(19)『助けて下さい』
悲痛な少女の嘆願と、その口をつく最悪の言葉。
塔の攻略を中断し、一同向かうは大廃亡國都市メガロポリス。
“双極星”
FreiheitOnline史上初にして唯一、二人で一つの二つ名を持つデュオ――つまり二人組プレイヤーだ。
長身で気配りの利いてる優男[銀]と、低身長のやや控えめな性格の健気な少女[イヴ]。
二人ともベータテスターではあるのだが、他のベータテスターたちに比べれば、それほどレベルは高くない。
確か前に目にした時は二人とも700ちょっとだった。
しかしあの二人の場合、二対二の試合になるとレベル差など当てにならないにも程がある。
俺自身も何回か腕試しの決闘をしたことがあるが、勝ったのは一回目の儚とのタッグの時だけで、さらに恥を晒すなら俺は速攻でやられて儚一人で戦った戦績だ。
それにしたって儚のライフが一割以下になったのは数回しか憶えがない。それだけであの二人の凄さがわかるだろう。
二人を相手に立ち回る儚は既に化け物の範疇だが。
それ以降の刹那やリュウ、シンとのタッグ戦は全て惨敗の一言に尽きた。基本的に負けず嫌いの刹那に付き合わされて何度も挑んだのを憶えている。やる度に機嫌が悪くなっていく刹那には手を焼いた。
要するに一人では大した力を持たないのに二人になるとまるで別人のように輝き出す。否、むしろ二人合わせれば最高クラスの実力を叩き出すが、個人戦になると別人のように弱くなる。あの二人はそういうちょっと変わった特異体質のようなプレイヤーだったのだ。
それを裏打ちするように、二人の仲もこっちが恥ずかしくなるほどによかった。誰もが二人は恋人か兄妹等の近しい存在と噂していたが、その実本人たちは一度も明言したことがない、というミステリアスさや二人の人柄も相俟って、かなり人気が高かった。
刹那だけは二人の関係を知っているようなことを言ったことがあるが。
俺と刹那、トドロキさん、アンダーヒル、ネアちゃんの五人が途中凱旋の慚愧に囲まれたりしながらも何とか十五分でフィールドの入り口まで駆け抜けてギルドハウスの前まで戻ってくると、こっちが声をかけるよりも早く俺たちの方に駆け寄ってきたイヴは、思わずドキッとくるような涙目で刹那の手を取って、叫んだ。
「お願いします、刹那さん! シロちゃんを……シロちゃんを助けてくださいッ!」
必死に、嘆願するような叫びだった。
「……詳しい話は移動しながらでいいわ。場所は何処?」
刹那は落ち着き払った声でそう言う。するとイヴは一瞬怯んだように視線を泳がせ、胸の前で両手をぎゅぅっと握り、躊躇うような素振りを見せた。そして、刹那がさらに促すとイヴはかすれたような声で、
「……『亡國地下実験場』です」
そう宣った。
「「……は?」」
俺と刹那の声が完全に被る。あのフィールドのことを知るプレイヤーなら、当然と言えば当然の反応である。
「ちょ、イヴ! アンタ、あれほどまだあそこには行くなって言っておいたのに! アンタたちのレベルじゃいくら二人でも第一層だって無理よ!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
『亡國地下実験場』
公式設定としては“科学技術によって栄えた都市の地下に作られ、知識の追求のため様々な実験・開発が行われていた巨大施設だったが、亡國となってからは当時の実験体・開発された機械類が闊歩している”ということなのだが、プレイヤーの視点で見れば“攻略不可能な鬼畜フィールド”と言ったところだろう。
未攻略フィールドの中では巨塔ミッテヴェルトに次いで有名な大規模フィールドで、第一から第八までの階層で構成され、未だに第三層までしか入ることすらできていない。
その第三層を解放した――つまり第二層の中ボスモンスターを倒したのはこれまた儚で、その彼女が放った言葉が特に印象深い。
“もう二度と入りたくないわね”
『最強』が漏らしたこの言葉は瞬く間にFOフロンティア中を駆け巡り、亡國地下実験場を攻略しようとするプレイヤーは一気に激減した。
「ネア、これは命令よ。ネアはギルドハウスで待機!」
「は、はひっ!」
「絶対にギルドハウスから出ないこと! その辺はメイドたちにもキツく言っとくから、私たちが帰るまで諦めてッ!」
刹那の凄い剣幕に気圧され、ネアちゃんはただ黙ってコクコクッと激しく首を縦に振ることしかできない。
「シイナはシンとリュウに連絡! 仲間集めなんか後回しでこっちを最優先って伝えてッ、来なかったらしばくわ!」
言われた通りの文面を作り、それを送信するまでわずか十秒。
「物陰の人影とスリーカーズも手伝いなさい!」
「ウチらもギルドメンバーやからな」
「当然、リーダーには従います」
二人ともいい返事だが、ギルドリーダーは仮だとしても俺だからな。
刹那はボーッとしているネアちゃんの襟首を引っ掴み、ギルドハウスの大扉から中に放り込んで、何事かメイドたちに指示を飛ばすと、バンッと大扉を閉めてしまう。
まるで手のかかる子供扱いだな。
「イヴ、私たちをすぐに全快させて。魔力はこっちでアイテム使うから。ライフとスタミナよろしく!」
イヴの種族は護聖獣。ネアちゃんと同じく《エンハンス・ヒーリング》の種族資質を持つ種族だ。
イヴが回復魔法の詠唱を始めたのを確認すると、刹那はバッと俺の方に振り返った。一瞬身構えるが、刹那は俺の身体をじっと見て、
「『亡國地下実験場』をハイビキニアーマーでやるのは無理……よね、ちッ」
舌打ち交じりになんか理不尽なキレ方をされたぞ。
この恥ずかしい防具をつけているのも、刹那とリュウやシンに渡された装備も含めて恥ずかしいモノしかなかったからなんだがな。
「私のナンバーツーをあげるから、感謝しなさいよ」
刹那のナンバーツー――つまり……………………何のことだ?
思い返してみると、いつも見た目重視の複合装備ばかりだったから一式装備の記憶がない。
可能性としては〈*覇衣・天〉の一式だろうか? だがあれは確かレア装備。刹那は必要なものまで渋るほどケチな性分ではないが、おいそれと貰っても逆に怖い。
「はい、コレ」
渡されたのはデータチップ。
実のところ、この世界の武器・防具は何もわざわざオブジェクト化して遣り取りする必要はなく、データとして交換・譲渡できる。装備屋に行っても、そこでは商品をデータとして渡される。しかし俺の行きつけの鍛冶屋等この街でもほとんどの店では雰囲気を壊してしまうため、大抵オブジェクト化して遣り取りを行うのが普通になっている。
が、今はオブジェクト化している暇も惜しいらしい。
俺は渡されたかなり小さめのデータチップを指先に挟み、メニューウィンドウを開いてそれを投げ入れる。途端にパッとウィンドウが開き、中に入っていた装備品のデータが現れた。
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胴 〈*フェンリルテイル・ブレスト〉
腕 〈*フェンリルテイル・リスト〉
腰 〈*フェンリルテイル・ガードル〉
脚 〈*フェンリルテイル・レグス〉
発動スキル
【死骸狼の尾】
【狼牙の誇り】
【強者の威圧】
【無力の証明】
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付加スキルは合計四つ。上の二つはよくわからないが、残る二つはあれば嬉しい、程度には強力なスキルだ。
【強者の威圧】はモンスターとのエンカウント時に相手を怯ませる、要するに制限付きのプレイヤー版【衝波咆号】のようなものだ。
【無力の証明】はエンカウントしたモンスターの討伐適正レベルが自分より低いモンスターに一方的に連続攻撃を当てると、その戦闘中に限りそれ以降の攻撃を一撃必殺にできる、基本的には群れ相手にしか使えない戦闘のショートカットスキル。
これで俺は、〈*群影刀バスカーヴィル〉の付加スキル【魔犬召喚術式】と唯一のプレイヤー保持スキル【0】と合計六つのスキルを得たわけだ。
スキルはデメリットスキルもあるが、多くて悪いことはない。
俺は少し得した気分になりつつも、何の気なしにそのウィンドウの右下にある[一式換装]のボタンに触れる。
そして一瞬身体が光の膜のようなものに隠され、その光が粒子のように消えるとフェンリルテイル一式が姿を現した。
「こ……これは……!」
何故か左肩だけの灰色の毛皮に覆われた肩当て。
同じく毛皮でできている胸を横一文字に隠すような布製の胸当て。
腕には黒のフィンガーレスグローブ。
ヘソは丸出しで腰巻きには尻尾まで付いている。
脚は見たことのある通り狼の足を模した爪付きのブーツだ。
〈*ハイビキニアーマー〉をあからさまにエロい魅せ装備とするなら、〈*フェンリルテイル〉はギリギリの境界線。
確かに〈*ハイビキニアーマー〉に比べて露出は減ったものの、その分見えそうで見えないという付加効果が加わり、むしろ破壊力が増している。
一瞬、コレを着けている刹那を想像してしまい、思わず口を押さえるフリをして鼻を押さえにかかる。
「似合ってるじゃない、シイナ。って、どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
「あ、そ。じゃあコレ飲んで」
渡されたのは小さなガラスの小瓶。中に入っているのは薄紫色にピンクがかった色は魔力回復のハイポーションだ。
「リュウとシンを待ってられないわ。ここにいる五人だけで行くわよ」
体力と気力の回復も済んだところで俺が魔力全快のハイポーションをグイッと飲み干したのを確認すると、刹那は≪アルカナクラウン≫一同を率いて走り出した。
Tips:『種族資質』
各種族が保有するそれぞれの性質を表す特殊な能力の総称で、基本的には各種族のデザインコンセプトに合わせた戦闘スタイルを大きく補助する効果を持つ。種族固有スキルとは異なり、レベルアップ時に得られるボーナスポイントを一定以上振ることで習得及び強化が可能になる。システム上種族資質の効果や動作を阻害する要因が存在せず、また基本的に恒常的に効果が適用されるため、安定した戦闘能力を維持する役割を持つ。主に資質レベルに応じて効果が上昇するものと資質レベルが一定値に到達すると効果を発揮するものの二種類がある。




