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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第一章『デッドエンドオンライン―豹変世界―』
39/351

(20)『亡國地下実験場-メガロポリス・エデン-』

悪路を走るビークルの上で、少女は事の起こりを話し出す。

悪名高きメガロポリスの地下に潜む自動人形(アンドロイド)ハダリーは何を思い何を為すのか。

 各地の街壁外に広がる無差別エンカウント地帯――――フィールドエリア。

 フィールドエリアでは、周囲に位置するフィールドのモンスターがかなりごちゃごちゃに出現(ポップ)し、時に強力な中型モンスターの目撃情報も各地で報告される。所謂(いわゆる)危険地帯だ。

 あくまでも安全圏である市街エリアに比べたら、という話で、俺たちのようなレベル900前後のプレイヤーからすれば大した脅威はないのだが。

 そして隣街シュファウンから砂漠とサバンナの混じったような環境のフィールドエリアに出た俺たちは、刹那の私物の軍用平台トラック型オートモービル『Flatbed(フラットベッド)』に乗り、小石と砂と下草ででこぼこに固められた悪路を猛然と走っていた。

 ちなみに、当然こんな時だけに運転は自動操縦(オートパイロット)任せ。

 案外この手の各種ビークルを活用している刹那はオートパイロットの最高性能“エグゼクティブモード”が解放されていたため、フラットベッドは最高速度付近で安定した微妙な加速と減速を繰り返し、スムーズなハンドル(さば)きで最も揺れの少ないルートを選んで走っている。

 目的地である『大廃亡國都市(メガロポリス)』はシュファウンから北北西に八キロメートルと少し行ったところにある。周囲には岩山が多くて見ることはできないが、意外と近い場所に位置しているのだ。

 そして『大廃亡國都市(メガロポリス)』から地下に潜れば、(くだん)の鬼畜フィールド『亡國地下実験場(メガロポリス・エデン)』へ御案内だ。

 ガタガタと小刻みな振動にも皆が慣れてきた頃、運転席でオートパイロットの様子を見ていた刹那が軽く跳躍して俺たちのいる荷台に飛び移ってきた。


「で、どういう状況?」


 刹那が単刀直入にそう(たず)ねると、さっき怒られた時の刹那の剣幕が記憶に新しいのか、イヴの肩がビクッと跳ねる。

 しかし、すぐに吹っ切るように首を強く振ったかと思うと、刹那を見据える。


「シロちゃんが……私を(かば)って中に取り残されちゃって……」

「よりによってあんなトコにたった二人で行ったのね……。下手すると自演の輪廻デッドエンド・パラドックスで相当手酷い目に遭ってるかもしれないわね。彼処(あそこ)の連中は容赦ないから」

「私が……、私が悪いん……れす……ぐすっ……ああ……あぁぁぁぁぁぁ……!」


 イヴの目から、ぼろぼろと大粒の涙が(こぼ)れ始める。


「泣いてちゃわかんないでしょうが、バカッ! 大体何でよりによってメガロポリスなんかに行ったのよッ」

「私の……『痛み知る心臓(アンドロイド・ハート)』があと一個だけで装備が作れたん……です……」

「アンタ、昨日の(ハカナ)の話聞いてなかったの!? 私たちが言うのもなんだけど、正直昨日の今日で狂気の沙汰よ?」


 ホントに俺らには何も言えない。


「聞いてましたっ! 聞いてたっ、聞いてたからっ……! その装備さえあれば……塔の攻略……にも……」


 イヴの声がか細く弱々しくなっていく。

 彼女が言った『痛み知る心臓(アンドロイド・ハート)』は、亡國地下実験場(メガロポリス・エデン)の第一階層から第三階層を徘徊する強力な機械系人型(マシンノイド)モンスター〔電子人形(アンドロイド)〕のレアドロップアイテムだ。


「〔電子人形(アンドロイド)〕に数で押し切られたってワケね……」


 刹那がそう呟いた時、イヴがまたピクッと身震いした。

 そして「違うんです……」と呟いた。


「違う……?」


 刹那が怪訝そうに聞き返す。


「……私たちが入った時、アンドロイドが全然いなくて、動かなくなった残骸ばっかりで、誰か先に入ったのかなって思ってて、それで……ア、アレが……()()がいて……」


 スンスンと鼻を鳴らしながら、イヴの台詞は尻すぼみになっていく。


「“アレ”じゃわからないから、はっきり言いなさい、イヴ」


 イヴのはっきりとしない態度に苛立ちが募ってきたのか、イヴの肩を掴んで振り向かせた刹那が静かに声を荒らげる。


「アレは、アンドロイドでした……」

「やっぱりいたんじゃない」

「でも、違うんですっ。アレは電子人形のアンドロイドじゃない、見たことのないモンスターで……」


 イヴは一瞬言葉に詰まると、


「“電子仕掛けの永久乙女”、アンドロイド・ハダリーと名乗りました……」

「電子仕掛けの永久乙女……? アンドロイド・ハダリー……。確かに聞いたことは――ちょっと待って、今()()()()って言った!?」

「は、はい……。最初はプレイヤーかと思って、でも頭の上に名前がなくて、シロちゃんが名前を訊いたら……」


 イヴの言葉で、俺と刹那、そしてトドロキさんが同時に短く息を呑んだ。


「応答した、ということですね」


 ただ一人平然としてキャラの崩れないアンダーヒルだけは、事も無げに俺たちの驚いた理由を簡潔にまとめる。

 このFOにも、人と同じ言葉を発するモンスターは珍しくない。それは人に近い形を持つ魔物だったり、機械系モンスターだったり理由は様々だが、言葉を喋ることができるのと話すことができるのは別の話なのだ。

 (あらかじ)め決められた言葉を一方的に言うだけならまだしも、応答を返しているということはNPCメイド等と同じくP-AISyst(パイシスト)による会話ができる、ということになるが、そんなモンスターはまずほとんどいない。ついさっき苦戦していたばかりの地獄の番犬(ケルベロス)だって、非常に稀有(けう)な存在なのだ。


「戦ったんですけど……強くて、……強過ぎて……シロちゃんが……ぐすっ」

「わかったからいちいち泣かないッ」

「おい、刹那。あんまりキツくすんなよ。イヴはお前とはタイプが違って、かなり繊細な(せい)か――」


 ギンッ!


「――ごめんなさい」


 刹那に睨み付けられると、恐怖とかそんなもんじゃない。まさに生存本能がヤバいと訴えかけてくる。

 さしずめ“蛇に睨まれた蛙”――もとい“超弩級戦艦(ドレッドノート)主砲に照準を定められた手漕ぎボート”だな。毒蛙なら蛇を殺すことだってできるが、手漕ぎボートに何を積んだって戦艦には勝てない、くらいのパワーインフレがある。

 我ながらよくわからない例えだが。


「シロちゃん、私だけ逃がしてくれて……。知り合いのギルドに行ってみたんですけど、何処も取り合ってくれなくて……」


 そりゃそうだろうな。

 (ハカナ)の暴挙と現実世界への帰還ができなくなったというのに、まともに攻略を進めようとしている≪アルカナクラウン≫の面々がむしろ異常なのだ。


「アルカナクラウンの皆さんが最後の頼みの綱だったんです……」


 できれば最初からウチを頼っていただきたかったが、過ぎたことを今は言うまい。


「最初からウチに来なさいよ、バカ!」


 空気読め、バカ刹那。わざわざ言わなくてもよかっただろ、今は。


「だいたいアンタはいつもいつも――」


 何故か説教モードに入る刹那。

 そろそろ精神的にヤバそうなイヴを(実力行使で)救うべく、俺が猛獣(刹那)の肩に手を伸ばした瞬間――


「シーイーナ♪」


 ――突然背後から聞こえたトドロキさんの声を言語として認識する前に、後ろ襟をいきなり引っ張られて背中から倒れ込み、柔らかいナニかに受け止められた。

 ナニコレ。


「アンダーヒルが『ハダリー』言う単語に聞き覚えがあるらしいで」


 頭上にはトドロキさんの顔がある。ということは、どうやら後頭部に当たってるのはトドロキさんの身体の一部らしいな。


「すいません。出だしから話の腰を折って悪いんですけど、その……当たって――」

「胸のことなら確信犯やから気にせんでええよ? こんな防具着けてるんも色仕掛けのためゆう理由がほとんどやし」


 何となくそんな気もしてたけど、わ・ざ・と・か・よ!

 ちなみにトドロキさんの防具は黄色と白を基調にしたラフな着物装備で、種族の化狐種(ヤクモ)に合わせたのか〈*妖狐皮(ようこひ)九尾(きゅうび)〉一式だ。正確には九尾狐(キュウビ)は、化狐(ヤクモ)から派生する種族、野狐(ヤコ)の上位種族なのだが。

 長身でモデル体型なトドロキさんは比較的胸が大きいアバターを使っている。それも相俟(あいま)って胸元は簡単に着崩せそうだし、丈が太ももの付け根ギリギリまでしかない短さといい、なるほど確かに騙される男は結構いそうだ。

 比較的気さくなところや謎めいたところを見ると、狐の化身というイメージにぴったりハマっている気もする。


「……あれ? 何の話やった?」

「いや、俺に聞かれても」

「『ハダリー』、です」


 アンダーヒルが若干落胆気味の声で呟く。


「あ、せやせや。アンダーヒルが心当たりがあるらしいから、いっぺん聞いといた方がええんちゃうかな思て。刹那ちゃんはほら、あれやし」


 トドロキさんは、イヴに説教なのか悪態なのかかなり曖昧な講釈を叩きつけ続ける刹那を指差しながら、最後の台詞だけ小声で言う。

 可哀想だけど、イヴには囮になっていてもらおう。


「それで心当たりって言うのは?」

「私も詳しいことはわかりませんが。『ハダリー』と言う単語は古代ペルシャ語で“理想”という意味を持ちます。この単語が最も有名な理由は、フランスの詩人あるいは作家あるいは劇作家、ジャン=マリ=マティアス=フィリップ=オーギュスト・ド・ヴィリエ・ド・リラダン伯爵の著作『L'Eve(リイヴ) future(フューチャー)』に登場する、ということでしょう」

「どうでもええけど、相変わらず気持ち悪い記憶力やな……」


 トドロキさんが呆れたように呟くが、アンダーヒルはその言葉がまるで聞こえていないかのように平然と説明を続ける。


「和題は『未来のイヴ』。この作品は“アンドロイド”という単語を初めて使用した作品と言われており、ハダリーというのはその作中に登場するアンドロイドの名として用いられていたものです」

「アンドロイド……!?」

「高確率でその“電子仕掛けの永久乙女アンドロイド・ハダリー”のモデル――所謂(いわゆる)元ネタとなったものかと思われます」

「どんな話なんだ?」

「私は読んだことがあるわけではないので詳しくはわかりません。たまたま彼女――イヴと同じ名前が含まれていたためその作品の名を思い出しただけです。しかし…………非現実を客観的視点から捉えた時、最も恐れるべきもののひとつは『偶然の一致』です。気をつけて下さい」


 アンダーヒルは抑揚のない声でそう言うと、スッと右手をオートモービルの進行方向に向けて指差した。


「見えました」


 指の先を目で追った瞬間、ちょうど岩山の点在するエリアを抜けて荒野のような赤茶色の大地(フィールド)に入る。そしてその遥か向こうの、灰色の一画が視界に飛び込んできた。


 失われた巨大都市『大廃亡國都市(メガロポリス)』――――その地下に潜む得体の知れない新たなモンスター『電子仕掛けの永久乙女アンドロイド・ハダリー』。

 『双極星(アルファ・ツインズ)』ですら勝てなかったソイツがいるという第一層にこれから俺たちは踏み込むのだと思ったちょうどその時、まだ四キロ以上も離れているその場所に対して自分が身震いしていることに気がついたのだった。

Tips:『未来のイヴ』


 1886年にヴィリエ・ド・リラダンによって発表されたSF小説。女神の如き優れた美貌を持ちながら極めて卑俗な性格の恋人アリシヤに絶望した貴族の青年エワルドが、偶然命を救った天才的な発明家エディソン博士に話を持ちかけられ、アリシヤの美しい姿を模した人造人間ハダリーの製作を依頼するというストーリー。最高の美貌と霊妙な知性を兼ね備えた奇跡の存在ハダリーを目の当たりにしたエワルドはたちまち恋に落ちるが、ハダリーの創造者であるエディソン博士は、そんなエワルドの姿を「アリシヤに抱いた幻想に恋をしていた時と、その幻想から創り出された知性に恋をしている今にどれほどの差があるだろうか」と揶揄する。

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