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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第一章『デッドエンドオンライン―豹変世界―』
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(18)『これが誰かわかりますか』

 危険漂う刹那の空気と、暇が重なり暇潰し。

 ≪アルカナクラウン≫のギルドハウスの前で待つ少女の正体とは……?

「アンダーヒルが妙に静かやな思とったら、三人でこそこそ話しとったんかい」


 アンダーヒルと刹那の“一度ギルドに戻る”という提案を他の二人にも告げた途端、トドロキさんはアンダーヒルに呆れたようなジト目を向けてそう言った。


「そもそもあなたが私の行動を阻害していたことが発端ですよ、スリーカーズ」

「せやかて二人の邪魔はアカンやろ」

「何故邪魔になるのか理解できません」


 俺も理解できない、というかむしろ邪魔して欲しかったぐらいなのに。

 まだ何か言いたげな様子だったトドロキさんが急にリーダーシップを発揮して、


「戻るんなら『善は急げ』や」


 と言うと、自然とアンダーヒルとトドロキさんを先頭に、ネアちゃんが真ん中、俺と刹那が後ろという隊列が決まり、五人で元来た道を引き返し始めた。

 それはいいのだが――。


(ハカナ)……あの馬鹿、絶対に私が潰してやるわ……」


 ――隣でブツブツと怨念の呪詛のように物騒なことを呟く刹那が五月蝿(うるさ)い。しかし、傍目(はため)で見ていてもよくわかる危険人物オーラのためか一言文句を言う気にもなれない。

 そんな彼女から目を背け、ふと進行方向――ネアちゃんの方に視線を戻すと、こちらもまた何処か様子がおかしい。

 よくは見れなかったが、ついさっきまでネアちゃんは俺たちの様子を肩越しに窺うようにしていて、俺が振り返った途端に視線を逸らしたようだった。

 後ろから見ただけでも、頬が赤く染まってるのがわかる。理由はよくわからないが、大方トドロキさんが俺か刹那、あるいは両方のことで何か吹き込んだのだろう。

 そろそろとまた肩越しにこっちを見ようとしたネアちゃんと一瞬目が合い、途端にさっと目を逸らされた。その頬の赤みがかぁぁっと増していくのがわかる。

 前も隣も顔を向け辛いのだが、今いるのは後方だけでなく前方も警戒できる重要拠点。この隊列を崩すわけにもいかない。

 第一、こんな状態の二人を放ってはおけない。本人が危ないか危なっかしいかの違いはあるわけだが。

 仕方なく前で何やら話しているらしい二人の会話ログでも見ることにした俺は、メニューウィンドウを呼び出して、フレンド登録者のリストを呼び出す。

 そして昨日追加されたばかりの[アンダーヒル]の名前を選択し、開かれたプレイヤーページから会話ログを呼び出した――


「……ッ!?」


 ――瞬間、目の前に浮かんだメッセージにぎょっとする。


『ログ閲覧パスコードを入力して下さい』


 会話ログがロックされていたのだ。

 こういうセキュリティアプリがあるという噂は聞いていたのだが、実際に見るのは初めてだった。

 パスコードは半角英数字文字制限なしと比較的単純なものの中では面倒な代物。少なくとも手放しで突破できるものではないし、そこまでして突破する気もなかった。

 でもこういう画面を見ると、適当に打ち込んでみたくなるのは何でだろうな。


『shadowshadow』


 パスコードが違います、と表示される。大文字小文字の区別もあるようだし、かなり慎重そうな性格のアンダーヒルのことだ。意味のあるコードではなく、俺のPOD(ポッド)のパスと同じような無作為に作った単なる英数字の羅列の可能性が高い。

 そんなことを考えつつもアンダーヒルのことを色々思い出しながら、退屈凌ぎにパスコード入力画面で遊んでいると、


「あれ?」


 ある単語を打ち込んだ途端、パッと画面が切り替わった。

 ひ、開いちゃったぞ……!? 適当に遊んどいて今さらだけど大丈夫なのか、これ……? でも、この単語って――。

 頭を振って余計なことを考えようとする自分に待ったをかける。

 同じ内容にしても覗き見は良くないよな、と俺はアンダーヒルの会話ログのウィンドウを消し、改めてトドロキさん――[スリーカーズ]の会話ログを開く。

 こっちはロックはかけられていなかったため、俺は話し相手(アンダーヒル)とトドロキさんの台詞が順番に縦に並べられたそのウィンドウを覗き込む。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


[スリーカーズ]

 せやけど、さっきここのボスモンスターには心当たりがある、言うとらんかった?


[アンダーヒル]

 このフィールド、と言うよりは『啾々(しゅうしゅう)たる鬼哭(きこく)戦場(せんじょう)』には、以前にも来たことがあります。勿論(もちろん)このミッテヴェルトではなく、極めて類似した環境と同じ名を持つ異なるフィールド、ということになりますが。


[スリーカーズ]

 そんなとこあるんか。まぁ、使い回しも前例がないわけやないしなぁ。


[アンダーヒル]

 あなたには報告をしたはずなのですが。


[スリーカーズ]

 あ、そやった? んー、いまいち覚えてへんけど……ほんで結論は?


[アンダーヒル]

 トゥルム北方約207キロメートル地点に位置する平野の隠しフィールドです。先ほどここに来た時からあるいはと思っていたのですが、地形及び出現モンスターなども一致しますので、ボスが一致する可能性もそれなりに期待できるでしょう。


[スリーカーズ]

 どんなボスやった? ってそもそも倒さな肝心の部分はわからんやろな……。


[アンダーヒル]

 いえ、確かに記録に残ってしまうのを避けるため私は討伐していませんが、討伐時の映像を記録していますので、既に解析も終了しています。ボスモンスターの名称は〔両面宿灘(リョウメンスクナ)〕。四対八本の腕と二つの頭を持ち、身長6mの巨体を持つ武神のようです。


[スリーカーズ]

 弱点は?」


[アンダーヒル]

 物理ダメージの弱点部位は頭、弱点属性は光属性のようです。映像を確認すれば一目瞭然ですが、むしろ逆に頭以外は甲冑に阻まれてダメージが(ほとん)ど通らないようですね。私が同伴していた中堅クラス十七人編成のパーティもリアウィングを破壊されてからは苦戦しているようでしたが、攻撃パターンは近接のみだったので比較的簡単に倒せると思います。


[スリーカーズ]

 同伴って……、どうせまたこっそりついてっただけやろ……。この射撃は何なん? この頭に当たっとる――――あ、また。


[アンダーヒル]

 私の遠距離射撃です。見つからないよう索敵圏外から一弾倉五発分の援護射撃を行いました。その後、直ぐにフィールドを出たので記録には残りません。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 映像は【言葉語りの魔鏡台(ミラー・オブ・テラー)】で撮影していたのだろう。この世界には映像を残せるようなアイテムはない。直接戦力にはならないが、強力なユニークスキルだと改めて実感するな。

 しかし、せっかく攻撃しても倒される前に一度でもフィールドを出てしまえば、ボス討伐成功時の経験値も入らない。いくら記録に名前を残さないとはいえ、おそらくダメージ総量の幾分かを稼いでいただろう活躍をしておきながらそれを放棄するなんて――――。


「そこまでするか……?」


 入れ込みようと言うか、凄まじいプライドの高さだ。決して嫌味なところがない辺り彼女らしいが。

 俺がふと顔を上げると、アンダーヒルとトドロキさんはまだ話を続けているようで、会話ログの方もどんどん更新されている――――と、そこでアンダーヒルが不自然に顔を上げた。


「どしたん?」


 アンダーヒルの様子が変わった瞬間、それを敏感に察知したらしいトドロキさんが怪訝そうな声色で問いかける。


「シイナ、来てください」


 俺? なんて疑問もそこそこに一度後ろを確認してモンスターの影がないことを確認すると、俺はネアちゃんの隣をすり抜けて、早足で二人の元へ歩み寄る。俺が追いつくと、アンダーヒルは可視化した何かのウィンドウをドラッグして放ってくる。

 また例の俺の目の前で止まるような力加減で投げるやつだ。


「これが誰かわかりますか?」


 渡されたウィンドウは画像――いや、停止(ポーズ)状態の映像だった。

 場所は≪アルカナクラウン≫ギルドハウス前、塔を中心に放射状に広がるミッテヴェルトの大通りのひとつだ。

 風景から見るにアンダーヒルの部屋の窓から、例の監視カメラ(的合成アイテム)『CURIOUS(キュリオス) SEEKER(シーカー)』で録られているようだ。端の方に塔の一部が映っているからまず間違いないだろう。

 そしてその映像に映っているのは、小柄な背の低い少女だった。少し遠目で名前までは判別しにくいが、足元まで伸びている純白の髪に自信なさげに辺りをキョロキョロと見回している挙動。

 心当たりはある。


「たぶん[イヴ]じゃないかな」


 刹那にはまだ聞こえないよう、小声で話す。


「やはり、彼女が“双極星(アルファ・ツインズ)の片割れ”なのですね」

「ああ、でもシロはどうしたんだろ……いっつも一緒にいるのに……」

「私たちがここに入ってから一時間ほど経ちますが。どうやら入れ違いに来て、ずっと待っているようです。おそらく≪アルカナクラウン≫に用があるとみて間違いないでしょう」


 彼女が立っているのは、ギルドハウスの大扉の前。

 落ち着かないようにしながらも同じ場所にずっと留まっているというのは、明らかに誰か――おそらく仲のいい刹那を待っている証拠だろう。

 特にあの気弱なイヴがたった一人で、というのはやはり妙だ。


「でも、ギルドにはリュウとシンがいるだろ?」

「寝ていたため気付いていないか、あるいは既に留守にしている可能性が高いですね。NPCメイド四名には、私たちの意見が仰げない場合は誰が来ても応答を返さないよう指示しておきましたので」


 昨日の今日でしっかりギルメンやってますね、アンダーヒルさん。


「とりあえず急いで戻ろう。刹那、これ……」


 ウィンドウを片手に刹那の隣に戻り、手短な状況説明を始める俺はこの時、まだ彼女――イヴの抱えている事態が最悪の方向に()じ曲がっているとは思ってもいなかった。

Tips:『会話ログ』


 各個人が他者と会話した直近のログが文章として記録されるデータ。発声した音声データを元に記録されるため極稀に不自然な文章が記録されることもあるが、ゲーム内での公式用語に加えて、本人及び会話の相手の会話ログを自動的に収集・解析して文章化を最適化していくため、基本的には会話した通りのデータが保存できる。ただし、手動で個人ストレージにデータを保存した場合を除いて古いログから消去されていくため、大体は数日で消えてしまう。初期設定では自分及び自分のフレンドしか閲覧できず、また一人言など別の他者が認識していない音声に基づくログは記録されない。

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