(17)『アンタ器用ね』
何故か刹那の説教と、スキル【0】への考察と、一度一同引き返し。
「ちょっとシイナ。試しに状況説明してみなさいよ。ちなみに、わかるように説明しなかったら三枚に卸すから、覚悟して一語一語選ぶことね」
いつもなら不機嫌と感情に任せた八つ当たり気味な怒り方をする刹那だが、今回はやけに静かにキレてらっしゃいます。
俺がどうして刹那に怒られているのか、その理由がわかった人は挙手をお願いします。おそらくいないだろうが。
当事者の俺にもわからないんだから。
〈*群影刀バスカーヴィル〉の付加スキル、【魔犬召喚術式】が解放された途端ケルベロスは姿を消した。同時に無数の妖魔犬から構成されていたらしい漆黒の球体――不可転式球状牢は泡が弾けるようにパチンと消え、その中に幽閉されていたらしい四人が外界に解き放たれ――――謎の経緯を経て今に至る。
「早く説明! 説明もできないの? 馬鹿なの? もしかして馬鹿なの? 馬鹿じゃないなら説明してみなさいよ。なんでできないのよ、馬鹿じゃないの?」
口を挟む隙がない。
さっきからずっとこんな調子である。ちなみに『馬鹿なの?』あるいはそれに近い文言はこれで三十九回目だ。何となく数えてみた俺も俺だが、刹那も恐らく混乱しているのだろうことがわかる数字だ。
これで混乱してなかったら、もう刹那とマトモに付き合える気がしない。
そして俺は、そんな調子の危険姫の前で正座をさせられているわけなのだが――――露出度の凄まじい〈*ハイビキニアーマー〉の構造上、素足を晒している膝から下に細かい砂がチクチクと食い込んで地味に痛い。
ちなみに他の三人はというと、トドロキさんが緊急避難とばかりにネアちゃんとアンダーヒルの後ろ襟を掴んで数メートル離れたところまで引っ張って逃げ、安全圏から俺と刹那の遣り取りを傍観している。
しかし、三人の様子はそれぞれの性格を表しているようにはっきり分かれている。
優しいネアちゃんは俺を心配してくれているようで、こっちをじっと見つめたまま落ち着かない様子。基本的にあまり性格のよろしくないトドロキさんは面白いことになったとばかりに笑いを堪えつつ、ネアちゃんの耳元で何事か囁いている。そしてアンダーヒルは、まるで背景を見ているかのようにぼんやりと俺を観察しているような感じだ。
これでは助け船は期待できそうにない。
「黙ってないで何か言いなさいよ」
「何か言いなさいと言うなら、人の話を聞いてください、刹那さん……」
「何よ、その他人行儀な言い方」
猛獣を刺激しないように、できるだけ丁寧に話しております。
だが、これはダメっぽいな。俺が口を開いただけで不機嫌そうに睨んでくるし。これはまず、緊張と戦慄で占められたこの場の空気を劇的改造する必要があるな。
「刹那たん」
ゴスッ、バキッ!
激しい打撃音が頭の中で響き、痛みと共に理不尽な暴力が俺を襲う。
「殴るわよ?」
「こんだけ殴る蹴るの暴行を加えておいて、今さら警告と追撃予告か!?」
確かに冗談程度の報復は織り込み済みで悪ノリした面もないとは言わないが、刹那の思考回路は俺の想定から大きく逸した答えを弾き出したらしい。
身体の節々に残る鈍く重い痛みがそれを最も端的に表している。
強制的に正座させて逃げられない上に防御も取りにくい位置の相手をボコるなんて、どんだけ外道なんだよ、コイツ。
「ったく……ここまですることないだろ。ライフちょっと減ってるし、何か恨みでも溜まってたのか?」
「アンタがいきなり変な呼び方するからでしょ!? 大体何よ『たん』って。アンタの頭のどの辺りから出てきたのよ」
「母親が俺を呼ぶ時に、何をトチ狂ったかたまに“お兄たん”って呼ぶ辺りから」
元々は幼少期の妹が舌っ足らずな声で俺をそう呼んでいたから、という微笑ましくも可愛らしいエピソードがあるのだが。
「九条家の遺伝子狂ってんじゃないの?」
「おい、うちの母親に関しては否定しきれないし特にする気もないけど、そのゲノムハザードに俺と妹を巻き込むな」
「うっさい、シスコン」
「兄が妹を可愛がって何が悪いッ!」
椎乃はホントに可愛いんだよ! ちょっと頭が弱いのと特殊な趣味が災いして、残念な子になってるけど!
「気持ち悪い」
悪態で一蹴されました。
完全に話が逸れていたこともあって、仕方なくシスコンか否かという結論を棚上げにした俺は、まるで俺をスルーして地面を睨んでいるように見下ろしてくる刹那と何とか視線を合わせる。
「……で、何をそんなに怒ってんだよ」
「はァ? まだわかってなかったの?」
「類推できるだけの段落すら与えてもらえなかったからな」
ささやかな抵抗を兼ねてさりげなくトゲを含ませた俺の台詞を「ちッ」と短い舌打ちで軽く流した刹那は、
「その【0】とかいうスキルのことよ。物陰の人影が知ってるのに、どうして私には教えてくれないのって言ってんの」
あろうことか嫌々言わされている、みたいな言い方でそう呟いた。
「そんなことで怒ってたのかよ…………一言も言ってないし」
「あ゛?」
最後の呟きはしっかりと刹那の耳まで届いていたらしく、刹那は悪意と殺気のこもったジト目を向けてくる。
「そんなことってなによ。そんなに三枚に卸されたいの?」
そんなことしたら、件の【0】もたった今手に入れたばかりの【魔犬召喚術式】もまとめて消えますが。
「昨日までは名前しかわかってなかったんだよ。本当は今日戻ったら演習室で試すつもりだったし、中身まで判ったらちゃんと教えるつもりだったんだって」
結果的には、演習室でアンダーヒルと二人でやってたら、ネアちゃんがいない分精神的には楽かもしれないが、実際のところ危なかったかもしれない。
「じゃあなんで物陰の人影は知ってるのよ」
「【0】はアンダーヒルに言われた時に初めて気づいたんだよ。それまではスキルの数だと思ってたから」
「……まぁ確かに変よね。今まで一文字とか算用数字が使われてたりするスキルなんてなかったから……ムリもないわ」
刹那が物分かりがいいなんて、どんな津波の前の引き潮だ――――なんて思っていると、驚いているのがバレたのか刹那はまたも「あ゛?」と俺を睨み付けてくる。
「――で、どんなスキルだったの?」
「……多分、防音か何かだと思う」
「多分、ってなによ。使ったんでしょ?」
「確かにアイツの【衝波咆号】は途中から聞こえなくなったけど、スキルの説明には何も書いてないんだよ。いくつか可能性はあるんだろうけど」
「でも防音スキルってもうあるじゃない。名前だけ違って、効果が同じスキルなんてありえないはずよ」
刹那の言う通り、防音なら【免解遮絶】というスキルが既に存在しているし、近い効果を持つ遮音スキル【音響塞停】もある。その上で新たな防音スキルがある、というのは簡単には納得しがたい。それに上に挙げた二つはバインド・ボイスを防ぐことができない、という条件もある。
しかし、これまでのROLの愉快犯じみた所業を鑑みると簡単には棄却しがたいモノがある。
さっきからそんなことを考えていて、頭の中が似たようなところをぐるぐると回り始めて困っているのだった。
「シイナ、刹那。少しよろしいですか?」
「「……ッ!?」」
突然、至近の背後から目の前に見えているはずのアンダーヒルの声がしたのに驚いたが、彼女の次の言葉にむしろらしいと思ってしまう。
「現在、スリーカーズに襟を掴まれているため、【音鏡装置】を用いて擬似的に音声通信を試みています。あなた方の言葉は先程から読唇によって把握しているのでお気遣いなく」
暗闇や森の中で相手を撹乱するためのスキルになんてことを。
「アンタ、無駄に器用ね……」
刹那が呆れ顔で呟く。
「先程の想定外の戦闘行為の影響が大きく、全員予想以上に消耗が激しいです。物資に頼って徒に物を消費するのも推奨できません。立ち話も危険ですし、一度ギルドに戻ることを提案します」
全快するまでネアちゃんの回復魔法を連発することも一瞬頭を過るが、間違いなく魔力が足りないだろうし、ネアちゃんの詠唱連発は相当リスクもデメリットもタイムロスも大きいか、と脳内だけで切り捨てる。
「それは今考えてたところよ。アイテムはたくさん余ってるくらいだけど、私もノームワーム出しちゃったし……いきなり攻略に来たのはちょっと先走りすぎたかもね」
「リュウやシンが正解ってことか?」
「そうとも言い切れないけど、さすがにほぼ四人でここの攻略は厳しいってことよ。ネアには都合よく【全途他難】っていうユニークスキルがあるわけだし、そっちのレベルアップも含めた戦力増強も悪くないと思うわ。…………………………めんどくさいけど」
最後の本音は出しちゃいけない。
幸いネアちゃんはほんの少しとは言え妖魔犬に魔法攻撃を当てているし、経験値と熟練度はわずかながら得ただろう。【全途他難】のおかげで深夜零時には経験値は二倍になるらしいしな。
このフィールドのモンスターの強さは把握できたし、様子見と考えれば上等だ。
「大体何もかも儚が悪いのよ! 次会ったら顔面ぶち抜いて風通しよくしてやるわよ、シイナ!」
「それ死んでるぞ」
そう簡単に儚のライフを全損させられるとも思えないが。
アンダーヒルは狙撃手という話を聞いているが、これだけ上位の実力を持つアンダーヒルの狙撃ならそれもできるのだろうか。
いや、無理か。初撃くらいはかすらせることもできるだろうが。アンダーヒルには悪いが、儚の『基本戦法』はそれでは破れない。
撃たれそうになったら避ける、撃たれたら躱す。それをかつてない高速かつ高精度でやってのけるのがあの儚なのだ。
思い返してみると、『この世界を統括する電子的なシステムのことを熟知し、それを最も効率的に使用しているだけ』と儚自身が前に言っていた憶えがあるな。
そういう問題じゃない気もするが。
Tips:『アイテム』
FOにおいて武器・防具・アクセサリー・フィールドオブジェクト以外のアイテムメニューで操作できるあらゆる物の総称。主に道具や消耗品・素材等に加え、サイズに限らず乗り物等もアイテムに含まれる。基本的にあらゆる取引にほとんど制限がなく、双方の同意さえあれば通貨での売買や物々交換等も可能になるが、公式が各アイテム毎に定めた定価以上は取引の際の手数料のみになるため、実質的に商売には向いていない。




