげのようだ。
ちなみに以前ここを訪れた時には、『ようこそ、メガロポリスへ。不法侵入及び健康診断で拘束するよ!』ととてつもなくいい声で支離滅裂なことを言っていたから、入る度にパターンが変わるのだろう。まともなパターンはひとつとしてなさそうだが。相変わらず、ROLの凝るところはよくわからない。
とは言えこのエンフォーサー、ステータス自体は特筆するほど大したことはなく、塔経験者なら簡単に倒せる程度の敵だ。やはりその地下に広がる『亡國地下実験場』の方がよほど危険だろう。
しかしこのエンフォーサー、侮るなかれ。
一体一体は弱くても大量に出てくるエンフォーサーは【軍衆心理】というスキルで構成されたネットワークで繋がっており、一体に見つかるとフィールドを出ない限りずっと捕捉され続ける。何の手も打たないと、無尽蔵に現れる半分兵器に物量戦で押し切られるのだ。
もちろん戦えないわけではない。
強さならおそらく妖魔犬の方が数段上だろう。
何度も言うが、ヤツらはそれぐらい弱いのだ。
しかし、後に待っているのが両面宿灘だかなんだか知らないが、たかだか巨塔百層クラスのボスと、『亡國地下実験場』のモンスターとではそもそも適正レベルが大幅に違う(はず)。つまり、後のことを考えればこんなところで下手に消耗するわけにはいかない、ということだ。
「問題はどうやって通るか、ね」
道端に墜落している車のような機械の残骸の後ろに身を潜めて街の様子を窺っていた刹那が、隣の俺に振り返ってそう言ってくる。
「どうやっても何も選択肢は現状二つしかないだろ。突破か隠密行動か、の」
「突破するのは簡単だろうけど……でも結構賭けなのよね。下手すると、物量に持ってかれるかもしれないし」
結構本気で悩んでいるようだ。
「まぁスニーキングにしたって無茶苦茶時間食うだろうしな。この人数だし。確かセントラルタワーの中はもう地下扱いだっけ?」
「そこまで逃げ切れればアイツらも追ってこなかったはずよ」
「となると強行突破もありか……? でも人数多いしな……。銀には悪いけど、もう手遅れなら後者の方が――」
「お二人さん、何の相談?」
とんとん、と後ろから突然肩を叩かれ振り返ると、さっきまでイヴと一緒に別の車の陰に隠れていたはずのトドロキさんがそこにいた。
「どうやってここまで来たんですか……?」
「気にせんといて♪」
この人、何処か神出鬼没なんだよな……。
「ほんで?」
「いや、強行突破するかこそこそ行こうかで迷ってまして」
「そんなん気付かれんように突破より早く行けばええんちゃうの?」
「んな、無茶なこと…………何かあるんですか?」
トドロキさんは、ただ無茶な人じゃない。こういうことを言う時は、何か考えが――策があるからこその発言のことが多い。
のだが――。
「気付かれん内に連中いてまえばええやん。ほんなら簡単やろ?」
――無茶でした。
「それができたら苦労しないわよ」
苛立ち気味に刹那が呟く。
が、トドロキさんは悪戯っぽく笑うと、
「安心しとき。ジブンらにも見せたるわ。『情報家』“物陰の人影”だけがアンダーヒルの取り柄やないゆうことを♪」
思わずアンダーヒルがいるだろうイヴの隣に視線を遣るが――――いない。それを俺が確認した瞬間、トドロキさんは人差し指を静かに唇の前で立て、『静かに』というジェスチャーをしながら頭上を仰いだ。
俺と刹那の視線も、同時に頭上――上空へと向けられる。
そして俺の視界に、空の青の中に小さな黒い点を捉えた瞬間だった。
『聞こえますか? スリーカーズ』
至近距離の何処かから、アンダーヒルの声が聞こえてきた。また【音鏡装置】を有効活用しているのだろうか。
「聞こえとるでー、準備はええか?」
『問題ありません。それでは作戦行動を開始します』
「ちょ、ちょっと何を始める気よ!」
刹那が何処か焦ったようにそう言って、思わず立ち上がってしまった時だった――――ガンッ!
その背後で今にも刹那を捕捉しようとしていたエンフォーサーが上から何かにぶつかられたように沈み込み、瞬く間に炎上してドォオオオオンッと大爆発を起こした。
俺は咄嗟に無防備な刹那の手を引いて抱きすくめるようにしつつ、激しい爆風で動こうとする車の残骸に背中を押し付けて、爆炎やエンフォーサーの破片等、爆発の余波をやり過ごす。
「馬っ、シイナ何やっ……離れなさい離れなさいッ!」
すぐさま自分の状態に気がついた刹那が、俺の手から逃れようともがくが、次の瞬間、またも近くで響いた激しい爆発音に、刹那を離さないようその華奢な肩をさらに強く抱き留める。
刹那の顔の赤面度と怒りボルテージが物凄い勢いで上がっている気がするが、後でいくらでも殴られてやるから今だけは大人しくしててくれ。
少し離れた場所で、再びドォオオオオンッ! と爆発音が上がる。
連発される爆発音と吹き荒れる爆風の熱波をやり過ごしつつ、隙を見ておそるおそる通りの様子を窺うと――。
「うおぉ……」
通りには、エンフォーサーの残骸がゴロゴロと転がっていた。
その時、通りの向こう側に見える路地から、爆発を聞いて異常を察知したらしいエンフォーサーが飛び出してきた――――が、その途端瞬く間に炎上して、直後同じように大爆発を起こしてライフゲージのバーが消し飛ぶ。
この通りに駆けつけてきたエンフォーサーが次々と爆発炎上し、一撃で機能停止に追い込まれていく光景を暫し呆然と眺めていると、
「ほな、そろそろ行くで」
いつの間にか前方の裏路地にまで下がっているトドロキさんが、ちょいちょいと手招きしてくる。その後ろにはイヴも待機中だ。
「おい、刹那……」
「わひゃぅ! いっ、いきなり耳元で声出すんじゃないわよ、馬鹿シイニャァ……」
何か今まで見たことないくらい錯乱状態っぽいんだけど、コイツ。
仕方なく、刹那を姿勢を低くしながら立たせ、通りの向こうから次々現れては爆発炎上していくエンフォーサーの集団の視線の隙を狙って、トドロキさんたちのいる裏路地に飛び込む。
「シイナ、カッコよかったで~♪ にゃはは」
「いや、今からかわないでください」
何故か腕で顔を隠すようにしながら壁の方を向いて「これは違うこれは夢これは幻想……」などとぶつぶつ呟き始める刹那の方にチラッと視線を向け、俺はトドロキさんにジト目で返してやる。
「それであれは――アンダーヒルは何やってるんですか?」
「まぁまぁ、移動しながらでも話はできるで」
イヴが何とか刹那を引っ張る形で裏路地から別の通りへ抜けると、爆発騒ぎで警戒がざるのようになっている道を余裕で進みながら、俺は再びさっきと同じ質問をトドロキさんにぶつける。
「あれはアンダーヒルの得意技――まぁ、現時点での最強技やけど。少なくともウチらはアウトレンジ・ヒドゥンショットって呼んどるけど」
「アウト……何ですって?」
「通常射程外隠密狙撃、アウトレンジ・ヒドゥンショット。シイナは見とるやろ? アンダーヒルの持つ対物狙撃銃〈*コヴロフ〉の付加スキル【必中半径】。あれは通常の狙撃銃の射程限界を突破できる戦闘スキルなんよ」
射程限界を突破できる……?
「今更聞くまでもないやろけど、エンフォーサーに限らんとモンスターには必ず索敵限界範囲があるのも知っとるやろ? 【必中半径】で伸びた射程はその索敵限界範囲の現時点の最大値よりちょい高くてやね。つまり、通常射程外隠密狙撃は、今わかってる全モンスターの索敵範囲外から高威力の一撃を与えることができる。まぁ、一撃で仕留められん敵も普通におるやろうけど、少なくとも対モンスター戦に限れば、敵さんは攻撃されたことがわかっても何処から攻撃されたかがわからんから、問題ないゆうことやね」
チートだ。隠すつもりもないただのチートの確信犯だ。
「言うても屋外でしかまず使えへんし、そもそも超長距離から必中させる天才的なアンダーヒルの腕があってこその戦法やけどな。にゃははははは――――現代日本でどんな生活しとんねんアイツは、とかも思うんやけどなー……」
最後に飛び出した本音の時だけは、トドロキさんは額の汗を拭いつつ、口元をピクピクと引き攣らせていた。
「アンダーヒルは置いてって大丈夫なんですか?」
「ウチらに出来るんはアンダーヒルの負担を減らすために、なるべく早くセントラルタワーに辿り着くこと。それ以外は何もできへんよ」
そう言ったトドロキさんの声は、いい意味でアンダーヒルのことは欠片も心配していない、彼女を信頼しているような落ち着いた声だった。
メガロポリス中央タワー。
「ここまで来れば大丈夫ね」
道中で正気を取り戻した刹那が、嘆息しつつその屋内に足を踏み入れる。
エントランスホールは全面ガラス張りで、その中央には二重螺旋の階段がずっと上まで続いている。今や亡國地下実験場への入り口という役割しか持っていないメガロポリスの中枢だ。
エントランスホールを抜け、隣にあるエレベーターホールへと出る。
「少しだけ物陰の人影を待ちましょ」
刹那はそう言うと、三十基近くあるエレベーターの内の手近な一基のボタンを押し、隣に据えられていたベンチにドサッと腰を下ろした。刹那の呼んだ一基だけが地下の実験場に繋がっている。
「どれくらい待つんだ?」
「ここで合流する気はないわ。下で物陰の人影が追いつけるぐらいには距離を縮めておきたいだけ。アンタはあんなこと言ってたけど、ホントは全部倒すなんて無理なんでしょ、スリーカーズ?」
「まあ、普通に考えればそうやろな」
「となると、残りは迂回するかなんかして見つからないように来るしかないわ。私たちは最短ルートで十五分、物陰の人影でも三十分はかかると思うから十分だけ待つ」
「その必要はありません」
「「ッ!?」」
振り返ると、いつも通りの古ぼけたローブ〈*物陰の人影〉に身を包んだアンダーヒルがエレベーターホールの入り口に立っていた。
「……アンタ、何したの?」
刹那が訝しげにそう訊くと、
「私には【付隠透】というスキルがある、とだけ伝えておきます」
「あ、そう……」
刹那が釈然としない表情を浮かべた時、ヴンと音がしてエレベーターの透明な光の膜が開いた。近未来然としたエレベーターだが、地下に潜っていくのだから外の様子が見れようが見れまいがあまり関係がない辺りが少し残念な所である。
全員でエレベーターに乗り込み、最後に乗ったトドロキさんが――
「ほい、ポチッとな♪」
「スリーカーズ、それは死語です」
「敵のかませ犬キャラが、爆弾のスイッチ押した時そんな感じの台詞言うよね」
「私、ラノベとかアニメ以外でその掛け声使う人初めて見ました」
アンダーヒル・刹那・イヴにボッコボコに叩かれるという、チームワーク崩壊の危機に襲われた。目に涙を湛えつつも無理に笑顔を作って、決して広いとは言えないエレベーターの中でずっと明後日の方向を向いていたトドロキさんには間違いなく同情票が集まるだろう。
Tips:『隠密行動』
プレイヤーの任意の動作による隠れ行動状態。公式用語では『潜伏行動』と呼び、しゃがむ、身を伏せる、物陰に隠れる等の動作中《潜伏行動》状態になり、モンスターやプレイヤーから見つかりにくくなる等の恩恵に加え、様々なスキルや種族資質の前提条件となる。さらに息を潜める、呼吸を止める、手足を畳む等の動作で一時的に隠密性能にボーナスを得ることもできる。広義では『潜伏行動システムを利用して、敵に見つからないように移動すること』そのものを表す時にも用いられる。




